3-1 凡人と休日ラブコメ…………?
土曜日、司さん達と出かける日がやってきた。
幸いなことに天候は晴れ、穏やかな陽気と恵まれている。
が、そんな爽やかな天気とは裏腹に俺、須賀幸平はメンタルをヘラっていた。
「どうしよう。すんごく行きたくない……行きたくないよぅ、不安だよぅ……。もうまぢ無理……」
布団を頭からかぶりながらチワワのように体を震わせる。
何故こんなことになっているのかと言えば、産まれて初めて休日に女の子と遊びに行くのである。そりゃ不安にならない方がおかしい。べ、別にデートとかじゃないし? プランとかも司さんが立ててくれてるから俺が何かするってこともないんですけどね!? なんていうか俺にとって女の子と遊びに行くってハードルが余りに高く設定されてしまってるが故の漠然とした不安がね! 何喋ればいいの? 女子と遊びに行くときって何か準備した方が良いの? 何に気を付ければ良いの!?
俺は何も知らないのだ。未知とは恐怖だ。世の若者はどうやってこの恐怖に打ち勝ってるの!? この手の物事は経験を重ねて学んでいくべきものと頭では理解しているものの、不安なものは不安、どうしようも無いのである。
「幸平起きてる?」
ノックと共にドア越しに声を掛けられる。
声の主はライトノベルの一巻で表紙を飾っていそうな黒髪ロング美少女、神楽生芽だ。
「起きてるけど……」
「入っても大丈夫?」
「お、おう」
ドアを開けられ生芽が顔を覗かせる。今日も今日とて美少女である。
「? 何で制服? 今日は、その…あれだ、出かけるんじゃないのか?」
『一緒に』という単語はちょっと気恥ずかしくて付けられなかった。
「えっと学校で事務的な手続きがあって……。ちゃんと約束の時間には間に合わせるから幸平は先に家を出ていて貰える?」
「なるほど」
「うん、じゃあ私はもう出るから、戸締りに気を付けてね」
「おん、了解」
生芽を見送り一息つく。
なんだかんだ生芽とはそれなりに自然に接することが出来るようになってきた。
一緒に暮らすなんて初めはどうなることかと思ったけど、なんとかやれている。そりゃまぁ心なしか布面積の少ない部屋着姿とか、お風呂上がりに遭遇してドギマギしてしまうことはあるけれど……。
非日常だって繰り返せばそれは日常の一部として落とし込まれていくのである。
※※※
約束の時間は11時。現在時計の針は10時半を指している。
どうにも落ち着かず約束した時間よりも30分も早く到着してしまった。
駅前の妙につやつやした質感の謎のモニュメントに自身の姿を映り込ませ、身だしなみの確認をする。変じゃないよな、この格好……。
俺は自分のファッションセンスを信用していない。伊達に中学生まで母さんに服を選んで貰っていたわけではないのだ。そんな訳で俺は服を買うときはネットで『メンズ 無難な服装』とかで検索し出てきた良い感じの組み合わせの服を参考に買う様にしている。自分のセンスで買うよりも100倍はマシだと思う。
そんな俺の今日の服装はというと七分丈のチノパンに、無地の灰色Tシャツ、その上に白青のボーダー柄が入ったブロッキングシャツを羽織っている。手荷物はメイビー色のボディバックだ。うん、我ながら無難なチョイスだと思う。大丈夫、ダサくはない……ダサくないよな……?
そんな不毛な確認行為を三度ほど繰り返しした頃。
「おっ! 幸平くーんっ! おーはよっ! ん? もうこんにちはかな?」
男子高校生は女子から挨拶されただけで「もしかして俺のこと……」などと考えてしまう単純な生き物である。俺のように自分を客観視している男でなければ1000パー好きになってしまう所だった。実際ちょっと好きになっちゃてるもんな。
モニュメントの影から現れたのは、麻色の髪をした少女。先日会った時とは違い、髪が纏めておらず、ウェーブマシマシでふわふわにセットされており大人っぽい印象になった喜妃劇司さんである。
「早いねー。もしかして結構待った?」
「いや俺も今来たところ……」
「今のなんかデートの待ち合わせっぽかったねっ!」
「ははっ、そうかも……」
「で、どうかな……?」
司さんが、一歩距離を取りその場でくるりと回転する。
「え、どう……とは……?」
何を言ってるのか理解できず思わず聞き返すと、司さんは一瞬表情を固めると、頬を白桃色に染めながら、もにょもにょと気恥ずかしそうに言葉を続けた。
「えぇっと、その、あたしの服装とかどうかなって……その、けっこう頑張ってお洒落してきたんですけど……。もしかして似合ってない、かな……?」
やってしまった。馬鹿か俺は、文系の癖に行間も読めないのか!?
