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「水木君、見たまえ幸平君の覚悟を決めた顔を、主人公然としてきたとは思わないかい? 僕たちは今、主人公の誕生を目にしているのかもしれないねぇ」
「いえ代表、よく見て下さい。須賀幸平さん、涙目です。滅茶苦茶涙目ですし、ずっと体を小刻みに震わしてます。あれ完全にビビってますよ」
「いやいやまさかそんな、あれだけ覚悟決まったみたいな雰囲気を出しておいてそんなまさか…………本当だ、凄い涙目だし震えてるね」
生芽を救出に向かうトラックを模した特殊車両の後方で、俺、須賀幸平はご指摘の通り、涙目で震えていた。
「な、何なんですか!? さっきから! 悪口ですか!? 悪口ですよね!? えぇそうですビビってますよッ? 涙目ですよッ!? こっちは無い勇気ふり絞ってここにいるんですからちょっと黙ってて下さいよッ!」
少しばかり覚悟が決まったとは言え、怖いものは怖い。仕方が無いのだ。それにこの車両に乗っている他の職員達もなんだか俺のことをチラチラ見てきて居心地が悪い。ここのスタッフは俺が生芽を見捨てて逃げ出したのを知っているのだから俺への心象は最悪なはずだ。彼等の視線から「これがヒロイン見捨てたっていう主人公もどき……?」「あんだけ無様晒してよくここに居れるよな」「今更、主人公気取りとか痛すぎ」「キモッ」「死ね」「最低」と言われている気がしてしょうがない。
「ま、まぁまぁ落ち着きなよ。心配なのは分かるけど、今からそんなに根を詰めてたら到着まで持たないよ? それに僕達も出来る限りフォローするしさ」
「手助けしてくれるのは、ありがたいですけど……。ぶっちゃけ俺が生芽を助け出せる確率ってどれくらいなんですか?」
「コンピュータの試算によると本作戦の成功率は75%です」
「ほら3/4も成功するんだよ?」
「1/4で失敗するじゃないですか!?」
命を懸けるにしては大分心もとない確率に思えるのは俺だけだろうか。
こんな時まで情けない自分に嫌気がさすが、怖いものは怖いし、ビビりなのも仕方がない。逃げ出していないのを褒めて欲しいくらいだ。
「なぁ幸平君、君は主人公という言葉を大きく捉え過ぎなんだ。主人公だのヒーローだの大層な言葉のように聞こえるけどね。それが意味することというのは大層なものではないと僕は思うんだ。誰かを想って、誰かの為に決断をする。何かを成す。小さなことでも良いんだ。人の為に何かをしようとする者をヒーローと呼ぶんじゃないかな。だからね、本当は誰にだってなれるのさ。ヒーローってやつにね」
『――――誰だってなれるの。勿論幸平にもね』
南雲さんの言葉に、生芽に投げかけられた言葉が重なる。
「手を差し伸べる誰か、か……」
あの時は、自分が誰かに手を差し伸べるなんて考えてもいなかった。むしろずっと俺は差し伸べられる側だと思っていたくらいだ。
「こ、幸平君、大丈夫かい? 急にニヤついたりして……」
「いや大丈夫っす。南雲さんの言葉に感動しちゃって」
「本当かい? いやまぁ確かに自分でも良いこと言ったと思ってたんだよねぇ! はははっ!」
自分の手の平を見つめて考える。俺のこの手は、誰かの手を掴むことが出来るのだろうかと。
「………………」
「今度は顔が真っ赤だけど、本当に大丈夫かい!?」
「い、いえ……我ながら似合わないモノローグをしてしまったなって……」
※※※
車両が静かに停車する。
「到着したね。準備は良いかい?」
「心の準備が出来てるかと言われたら絶対的に出来ないですが?」
「そこは嘘でも出来ていると言って欲しかったよ」
そんなこと言われても準備出来てないし、準備出来る気もしないのだから仕方がない。仕方がないことばかりだ。
「これ以上、近づくと相手側に目視されてしまうから、ここからは幸平君に一人で向かって貰うことになる」
「……はい」
「相手側の監視網は既にこちらが完全に掌握している。監視カメラも警報装置もその他もろもろ人道に反してそうなセキュリティは全て取り除いている。相当派手に暴れなければ見つかることはない筈さ」
人道に反してそうなセキュリティの辺りが引っかかったが、怖いので聞かなかったことにした。
外へ出ると辺りは山に囲まれた局所的な盆地。視線の先には高い金網に囲まれた工場のような建物が見える。あそこが目的地。生芽があそこにいる。
「あ、あの……!」
声を掛けられ振り向くと。
車両の中に居た職員達が集まっていた。
その誰もが目に強い意志を宿し俺を見据えている。
な、なんだ? やっぱり俺、責められるのかな……? 職員からすれば皆、生芽を知っているはずだし、生芽のことだ悪い関係を築いているといことは無いだろう。ともすればそんな彼女を見捨てた俺に彼等彼女等は言いたいこともあるはずだ。俺はそれを受け入れなければならない。
「ありがとうございますっ!」
目の前の小柄な女性が大きく頭を下げた。
それに続いて他の職員達も矢継ぎ早に俺に感謝の言葉を口にする。
責められると思っていた俺は、予想外の言葉の数々に間の抜けた顔をしてしまう。
「私、生芽ちゃんに料理を教えてたんです。彼女、最初は目玉焼きも上手に創れなかったんですよ? 最初は私も仕事だからって割り切ってたんですけど、一緒に料理してる内に仲良くなっちゃって……。彼女、不器用な所があるしちょっと思い込みが激しい所もあるけど、とっても良い子なんです! 彼女が攫われて、私達には助けることが出来ないって聞いて……でも貴方が立ち上がってくれた……! お願い、彼女を助けてあげて……!」
「彼女、一介の研究者の僕達にいつも挨拶してくれたんだ。僕等のエゴで産み出されて、恨んでもおかしくないっていうのに、産み出してくれてありがとうって言ったんだ。そんな彼女を、こんな終わらせ方をして良い訳ないんだ。君が決意をしてくれたおかげで彼女は、まだまだ色々な経験が出来る……! その可能性が生まれたんだ。重荷になるかもしれないが聞いて欲しい。頼む彼女を救い出してくれ……!」
「私は、生芽に髪の結い方を教えたわ」「俺は仕事の愚痴を聞いてもらった」「勉強を教えたのは私」「一緒に映画を見たわ」「家事を教えた」「お勧めのアニメをちゃんと見て感想を聞かせてくれた」「俺は……!」「私は……!」「僕は……!」「あたしは……!」
そうか……この人達は、生芽のことが好きなんだ。だからここまで来てくれたのだ。自分達では直接助けに行くことが出来ないから。こんな情けない俺なんかを頼って……。
なんだよ生芽のやつ。俺なんかに固執しなくても、こんなに生芽を見てくれている人がいるんじゃないか。
「ほらほら君達、そろそろ持ち場に戻った戻った! 幸平君が出発できないでしょうが~!」
職員の皆が名残惜し気に車両へと戻っていく。
「こちらからのナビゲーションは水木君が対応するからね。適宜従ってくれ」
「分かりました。じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。二人で帰ってくるのを待っているよ」
俺は一歩を踏み出す、自分の為に、そして生芽の為に。




