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「それでお礼の話なんだけど……今週末とか空いてる? あっ、でも彼女さんに悪い、かな……?」
司さんがチラリと生芽を窺う。
「彼女……?」
「え、彼女さんじゃないの……? あたしってきり……」
「いや別に彼女とかではないんだけど……」
「そうね彼女ではないわね。今はまだ……ね?」
そんな意味深な目配せされても、俺はどんな反応をすれば良いの?
彼女に間違えられて、まんざらでもなさそうに生芽が会話に混じる。
「えーとつまりどういうこと? お友達?」
「自己紹介が遅れたわね。私は神楽生芽。幸平との関係は主人公とヒロインの関係よ」
「主人公? ヒロイン?」
「気にしないで、この人ちょっと変わってるんだ」
「はぇーすっごい美人さんなのに……」
残念とか可哀そうとか口に出さないあたりに育ちの良さを感じる。
「ちなみに幸平とは同じ屋根の下で暮らしてるわ」
「えぇっ!? やっぱり二人はそういう関係なの……!?」
「違くはないんだけど……! 色々かくがくしかじかのっぴきならない理由がね!?」
生芽さんこの状況を楽しんでいらっしゃる!? 何で!? ラブコメっぽいから!?
んなことよりも変に誤解される前にちゃんと説明しないと! 何から説明すれば良いんだ!?
~説明中~
「へぇそんなこと本当にあるんだねぇ。ドラマみたい!」
秘密結社とかはあまりに荒唐無稽なので勿論話していない。当初の設定である両親の海外赴任から、生芽は両親の仕事仲間の娘で、海外出張の間うちに同居しているということを端的に説明したところ。なんとか納得して貰えたようだった。
「…………で、お礼の件なんだけど……」
司さんが、再び話を切り出す。
「そんな大したことしてないし……気にしなくても……」
見捨てようとしてたからね。
「そんなことないよっ! あの時、本当に怖くて……幸平君が来てくれなかったらどうなってかもわからないし……。すっごく嬉しかったし……。物語の主人公みたいだったし! ……あれ、あたし何言ってんだろ……あははっ、そうだよね。突然、お礼なんて言われても迷惑だよね……」
くっ……どうする! なんだかこれ以上断るのも罪悪感が! でもお礼を受けるのも罪悪感が! どっちみち罪悪感が凄いんですけど! どうすりゃいいんだ!?
「良いんじゃない? お礼くらい受けたらどう?」
「いやでも……」
「女の子がここまで頼んでるのよ? 恥をかかせる気なの?」
「いやいや! そういうんじゃなくてね!? あたしの気が収まらないだけだから! ……でも、お礼させてくれると……うれいしな……」
んぐぐぐ……っ! 上目遣いはズルい思う……!
「や、じゃあその司さんの気が済むんなら……」
「本当! やたっ!」
これは見捨てようとした癖に、厚顔無恥にもお礼を受けるのではない。気持ちの問題なのだ。昨日の一件を司さんはかなり気にしているようだし、お礼をすることによってそれが解消されるのならば致し方あるまい。そう自身に言い聞かせる。そうこれは司さんのメンタルケアなのだ。うん。
俺が全力で自分自身に言い訳を行っているのを横目に、生芽と司さんが話し始めた。二人並ぶと本当に物語のヒロインのように華がある。この視点、完全にモブの視点なんだよなぁ。
「ねぇ喜悲劇さん、司って呼んで良いかしら?」
「うん、ええとじゃあ私も神楽さんのこと生芽ちゃんって呼ぶね」
「私、司とは仲良くしていきたいと思ってるの」
「えぇ何だか照れちゃうなぁ。でもあたしも仲良くしたいな」
「嬉しいわ。それで一つお願いがあるんだけど」
「お願い? 何かな……。あたしに出来ることでよければ……」
「司が幸平にお礼をする時にね。私もその場に同席してもいいわよね?」
おっと何だか急展開の予感がするね。
※※※
生芽の放った一言で場の雰囲気がおかしな方へと舵取られる。
「……え?」
「え? って何? 何か都合が悪いかしら? 私のことは気にしないで、存分に幸平にお礼をしてちょうだい。私のことは本当に気にしないで良いから、私、束縛するような女じゃないから。ただその場に私がいるというだけだから。別に問題無いわよね?」
思わず困惑の声を漏らした司さんに生芽が笑顔でまくし立てる。穏やかな口調なのが逆に凄みを感じさせている。怖いよ。それは束縛なんよ……。ハーレムは良いのに二人で出かけるのはダメらしい。
「あの……でもあたし的には、幸平君と二人の方が……」
司さんはおずおずと主張をしているが、気圧され気味だ。
「こ、幸平君はどう思う!?」
縋るように俺へと返答を投げる。俺!?
「そうね幸平が決めるべきだわ。ねぇ、私も付いて行って良いでしょ?」
生芽はそう口にしながら俺の右腕を掴み引き寄せる。
「こ、幸平君! きっぱり言った方が良いよ!」
司さんは両手で俺の左腕を握り、手繰り寄せる。
奇しくもラブコメ主人公にありがちな美少女サンドイッチ状態である。
こんな所、翔のやつに見られたらまた面倒なことになるんだろうなぁ。
そんなことを思った矢先--
「おーい! コーウ!」
タイミング良すぎるだろ……。
「聞いたかコウ! 隣町に轢かれると異世界転生出来る大型トラックが走ってるって噂! 今日の放課後トライしてみ…………………………」
それトライしたら普通に死んじゃうのでは……?
翔は両腕を美少女二人に引っ張られ取り合いされてるかのような俺の状況を視認すると、イキイキとした表情を固めたままだんだんと速度落とし、ノロノロとした足取りで目の前までやってきた。
「よ、よお翔……おはよう。良い天気だな!」
「確か……同じクラスの鹿山君だったかしら……」
「幸平君のお友達……?」
俺の両腕を引っ張りあったまま生芽と司さんは翔の方へと視線を向ける。
翔は俺と、生芽と司さんをゆっくりと首を動かしながら状況を確認し、天を仰いだ。翔の瞳から一筋の涙が零れ頬を濡らす。
そして車道の方に歩きだすとボソボソと呟いた。
「ちょっとそこのトラックに飛び込んで異世界転生してこようかな。きっと俺でも主人公になれる世界があると思うんだ」
そのままトラックの迫る車道に踏み込む翔。
「うわわっ!? おい翔!? 馬鹿お前!」
美少女二人の手を振り切り、翔の襟を掴んで強引に歩道へと連れ戻す。そのすぐ目の前を大型トラックがクラクションを鳴り響かせながら通過していった。
「ばっか翔! 何考えてんの!?」
翔はその場に膝から崩れ落ちるとオイオイと咽び泣き始めた。
「お、俺だって……! 異世界転生さえ出来ればぁ……っ! ひぐっ……女神様から貰ったチートスキルと一般常識レベルの現代知識で、絶妙に文明レベルの低い異世界で無双してぇ! 美少女達に惚れられまくりのぬるいスローライフを送れる筈なんだい! 親友キャラよりもやっぱり主人公が良いんだい! やだやだ俺も主人公になりたいよー! おーいおいおいおい……おーいおいおい……」
恥も外聞もない魂の叫びであった。
こいつの異世界転生のイメージ、大分歪んでるなぁ……。
と、ここで閃いた。この面倒くさい状況を打破する策を。こればっかりは翔に感謝である。