1-1 ラブコメ主人公は突然に
俺、須賀幸平は凡人である。
自分で言うのもなんだが平凡で凡庸な凡才の凡人なのである。
客観的に見ても、主観的にも間違いはない認識の筈だ。
だからこれは何かの間違いだ。もしくは夢でも見ているのだろう。
学校へ向う道中の曲がり角に差し掛かった瞬間だった。
「いっけな~いっ!? 遅刻遅刻~っ!」
そんなベタな台詞と共に、狙いすましたのようなタイミングで飛び出してきた少女とぶつかったのだ。というかほとんどドロップキックだった気がする。
「ゲブォフォッ!?」
背中から電柱に叩きつけられ、肺の中の空気が吐き出される。息を吸う間も無いまま、重力に引かれ地面へと落下した。
「べッ!?」
肺にわずかに残った空気と共にカエルが潰れたような声が漏れる。
「ちょっと何処見て歩いて――――あら? ――平? 大丈夫……? 息は――あるわね……。――――うん、ケースバイケースよね。次の場面で挽回しましょう。――ならきっと――――」
少女がなにか言ってるが、酸欠と背の痛みで意識が遠のいていく――――。
※※※
「お~い、コウ? なぁーにやってんのこんなとこで」
体を揺すられ、急速に意識が覚醒する。
「んぁ……?」
「通学路で何してるわけ?」
気が付くと整った顔をした男に肩を揺さぶられていた。
「……なんだ、翔か……」
「なんだとはなんだ」
こいつは鹿山翔。俺とは小学校からの昔馴染みだ。同じ高校の同級生でもある。
高身長でイケメン、運動も出来て、尚且つ成績も優秀、実家も金持ちという全てを手に入れた海賊王みたいなやつだ。一点残念な点を挙げるとするならば、三次元に興味が無いと断言し、二次元こそ至高と言って憚らない重度の拗らせオタクであるということくらいだろうか。今日も奴の学ランの下は人気アニメキャラのちょっと際どいイラストが全体にプリントされたフルグラフィックTシャツである。
「で、こんな道の隅で倒れて何してたんだ?」
「…………それがあんまりよく覚えてなくて……そこの曲がり角で食パン咥えた女の子にドロップキックされたような……」
「なるほど……大分強く頭を打ったようだな。救急車呼ぶか?」
「いやいや本当だって! ……たぶん!」
実際一瞬のことだったのでハッキリ覚えていないが、長い黒髪とトーストの香りは印象に残っていた。
「やれやれ遂に現実と空想の区別もつかなくなってしまったか……。お見舞い、行くからな……。俺の年上で巨乳な天然のおっとり系幼馴染と一緒に」
「現実と空想の区別ついて無いのはどっちだよ。お前に幼馴染の女なんて居ないじゃん」
「は? いますが? いますけど!? 幼少期に結婚の約束を交わしたものの、引っ越しが原因で疎遠になってしまった幼馴染と高校に入ってから運命の再会を果たしているんですが!?」
オタク特有の早口でまくし立ててくるが翔に女の幼馴染など存在しない。それは幼少期からのアルバムやホームビデオの検証に付き合わされて実証済みなのだ。検証の後、暫くの間、幼少期の自分が一人で映った写真を眺めながら「……確かに映ってたんだ……。俺の幼馴染……まるで、天使みたいに笑って……」と呟いていたのをよく覚えている。
「くっ、お前も覚えてないのかよ。アイツを覚えているのはやっぱり俺だけなのか……っ!」
「おい変な設定まで創作するな。ややこしくなる」
「俺に幼馴染がいるのは事実だ」
「もうそれで良いよ」
「じゃあ俺の勝ちってことで良いか?」
こいつマジムカつくな。ネットの掲示板に帰って欲しい。
「じゃあ俺は何でこんな所で倒れてたんだ?」
「自転車にでも轢かれたんだろ」
「んーそうかな……でもそんな気もしてくるな……」
「それにその話が本当だったら、まるでコウが主人公みたいじゃないか。ありえないだろそんなこと」
「あ、ありえないとまで言うか?」
「良いかコウ、よく聞け」
翔は諭すような口調で言葉を続けた。
「世の主人公って自分のことを凡人凡人言ってるけど、あいつ等全然平凡じゃないんだぜ? 主人公は最初から主人公なんだ。コウみたいなドのつく凡人が主人公な訳ないだろ。日常系の主人公だってもうちょっと個性あるぞ」
「な、何も言い返せない!」
自称平凡なラブコメ主人公は最初からモテモテだし、隠された力が覚醒したり、じつは父親が大妖怪だったり、火影だったり、死神だったり、戦闘民族だったりするものである。本当に平凡な主人公など存在しないのだ。
「まさか自分が主人公かも……、なんて考えてたのか? 恥ずかしい奴だな」
「止めろ! 恥ずかしくなってきたじゃん……!」
でも思うじゃん……ちょっとは主人公かもって思っちゃうじゃん! 思春期だもの!
「それにな――」
「それに?」
「主人公に選ばれるならどう考えても俺だろ!」
自信たっぷりに自らを指差す翔。こいつ自分がさっき言ったこと覚えてないのか? ブーメラン過ぎるだろ。
「お前は主人公になれんのかよ」
「こうやって前髪で目を隠したら美少女ゲームの主人公みたいだろ?」
確かに居そうだけど……。背が高いし顔も整ってる為、さまにになっている。
そんな話をしていると学校の方向から予鈴が響いた。
「やべ、そろそろ行かないと遅刻だ」
「もうそんな時間か? 走らないと間に合わないぞ」
結局、俺がぶつかった相手の正体はうやむやのまま学校へと走り出した。