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忘れ潮  作者: 黎明・弐
19/21

第18話〈「ヘイメン」〉

大変、遅くなりました

 俺ははっと気が付くと「オーロラ2」の助手席に座っていて、そのまま宇宙に出ていたようだった。既に土星の横を通過し終えたところだ。随分と自分を忘れるほど周りが見えなくなるまで思索にふけっていたようである。時間旅行をしような感覚だ。

 隣には中佐が座っている。両目とも真っすぐ先を見据えている。

 〈あの、中佐?〉

 〈長く考え事をしていたようだね、ようやく帰って来たか、少尉〉

 〈はい。ただいま思索の旅から帰還しました。それで中佐、少しお願いがあるんですが〉

 〈なにかね、少尉〉

 〈「朝びらき丸」まで戻ったら、⑨へ向かってくれませんか?〉

 〈ふーむ。⑨ときたか。それが少尉にとって何か重要な意味を持つのだな?目的は亮然としている、と〉

 〈はい。俺が俺であることを再確認するために必要なことです〉

 〈ほう。そうか。それなら構わんよ。しかし、私は制約により⑧からは出られない。だが⑨に繋がる場所を知っているからそこまで送ろう〉

――制約、か。中佐は⑧に所属している故に行動がかなり制限されているらしい。

 〈ありがとうございます〉

 〈ところで、少し発信の仕方を変えたか?なかなか勇ましい変化と見えるが、なかなか様になってるぞ〉

 中佐がそう発信して笑った。そうだろうか。指摘されるまで特に自分の変化には気づかなかった。というか、今まで通りに発信しているつもりだったのだが、どこか慣れ親しんでいた響きを伴っているような漠然とした安心感がある。大いなる意志に包み込まれているような感覚である。


 約束通り、「オーロラ2」が「朝びらき丸」に収容されると、すぐに中佐は的確な指示を出して⑨の近くまで向かってくれる、手筈を組んでくれた。


 一息つくと、中佐は目的地付近まで来たことを察知したらしく、〈潜望鏡を覗いてみるかい?〉と気を利かせて潜望鏡を覗くよう勧めてくれた。

 俺は目を輝かせて、

 〈いいんですか?〉

と訊き返す。

 中佐はこちらを向かずに、

 〈初めに「朝びらき丸」に乗り込んだときから、覗きたくてうずうずしているようだったからな〉

と返した。俺はその信号を全て受信する前に潜望鏡にかぶりつく。

 すると灰の海の上にはぽつりと小さな島が浮かんでいる。一本のココナッツの木が生えている。そこの中央には石造りのほこらがあるのが見えた。

 中佐が俺の肩をぽんと叩いた。俺が目を離そうとすると〈そのままの姿勢で結構だ〉と中佐は告げた。そして、

 〈どうだ、島が見えることだろう?あれは「ロート島」と呼ばれている。この距離なら中央に立つ、祠も見えるはずだ。「灰の海・航海手記」によれば、あの中にはひとつ扉が立っていてな。それには「目的の扉」という名がある。その扉は開けた人が目的とする場所に繋がっているとのことだ〉

と自慢げに語る。

 〈「目的の扉」か。なんだかメルヘンチックな扉があるんですね〉

 〈そうだな。ちなみに秘密道具でもなければ内緒道具でもない。ロート島に伝わる伝説の扉だ〉

 間違いなくその辺りからインスパイアは受けているんだろうな、と俺は思わずニヤッとしてしまった。


 「朝びらき丸」は島に無理やり横づけられた。中佐だからこそできるわざかもしれない。ハッチから白い橋が島に降ろされる。

 俺はロート島に降り立った。着地はうまく決まった。忘れずに小脇にはしっかり「言語史」のテキストを抱えている。

 〈少尉、今度こそ別れのときが訪れてしまったようだな〉

 中佐がハッチから身を乗り出して、名残惜しそうにこちらを見ている。軍帽を目深に被っている。

 〈はい、中佐。本当にお世話になりました。「朝びらき丸」も〉

 俺は中佐に向かってお辞儀をする。中佐とは長らく行動を共にした。こちらもやすやすと別れてしまうのは辛い。

 〈⑧へまた寄ることがあったら、是非、軍港か空軍基地でも介して連絡を入れてくれ。非番でも駆けつけよう〉

 中佐が胸に手をあててしんみりと放つ。

 〈はい。是非、中佐がよろしいなら連絡は入れさせていただきます〉

 〈うむ。そうと決まれば、別れのシーンとはぐだぐだやるものではない。あっさりと終えることで余韻よいんが生まれ味わい深くなるものだ。私と貴校の関係だ、これ以上交わす信号もあるまい。だから私はこの辺りで失敬しよう。それでは達者でな、少尉〉

