2-1 凡人と学園ラブコメ
私、須賀幸平! 何処にでもいる平凡な男子高校生! ――――の、筈だったんんだけど……両親が突然スリランカに単身赴任ってどういうこと!? しかも父さんの仕事仲間の娘だって言う美少女と同棲って……私これからどうなっちゃうの~~っ!?
…………。
………………。
……………………。
「は!? 夢!? ……夢、かぁ……」
見慣れた天井を視界に収め、ブランケットを体に巻き付かせながら身を捩る。
「にしても酷い夢だったな。俺がラブコメ主人公? 無い無い無い! それは無い! 世界を救うとかアホかよ。いい歳して恥ずかしいったらないよな……」
夢にしては妙に生々しく内容が思い出せる。とはいえあのヒロインは正直タイプだったな。やるじゃん俺の潜在意識。名前はなんて言ったかな。確か神楽………………。
朝陽でも浴びようとカーテンを開く。
「…………」
そっとカーテンを閉めた。
「????」
今、窓の外に制服の女の子が立っていた……? ここ一軒家の二階なんだけど? 2階の窓の外に人がいるってだけでホラー案件じゃない? 気のせい? 朝陽で目が眩んだだけ?
平静を装いながら再びカーテンに手を掛ける。
「おはよう幸平。起きてたのね」
見間違いじゃなかった。
俺はこの少女を知っている。艶やかな黒髪が陽の光を鮮やかに反射させ、ある種の神々しさすら身に纏う美少女を――
「か、神楽、生芽……?」
「? そうだけど?」
淡々とした口調で彼女は肯定する。
「夢じゃなかった……?」
「幸平ったら寝ぼけてる?」
窓の外の少女が可愛らしく小首を傾げる。
そっかぁ……夢じゃ、ないのかぁ…………。
「ところで何で窓の外に……?」
一周回って冷静になった俺が発したのは至極当然の疑問だった。
「何故って……ヒロインは窓から部屋に入って主人公を起こすものでしょ?」
さも常識を語るように彼女は言う。
それは家が隣同士かつ部屋も真向いで、幼い頃から窓を使って互いの部屋に出入りしていた世話焼きな幼馴染ヒロインの伝統だと思う。
「取り敢えず中に入ってくれませんかね……」
ご近所さんに見られでもしたらあらぬ誤解を受けそうだし。
「えぇ、じゃあ失礼して……しょっと……」
窓枠を乗り越えポフッと寝具の上に着地する。
「…………っ」
着地の際の胸の揺れ方、ゆさって感じだった。
「あの、幸平……あのね……昨日はありがとう……。主人公になってくれるって言ってくれて……すごく嬉しかった。昨日はちゃんとお礼を言えなかったから。家に戻ったら幸平すぐに部屋に籠ってしまったし……」
そういえばあまりに現実を受け入れられなくて戻ってから碌に会話もしてなかった気がする。
「か、神楽さんには悪いけどさ。確かやるとは言ったけど俺は、変に期待しないで欲しいっていうか……。俺はきっと期待に応えれないから……」
こういうのは最初が肝心、俺の嘘偽りない本心を彼女に告白する。
「…………あの、神楽さん? 聞いてる?」
「さっきから気になっていたのだけど、私のことは名前で呼んでくれないかしら」
「俺の話聞いてた?」
「? 聞いてたわ。でも幸平は主人公でしょ? 私、最初から完璧な主人公なんていないと思うし、幸平ならきっと立派な主人公になれると思うの。その為にはヒロインの名前くらい呼び捨てにしてもらわないと困るわ」
「うん何も伝わってないね」
「いいから、ね? ほら呼んでみて?」
俺の名を言ってみろ! と聞いて回る鉄仮面ばりに名前に拘るな……。
早く呼べと言わんばかりに、ずいっと身を乗り出し自らを指差しアピールをする。狭い寝具の上、あっという間に隅に追い込まれてしまう。
「そ、そんな急に言われても……」
俺、今まで女の子を名前で呼んだことないのに……! だって女の子と仲良くなったことなんてないし! どれくらい仲良くなったら名前で呼んでいいのか分からないし! もし勇気出して名前で呼んで『え? 名前呼び? こいつが?』みたいな顔されたら立ち直れないし!
