2-9
夕飯は商店街で買った鰹を、醤油、みりん、おろし生姜を混ぜたタレに漬けた鰹漬け丼だった。鰹の身に隠し包丁を入れることでタレを染みやすくしたらしく、短時間でもしっかり味が染みており、生芽の料理スキルの高さに舌を巻いた。
心地の良い満腹感と共に自室のベッドに倒れこむ。
今日も色々あって疲れた……。精神的な負担がデカすぎる。
久々にアレをやるか……。
「ぁあああぁぁぁぁぁああぁぁぁおぉぉおおあああぁあおぉぅおおおおおぉぅあぁぉおおおおおおおおおおああああぁぁぁぉぉぉおおおおおぉぁぅぁぁあああぁぁああああぅぅうううううおぉぉおおぉあぁあおぉ……」
俺はベットに仰向けに横たわると全身を脱力させ、うめき声を上げる。
全身を弛緩させ、心を空っぽにしながら呻く。決して人には見せられないが、この人間性をかなぐり捨てる行為が心を癒すのだ。
「ううぅぅぅうぅぃいいいぅぅぁあぁああぅうううぅぉぉぉぉおおお……」
表情筋まで完全に脱力するのがミソだ。アへ顔みたいになるので決して人には見せられな――――
「幸平、大丈夫? さっきから凄くうなされているみたいだけど……もしかして体調が…………」
「んほぉおおおぉぉぉお…………、ばっ!? ちょっ、えっ、急に入って来ないでくれますぅ!?」
「……あ、ご、ごめんなさい……。大丈夫よ、私、男性はそういうことを定期的にしないといけないって知ってるし……、その、理解はあるほうだから……。ただちょっとこれからは声を抑えてくれると助かるわ……」
「ちょっと待って誤解だからね!?」
生芽は頬を朱に染めたまま気まずそうに顔を逸らしている。
完全に誤解されている。このままでは俺は奇声を上げながら自家発電をする変態野郎だと思われてしまう!?
「違うんだ! これはリラックスする為の瞑想みたいなものなんだって」
「うん、大丈夫、大丈夫だから、ね? 幸平も気にしないで、皆やってることなんだから、生理的なものだし三大欲求の一つだし、高校生だものね」
「誤解がテンプレ過ぎるよぅ!?」
俺の必死の弁明は届くことなく、生芽は生暖かい目をしながら「大丈夫、大丈夫」と、俺の頭を三度程撫でて部屋を去って行った。
「………………何も大丈夫じゃないんですけど……」
俺の呟きに答える声は無く、ただただ空しく虚空に吸い込まれていった。
※※※
「うっうっうっ…………何で俺がこんな目に……」
それとなく主人公っぽい台詞を言いながら枕を涙で濡らしていると、ベットの隅に放っていたスマホからメッセージの受信音が鳴った。
「しくしくしく……誰だこんな時に……」
と言っても俺のスマホにくるメッセージなど相手は翔か両親か、怪しい広告くらいのものだ。
相手の名前は「つかさ」と書かれていた。身に覚えの無い名前に、首を傾げる。
訝しみながらメッセージをタッチすると、メッセージの全文が表示される。
こんばんは、幸平君。
今朝はお騒がせしちゃってごめんなさい。
それで今朝、話した週末のお出かけの件なんだけど、予定は空いてますか?
もし空いてるなら、土曜日の11時に駅前のモニュメント集合でどうかな?
もしダメなら連絡下さい。
今週末、楽しみにしてます。
(キモ可愛いネコの絵のスタンプ)
目を細め、ピントを合わせるようにスマホを顔から近づけたり、離したりしてメッセージを確認する。
これもしかして司さんからのメッセージか?
喜悲劇司、先日チンピラに絡まれている所を助ける形になり(実際何もしてない)、今朝偶然再会した女の子だ。コロコロと変わる表情が印象的な生芽に負けず劣らずの美少女である。
これ……もしかして俺の人生初の女の子からのメッセージじゃないか? うはぁまじか、これが女の子からのメッセージかぁ……。なるほど司さんって文章だと結構かしこまった感じなんだなぁ。このスタンプの猫、ハート持ってるけど何か意味があるのかな(ドキドキ)。とりあえずスクショ撮っとくか、うん。記念にね。将来、あんな可愛い女の子とメッセージのやり取りをしたことがあるんだって心の支えにする時が来るかもしれないしね。いや最悪だなその未来。絶対辿り着きたくないよ……。でも一応スクショは撮っておいた。一応ね、一応クラウドにも保存しておいた。一応。
さて返信だけど……どうしよう……。うーむ。
……堅苦しすぎず。
…………絵文字とか入れた方が良いのかな……?
………………ちょっとポップな感じで……。
メッセージアプリの画面と格闘すること30分出来あがった文章がこれだ。
こんばんは!(^^)!
全然、気にしないで良いヨ(;’∀’)俺も直ぐに気付けなくてごめん(笑)^^;
予定、立ててくれたんダネ(^^♪☆
土曜の件了解(`・ω・´)ゞシュビッ
生芽と、翔にも、伝えておく( ̄▽ ̄)!
…………違うな、何だこれ気を使過ぎた結果、若い子とのラインで無理するオジサンみたいなメッセージが爆誕してしまった……。
一回消してやり直そう。
「アッ」
指が滑り送信ボタンをタッチ。
おち、落ち着け、落ち着いてメッセージを削除するんだ。まだ既読は……って既読付いてるぅ!? すぐさま既読になってるぅ!? 女の子ってメールの返信早いって聞くけどこんな早いの!? ど、どうするって何も出来ないだろ! 文章は変だけど内容は間違ってないし……!
俺がヤキモキとしている間にシュポポポポッと連続したメッセージの受信音がなった。恐る恐る画面を確認すると
ありがとう!
たのしみにしてます!
(ハートを投げ付けるキモ可愛い猫のスタンプ連続)
ハァハァ……許された……?
こんなにハート送って来るって何か意味が……?
もやもやと思春期の夜は更けていくのだった。