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「ね、聞いた? このクラスに転校生が来るんだって!」
「聞いた聞いた!」
「でも何でこの時期? もう五月だよ? 普通、四月とかに合わせるもんじゃないの?」
と、姦しくお喋りに興じる女子グループを筆頭に、転校生の話題で持ちきりのクラスメイト達。
俺と翔は顔を見合わせる。
「なぁ――」
「黙れ」
有無を言わさず翔が俺の言葉を遮る。
「おち、おちおち落ち着け鹿山翔、クールになれ……ッ! コウが主人公の訳がない……ありえん……! あるわけがない……! こんな顔もまともに描写されなそうなモブが主人公なわけない……! 落ち着いて素数を数えるんだ! 2、4、6、8、10」
「めちゃくちゃ俺が主人公の可能性否定するやん。あと数えてるの偶数だぞ」
小刻みに震える翔を尻目に、俺は自分の席へと向かう。
「……まじ?」
思わず呟く。
視線の先には一組の机、ここが学校の教室ということを考えればなんら不自然ではない光景の筈なのだが……。問題は、昨日までそこに机が存在していなかったということだ。
まるで転校生の席はそこだよ! と言わんばかりに新品の教科書類も積まれている。
「……主人公席」
翔がぼそりと囁く。
「⁉︎」
説明しよう! 主人公席とは、漫画やアニメかなんかで主人公がよく座っている教室の座席のことである。大抵の場合、窓際の一番後ろの席か、廊下側の一番後ろの席の場合が多い。
何故、その席が多いのかと言われれば、大変メタな話なのだが作画する時に、描く必要のある机や椅子、クラスメイトの数を極力減らすことが出来るからという説が有力である。
新たに設置されている机は窓際の一番後ろの席の真横であり、窓際の一番後ろの席は、先日の席替えで俺の席になったばかりだった。
「もしかするともしかする?」
俺が主人公の可能性出てきてない?
「あびばびばばばばばば……は!? そ、そうかそうだよな!」
バグった音声ファイルのような声を出していた翔が急に正気を取り戻す。
「うわ急に大声出すなよ」
「俺は冷静さを失っていたようだ。転校生だろうが何だろうが、所詮は三次元、俺の愛する二次元を超すことはない。二次元最高! 二次元最高! 二次元最高と言え!」
二次元の悪魔みたいなこと言い出したな。
「ちなみに転校生が二次元レベルの美少女だったらどうする」
「もしそうだったらそうだな……。鼻からスパゲッティ喰ってやんよ! 二次元が三次元に屈することなど無いがな! ふはははッ! なんなら目でピーナッツ噛んでやろうか?」
眼鏡の少年が言い出しそうなペナルティを宣言したところで始業のベルが鳴り、いつもよりも少し早いタイミングで担任がやってきた。
※※※
「あー今日は、HRを始める前に転校生を紹介する」
そんな担任のお決まりの台詞に、わっと教室のボルテージが跳ね上がる。
いつもの俺なら転校生がイケメンだろうが、美少女だろうが、宇宙人だろうが、未来人だろうが、異世界人だろうが、超能力者であろうが、どうせ関わらないのだからと、大して気にもしなかっただろうが今回は事情が違う。
転校生が今朝の女の子かもしれないという可能性がある以上、気にもなるというものだ。
「では入ってきなさい」
ガラリと建付けの悪い引き戸の音が響き、転校生の足音だけが響く。
あれ程浮ついていたクラスメイト達ですら息を呑み、不自然に静謐な空間が生じていた。
その少女は、鴉の濡れ羽のように艶やかな長髪を揺らしながら、教卓の脇まで進むと、こちらに向き直る。
おい、まじか……?
転校生の姿をその瞳に写しながら、俺は喉の奥で呟いた。
あの曲がり角での記憶が鮮明に蘇る。
「じゃあ自己紹介を」
担任に促され転校生はチョークを手に取ると、カッカッカッ──と小気味の良い音を数度響かせ、くるり反転し再度こちらに向き直る。黒髪が馬の尻尾のように弧を描いた。
「神楽生芽です。どうぞよろしく」
あまりに簡素で無味無臭の自己紹介。
続けてペコリと一礼を付け加えた。
直後、教室に喝采が巻き起こる。
この反応を予想していたのか、担任は眉を顰めつつHRを進行する。
「あー……神楽はだな。つい先日まで海外で暮らしていたんだが、今回ご両親の都合で日本に帰国したんだ。いわゆる帰国子女って奴だな。日本語の受け答えに問題はないから心配しなくて良い。まだまだ不慣れなことも多いだろう。皆、神楽が馴れるまで手助けしてやるように」
帰国子女の、それも抜群に可愛い転校生。刺激に飢える高校生にとって、これとない話題だろう。
そんな盛り上がるクラスメイト達を尻目に俺は頭を抱えていた。
あの子だ……間違いない……今朝ぶつかったあの女の子だ……。嘘だろ……? ホントどうなってんだ?
「おい翔! あの子だ! 俺が今朝ぶつかったのあの子だよ! 嘘じゃなかっただろ!?」
前の席の翔の背中をつっつき、小声で呼びかけると翔は能面みたいな顔して振り返る。
「……鼻からスパゲッティ食べる機械と目でピーナッツ噛む機械持ってないか?」
どうやら翔の基準でも転校生は二次元レベルと判断されたらしい。
翔は、敬虔なる信徒のような所作で胸の前で十字を切ると、転校生に向かって祈りを捧げ始めた。まるで聖女のような扱い方だな……。
「ほらほらお前ら落ち着け、――えー、で、神楽の席だが……」
担任のそんな言葉に、思わず転校生に視線を向けると、まるでずっと俺を見ていたかのように視線がバッティング。
少女の元々大きな瞳が、さらに見開かれ表情が驚愕のそれへと変化していく。
おい、まさか、あれをやるのか……? 冗談だろ……?
今朝の出会い、そして今のこの状況、これから何が起こるのかは容易に予想がついた。
「あぁあああああああっ!? アナタはさっきの!?」
今時、少女漫画でもなかなかお目に見ない、テンプレラブコメっぽい台詞が教室に響き渡る。
転校生、神楽生芽の指先、そしてその瞳は俺に向けられている。
何故かそんな気がしてならなかった。