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忘れ潮  作者: 黎明・弐
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第9話〈不思議な占い〉

 すっきりと洗練された、無駄な振れ幅のない信号をキャッチした。手袋は「ハンド」と名乗った。人間が〈どうも人間です〉と自己紹介するような滑稽さと親しみやすさを感じる。

 〈え、あ、えっと「オレンジジュース」お願いします〉

 唐突に注文を訊かれたので、とりあえず先ほどから頭に浮かんでいたオレンジジュースを注文した。

 〈「オレンジジュース」ですね。かしこまりました〉

 ハンドは、右手に該当する方がオレンジジュースのボトルを、左手にあたる方がグラスを持ってきた。すぐにグラスにジュースが注がれる。どろっとした、もぎたての果実感がするジュースだ。それとも固形化しているのか。口をつけるのも恐る恐るになりそうである。

 〈あ、そういや、お「いくら」ですか?〉

 〈「いくら」?ああ、お代は結構ですよ。お客様〉

 〈あ、恐縮です〉

 ハンドは丸いコースターをすっと置くと、その上にグラスを乗せ、ぼくの前にずいっと出した。

 〈お待たせいたしました。どうぞ、「オレンジジュース」になります〉

 〈ありがとうございます。あの早速にお尋ねして申し訳ないのですが、「ここ」ってなんなんですか?灰の砂漠だったり、そこに浮かぶこの町だったり……〉

 ぼくは提供されたオレンジジュースの入ったグラスの下の方を握る。指をとんとんと何度かグラスに打ち付けた。

 〈「ここ」は「狭間の町」、マカロニ・タウンの酒場()()()()です。それ以上でもそれ以下でもございません〉

 ハンドはそのように簡潔に答えた。尋ねた「ここ」にあたる対象範囲がやや狭く、意図が伝わっていない、不完全な回答だがまあよしとしよう。

 〈そうですか……ハンドさんはどういう仕組みで動いているんですか?わかりやすく教えていただけないでしょうか?〉

 ぼくはのどの渇きを癒そうとオレンジジュースを飲んだ。ぬるい。味は……そこまで悪くはない。

 〈仕組み?〉

 自分が動作する仕組みは把握していないご様子だ。意思を持たない機関であると断定するにはまだ時期尚早か。まあ自分の身体の構造をダウンロードした医学書通りではなく嚙み砕いた独自の信号をもってこと細かく説明できる人間も少ないため、至極真っ当な返答だろう。

 〈ええっと、ハンドさんはAI?とか?〉

 ぼくの中に自然発生した高度なプログラムであるとしたら、それはそれで惹かれる。

 〈AI?〉

 さっぱりわからないよ、とハンドは掌を上にむけて広げている。さすがにそうではないか。

――んー、それにしても埒が明かない。質問を変えてみようか。

 ぼくは周りを見渡す。

 身近な謎から解き明かしていこう。交信のロジック的にもヒントになる符号を偶然、拾えるかもしれないし。すると、外にいる馬が高らかに(いなな)いた。

 〈そだ、あの表にいる「馬」は一体、何なのですか?〉

 〈「馬」ですか。あの「馬」はブルーファルコンと申しまして、先日亡くなられた67代目町長、故「ゾー」氏の愛馬です。蹄に感染症が見つかってあんなふうに日のよく当たる場所で療養中です〉

 ブルーファルコンといや、ぼくの持っているフライングバイクと同じ名前だ。今はエンジンの不調で修理に出している。

 〈そうなんですか。67代にもわたって町長が続いていたということはこの町は随分と「歴史」があるみたいですね〉

 〈「歴史」ですか。この町は三年前に「初代町長」である故「ゾー」氏によって作られました、彩のないこの灰の世界に一筋の明るい光を、というのがタウンのコンセプトです。丁度、私もそのときに酒場のバーテンを任されました〉

 何だか微妙に会話が成り立っていない。特に「歴史」について気にはなるものの尋ねた覚えはない。多少の違和感を覚えつつも、拾えた「初代町長」を使って交信を続けてみる。

 〈……その「初代町長」について詳しく教えてくださいますか?〉

 〈「初代町長」、つまりは故「ゾー」氏についてですね。氏のご趣味は色探しでした。時々、青色だったり赤茶色だったりするものをお拾いになって飾られていました。私もお供させていただいたことがあります。私は色というものを白と黒の灰の三色しか知りませんでしたからそれが何色なのかは氏が事細かく教えてくださいました。氏は自分は「天上」から降りて来たと語られていました。穏やかに包み込むような火に焼かれていて目が覚めるとここで眠っていたことに気が付いたと。「天上」にはこことは比べられないほどの色で満ち溢れていると。そこが光であればここは本質的には陰。ここは現実と空想の狭間に位置するとおっしゃったこともあります。だから「狭間の町」と冠したとか〉

――ここは整合性がとれているな。たまたま間違って解釈しちゃったとかかしら?