 中佐が敬礼で俺を見送る。信号では全て手の内を明かしてしまってはいるが謎のこだわりをもってあっさりと終わろうとしていてもゆったりと遊びを持たせて中佐は信号を送ってきた。俺も呼応して敬礼で返す。

 〈はい、中佐もお元気で。さようなら〉

 〈ああ。さようなら〉

 中佐は送信し、帽子の先を少し上げて今一度ぼくの顔をちらりと見るとハッチを閉めた。「朝びらき丸」が動き始める。船首を沖の方へ向けると、ゆっくりと発進した。受信官を研ぎ澄ませば、ここまであの歯切れのいい、中佐の号令が聞こえてきそうである。

 船はみるみるうちに沈んでいって、やがて船体から突き出たセイルも見えなくなった。

 俺は「朝びらき丸」が名残惜しくて完全に見えなくなるまで見送ると、海に背を向けて祠を目指して歩き始めた。

 すると遠く離れたところから、またあの信号が聞こえてくる。さっき別れを告げた気もするあの信号が。

 振り返るとすこし進んだ場所で、潜灰艦が浮上していて中佐が大きく両手を振っている。

 何か必死で呼びかけてるみたいだ。よーく受け漏らさないように受信官をそばだてて聞いてみる。

 〈おーい!少尉ー!〉

 なにか「忘れもの」でもしただろうか。

 〈はーいー?〉

 俺はツマミを最大限に回すみたいな意識をして、かなり大きめの信号を送って聞こえていることをアピールする。

 すると、「忘れもの」があったのは中佐の方らしく、

 〈お前さんの存在は完全じゃないと私は申したが、いかに変容しようとしてもお前さんはお前さんだ。いいか?これは大事なことだ。お前さんはお前さんなんだからなー〉

 そんな心強い信号をキャッチした。俺はなんだか目頭がほんのちょっと熱くなって、ごまかすみたいに笑って手を振ると、祠の方に歩き始めた。信号を発していたとしたら震えて届かないと思ったからであった。


 祠は遠目からもわかったが石造りであった。釣鐘型の構造をしていて、外壁全面にはツタがはっていた。文明の痕跡を示すような遺跡のような意匠でもあるが、逆に島にある建造物はこれだけだったのでなんだか寂しいたたずまいであった。他の大地から切り離された、陸の孤島である。

 祠には黒曜石のようにがっしりとした扉がついている。

 重い扉をこじあけると、中はわずかに湿り、ひんやりとしていて汗腺をきゅっと締め付けた。

 中佐の信号通り、祠には扉が一枚立っているだけだ。扉を開けると扉があるというのもなかなかシュールである。

 それは木製の板がぽつりと立っているとしても差支えはない。裏に回ってみても何の変哲もない木の板である。

 高さは俺がやっと通れるくらい。丸いドアノブがついていて、扉には金色で、異国情緒のある金色の双頭の鷲を模した紋章が描かれている。紋章の上には〈扉、目的の地へと開かれん〉と斜めに筆記体で書かれた符号が読み取れる。


 善は急げ、ものは試しだ、と俺はドアノブをゆっくりと確実に回し、ドアを開けた。

 するとどっと流れてくる熱気を浴びた。


 そこにはたしかに『焼却炉』があった。

 振り返るとたしかに祠の石造りの床が見えて、黒曜石の扉の隙間から灰の海がわずかに見える。本当に目的の地へ繋がっていた。

 中へ入ってドアノブから手を離すと勝手にドアはきしみながら閉まって、そのまますとんと消えた。一方通行で往復はできないみたいだ。


 にしても、この熱気。火がともってそんなに時間をおいていないらしい。「自動忘却機能」め、自然的な作用だからと看過してきたものの、少し手を加えてもいいかもしれない。甘やかしすぎた。


