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須賀幸平は凡人である〜case2.もしも凡人が異世界召喚されたら〜  作者: 井上むくすけ
case1.もしも凡人がラブコメ主人公になったら〜
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2-5


 注目の的である。


「おいあれ見ろよ」「あれが噂の?」「おいおいまじかよ……俺は女神でも見てるってのか?」「すっごい美人」「誰あの娘……モデル? 芸能人?」「昨日噂になってた転校生?」「うわぁ見て、あの髪……遠目からでも分かるくらいしっとりサラサラなんですけど……」「肌もキメ細かいし、なんか自信なくすわ……」「俺、この学校に入学して、初めて心の底から良かったと思った。過去の俺グッジョブッ!」「ありがとう、ありがとう……僕の灰色の青春に色を咥えてくれてありがとう……!」――etcetc


 まさかラブコメの序盤でありがちな主人公とヒロインが初めて一緒に登校する際のガヤを囁かれる側で経験をすることになるとは……。

 好奇、羨望の言葉が飛び交う中に、出来れば耳に入れたくない冷ややかな言葉も混じっている。


「あの一緒にいる男子って……誰?」「お前、アイツ知ってる?」「いや、知らん」「鹿山の腰巾着の須賀だろ」「須賀? どんな奴な訳?」「いや俺も喋ったことないからあんまり印象ないんだよな」「なんでアイツ、一緒に登校してんの?」「さぁ?」「あの顔でよく一緒に歩けるよな」「身の程知らずって分かんないのかね」「俺なら恥ずかしくて無理だわ」「付き合ってるとか?」「まさか」「どうみても釣り合いとれないっしょ」「殺すか」――etc.etc


 その大半というか、全てが俺へと向けられたものである。怪訝な視線と、無遠慮な言葉に俺のメンタルはガリガリと削られていく。ラブコメ主人公はよくこの状況で平然としてられるものだ。やはり人としての器が違う。ラノベや漫画の主人公に対して「はぁ……何だコイツ……もっとしっかりしろよ。俺ならもっと上手く出来るぜ」と思うことは多々あるが、もしかしたら主人公という奴は、思ったよりも苦労しているのかもしれない。

「幸平どうしたの? 顔色が悪いわよ?」

 覗き込むように顔を近づける生芽から身を捻るように距離を取る。

「い、いや別に……」

「そう? なら良いけど……。ラブコメ主人公とヒロインらしく腕でも組んでみる?」

「いやいやいや無理無理無理!? この衆人環視の中、そんな真似出来るわけないだろ! ただでさえ悪目立ちしてるってのに!」

「幸平は周りを気にしすぎだと思うけど……」

「俺みたいなやつは常に周りを気にするのが処世術なの!」

「……流石だわ。色々考えているのね!」

 凄く好意的な解釈をされた気がする。

 ……でも俺みたいな人間って結構いるもんじゃないだろうか。誰だって人から良く見られたいし、嫌われたくないだろう。それは普通のことではないだろうか。

 今はそんなことより……一刻も早くこの場を離れたい。校門から下駄箱へのほんの数十メートルの距離がとてつもなく長く感じる。これが漫画やラノベみたいな創作物だったら場面転換であっという間に教室の描写になるのに! と、創作物のご都合主義に思いを馳せるのだった。


※※※


ようやく教室へと辿り着いた俺を待っていたのは親友(自己申告)による洗礼だった。

「おいおいおいおぉいッ!? どーゆうことだよ! 何でコウが生芽ちゃんと二人仲良く登校してんだよ!」

 親友Aに胸倉を掴まれ問答を受ける。実にラブコメっぽい。ウケる。引きつった笑みを浮かべながら、首をぐわんぐわんと揺さぶられる。

スタンバイってこれかよ……。確かにラブコメ的だけども……。

 さてどうしたものか。教室の誰もが聞き耳を立てている中、どう誤魔化せば良いだろう。突然忍者でも乱入してくれないかな……。

 当然、忍者が乱入することなどなく、俺は窮地に立たされる。下手な嘘を付くと後々面倒になるかもしれないし、かといって本当のことを言うのも憚られる。

 ……はわわっ……なにも思いつかないよぅ……。

 頭が真っ白になり幼児退行しかけた最中、横で沈黙していた生芽が口を開いた。

「お騒がせしてしまってごめんなさい。私から説明するわ」

 凄く嫌な予感がする。

 生芽は、任せて! みたいな顔をしているが絶対に事態を余計にややこしくする。確信できる。

「ちょちょ、ちょっと!? 待って――」


「実は私と幸平は親が決めた許嫁同士なの」


 生芽の嫋やかな声が教室に響く。

「生芽サーン!? 何を急に!?」

「え、許嫁だったら一緒に登校していても不自然じゃないでしょ?」

「いや、え!? 違うじゃん!? 誤魔化しの方向が斜め上じゃん!? 爆弾を爆弾で吹っ飛ばしたみたいになってるじゃん!? これなら事情があって一緒に暮らしてるって本当のこと言った方がマシだったよ!? ……………アッ……」

 口が滑った……。

「な、なんだってー!? クラスでも目立たない陰キャオタクの須賀幸平と、神楽生芽さんが許嫁で、しかも一つ屋根の下で暮らしてるだってー!?」

 翔が白々しく大声で反芻する。

一瞬の静寂。そして一斉に動き始めるクラスメイト達。烈火の如き勢いで噂が広まっていく光景をどうすることも出来ず立ち尽くす。

グッバイ俺の平穏な学校生活……。


※※※


「おーいコウ、飯買いに行こうぜ。ってだいぶやつれたな。どしたん? 話きこか?」

「誰のせいだと思ってるん……? 俺は、俺はもうこの学校で生きていけない……」

「最終的にバラしたのはコウじゃん? そんなことより早く購買行こうぜ? いつもの30円のパンの耳が売り切れちゃうぞ」

 あの後、生芽が許嫁は冗談と釈明したものの時すでに遅し、瞬く間に噂は尾ひれ背びれを付けて校内を駆け巡りジョグレス進化し、今や須賀幸平は渦中の中心である。須賀幸平は神楽生芽の弱みを握っているとか、催眠術で操ってるとか、キモオタとか好き勝手に噂されいる。今やクラスメイトどころか……まったく面識無い奴らにまで『須賀、あいつ調子乗ってね?』と陰口を叩かれている始末だ。

