4-5
白井金嗣、27歳。
表向きは、数々の発明、化学科学電子工学物理学など数々の分野で功績を残し、その傍らで慈善事業団体の運営や、複数の会社を経営する青年実業家。その裏では、条約ガン無視の大量破壊兵器の設計製作販売を一手に引き受けるブローカーであり、非人道的研究・実験を繰り返すマッドサイエンティスト。
事前に聞かされていた白井金嗣の情報を思い返す。明らかにヤバい奴だ。『箱庭』というこの世界の断りから外れた秘密結社の情報を掴み出し抜いた男。規格外の天才。
そんな男が生芽を攫った目的は何なのだろう。想像など出来ないが、碌な事でないことは確かだ。
エレベーターの扉が開く。
薄暗い部屋の中、一定の間隔で半透明の液体に満たされた円錐の水槽が所狭しと並んでいる。水槽の上部には幾重ものケーブルやチューブが伸び、天井を伝い奥の巨大なコンピューターらしき物に繋がっているようだった。
さらに幾つかの水槽の中身、それこそがこの部屋を異様に見せている最もな原因。水槽の中に浮かんでいる何か──大きさも成長具合もまちまちだが、まるで人間の胎児の様に見える。
「めちゃくちゃ悪趣味だな」
人が持つべき道徳観とか、倫理観というものが完全に欠落している。見ているだけで嫌悪感で胸焼けするような光景だ。
「人の家に勝手に侵入しておいて、悪趣味とは随分な言い分ですねぇ」
機材の影から白衣の男が現れる。
「白井……!」
「おや、覚えていてくれたんですか? 光栄だなぁ。呼び捨てだなんて僕達もう友達ですね」
「生芽は無事なのか?」
「…………生芽……? あー……あぁ! あの人形ですか! 勿論、無事ですよ。今の所は五体満足でね。今はあちらのメインコンピューターで、色々と解析させて貰ってますよ。では次は私の質問に答えて貰ってもよろしいですか? どうして貴方のような人がここまで辿り着けたんでしょうか? あぁそうか、あの得体のしれない秘密結社に手助けして貰ったんですね! これは不足の事態だ……。てっきりあの組織は干渉などしてこないとばかり思っていましたが……。まぁ送り混んできたのが貴方一人ということは、この程度の干渉が精一杯ということでしょう」
自分の質問に、自分で正解へと辿り着いている。気味の悪い男だ。
「あ、そうそう折角なので私の作成した作品を見てもらえませんか? 直接意見を聞ける機会も無いでしょうし」
白井が手元の端末を操作すると、周囲の空の水槽に、気泡と共に何かが浮上する。
「…………生芽……?」
生芽だった。一糸纏わぬ姿の生芽が水槽の中に浮かんでいる。それも数にして数十体。
「おぉ! 良い反応ですねぇ!」
「これは……一体……?」
「これはですねぇ。あの人形……神楽生芽さんでしたっけ? アレを元にした複製体です。どうです? 瓜二つでしょう?」
「どうしてこんなもの……」
「実はとある国から無尽蔵に産み出せる人造兵士を作れないかと依頼を受けましてね。面白そうだから依頼を受けたんですが、恥ずかしい話、難航しておりまして……。この人形達のように外見は、ほぼ完璧に精製できるのですが、何故か目が覚めないんですよねぇ。心臓は動いているし、脳に必要な情報も入っている。なのに目が覚めない。俗にいう魂が宿らないんです。魂の重さは21グラムと言いますが、その21グラムの謎が天才の僕でも解明出来なくてですねぇ。いやヘコみましたよ。自信失いそうでした。そんな時に噂を聞いたんです。何処かの秘密結社が完全な人造人間を創りあげたと……」
「そんな理由で生芽を攫ったのか……」
「ご名答。ここに並んでいる人形も、オリジナルと遺伝子レベルで同じように培養したんですがね……。この通りピクリともしません。この状態でも世界中の好事家が良い値で買い取ってくれそうですがねぇ。どういう使い方をされるのかは想像が付きませんが。ま、オリジナルが手に入った今、魂の精製も時間の問題です」
「お前は、どこまで……ッ!」
「なぁにを怒ってるんです? 貴方、私を責められる程、高尚な人間でしたっけ? あの時の傷は治りましたか? 貴方が彼女を見捨てて逃げ出したあの時の傷は! あれは傑作でしたねぇ! 貴方にも見せてあげたかったですよ、彼女のあの時の表情……! 僕、性的な欲求薄いんですけどゾクゾクしちゃいましたよ!」
頬を紅潮させ、身をくねらせるこの男は、心の底から俺を見下している。
「そう言えば……聞くのを忘れていました。貴方は一体、何をしに来たんです?」
白井からの問いになんと答えるべきか一瞬の逡巡。
俺は、俺自身の為にここに来た。生芽を助けるのも結局は俺の為、利己的な行いだ。だけど、ここでそんな言葉は似つかわしくない。だから俺は皮肉と自戒を込めて主人公のような口上を宣言する。
「そんなの決まってる。――悪党をぶっ飛ばして、ヒロイン(神楽生芽)を救う為だ!」
白井は目を丸くし肩を震わせる。
「貴方が? 僕を? くはははははっ! 面白い! 面白いですねぇ! ま、まるで主人公だ! ひひひっ! 凄く格好良いです! 本当の主人公みたいですよ! 凡人の割にはモノマネが上手じゃないですか!」
「そうさ……俺は凡人だよ……。だけどさ、たとえどんなに無様で滑稽でも、分不相応でも……今だけは……主人公らしくするべきなんだ! しなきゃいけないんだよ……ッ!」
上着を脱ぎ棄て、白井へ向けて走り出す。ボディスーツも、コンタクトの機能も切った。
こいつは……白井だけは、俺だけの力で勝たないと倒さなきゃいけない。じゃないと前に進まない……!