 俺は炉に急行する。

 炉の手前にある、「焼却候補棚」はすっきりしている。何も並んではいない。

 遅かった。一括処分されてしまったか。忘れている内に何があったのか、ヒントを探すついでに、せめて一つでも焼却から免れさせることができたらと思ったのだが。

 そう、うまくはいかなかったらしい。自分の脳の中だからってすべては思い通りにはならない。


 だが、こっちには「焼却履歴まとめ」がある。そうそう見返すものじゃないから、久しぶりに確認することになるが、金庫を開けて取り出してみることにしよう。


 俺は金庫の方に歩み寄る。虹彩認証で金庫を開くと、そこにはたしかに「焼却履歴まとめ」が置いてあった。


 それをとってぱっぱっと表紙についたほこりを払う。

 開くと本紙を束ねている糸がきりきりと音を立てた。


 おっと三年前あたりから、今から十年以上前の記憶は片っ端から焼却されていっているみたいだ。俺の身体は気づかないうちに自分に入れなくてもいいメスまでいれている。実に酷いことをしているってもんだ。なんの有益性もないってのに。最も隆盛を誇った、三歳の時以来の大暴れをしているらしい。この中にはきっと今じゃ体験できないような宝物のような記憶ばかりだったに違いない。


 パラパラと「焼却履歴まとめ」の頁をめくる。

 それにしても元々、④にあったものの履歴がこのところ多い。歳はとるもんじゃないな。まあ経年劣化じゃ致し方ない。自分が修復作業とかをせずに放置したせいだろうし。


 頁を捲り続ける。どこまでも時系列的に三年前のものばかりが続いている。

――だが、さすがに頁が多すぎやしないか?

 「焼却履歴まとめ」に自動的に記録されるものとして、燃やした事物のタイトルの他に、付随する情報として燃やした事物が初めて『アーカイブ・ゾー』に記録された日付、燃やされた日の日付、必要な場合のみにはなるが備考が添えられる。

 この少年時代の一定期間を消去している執念、尋常ではない。焼却と次の焼却のスパンも短い。順当に年代的に処理されているのも自然すぎて逆に不自然である。捲れども特定の年代を示した符号が踊る。

 こんなに綺麗に年代順に則して消えていっていることはありえるのか?そりゃ古いものほど傷みやすいが、記憶の濃さ、印象の度合いによってもっと劣化に差異があってもおかしくない。時々、年代順の法則を飛び越えている部分もあるが。ある一定の記憶消去のラインができている時点で不自然さ、不快感は拭えない。

 『保管庫』もあるんだし、こんな大量の記憶の忘却を許すほど最近は自分に甘かったかな?普段の俺なら保全に回るはずだ。

 いくらなんでも自然の摂理に頼りすぎじゃないか?

 それとも自分で消したのか?ここまで綺麗なラインが引かれているからにはその筋で十分追える。何かいじめのようなものを受けていて、心に深い傷を残すようなものだったとか。それであれば、中佐の意識の分離とやらの要件にもあてはまる。

 しかし、それなら卒業などを契機に消していっているはずだし、なぜ三年前までそんな辛い記憶を放置してしまっているのかに謎が残る。

 あえて忘れないでおくことで復讐ふくしゅうを企てていてそれが最近ようやく成就じょうじゅしたとか?いや、俺はそこまで怨恨えんこんたぐいで尾を引いたりしないし、自分に悪影響的な人間にはやり返しするとかじゃなく可哀想な人だと見下して完全な距離を作ることに奔走ほんそうする。

 それにいじめに立ち向かえないほど気も弱くない。俺は自ら動き、どんな障害だって跳ね除けて進んでいくタイプであると自負している。


 その中で最も新しい焼却履歴に目が留まる。

 最後に記録されていたのは形式はフィルムで、焼却されたのはなんと、今日だ。このまとわりついて鬱陶しい熱気はこのフィルムに由来するらしい。

〈タイトル:ヘイメンとの最高の思い出〉

 履歴にはそう符号で書かれている。

 「ヘイメン」?何だ?それは?

 「ヘイメン」の後に「との」って助詞が続いているということはヘイメンは十中八九、人物なんだろう。

 友達だろうか?親戚だったっけ?

