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「……」
ショッピングモールを散策中、生芽がふと足を止める。
その瞳は一枚の掲示物を映していた。
『ブライダルフェア 始めました』
無駄を削ぎ落したというか、手抜きというか、逆にデザイン性があるというか、冷やし中華始めましたの張り紙のように、そんな文字が書かれていた。
「へー、こんなイベントもやってるんだね」
「ブライダルって結婚式ってことか……?」
「行ってみよっか? 生芽ちゃんすっごく興味津々みたいだし」
「べ、別にそんなこと……まだ式は教会式でやるか神前式でやるかも悩んでるのに……!」
その結婚式は一体誰と行う予定なのだろう。いや深く考えるのはよそう。
俺は何気なくスマホで『結婚式 費用』と検索し表示された金額に思わず真顔になる。……え、結婚式ってこんなにするの……? 世の結婚式挙げてる人達は貴族か何か……?
「この先みたいだね」
俺が結婚式の支出について調べている間に、話が纏まったようだった。
「そもそも俺等が行っても良いようなとこなのか?」
「問題無いでしょ。少なくとも私と司はもう結婚できる年齢なのだし」
その発言が妙に生々しく感じ二人から目を逸らしてしまう。と同時に二人のウェディング姿と白無垢姿を想像してしまった。生芽は白無垢が映えそうだし、司さんはスカートの裾が広がったタイプのドレスが似合いそうだ。
「ん? いやそもそも生芽の歳ってオブッ……!?」
俺の人造人間の年齢ってどうなん? という俺の疑問は生芽の手刀が喉を打ち抜き、立ち消えとなる。
「幸平ったら女性に歳の話はタブーなのよ? 私の肉体年齢はピチピチの16歳なんだから? お判り?」
「ゲフゲフッ……す、すみませんでした……。で、そのフェア会場って本当にこっちであってるのか?」
通路の先を見通してみてもそれらしき場所は見当たらない。
そもそも今いるエリアは増新設したばかりのエリアらしく店舗が入っていないテナントも多い為、他エリアと比べて閑散としている。
「地図的にはこの奥の筈なんだけど……あ、ここじゃないかな?」
「ここぉ? 本当に? 式は式でも葬式とかお通夜みたいな雰囲気出てるんですけど……」
しかしながら大きな木製の扉の前の看板には確かに『ブライダルフェア会場』と書かれている。
「看板も出てるしここの筈なんだけど……」
「入ってみれば分かることじゃない」
「取り敢えずちょっと中を覗いてみよう」
扉を少しだけ開いて中を覗いてみる。
そこには受付と書かれた長机に二人の女性が暗い顔をして並んで座っていた。
「やっぱりこれブライダルフェアじゃないでしょ? 絶対葬儀系の会社だって」
「でも奥に見えるのドレスじゃないかな?」
「でもなんかお経みたいなの流れてるし」
「待って、これウェディングマーチじゃないかしら……。音質が悪すぎてお経みたいに聞こえているのよ」
「え、じゃあここ本当にブライダルフェアの会場なの?」
「しっ、受付の人達何か喋ってるよ」
俺達は確証を得るべく受付の女性達の会話に耳を澄ませることにした。
※※※
「お客さん……来ないですね……」
「そうね……来ないわね……」
女性二人は部下と上司といった所だろうか。
「……このイベント始まってもう1週間くらい経ちますよね」
「そうね」
「私の記憶が正しければ、まだ一組も体験会どころか見学にすら来てないですよね」
「そうね」
「もう一つ良いですか? ──私のお給料、出ますよね」
「勘の良い部下は嫌いよ、由美ちゃん」
「ですよねぇ! 良かったぁ…………え? えぇぇええええ!? え? 出ますよね、お給料ッ!」
「由美ちゃん落ち着いて聞いて、このイベントのテナント代とか諸々の諸経費で我が社はスカンピンよ」
「またまた~、そ~んなこと言っても、人件費は別に取ってあるんですよね? ね?」
「あのね由美ちゃん。正直に言うから落ち着いて聞いて欲しいんだけど、うちの会社は今月中に式の予約を3本取らないと融資が打ち切られて倒産なの♪」
「そんな良い笑顔で親指立ててもダメですよ! 私この1週間ずっとここに座ってるだけじゃないですか!? おかげで1週間前に始めたソシャゲのイベントで上位入賞しちゃいましたよ!」
「由美ちゃん、仕事中にゲームなんて感心しないわね。もっと社会人としての自覚を持たないと」
「アンタは経営者としての自覚を持ってくださいよ!? 嫌だッ! 新卒2ヵ月目で会社が倒産で無職なんて嫌ですよ~っ!」
「大丈夫よ、貴方一人を無職になんてさせないわ。無職になるときは私も一緒よ!」