 〈なるほど。ハンドさんは「初代町長」に作られたの?〉

 〈「初代町長」、つまりは故「ゾー」氏についてですね。氏のご趣味は色探しでした。時々……〉

――あれ?やはりなんだか違和感がある。デジャヴを感じる符号の羅列。

 〈初代にあたる町長は、このタウンの「歴史」を語る上では欠かせませんね。他に何かエピソードはあるんですか?〉

 〈「歴史」ですか。この町は三年前に「初代町長」である故「ゾー」氏によって作られました、彩のないこの灰の世界に一筋の明るい光を……〉

――やはりな。

 既に一度、聞いた信号。整合性のとらえていない不自然な応答。

 ここから推察されるにおそらく、おそらくだがこの「ハンド」とやらは特定のワードについてのみ反応する機能だけが付与された簡易型プログラムだ。たまたまやりとりがうまくいっていた部分があったために気づくのに遅れをとってしまった。それだけに少ない回路ですむから人間的な目や鼻は必要なく、手だけで事足りている。交信に加えて、身振り手振りの内の後者のみに特化した動き(ノンシグナルコミュニケーション)を行うために究極の簡略化がなされた結果である。

 特定のワードが出たら、紐づけられた特定の情報を提示する。

――確証を得るためにもう少し試行してみよう。

 〈「ハンド」、自己紹介してもらっていいですか?〉

 〈はい。いかにも、私はここ酒場()()()()のバーテンを任されております、「ハンド」と申します。何か御用でしょうか?〉

 〈ハンドさん、自己紹介してもらっていいですか?〉

 〈自己紹介?〉

――やはり、これもそうだ。「ハンド」と敬称つきのハンドさんでは信号の並びがやや異なるため、同様の文章でも通じない。またその質問を理解できないときは質問者の質問中にあるいずれかの名詞を繰り返す癖がある。基本的にはそれは「なに」か、どんなものかという問いしか有効ではないらしい。

 なら色々と間を置くことなく、反応があるまで畳みかけるように訊いてみよう。ぶっきらぼうに単語だけ投げかけるのもなんだか冷たい気がするし、きちんとした交信にはなってなくてもいいからできるだけ質問していくみたいに。

 〈あの足跡について教えて?〉

 〈足跡?〉

 〈言語史のテキストについて知ってる?〉

 〈テキスト?〉

 〈灰はどこからやって来たの?〉

 〈どこか?〉

 〈砂漠の先は何かに繋がってるの?〉

 〈先?〉

 〈この砂漠の先、じゃだめだから、いや「果て」には何があるの?〉

 〈「果て」ですか。この砂漠の「果て」には巨大な樹が生えています。「初代町長」が色探しの際に缶の中から種を見つけ、植えたものがそのまま成長いたしました。「初代町長」はそれをよじ登って「天上」へ至ろうと画策されていたそうです。またそこには幹が裂け穴が開いている部分がありますがその穴に入ったものの内帰って来たものはおりません〉

――ビンゴ!きっとそこまで足跡は続いているに違いない。

 脱出するなら樹をよじ登っていければいいのだがこっちは生憎、言語史のテキストを入手するまでは帰れない。

――おそらく穴に秘密があることだろう。穴の先はさすがに知らないらしいが、きっと下に繋がる道でもあるのじゃないだろうか。


 他に細かい部分を探ってみよう。

 〈……このあたりが「フロア⑧」内にあることは知ってる?〉

 〈はい。マカロニ・タウンは大宇宙規模で見れば「フロア⑧」内に位置しています。往年の町長から聞かされております〉

――知っているのか。学習型でもあるらしい。大宇宙規模だなんて酔狂な回答だな。

 〈「天上」ってのはこの世界の上ってことだと思うけど何か聞いてる?〉

 〈「天上」ですね。「天上」は真の世界です。そこはこの砂漠よりはるかに広く、無数の色によって彩り豊かとのことです。この灰の砂漠一帯はその世界で最も紅色の業火の下にいちするとのことです〉