「おおおおおっ!」
「うわっ……や、止めろ! く、来るな、くるなぁーっ! ――――なんてね」
「!?」
白井は飛び掛かる俺を難なく避け、その動きを止めずに回し蹴りを放つ。ガラ空きの脇に衝撃を受け、咳き込みながらも何とか態勢を立て直す。
「おや意外そうな顔ですね。まさか僕をお勉強だけのガリ勉だとでも? 護身術くらいは嗜んでますよ。まぁ全て通信教育ですがね」
「くそっ……格闘技も出来るのかよ……。ズルだろそんなの……」
幸なことに白井の一撃は思ったよりも重くない。筋力が足りていないのだ。
「いい加減、苛つくんですよねぇ……。天才である僕の時間を浪費してるって自覚ありますかぁ? 凡人の分際で天才である僕の邪魔をするなんて…………ここは君のような凡人が立って良い場所じゃあ無いんだよ! 分というものを弁えろ凡愚ッ!」
「ぐっ! ――がっ! ――かはっ!?」
ボクシングに合気道、柔術、空手、様々な武術に翻弄される。
一発一発は軽いが着実にダメージは蓄積されている。
「はぁ……はぁ……しぶといですねぇ……」
「アンタに……筋力が無くて、本当に良かったと思ってるよ……」
「ほざけっ!」
「グゥッ!?」
肘打ちを鳩尾に受け、膝が崩れる。
「ゲホッ、ゲホッ……」
「いい加減倒れないか!」
「ぶっ、………………ぶはっ、……くそ痛ぇ…………」
文字通り滅多打ち。付け焼刃とは言え天才の武術に、俺のような凡人が対応出来る訳も無く、一方的な猛攻を受け続ける。
「…………あー……ほんと痛い……痛すぎて涙が止まんねぇ…………」
このまま気を失えたらどれだけ楽だろう。そんなことを考えてしまう。
「い、いい加減にしろっ! ぜぇっ……ぜぇっ……このっ……はぁっ……くそっ……諦めろ
っ! いい加減に!」
「……っ痛……、……スタミナも無くて助かってる」
白井の息は荒い。絶え間なく俺を攻撃し続けているのだ。無理はない。
「これでっ――――げはっ!?」
挑発に乗った白井の踏み込んだ足が縺れ姿勢が崩れた所に一発お見舞い。ようやく一発だ。
「がぁぁあ!? なぐっ、殴ったな!? 天才の僕の顔を! 僕の脳細胞にどれだけの価値があると思ってる!?」
「知るか……、大して効いてやしないだろ……? 喧嘩もしたこと無い凡人の拳だぞ……?」
自身の流した鼻血を拭いわなわなと震える。怒り心頭と言った様子だ。
天才の自分が、こんな凡人に一撃貰ったことが相当許せないらしい。
「くそっくそっくそっ! このガキッ――!」
スタミナ切れの白井と、ボロボロの俺、これでもイーブンとは言い難いが、やっと戦いになる。
「こっから先は泥仕合だ……! 来いよ、天才……! かかってこい……っ!」
「凡人がっ、天才の僕にっ、指図するなぁぁァァアアアアアっ!!!!」
それは泥仕合も泥仕合、まるで子供の喧嘩のようだった。
お互いを殴り、引っ張り、引掻き、転がりながら掴み合う。
暫くして互いに距離を取り膠着する。荒い息、口の中は血の味がするし、体中が痛い。汗とか鼻血とか鼻水とか、いろんな液体でびっしょりだ。
でも相手も同じ、白井も同じだ。
「なぁ……アンタ……何がしたいんだ……? 世界征服でもしたいのかよ……」
それは体力を回復させようという利害の一致だったのか気まぐれだったのかは分からない。けれど白井は答える必要のない、俺の質問に返答した。
「世界征服ぅ……? そんなこと興味ありませんよ……。はぁっ、ふぅ……僕はただ、僕がどこまで高みに行けるのか知りたいだけ……」
「……ははっ、そうか……そういう事か……」
「な、何がおかしい!」
「いや……おかしくない……。ただアンタは俺に似てるなって思ってさ」
「似てる!? この僕とお前如きが!?」
白井はあっという間に顔を真っ赤にして俺に殴りかかる。よっぽど腹に据えかねたらしい。
「僕の! どこがお前に似てるっていうんだ!?」
白井の拳が左頬を捉え、頬骨が軋む。その手応えに白井は勝利を確信した歓喜の表情を浮かべ――――
「――ァ、お前ェ!?」
その笑みを引きつらせた。
俺は頬を打った白井の腕をガッチリと掴み、引きつけながら、そのまま後ろに下がる。
白井は渾身の力で俺を殴りつけた不安定な態勢を維持できずに、バランスを崩しつんのめった。
「アンタは確かに天才で、俺に無いものを沢山持ってる。だけど中身は俺と変わらない。俺と一緒で覚悟も信念も無い、空っぽで薄ぺっらな人間だ」
「こ、の……ッ! 凡人風情がぁああああ────ッ!?」
白井の顔面に拳を叩きつける。
不安定な体勢のまま腕を掴まれ衝撃を逃がすことも出来ない正面からの一撃。白井の体から力が抜け沈黙する。
「アンタなら俺と違って本当の主人公にもなれたかもしれないのにな」
その場にへたり込む俺の呟きに白井が答えることは無かった。
明後日くらいに最後のepとエピローグでcase1は完結です。来週くらいにはcase2〜異世界編を書いていきたいです(願望