「いやあのごめん! すっげぇ似合ってると思う! なんか凄い大人っぽいっていうか……!」
わからん……! 女の子のファッション、何処をどう褒めるのが良いのか全く分からないよ!?
改めて司さんの服装を確認してみる。足元は動きやすそうな白を基調としたスニーカ―、タイトな紺のジーンズに、レモンイエロー色のブラウス、その上からタータンチェック柄の赤を基調としたオーバーサイズのネルシャツを羽織った春らしい装いだと思う。
「変じゃない、かな……?」
「変じゃない変じゃない!」
「良かったぁ。気合い入れすぎてちょっと引かれちゃったのかと思ったよぉ~」
「引くとか全然! 足とかめっちゃ良いね!」
いや違うんです。褒めようと思ったんです。そしたらほら、タイトなジーンズに包まれた健康的な太ももが目に入ってしまってうっかり声に出てしまっただけなんです。いや確かに足フェチな所はありますけど、普段から女性の足ばっかり見てるとかそういうことでは決してなくて……。
「その、実に健康的で…………大変よろしいかと…………」
駄目だこれもう……完全に足フェチ暴露してるだけだもん……。
「足、好きなの……?」
「…………はい」
認めるしかない。
「そっかぁ幸平君は足フェチさんなんだね!」
君は〇〇が得意なフレンズなんだね! みたいに言わないで欲しい。
「いやあのでも服とか髪型とか似合ってるってのは本心なので……はい……」
「もう分かってるって! あははっ~、ごめんね、ちょっとからかいすぎちゃったかな?」
屈託のない笑顔。癒される。もし司さんと同じ高校に通っていたら勘違いして告白した挙句「ごめんね、気持ちはすっごく嬉しいんだけど、私今彼氏いるから……」って困った笑顔を浮かばれながら振られる未来まで見える。世の中の可愛い子に男が居ないわけないんだよなぁ。
※※※
「そういえば生芽ちゃんは?」
「学校に寄ってからくるって言ってたけど、そろそろ来るんじゃないかな」
「そっかぁー、私は幸平君と二人でお出かけでも良いんだけどね? ……割と本気だよ?」
「いやーははっ、そういえば翔のヤツもまだ来ないな!」
恋に落ちちゃうー! あまりのトキメキに思わず自分の胸を押さえてしまう。
「あれ、連絡来てないの? 鹿山君なんだか急用で来れないってメッセージ来てたんだけど……」
「え、そんな連絡は……」
昨日の夜中、ウキウキで美少女ゲームから学んだ女性のエスコート方法をマニュアル化したPDFを俺に送り付けて来るほど楽しみにしてたのに?
