4-6
「生芽……!」
一際巨大なコンピュータのそばで生芽を発見した。
入院患者が着るような病衣を纏い、寝かされている。
駆け寄り肩を揺すって呼びかける。
「生芽! おいしっかりしろ! 無事なのか!? 変なことされてないか!? なぁおい!」
呼びかけに生芽の瞼がうっすらと開き――
「幸平……?」
瞳が大きく見開かれる。
「そうだ俺だよ!」
「幸平――!」
生芽が俺を抱き寄せる。
「ありがとう! 助けに来てくれたのね! 私! 信じてた! 絶対に助けに来てくれるって! だって幸平は主人公だもの! あの時は何か事情があったんでしょう? だって幸平が、主人公が私を見捨てる筈ないもの――! ずっとずっと待ってた……実はね、ごめんなさい……ほんの少しだけ幸平を疑ったの……本当に幸平に見捨てられてしまったんじゃないかって……。幸平がそんなことする筈ないのに……」
耳元で生芽の歓喜の言葉が紡がれる。
だがこれは俺に向けた言葉ではない。生芽の創り出した理想の主人公、須賀幸平への言葉だ。
「幸平? どうしたの黙って……きゃっ」
俺は生芽の肩を掴み引き離す。
「ごめんな、生芽……」
「何? どうしたの突然……いたっ……肩、痛いわ……」
「ごめんな、生芽……。俺は、俺は生芽の主人公じゃないんだ。生芽の思っているような須賀幸平は、存在しないんだよ」
「何を……言ってるの……?」
「俺はあの時、生芽を見捨てたんだ。怖くて、辛くて、痛くてさ……。俺は逃げたんだよ、生芽を見捨ててさ……。俺は自分のことしか考えてなかった。生芽のことなんてこれっぽっちも考えてなかったんだ。だから一度も振り返らなかった」
「嘘よっ! だってこうして助けに来てくれたじゃないっ!」
「嘘じゃない。ここに来たのは俺の為、お前を見捨てた罪悪感から解放される為だ」
「……偽物だわ」
明確な拒絶の言葉だった。
「偽物! あなたなんて幸平じゃないっ! 主人公じゃないっ! 偽物っ! 偽物っ! この偽物っ! 返して! 返してよぅ! 私の幸平を、私のヒーローを返して!」
泣きじゃくる生芽の手の平が俺の頬を何度も打ち付ける。今日一堪える痛みだった。
「生芽、俺を見てくれ……」
顔を背ける生芽の頬を両手で挟み、半ば無理やり視線を合わせる。
「これが俺だ……。本当の俺なんだよ! あの時見捨ててごめん! 生芽を見ようとしなくて、知ろうとしなくてごめん! 怖かったんだんだ! 生芽のことを知るのも、俺のことを知られるのも……! 人と深く関わるのが億劫で、俺がダメな奴だって知られたくなくて……それで…………」
「…………何で、幸平が泣いてるのよ……」
いつの間にか俺は涙を流していた。本心を伝えることがこんなにも怖いなんて知りもしなかった。
「幸平が主人公じゃなかったら……私は何なの……? それじゃ私、何のために産まれたの……? 主人公が居なかったら、私には何も無い、何も無いの……」
生芽が力なく呟く。
「何も無いわけないだろ」
「え?」
「どうやって俺がここまで来れたと思う? 俺一人でこんな所まで来れるわけ無いだろ? 『箱庭』の職員の人達が助けてくれたんだ。南雲さんも、水木さんも、他の職員の人達も」
「……それは私が実験の道具だから」
「違う。それは絶対違う。何であの人達が生芽を気に掛けるかなんて生芽が一番分かってる筈だろ? 職員の人達言ってたよ。一緒に料理の練習をした。勉強をした。挨拶をしてくれた。雑談に付き合ってくれた。全部、生芽が生きた証だ。皆、生芽のことが好きだから、大切だから助けてくれたんだよ。ほら、何も無くなんてないじゃないか。主人公なんて居なくったって、ヒロインじゃなくたって、生芽は、神楽生芽で良いんだよ。だからさ……帰ろう、皆の所に」
俺は涙を拭い生芽に手を差し伸べる。
あの時、差し伸べられなかった手を――手を差し伸べる誰かとして
「本当に……? 本当に私はただ生きていても良いの……? 理由なんて無くても……?」
生芽が遠慮がちに差し伸べた手を握る。俺はそれをしっかり握り返した。
「当たり前だろ。難しく考えすぎなんだよ。実験なんて気にせずに好きに生きれば良いんだよ。あの人達、生芽を廃棄にする気なんてはなから無いんだ。俺をその気にさせる為の方便だったんだよ」
「…………じゃあ……もう一度、ヒロインをやり直したいって言ったら、主人公をしてくれる……?」
「えぇ!? いや……それはその……」
ここはイエスと言うべきなのだろうが、これだけやらかしておいておいそれと任せろなどと言えるはずもなくモゴモゴしてしまう。
「ふふっ、冗談よ。暫くは主人公もヒロインもこりごりだわ。――――でも、今だけは主人公をやってくれる?」
「そ、それはどういう意味……?」
「ここから助け出してくれるんでしょ?」
「うぇ、わっ、わっとぉ!?」
生芽の腕が首に回され、軽やかに生芽の体が宙を舞う。
「これは……お、お姫様抱っこ……?」
「ヒロインが救い出されるなら、お姫様抱っこが定石でしょう?」
俺の腕に抱えられながら生芽が微笑む。
「悪い……腕が限界かもしれん……」
「もうっ! 本当に幸平は主人公に向いてないわね!」
「生芽もヒロインとしてはどうかと思うけど」
「じゃあお互い様ね」
「そうだな」
そうして二人で笑い合った。