「いやぁああああああ!? どうしてこんなことに!? 就活の時は堅実経営の優良企業だと思ったのに!? アットホームで若い内から成長のできる会社って言ってたじゃないですか!?」
「あんな明らかににブラックな説明会を鵜呑みにして、キラキラした目で面接を受けに来た由美ちゃんを見たときに私、感じたのよね。こんなアホで使い勝手の良さそうな子を逃す訳にはいかないって!」
「想像以上に最低な理由だ!? もう良いです! こんな会社辞めます、今日限りで辞めさせて頂きます!」
「ここを辞めてどうするの? 実家に帰る? たった2ヵ月で仕事を辞めて帰ってきた娘を、親御さんはどう思うかしらねぇ。次の就職にも響くかも……」
「くぅっ……!」
「理解したら席に着いて。そして信じるの、あのドアからお客さんが入ってくるのを――!」
「「「あ」」」
バシッと目が合ってしまった。明らかにヤバそうな雰囲気を感じ、そっとドアを閉める。
「本当にここ見学したい?」
俺の問いに二人の夢見る少女は目を泳がせた。
「んじゃ、さっさとここから離れて――」
「「いらっしゃいませぇ~。お客様ご案内いたしますぅ~」」
ありのまま今起こったことを話す。俺達は扉の外側にいると思ったら、いつの間にか内側にいた。何を言ってるのか分からないと思うが、俺も何をされたのか分からなかった。多分二人はスタンド使いか何かなんだと思う。
※※※
ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱーん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん、ぱぱぱぱん…………
厳かに鳴り響くウェディングマーチとスポットライトに照らされ、スモークの炊かれたウェディングロードを進む。
左右を見れば、白無垢を着込んだ美しい少女と、ウェディングドレスに身を包んだ可愛らしい少女が俺の腕に手を回し照れくさそうに頬を染めている。
何で……どうしてこんなことに……。
――1時間前
それはそれは美しい土下座だった。
良い歳をした大人二人の土下座。見ていて気持ちの良いものではない。
「なるほど、経営危機のこの会社を宣伝する為のモデルになって欲しいということね」
生芽が端的に状況を纏める。
「はい、その通りでございます! 何卒、何卒我々を助けて頂けないでしょうか! どうか、どうかお慈悲をッ!」
責任者らしき女性が頭を地面に擦りつけながら懇願する。
「あの、何で私まで土下座させられてるんですか? 私の仕事ってプランナーじゃありませんでしたっけ……?」
「由美ちゃんシャラップ! もうここしかないのよ! ここで一発バズらないと、私達の明日は真っ暗闇なのよォ!? 私達に明日は無いのよ!? 分かってるの!? 由美ちゃんのお給料もこの宣伝に掛かってるんですからね!」
「いやはや私もこんなにも美しい女性見たことありませんよ! お二人のお力をお借りすることが出来れば、必ずやこの経営危機を打破できると私、確信しておりますですはい!」
由美ちゃんと呼ばれた女性も摩擦で煙が出るんじゃないかって位に床に頭を擦りつけ始めた。社会人って大変なんだな……。
「幸平、私達で力になれるなら助けてあげられないかしら?」
「えぇ本気……?」
「それにこの状況で断れるの?」
生芽の視線を辿ると、いつの間にか土下座をしていた二人が、生芽の足に縋りついていた。
「何卒……何卒……お慈悲を……」
「無職は嫌……無職は嫌なんですぅ……」
こんなの半沢〇樹でしか見たことないよ……。
「生芽と司さんが良いならやれば良いと思うけど」
「こ、幸平がそう言うならしかたがないわね! べ、別に白無垢を着てみたかっただけじゃないんだからねっ」
「何その雑なツンデレ……」
台詞とは裏腹に口元がもにょもにょと緩んでいる。
「実は私もウェディングドレス着てみたかったりして……えっへへぇ……やっぱり女の子としては興味津々な訳ですよ」
「そ、そういうもんなの……?」
司さんもウキウキでニコニコである。
「ありがとうございますありがとうございます! ではではこちらにドレス、御着物、小道具そろってますので……由美ちゃんそっちはよろしくね!」
生芽と司さんが社長と共に奥に消えていく。
さて俺はどうしたもんか。
こういうのって時間かかるって聞くしな。その辺ブラブラしてるか。
「おや、どこ行かれるんです?」
「時間かかりそうなんで、その辺ぶらついてようかと」
「そんな時間無いと思いますけど」
「そんなすぐ終わるもんなんですか?」
「やだなぁ……お兄さんのタキシードとか髪のセットとか、こっちも色々準備あるじゃないですか」
えぇー……、もしかして俺も参加する感じ……?