メッセージアプリに翔からのメッセージはない。
妙な胸騒ぎを感じ翔の電話番号をタップする。
暫くの呼び出し音の後、電話が繋がる。
「おい、翔どうしたんだ? おーい? 翔? 聞こえてるか?」
繋がってはいるもののノイズが多く音が上手く拾えない。まるでポケットの中やカバンの中にスマホが入った状態で通話しているようなくぐもった音だ。
『開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開け、開いてよ! 今開かなきゃ約束の時間に間に合わないんだ! そんなのダメだ! だから開いてよ! 俺はコウから主人公の座を奪い取って主人公になるんだ! なんでドアが開かないんだ! 窓も開かないし! スマホも圏外だ! なんでこんな…………はッ!? まさかコウか? 生芽ちゃんと司ちゃんを独り占めしてハーレムな休日を過ごそうと俺をハメたのか!? そうとしか考えられねぇ……! なんて奴だよ!? 主人公の座を守るためにここまでするってのか!? ゆ、許せねぇ……!』
なんかすっごい身に覚えのない濡れ衣着せられてる気がする……。
「おい翔? 聞こえないのか? おーい!」
引き続き呼びかけるが翔が気づく気配はない。
『あ、須賀幸平君? 聞こえてるかい?』
突然クリアな音声に切り替わる。この声、聞き覚えがある。
『僕々、箱庭の代表の南雲。覚えてる?』
「まさか翔を閉じ込めてるのって……」
『僕等だね』
「なんでそんなことを!?」
『鹿山翔君がいるとあんまりラブコメ感出ないかなって』
「そんな……じゃあ翔はどうするんですか!?」
『大丈夫大丈夫あとで鹿山翔君には4人で楽しく遊んだって記憶を刷り込んどくから。須賀幸平君は両手に花なドキドキ休日デートを楽しんでおいで。そろそろ生芽君も付く頃だし、じゃあ私はこれで~』
「あ、ちょ……」
一方的に電話を切られてしまう。
あ、相変わらず掴めない人だな……。
「鹿山君つながった?」
「あぁ……うん、やっぱ翔は来れないみたい」
翔、南無三……。あんなに楽しみにしていたというのに……。
「残念だけど仕方ないよね……。鹿山君にはまた別でお礼しないとだね」
なんて良い子なんや……。
※※※
「幸平……っ!」
息切れ混じりの声で呼ばれ振り返る。
声の主は、額にうっすらと汗を浮かべ、肩で息をしながらもその瞳は俺を映していた。
「遅れてごめんなさい……っ!」
その少女、神楽生芽は綺麗に腰を折り曲げて謝罪の姿勢をとった。
「…………」
「幸平……?」
「あっ……! いや別に大して遅れた訳でもないし……そんなに謝らなくても……」
遅れたと言っても1分やそこらだ。誤差と言っても良いだろう。
「その……服、着替えて来たんだな。てっきり制服で来るのかと……」
肩の露出した白いシャツワンピにクロスベルトがあしらわれたお洒落な白いサンダルという装い。清涼ドリンクのCMガールと言われても遜色がない程の透明感を放っている。思わず反応が遅れてしまう程に似合っている。
「折角の幸平とのお出かけだから……。服はすぐに決められたのだけど髪型が中々上手くいかなくて……」
と前髪を撫でつける。
髪……改めて注目するとサイドの髪をお洒落に編み込みバレッタでまとめているようだった。
「うん、良いじゃん似合ってる」
先程の司さんに対しての失敗を繰り返さぬよう素直に褒める。
「そ、そう? 似合ってる? 変じゃないかしら……?」
それでも不安げに髪をいじる姿が妙に新鮮で可愛らしい。
「ちょーとちょっとちょっと! なに二人で良い感じの雰囲気作ってるのかな!? あたしのこと忘れてない!?」
「あら、いたの?」
「いましたよ! 最初から! 今日の主催! あたしだよ!?」
プンスカピョコピョコと主張する司さんは本当に小動物のようで愛らしい。
「分かってるわ。遅れてごめんなさいね」
「かるーい!? 幸平君と態度違いすぎじゃないかな!?」
一触即発の二人の間に割って入る。
「まぁまぁ二人とも落ち着いて! ここ駅前だからね。通行人の方々が何事かとこっちに注目してるからね。ほら遅れた生芽が悪いんだからちゃんと誤って!」
「…………遅れてごめんなさい……」
促された生芽はしぶしぶと言った様子で頭を下げる。
「謝れて偉い! ね、生芽も誤ってることだし司さんも矛を収めて、ね!? はい仲直りの握手!」
「幸平君、世の中、お互い謝って禍根無くゼロからリスタートなんてことば無いと思うんだよね。幸平君はどう思うかな?」
「え、私、今謝ったわよね? 何か言いたいことがあるのかしら?」
「ちょっと二人とも一旦落ち着いてよぅ!?」
そんなこんなで開始早々から暗雲立ち込める休日がスタートしたのだった。