2-2
「ついに登校ね。もう出発する?」
今にもエジプトに出発するクルセイダーズのように振り返る。
もしかして私も同行(登校)しよう院さんなの……?
俺みたいなクソ陰キャがこの美少女と登校……? 想像しただけで胃の下の辺りがキュッとするんですが?
そりゃ俺だって女の子と登下校してみたい……! んでもって周りの奴等にマウンティングしてやりたいさ! でも急すぎるんだよ。もっとこう段階を踏んでくれよ! すれ違いざまに軽い挨拶をするくらいの関係性から始めたいんだよ俺は! ちょっとずつ育んでいきたいんだよ俺は!
こんな美少女と道を歩いてみろ。まるで月とすっぽん、鯨と鰯、尊大な自尊心と、臆病な羞恥心で虎になる可能性まである。我が友になっちゃう。
「悪いけど、登校は別々にしない……?」
「どうして? 一緒に登校すれば良いじゃない。同じ学校に行くんだから」
そんな無垢な目で俺を見ないで欲しい。
「だってほら……一緒に登校してるとこ誰かに見られたら、さ……。色々邪推というか、詮索とかされるかもしれないし……」
もにょもにょと尻すぼみに言葉を濁す。
「大丈夫よ。私は気にしないから」
俺は気にしちゃうんだけどなぁ。
「それとも……幸平は私と登校したくないってこと……?」
ズルい。そんな悲しそうな顔されたら断れない……。俺は頼まれると断れないのだ。すぐ流される。今のこの状況だって流された結果だ。
「…………分かった。一緒に行こう」
「良いの?」
「でも手は放してくれ。っていうか何で手繋いでるの? 手を繋いで登校するつもりなの?」
「ダメ?」
「ダメでしょ」
「……ケチ」
生芽は頬を膨らませ抗議の意を表すものの、一緒に登校するということに満足したのか手を放す。
「いつか幸平が立派な主人公になったら手を繋いで登校しましょうね?」
「んンゥ……」
俺はその願望の籠った問いに明確な返事をしなかった。了承とも拒絶とも取れる唸り声を彼女はどちらの意味で受け取ったのだろう。
※※※
「幸平はどういう物語にしたいの?」
「物語とは……?」
学校への道中、周囲を警戒しながら生芽の唐突な質問に返答する。よし幸いこの辺りは人通りが少ない為、特に悪目立ちもしていない。
「私達の物語よ。サブヒロインは何人くらい欲しい? コメディな感じが良い? それともシリアスな方が好み?」
「積極的に主人公になる気はないって言った気がするんだが……」
「でも方向性は決めておくべきじゃない? やっぱり幸平も男の子だし、ちょっとエッチなハーレムものとか?」
「仮にもヒロインがハーレムものの提案をするってどうなん」
「仮じゃないわ。ヒロインだもの。それに幸平がハーレムを作っても構わないわ。幸平がどれだけサブヒロインを攻略しようと、最後に私の横にいてくれればね」
このヒロイン、世紀末覇王みたいなメンタリティだな。
俺がどれだけ主人公をやる気が無いと言っても聞く耳無さそうだし、どうしたもんかなぁ。
今後のことに頭を悩ましながら通学路を進んでいると
「あれ、もしかして……」
後方から少女の驚きを孕んだ声。
独り言にしては大きめだなと思いながら、特に気にせず歩みを進める。
まさか俺に話しかけている訳ではあるまい。俺に女の子が話しかけてくるときは大抵、雑用を押し付けてくる時だけだからな。
「ちょっとちょっと! ちょっと待っててば!」
そんな声と共に袖を引かれ振り返る。
そこには緩やかなウェーブのかかった亜麻色の髪を片口やや下でゆるいおさげに結んだ少女が、信じられないとでも言いたげな表情で大きな瞳をぱちくりと瞬かせていた。
誰、この子……? こわ……。
「えぁっ、えーと、あの、何処かで会ったかな……?」
俺の袖を掴む見知らぬ少女の可愛らしさに言葉が詰まる。生芽とはタイプは異なるものの、負けず劣らずの美少女である。生芽が近寄りがたい美人なら、親しみやすい人気者と言った感じだろうか。男女ともに好かれそうで、勘違いした男子によく告白とかされてそうである。
「あ、そうだよね……。昨日は殆ど顔も合わせられなかったし……」
昨日……?
「ほらあたし、昨日、路地裏で助けて貰った──」
路地裏……?