「幸平?」
「…………生芽、さん……」
やった! 呼んだぞ! 頑張った俺! 俺はやれる奴なんだ! 俺は長男だから呼べたけど多分次男とかだったら無理なやつだったね!
「違うわ。呼び捨てでもう一回」
まじすか……。
うわぁ何そのキラッキラした目は……。期待で押しつぶされそうだよ……。
「…………い、いぶき……」
「もう一度、もっと滑らかに」
「……いぶき」
「もっと感情を込めて」
「生芽!」
羞恥心を誤魔化すように一際大きな声で名を呼ぶ。
神楽さん……いや生芽は、満足げに頷き手を伸ばす。
「うん、これからよろしくね。幸平」
「ヘァ!?」
急に手を掴まれたもんだからヒトデ〇ンみたいな声が出てしまった。
細いくせに柔らかくて暖かい。
とても彼女が人工的に創られた存在だなんて思えない手だ。
「じゃあ私は下で朝食の準備をしているから、身支度して下にきてね」
ただ名前を呼ばれただけだと言うのに、えらく上機嫌で部屋を去っていった。
一応、念の為に頬を引っぱたいてみたが普通に痛かった。
※※※
洗顔、髭剃り、髪のセットを手早く済ませ、制服に腕を通す。
時計の針を見ると、いつもよりも大分余裕のある時刻を指していた。
大きな欠伸をしながら階段を降り、ダイニングと併設したリビングへ向かう。
「意外と早かったのね。それとも男の子の朝の準備ってそんなもの? 悪いけどもう少し待っていて貰える? もうすぐ準備が出来るから」
フライ返しを片手にキッチンカウンターから顔を出したのは制服の上にエプロンを纏った生芽だった。
ほほう、制服エプロンですか……。大したものですね。
学校の制服というそれだけでも強い属性を持つ衣服に、エプロンと言う全くの別の属性を咥えることで起こる化学反応……家庭的な魅力に加えて、何故か背徳的な要素すら含まれている。まさに光と闇の性癖を刺激する表裏一体型のコスチュームと言えよう。母さんがエプロンしてても「あぁ……オカンやなぁ……」としか感じなかったのに不思議なものである。
「幸平、手が空いてるならお皿を並べてくれる?」
「アッ、ハイ、ッス」
どうしてコミュ障は、喋るときに『アッ』って付けてしまうんやろなぁ……。
正直慣れない、このとんでもない造形美をした少女に話しかけられるのに全く慣れない。普段、クラスの女子に事務的な連絡をする時でさえ、綿密なシュミレーションしている俺が、軽快なレスポンスを行えるわけ無くない?
それから程なくして朝食の準備が整った
「出来合いのもので申し訳ないのだけど」
「充分立派なもんだと思うけど……」
朝食のメニューは白米に鮭の塩焼き、だし巻き卵に、レタスとプチトマトのサラダ、ワカメの味噌汁。スタンダートな朝食と言ったところだ。
「いつもはどんな朝食だったの?」
「食べないか……コンビニで菓子パンとか……?」
いつも限界まで寝てるからね。
そんな俺の返答に生芽は呆れ混じりの溜息をつく。
「今日からはちゃんと食べること。菓子パンを食べるなとは言わないけどしっかり健康には気を使わないとね。幸平のお父様とお母様に面倒を見るように言われてる――って設定なんだから」
設定なのか。いや別に良いんだけど。
「なんか悪いな……」
「良いの、気にしないで。それよりも早く頂きましょう」
「あ、うん」
生芽の作った朝食はどれもちょっとした小料理屋に出しても遜色ない味だった。短縮しても大差ないような手間を惜しまずに丁寧に調理しているのが素人の俺でも分かるレベルだ。
「どう?」
「……ん、旨い」
「そう」
「「…………」」
無言の食事、とても気まずい。いつか生芽と談笑しながら食事をするような未来が訪れるんだろうか。