2-6
放課後。
俺は翔に呼び出され、とある部室を訪ねていた。
部室錬と言っても現在新旧分かれており、ここは旧部室錬と呼ばれている方だ。戦後復興期に建てられたという木造建築で現在はマイナーな部活や、同好会なんかの部室が割り振られている。薄暗く、人通りも少ないので用事もなければ来ない場所だ。
「おーい、翔? こんなとこに呼び出してなんの用だ?」
物室の中は薄暗く見通しが悪い。
電気電気……スイッチどこだ? 大体扉の近くにあるはず……。
「うおっ!?」
電灯のスイッチを入れようと手を伸ばしたその手を何者かに掴まれ、部屋の奥へと引っ張られる。
さらに入ってきた扉が勢いよく閉じられ教室が暗闇に包まれた。
な、なんだぁ?
混乱も覚めやらぬ内にプロジェクターが起動し、部屋の一角を照らす。
そこに映し出されていたのは風刺画のようなイラストだった。それぞれタイプの違うオタクっぽい男子が数名四つん這いになり、その上に普通っぽい生徒、そして一番上にチャラそうなイケメン(妙にいけ好かない顔)と化粧の濃いギャルっぽい女子が玉座っぽい椅子に座りイチャコラしながらふんぞり返っている。
これは……クラス内カーストを現してるのか……? けっこう良く出来てるな。思わず感心してしまう。
「よく来たなコウ!」
その声に振り向くと、俺を呼び出した張本人である翔と、上裸で紙袋を被った変質者の集団が蠢いていた。
「な、何、そいつ等?」
「ん? あぁ彼等は同志達だ」
「同志?」
「そう! 我々はこの度、同好会を立ち上げることにしたのさ! その名も!」
『神楽生芽親衛隊! 略してKIS!』
野太い声が綺麗にハモる。
あーこれ、見たことある。見たことあるよ。一昔前の学園ラブコメに良くあったヒロインの親衛隊だわ。
「そ、そうか……よく学校の許可が下りたな」
「教師陣にも会員がいるからな」
大丈夫かこの学校。仮にも教師が女子高生のファンクラブに入ってるってヤバいだろ。
「で、何する会なんだ? あんまり生芽に迷惑かけるなよ」
あと俺にも。
「はいはい、いつの間にか名前呼びなんてしちゃってさ。主人公様は我々青春弱者のことなんて背景程度にしか見てないんでしょうねぇ」
「ば、馬鹿! 別にこれは生芽が、そう呼べってうるさいから……」
翔の一言を呼び水に、紙袋達が騒ぎ出す。
「せ、青春格差を止めろー!」「これがヘイストピーチってやつかよ」「いつだって持つ者は持たざる者を蔑ろにするものさ」「須賀、俺達の仲間だと思ってたのに残念だよ」「まさかこんな差別主義者だったなんてな」「青春の一極化にNO!」「須賀で良いなら僕でも良いでしょう! 何故ですか神よ!?」
シンプルに身の危険を感じ後ずさる。
「おいおいおい! ちょ、翔! どうにかしてくれ!」
「コウ、ラブコメ的に主人公は嫉妬にかられたモブ達にボコボコされるのは仕方がないことなんだ……」
「お、お前、その為に俺をここに呼んだのか!?」
「それもがあるが、もう一つ忠告をしてやろうと思ってな。コウ、お前は今、かなり危険なんだぞ。この紙袋達はまだ理性があるほうだ」
これで?