 〈ふーん。そだ、この先、「危険」はある?〉

 〈「危険」ですか。灰の砂漠には巨大なアリジゴクが生息しています。足元には十分、ご注意ください〉

――おっとこれは有益だ。足を掬われないようにしないと。急にB級モンスター映画みたいな設定だな。


 大体、したい質問をし終えた。 

 ぼくは残ったオレンジジュースをぐいっと飲み干すと席を立つ。十分すぎるほどの休息がとれた。情報も得られた。

 〈ごちそうさまです。それではぼくは先を急ぐので、「さようなら」〉

 〈おや、もう旅立たれるんですね……そうだ!もしもし、「ゾー」様!!〉

 ハンドが出ていこうとするぼくを呼び止めた。さっきとはまるでテンションが違う。

 〈はい?〉

 〈私、ハンドめはタロットカード占いが得意でして、「ゾー」様のこの先の旅路を占ってさしあげたいのですがいかがでしょうか?〉

 ハンドの右手には大アルカナの一つ「愚者」のカードが握られていた。

 〈え、じゃあ景気づけにお願いします〉

 〈かしこまりました。ではお手数おかけしますが、占いの中にご協力をお願いする部分がございますので再度こちらへおかけください〉

 〈わかりました〉

 椅子に座るようすすめられ、それに応じる。再び、ぼくはカウンターに戻った。

 〈わかりやすく、時間をとられにくいワンオラクル、つまり一枚のカードのみで占うことと致しましょう。ご質問は、「ゾー」様の旅はよいものとなるか、でよろしいでしょうか?〉

 〈はい。それでお願いします〉

 ぼくは頷いた。

 〈かしこまりました。それでは「ゾー」様もそう強くご念じください。参ります〉

 ハンドは左手に持っていた鈴を鳴らした。場を清めるためと聞いたことがある。それからさすが得意というだけあって、手早くカードをシャッフルすると一度まとめた。それからぐっと押し出してぼくに渡す。

 〈こちらのカードを三つの山に分けた後、ご好きなようにまとめてください〉

 受け取った情報通りにして、ハンドにカードの山を返す。

 〈こうかな?〉

 〈お見事でございます〉

 ハンドは裏向きのまま横にカードの間隔を等しくして広げた。それから少し間を置いてから一枚のカードを抜いた。ぼくはそれを固唾を飲んで見守る。

 〈大アルカナの13番「死神」の逆位置と出ました〉

 〈「死神」?ってそりゃまずいんじゃ〉

 占いは範疇外(はんちゅうがい)でも「死神」のアルカナの不吉さは本能的に享受できる。

 〈ご安心ください。幸い、逆位置と出ております。これはゾー様がこの旅において死と再生を味わうことを、つまりは新たに生まれ変わる可能性を示唆しております。近い未来、従来のあなたの価値観をがらりと変えてしまうような劇的な展開が待ち受けているということです〉

 〈ふむ。たしかに不吉なものではなく、希望的要素の方が強い気がしますね〉

 〈そうですね。そのため、この旅はよいものになるから希望をもって臆せず、お進みなさいと解釈できます。タロットカードの占いについてはカードを信用されることが大切です〉

 〈わかりました。このままの調子で進んでみます。そういやどうしてわざわざ占いなんてしてくれたんですか?〉

 〈ゾー様は様々なご質問をしてくださいましたが、はなっから疑問を持たない部分をひとつだけお持ちになっていたからです〉

 〈?よくわからないですが、それはどの部分ですか?〉

 〈部分?〉

 〈あ、そうか。お世話になりました。ごちそうさまです〉

 〈お気をつけて。いってらっしゃいませ〉

 ぼくは酒場を後にした。

 足跡はゲートから出て続いている。


 その足跡をやれやれと辿っていくのだが、なんだか腑に落ちない。

――最後の方は、特にタロットカードの占いの時は、ハンドが実行可能な「単純なやりとり」って符号じゃ切り捨てられるものじゃなくてもっとその枠組みから飛び出して自由かつスムーズなコミュニケーションがとれた気がしたな。

 だからぼくもついその流れにのってハンドが答えられる「なに」とか具体性を尋ねる形式的な詰問じゃなくて「なぜ」なんて根拠性を求める絶対に答えられない()()の形式で問うてしまったのだ。しかし、うっかりとしてしまったその異質な問にハンドは難なく回答した。しかもなんだかひっかりがあるような、()()()を残すようないやらしい回答をして。その後はすっとぼけた。

 まるで人間、もしくは人間に近いAIと交信してるみたいだった。ぼくを名乗ってもいないのに急にゾー様なんて呼んだりして。ゾーなんて名前はありきたりみたいだし、そのせいか?そこは気にするべきではないのか?