「あーあったなぁそんなこと……」
俺はあれ何もしてない気がするけど。
「あ、あれ? なんか反応薄くないかな? 私的にはかなり大きな出来事だったんだけど……」
と、そこでピーンときた。あぁ……なるほどそういうことか。あの秘密結社の代表が言っていたちょっとした仕掛けというのはこういうことか。恐らく昨日の路地裏の出来事も仕込み、そしてこの目の前の少女も仕込みの第二のヒロインと言ったところなのだろうか。よくよく考えなくてもあんな擦られ尽くした少女漫画のようなイベントが現実で起こるわけがないのだ。
「あの……もう良いよ、そういうの。聞いてないの? 俺、もう全部実験のこととか聞いてるからさ」
恐らく連絡の不備とかで、俺が実験の概要を知らされていること知らないのだろう。
「……えと、ごめんなさい……。実験? って何のことかな? あ、やっぱり昨日のこと怒ってるよね……?」
少女はあくまで設定を守ろうとしているのか演技を続けているようだ。
「いやだから良いんだってもう、君もアレでしょ? あの『箱庭』とかいう秘密結社から指示されてるんでしょ?」
「箱庭? 秘密結社? ごめんね、本当になんのことか分からなくて……」
……? 妙だな。本気で困惑しているようだ。
そうだ、生芽に確認すればいいじゃないか。それで全て解決だ。
ということで生芽に確認してみると
「私は何も聞いてないわよ? それに『箱庭』が幸平の為に用意したヒロインは私だけの筈よ。言ったでしょ。予算が無いって」
確かに言ってた。
え、待って、ということはこの子は……
「流石ね。口では主人公をやる気はないって言いながら、既にサブヒロインの攻略に手を付けてるなんて」
いやそんな口では嫌と言いながら体は正直だぜ! みたいな感じで言われても……。
「本当にあの秘密結社とは関係ないの?」
「無いわね。あるなら私が知らない筈ないもの」
…………。
じゃあ何、この目の前の女の子は昨日本当に路地裏でチンピ三ただけで、ほんと変なこと言っちゃって……忘れてくれると助かるんだけど……」
一瞬でも、『二人目のヒロインか、やれやれ勘弁してくれよ』なんて驕り高ぶったことを考えてしまった自分が恥ずかしい。本当に恥ずかしい。
「そ、そうなの? あたしてっきり昨日のこと怒ってるから、あたしのことを適当にあしらおうとしてるのかと思って……良かったぁ……」
「そりゃ少しは心配とかしたけど怒るとかは本当に全く思ってないから……! それにしてもどうして昨日は逃げたりなんて……こっちが被害者なのに……」
俺の問いに少女はきまりが悪そうに口を開く。
「その……なんていうか……。うちの学校、校則厳しくて……親も厳しいから、警察のお世話になりたくなくて……」
確かに少女の制服は二駅ほど隣にある県内有数の進学校のものだ。校則もかなり厳しいとかなんとか。金持ち学校だし親が厳しいというのも嘘ではないのだろう。
「ま、まぁ……無事で良かったよ。じゃあ俺等はこれで……」
「待って! お礼させてよ! 折角再会出来たんだしっ!」
足早にその場を去ろうとするのを引き留められる。
不味い。何が不味いって何だかうまいことラブコメの路線に乗せられている気がする!
それにお礼だって? 俺はお礼されるようなことは何もしていないのだ。見捨てる気満々だったし……。感謝されると胸が痛む。凄いズキズキする。
「あっ、そうだ名前を教えてよ! 君の名前!」
何でこの子こんなに距離感が近いんだ!? パーソナルスペースのギリギリっていうか……可愛いから許されるみたいな距離感で話かけてくるですけど!? 今だって顔と顔の距離が拳三つ分くらいしかないよ!
「えっ、あっ、俺は、幸平、須賀幸平……」
おかげでコミュ障な英国秘密情報部員みたいになってしまった。
「須賀、幸平……幸平くんだね! よろしくねっ! 高校生だよね……? 何年生?」
「二たらどーしようかと思ってたよ」
コロコロと表情が変わり、動作も小動物のようで可愛らしいったらない。
「そうそう、まだあたしの名前言ってなかったね。あたしは喜妃劇司。よろしくね」
「喜妃劇司、さん……?」
「もぉー固いなぁ! 司で良いよ、司で」
またこの展開かぁ……。
「司、さん……?」
「んーまだ固いけど、まぁいっか。うん、よろしくね、幸平君」
こうして俺と喜妃劇司は、まるで物語の予定調和のように再会したのだった。