 呼び捨てにしているということはかなり近しい関係にある人物のはずである。

 「最高の思い出」?そんな高尚なものを消去したのか?

 一体、どうなっているんだ?これは俺が消したのか、それとも本能が消したのか?今日の焼却件数はこのフィルム一件だけ。普通、「自然忘却機能」は風化した資料複数を一括で消去することがほとんどである。

 なら他の記憶はともかく、このフィルムは消去法的に俺が削除したらしいことになる。

 普通、「最高」とめい打っているのなら『保管庫』行きだろう。忘れたくないに決まっている。名付けたときは最高だったけど、後に最低最悪になっただとか?

 解釈が変わってきたとか?

 焼却したときの俺の意図が一向に見えてこない。

 自分が自分のことを理解できないってのが一番、気味が悪い。


 中佐の信号を思い出す。1秒前の自己は現在の自己ではない、されどいずれも自己である。


 それに「ヘイメン」という響きは失っちゃいけないような独特な信号を持っている。手放してしまえば、今度こそもう二度とその信号の波長を捉えることはできないという漠然とした不安に襲われる。

 「ヘイメン」。嫌な響きじゃない。むしろ暖かい響きをしている。郷愁さえ感じる。


 この図書館にこのフィルムが『アーカイブ・ゾー』に記録された日付は十一年前の九月七日だ。一応、ここまで直近の焼却の履歴の中で最新の日付である。元々の保存場所は不明だが⑥に送致予定だったことは記録からわかる、ということは長い間「管理範囲対象外」だったのだろう。俺による認知は受けている。


 「ヘイメン」。やけに引っかかる。虫の知らせか。

 とりあえず、「ヘイメン」に関する情報を探してみることにしよう。

 ロビーで『蔵書検索ソフト』を使ってみてもいいかもしれないが、それはあくまで最終手段だ。一度、自力で④にて探してみよう。


 もしかしたらこれが何かヒントになるかもしれない。俺は「焼却履歴まとめ」を持ち出した。


 俺は『焼却炉』を後にして、『映像資料別館』の横を通り過ぎて一度、『広場』に出た。

 地面の矢印がご丁寧にも④の入り口を指している。そこから④へさらに入る。


 結果から申し上げると④では「ヘイメン」についてのしっかりとした情報は掴めなかった。わかったのは「ヘイメン」とは俺が八歳まで在籍していた、ルミネシアン教育学校で少しの間だけクラスメイトだった期間があること、「ヘイメン」が転校していった日の夜に俺がひとり自分の部屋でぼろ泣きしていたことだけだった。

 しかし、「ヘイメン」と俺との関係値はあまり深くないようだ。事務的な交信の記録もほとんど見当たらなかった。席も当初は隣だったけど、すぐ離されたみたいだし。仲の良いグループも違ったみたいだし、接点さえ見当たらない。

 「ヘイメン」が転校していった日、なんで俺はむせび泣いたんだろう。子どもながらに誰かが突然、いなくなってしまうことが無性に怖かったのだろうか。祖父のダハネが他界した日も、俺は終日、泣き止まなかったと遠戚えんせきから聞いたことがある。しかし、無理な理由付けのような気もする。転校と死を別個に捉えれない歳じゃなかったはずだ。


 ともかく「ヘイメン」の素性は全く知れない。


 ⓪のロビーで『蔵書検索ソフト』で調べても結果はほぼ同じだった。しかし、俺の中から〈タイトル:ヘイメンとの最高の思い出〉は消える前に、⑥の『小上映館』で一度、上映されていたことが分かった。⑥では「家族と友人の思い出」をトピックして扱っている場所があるから、俺はヘイメンを大切な友人のひとりとしてカウントしてたことになる。ほとんど交信したこともないのに、だ。そして俺は焼却する前にそのフィルムを見ていたことになる。

 なぜそのことも忘れているのか。そしてその事実がわかった上で、どうしてまだそのときのことが思い出せないのかはまったくわからない。


 ルミネシアン教育学校に赴いて訊いてみれば何かわかることもあるだろう。期末テストも終わったら今度、行ってみるとしよう。


第18話〈「ヘイメン」〉おわり/第19話〈忘れ潮〉につづく

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