 回答してもらえなかった諸多質問への回答は簡易型のために予めプログラムされていないから答えられないんじゃなくて、真意では答えたくないためにはぐらかしていた箇所で、それを悟られぬようにあえて隠れみのとして擬似的法則性をまとい演出することでぼくを邪推するよう巧みに誘導していたのだとしたら?ハンドは本来は高度なプログラミングの上に成り立っている存在なのか?

 愚者は浅ましい行動しかできないが、賢者は賢い行動と浅ましい行動とを使い分けられる。

――まさかね……

 考えあぐねる。思考に思考を上書きして、複雑化している。もう少し柔軟に考える力を伸ばす必要がある。


 ゲートをくぐり、探索の旅を再開し歩いていると次第に何も考えられなくなった。いや、ときどき考えようと努めてものの思考が正常には働かなかった。


 途中、〈危険!〉と書かれた看板が立っていて、その奥には逆円錐型の溝があって底から二つの鋭い牙が生えていた。おそらく底にはアリジゴクが潜んでいるに違いない。ハンドの忠告通りだ。肝が冷えた。くれぐれも足を滑らさないように気を付けなければ。


 目に汗が染みて痛い。行けども行けども樹は見えてこないが、それは唐突に終わりを告げた。

 五つの巨大な灰の山を越えた時、遠くにかすかに巨大な樹のシルエットが見え始めたのである。ぼくは思わず、笑みをこぼす。

――もうすぐだ。足跡はあそこまで続いているんだ。


 もう一つ巨大な山を越えると先にトンネルのようなものが見えた。それにざーっと大きな何かが落ちる音もここまで流れてくる。


 最後に残っていた力で一気に駆け出し始める。近づくにつれて全体が見えてきた。 


 それはたしかにトンネルだった。巨大な世界樹のような樹を中心に円形に壁が立ち塞がっている。そこにぽっかりとトンネルが開いている。巨大な樹は空に向かって真っすぐと伸び生えていて、その樹冠じゅかんは雲に覆われて目視できないほどだ。きっとその天辺は空に突き刺さっているに違いない。そりゃよじ登っていけば上まで帰れそうだな。

――樹皮からしてジャイアント・セコイアだろうか。

 しかし、もうすでに枯れているらしい。『植物園』でもかつてここまで成長した樹はない。こんなに栄養素も微塵みじんもない土壌でよく育ったものだ。第一、水はどうやって調達したのだろうか。

 樹を取り囲む壁からはウォータースライダーのような巨大なパイプが等間隔に何本も並んでいた。そこから大量の灰が絶え間なく吐き出され続けている。これらがあのざーっという音の発生源に違いない。

 トンネルの中は照明などなく真っ暗だった。


 〈誰かいますか?〉

 トンネル内に試しに信号を飛ばしてみる。信号は反響して、数秒経つと完全に消えてキャッチできなくなった。信号の反響継続時間から推察するにどうやら、そこまで長くは続いていないらしい。すぐに歩いていれば向こう側に出られるだろう。


 ぼくはトンネルの壁に手を添えて、ゆっくり歩き始める。地面は少し水が張っているようで、歩くたびに水の音が反響する。急に冷え込んだものだからびっくりしてしまった。完全に陽光が遮断されているからか、ここは驚くほど冷え込んでいる。汗腺が途端に引き締められ、さーっと汗が一気に引いていくのがわかった。


 少し進み湾曲している箇所を壁に手をはわせて曲がると外の光がレーザーのようにぼくの胸辺りに照射され、さらにもう一歩進むとまぶしく、ぼくを包み込んだ。


 目をやんわり薄めながら進んでいたが、どうしても我慢できず、トンネルを抜ける頃には瞼は完全に閉じてしまっていた。


第9話〈不思議な占い〉おわり/第10話〈「朝びらき丸」〉につづく

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