 とは言え胃に何かを入れておかねば体調的にも精神的にもよくない。

 購買に向かうべく重い腰を上げたところ生芽に呼び止められた。

「お昼、買いに行くの?」

「ああ、昼は大体食堂か購買だから」

「はいこれ」

 生芽が差し出したのは、青い布に包まれたお弁当でも入ってそうな包。

「何これ?」

「何ってお弁当よ。今朝、幸平の分も作っておいたの。今朝、渡しそびれてしまったから」

「わ、わざわざ俺の分まで……?」

「気しないで、朝食を作るのと並行していたからそんなに手間も掛かってないし、仕込みは昨日の夜に済ませてたから、一つ作るのも二つ作るのも大した手間じゃないわ。それに、お弁当の方が安上がりなんだから」

 ラブコメやん。

 こてこてラブコメイベントぶち込んでくるじゃん……。

「あ、ありがとう……」

「もしかして迷惑だった……?」

 キュッとお弁当を握りしめたまま生芽の瞳が不安げに揺れる。

「いやあの……すごくありがたいっす……」

 この状況で迷惑なんて言えるわけない。

「良かった。じゃあ明日からも作るから」

「あ、うん……ありがとう……」

「じゃあ一緒に食べましょう。よいしょっと……」

 生芽は自分の机を俺の机に寄せ、お弁当を広げ始める。

 ここで食べるのかい? このデバガメ丸出しのクラスメイト達に囲まれながら……?

「翔! お前も一緒に……!」

「いや俺はもう喰ってるから」

 いつの間に購買まで行って戻ってきたのか翔はパンの耳をクチャクチャと租借音をたてながらメンチを切ってくる。ここから購買まで急いでも往復で5分はかかると思うんだが……?

「いやほらここで一緒に食おうって、な?」

「俺に『え、二人のお弁当おかずも一緒じゃーん!? やっぱり同棲してるって本当なんだー!?』とでも言って欲しいのか?」

「言わなくて良いんだよそんなことは!?」

「遠慮しとく。ここは俺の出番じゃない。ラブコメイベントに親友キャラは出しゃばらないものさ。死ね主人公! バーカバーカ!」

 そう言い残して教室から出て行ってしまう。

「幸平、早く食べないと昼休みが終わってしまうわよ?」

「むぅ……」

 観念して席につく。

 女子とこうやって昼ご飯を食べるなんて小学校の給食の時間以来だぞ?

 包みをほどき蓋を開けると、ミートボールや飾り切りされたウインナー、卵焼き、しっかりと野菜も添えられているテンプレート故に技量が出そうなラインナップだ。

 周囲の視線は気になるが受け入れるしかない。人生諦めが肝心だ。

「はい、あーん」

「あーん……もぐもぐおいしい……」

「そう? 口に合ったようで良かったわ」

「……?」

 口内のミートボールを飲み込んだ所で違和感に気づく。

 俺今、どうやってミートボールを口に運んだんだっけ?

「はい幸平、次はお米よ。どうしたの?」

 さも当然のように俺の弁当からお米を摘み口へと運ぼうとしている生芽と目が合う。

「もしかして今、俺にミートボール食べさせた?」

「そうだけど……もしかしてミートボールは嫌いだった……?」

「一体何故、こんなことを……?」

 思わずサスペンスドラマで犯人に動機を聞く人情派刑事のような台詞を発してしまう。

「何故って……やってみたかったから?」

 そんな軽い動機で? 俺は腰から崩れ落ちそうになるのを堪える。

 周囲のクラスメイト達はガン見だ。目を皿のようにしてガン見している。品の無いリアリティ番組を楽しむかのような下世話な視線だ。まるで自分達が客寄せパンダのような気にすらなってくる。事実彼等の娯楽として扱われているので客寄せパンダなのは間違い気もするが……。

「……怒ってる?」

「怒ってないけど……今後は止めてくれ……自分で食べれるから…………」

「餌付けみたいで楽しかったのだけど……」

 シュンとしてるのもすげぇ可愛い。だって美少女だもんな。しかし俺は負けない……、何と戦っているかは分からないが負けるわけにはいかないのだ。

「分かってくれたなら良い。じゃあほら」

「箸を差し出してどうしたの?」

「どうしたのって……生芽の箸は俺が口付けちゃっただろ? 俺はまだ口付けてないから交換」

「……?  私、気にしないわよ? ほら」

 顔色一つ変えぬまま、生芽は俺の口に突っ込んだ箸の先端を自らの口に含んで見せた。

「ちょちょ何してんのさ!?」

 突然の関節キッスに声が裏返る。

「あ、ごめんなさい。舐り橋ってマナー違反よね」

「そこじゃないよ!?」

 俺達を注視していたクラスメイト達が、今のやりとりに顔を赤らめて目を逸らしたり、咳払いとかしちゃっている状況に俺は耐えられない! 耐えられないよぅ!?

 それから先、お弁当の味は良く分からなかった。

 その後、須賀幸平は神楽生芽に家事を丸投げしている男尊女卑の亭主関白モラハラ野郎と陰口を叩かれたのは別の話である。


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