「モデルってあの二人だけじゃ?」
「なぁーに言ってるんですか、花嫁がいたら花婿がいないとおかしいでしょう?」
「嫌で――」
「もし断ったら、貴方に襲われたって大声出しますから」
「なんてストレートな脅し文句……」
「こっちも手段を選んでられないんですよ……! 生活がッ! 懸かってるんですよ! 今月の光熱費が払えるかの瀬戸際なんですからね!?」
あまりに不憫な心からの叫びに、流石に断ることが出来なかった。
※※※
「チョットマッテヨ!?」
ウェディングロードを進みながらインカムに向けて悲鳴をあげる。
『顔が固いですよ~。笑顔笑顔!』
「色々言いたいですけど何で新郎役一人に対して二人の花嫁が居るんですか!? ここ日本ですよ!?」
俺の知らぬ間に一夫多妻制が導入されていないのであればこの国は一夫一妻制の筈である。
『何でと言われましても、新婦役のお二人が登壇する順番で揉めまして、収拾がつかないのでいっそのこと一緒にしてしまおうと我ながらナイスなアイデアでした。ま、あくまでイベントですし、観客もたいして気にしてませんよ』
「そもそも観客入れるなんて聞いてないんですけど!?」
『あれ? 言ってませんでしたっけ? ていうかこの短時間でこれだけの観客を集めた私の努力を評価して欲しいです』
こ、この野郎! いや野郎じゃないけど!
「幸平? どうしたの……? 早く進みましょう?」
「幸平君、緊張? 実は私も……でも何事も経験だよね! 頑張ろ!」
「受け入れが早すぎる!?」
緊張で足ガクガクの俺とは裏腹に、生芽と司さんは観客に手をふる程度の余裕はあるようだ。
二人に引っ張られるようにして何とかステージ中央の祭壇まで辿り着く。気分はさながら捕獲された宇宙人だ。
登壇した社長が、ドレスや着物の解説、結婚式の段取りなどを説明し、意外と観客にウケている様をボケっと眺めていると、左側の腕をクイと引かれる。
「ね、幸平、私の白無垢姿はどうかしら?」
梅の花と鶴の文様があしらわれた純白の生地に、生芽の黒い瞳と黒髪、そして紅のルージュ良く映えている。まさに清廉という言葉が相応しい出で立ちだ。
「綺麗過ぎてビビる……」
「本当? 嬉しい……」
喜びを嚙みしめるように生芽が口角を緩ませる。
「幸平君、私のドレスはどう?」
続いて右側の腕を引かれ司さんに視線を移す。
純白のウィディングドレスは女の子の憧れとは言うけれども、白無垢とは違った煌びやかさがある。引き締まったウエストの下部からスカートが大きく広がるドレス。社長がこのタイプのドレスをプリンセスタイプと説明していた気がする。まさにお姫様といったドレスだ。
「お、お伽噺のお姫様みたいに似合ってる……」
「お姫さまかぁ……どうしよ……すっごい照れちゃうな……」
頬を抑えて恥じらう様子もまた一段と可愛らしい。
なんかちょっと二人に対して恥ずかしい感想を言ってしまったと俺自身も少し顔が熱くなる。うぉぉおおおもっとスマートな感想が言えないのか俺は!
その後、つつがなくイベントは終了。最後のブーケトスなんかは大盛り上がりであった。