「あっちを見てみろ」
翔が指差す部屋の隅を注視する。何やら大きな鉄格子のようなものが見える。その周辺はロッカーや棚が置かれていて、周囲よりもさらに一段暗い。
さらに目を凝らすと暗闇の中に爛々とした瞳が蠢いている。
その暗闇から何かが投擲され足元へと落ちた。
「これは……ら、ラブコメ系ライトノベル……?」
暗闇からはブツブツと音が聞こえ、それは次第にはっきりとした声へと変わった。
「ソノ主人公ヨコセ」「ヨコセ」「ヨコセ」「ヨコセ」「オレタチ主人公クウ」「ソノ主人公クウ」「ソノ主人公クワセロ」「主人公ナリタイ、ダカラ、クウ」「主人公ナリタイ」「主人公、クッテ、主人公ナル」「ヨコセ」「クウ」「ヨコセ」「クウ」
次々と投げつけられるラブコメ系ライトノベルや、美少女ゲームのパッケージ。
その全てが学校を舞台にしたボーイミーツガールな作品だった。
「教室の隅で己の知を深める賢人だった者達の成れの果てさ」
それはただ教室で地位の低い陰キャってだけでは?
「彼等は耐えられなかったのさ。自分が主人公ではないという現実に……。自分がただのモブでしかないという事実に……」
翔と紙袋達が檻に向かって手を合わせる。
「コウが主人公にならなければ、俺達は希望を持てたんだ。いつか俺が主人公になれる瞬間がくるかもしれないと……だがその希望は打ち砕かれた……。ラブコメ主人公の近くに新たなラブコメ主人公は存在しえないからな……。俺達の怒りが分かるだろ? 元トップオブ陰キャのコウなら」
「だーかーらー! 俺は主人公じゃないってば!?」
あとトップオブ陰キャって何だよ!? 俺ってそんな風に思われてたの!?
「コウがどう思ってようが関係ないんだ。重要なのは俺等の主観だから、お気持ちだから。自分よりも陰キャだと思ってた奴に彼女が出来ると憎たらしさが100倍なんだよォ! だから…………往生して怒りの捌け口になってくれやァッ! 死ねェッ! お前を殺せば俺が主人公じゃあ!」
翔が飛び掛かってくると同時に周囲の紙袋達も奇声をあげ迫ってくる。
「お前等正気かよ!?」
なんとか迫りくる第一波を避け、部室の外へと転がり出ると扉を閉じて全体重をかける。
くそっ! 何か、何か扉を抑える物は………。
悩んでいる間にも扉を破壊する勢いで殴打する衝撃が背中に響く。
そ、そうだ! 怒りの矛先をずらせれば……!
俺は部室の中まで聞こえるように声を張り上げる。
「おい翔! お前この前、野球部のマネージャーの加藤さんに告白されたって言ってたよなぁ! なぁその前はチア部の山下さんにも告られてたよなぁ! 二人とも断ったらしいけどな!」
翔の内面はカスみたいな奴だが、その顔の良さで結構モテるのだ。本人は現実に興味が無いので全て断っているらしいけど。
俺の発言にピタリと部室内が静かになる。
「え、加藤さんも山下さんもけっこう可愛いよな?」「てか俺、加藤さんに振られたんだけど?」「ていうかさ、同志鹿山ってイケメンだよな?」「もしかしてファッション陰キャってやつ?」「イケメンって存在が悪だと思うんだよ」「ルッキズムの象徴だよね。今の社会にそぐわないよ」「イケメンってだけで罪なのでは?」「人類悪の顕現」
紙袋達の動揺と怒りが伝播していく。よし上手くいったぞ!
「お、おい皆、俺達は同志だろ? な、なんで俺を取り囲んでるんだよ!? 一緒にコウを打ち倒そうぜ!?」
「「「「「「「「「同志鹿山……残念だよ……」」」」」」」」
イケメンは憎いしいけ好かないのは万国共通。初めて翔がイケメンで良かったと思ったよ。
「ぐわぁああああああああっ!? や、やめろォー!? ぶっとばすぞー!?」
中でどんな凄惨な仕打ちを受けているのか知る由もないが、改造人間にでもされてそうな叫び声が聞こえてくる。
ホントに何されてるんだ?
罪悪感はまったく湧かなかった。これは自業自得というやつなのだ。
俺は翔の悲鳴を背にその場を後にした。
ついでに出入口は開かないように近場に放置されていたモップをつっかえ棒代わりにしておいた。これで暫くは追ってくれないだろう。
やれやれ……もしかして俺はこれから定期的にこんな目に合うのか……?