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「あぁあああああああっ!? アナタはさっきの!?」
今時、少女漫画でもなかなかお目に見ない、テンプレラブコメっぽい台詞が教室に響き渡ること数秒。
…………。
で、俺はどうすれば良いのだろうか……。もしかして『お、お前はあの時の!?』的なテンプレ返しを期待されている……?
なるほど、なるほどねぇ……。
…………。
俺はそっと目を逸らし、何も気づいてないですが? と言わんばかりに窓の方へと視線を傾けた。
いや無理、マジ無理だから、俺のクラスでの立ち位置的に、『お、お前はあの時の!?』なんて言い出したら、空気が凍り付くこと間違いなしだ。笑い者にされるに決まっている。
何度も言うようだが俺は凡人なのだ。俺はそれを誰より知っている。
もしかしたら主人公なのかも!? と、そりゃちょっぴり期待はしたが、実際やれるかはまた別だ。現状が物語るように意気地もなければ度胸も無い。ついでに信念もなにも持ち合わせていないのだ。ここで『お、お前はあの時の!?』なーんてかませる様なら、俺はもう少し楽しく人生を過ごしていることだろう。
彼女がテンプレ台詞を発してから数十秒。
「ど、どうしたんだ神楽、突然大声なんか出して、し、知り合いでもいたのか?」
「えっ、えっと………………っ」
我に返った担任から心配される始末であった。
心なしか頬が染まっているように見える。
自己紹介でスベッた時のような微妙な雰囲気の中、一人の男が声をあげた。
「お、お前はあの時の!?」
大仰な動作に、演技がかった調子で放たれた声の主は――
翔だった。
そう、俺の前の席の。
アニメTシャツを着たアイツである。俺を含め教室の誰もが唖然とする中、翔は周りに聞こえない程の声量で「これで俺が――俺がッ! 主人公だ!」と某マイスターのような宣言をしていた。満足そうな顔をしている。
「な、何だお前ら――」
「知らない人です」
恐らく『何だ、お前ら知り合いか? じゃあ席は……』と続く台詞を遮るように転校生がぴしゃりと即答する。
「私が言っているのは、あの人の後ろの席の人です」
「後ろの席というと……須賀か……?」
「はい。彼を立たせてください」
妙な迫力で担任も言いなりだ。
「う、うむ……よく分からないが須賀、立ちなさい」
なんてこったい。こんな力業ありかよ……。
仕方がないないので観念して立ち上がる。やだなー……めちゃくちゃ心臓バクバクしてるよ……。
目の前で立ち尽くしていた翔は、交互に俺と転校生の方を視認すると、音もなく席に着いた。こんな悲しげな背中、見たことないや……。
「貴方、須賀幸平よね?」
相対する俺に転校生が言い放つ。
「確かに、俺は須賀幸平だけど……」
目を細め口を一文字に結び値踏みするかのような瞳で俺を見つめる転校生。
「そうよね、貴方が須賀幸平よね」
「はぁ、まぁ、はい……」
自己紹介もまだなのに、何で俺の名前を? 名簿か何か貰っていたのだろうか。
「貴方、今朝私とぶつかったわよね?」
「あー……多分、はい……あんまり覚えてないけど……もしかしたらそうかも……」
「では私に言うことがあるんじゃないかしら?」
「い、言うこと……? えっと、あの……すいませんでした……?」
「もうっ! そうじゃないでしょ! わざとやってるの!?」
もしかして、もしかしなくてもあの台詞を言えということなんだろうか……。
数秒の葛藤の末、干上がった喉から言葉をひり出した。
「……お、お前は、あの時の……?」
……め、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが…………。ほら、クラスメイト達が俺のことクスクス笑ってるよ……。
非常に冷めた雰囲気のクラスメイト達とは裏腹に、転校生は満足げに頷いている。
「先生、もう良いです。続けてください」
「ぉおお、じゃあ……あ、何だお前ら知り合いか? じゃあ席は須賀の隣で良いな。丁度席もそこに用意してあるし。色々面倒見てやるように」
なんでや。
一体、今のやりとりの何処に知り合い要素があったのだろう。よしんば知り合いだとしても明らかに友好的な雰囲気ではなかっただろ。
言いたいことを飲み込んだ俺の横の席に転校生がやってくる。
「ねぇ、――幸平」
親しげな囁き声で呼ばれ、まるで吸い寄せられるように顔を向ける。
「幸平、これからよろしくね」
そう言って微笑んだ彼女--神楽生芽は、期待に胸を膨らませた小さな子供のような表情をしているように見えた。