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第4話 女神の宣戦布告

「わたしたちは、一人前になるまで、あまり美味しいご飯を食べられないのです。でも、特別なお祭りがある十年に一度だけ、『美味しいご飯』をあずかれます」

「ちょっと待ってください。ユナさんは、いくつなんですか?」

「人間の年月で換算すると、九十八歳です」

「お、」


 おばあちゃんじゃん!

 と言おうとして、頑張って口を閉じた。

 通りで、よく言葉を知ってるわけだ。

 うちの祖母よりも、年上だし。


「お?」

「お、おおっと、びっくりです」

「……そう、ですよね。びっくりしますよね。でも、天界では、わたしはまだヒヨッコなのです」


 フルフルと彼女の頭が触れて、絹のような金髪が揺れた。

 しかし、なんとなく話が読めてきたぞ。


「もしかして、『一人でも、異世界転生させれば一人前になれる』とかだったりします?」

「ちょっと違いますが、そんな感じです」

「いつまでに一人前にならないといけないとか、あるんですか?」

「百歳までです。それまでに、一人前にならないと、」


 彼女の朱い唇が閉じる。

 長いまつ毛が頬に影を落とす様は、絵画みたいだ。

 まあ、セーラー服が台無しにしてるけど。


「……………消滅します」


 思ったよりも、重たい話だった。

 わぁ、まじかぁ。

 え、なに、俺の命とトレードってこと?

 神様に、システムの再検討を要求したい。


「でも、学校では予備の魂を探してるって言ってたよね? 俺の代わりが立てられるんじゃないの?」

「あれは! あれは、違います……。奏くんが学校に着いてから、全然話してくれなかったので、そう言っちゃっただけで。奏くんの代わりなんて、いません! ただ、天界に帰ったときのために、調査を兼ねてはいましたけど……。ごめんなさい……」


 なんか可愛いことを言われたような気もするけど、とりあえず横に置いておいて。そんなスパイみたいなことを学校でしないで欲しい。


「えっと、なんで落とすのに期限があるんですか?」

「一番の理由は、一人前になるための試験期間だからです。ちなみに、こちらの半年は大体天界の五日に値します」

「あー、なるほど。その試験って、定期的にあるものですよ、ね?」

「年に一回あります」


 良かったー!!!

 じゃあ、来年も受けられるじゃん!

 俺が断っても、セーフ!!!


「ただし、毎年、天啓を受けられるとは限りません」


 なにこの、「安全地帯に来たと思ったら、四面楚歌でした」みたいな感じ。

 俺は頭を抱えて唸る。女神はさっきからちょいちょい、物語の無感情アンドロイドみたいになってて、ちょっと怖い。


「……今は、試験期間なんですよね?」

「はい」


 俺は冷静になって考える。

 異世界転生ということは、俺の魂的な何かは残るわけだ。拒否れば、彼女は消滅する。

 こんな胸糞悪い二択、あるか?


「……わたし、あなたを落としたいです」


 まあ、そうだろうね。

 誰だって死ぬのは嫌だ。


「……でも、奏くんと仲良くなりたいです」

「え、なんで?」


 思わず女神の顔を見てしまった。青い目がびっくりしたように大きくなり、悲しそうに唇を歪ませた。

 失敗した。本物の罪悪が俺に押し寄せる。


「あ、いや、ごめん。ごめんなさい。仲良くするのは、うん、嬉しいです。歓迎します。でもさ、落とす人と仲良くなるのは辛くないですか?」

「いえ、それこそが天啓の意味なので」


 さっぱり分からない。


「天啓の意味って、なんなんです? この人が適合者ですよってだけじゃないんですか? 俺は、偶然選ばれたんですよね?」

「違います! 奏くんは、」


 ばっと顔を上げた彼女と目が合う。

 見る見るうちに頬を染め上げた彼女は、慌てたように俯いた。


「俺は?」

「……今は、言えません。でも、偶然じゃない。偶然なんかじゃないんです」


 やっぱり、よく分からない。でも、きゅっと結ばれた女神の唇から、それ以上の言葉は貰えなさそうだった。

 冬の風が、ピリリと頬を刺す。

 公園の街灯は、白っぽく光り始めた。

 もう間も無く、夜がやってくる。

 俺はベンチから立ち上がって、大きく伸びをした。


「とりあえず、半年は、うちで過ごすんですよね。じゃあ、仲良くやっていきましょうよ。その間に、何か良いアイディアが出てくるかも知れませんし」

「……はい」

「じゃ、今日は帰りましょう。俺、母さんが帰ってくる前に夕飯を作っておきたいんですよね」

「……うん……あの」

「何か食べたいものでも? 無難にカレーにしておこうと思ったのですが」

「カレー! 大好きです!」

「お、良かった。中辛、いけます? それとも、甘口にしておきます?」

「甘口で! あの、唐揚げと目玉焼きもつけられますか?」

「唐揚げかー。ちょっと時間ないんで、ウィンナーと目玉焼きでも良いですか?」

「うん! って、違います! あ、いえ、カレーは甘口で、ウィンナーと目玉焼きは乗せて欲しいのですが、そうじゃなくて……。えっと、あの、……敬語、……外して、もらえないかなって、思って……」


 最後は消え入るような声だった。

 声が震えているのは、寒いせいだけじゃないのかも知れない。

 いまだ座ったままの、彼女の真ん前に俺は立った。首に巻いたマフラーを外して、するりとユナにかける。


「わかった。でも、風邪引くから、もう帰ろう?」

「……はい! あ、うん!」


 ようやく見せた笑顔に、ほっとする。

 勢いよく立ち上がったユナは、小さな力こぶでも作るようにぎゅっと両肘を曲げた。


「やっぱり、わたし、奏くんを諦められません。だから、」


と、呟いた彼女は俺の目を見据えて、ビシッと人差し指を天に向ける。


「絶対、奏くんを落として見せます! 覚悟してね」


 思わず見惚れそうになるほどの笑顔。堂々とした、俺への宣戦布告。


「受けて立つよ。他の人を巻き込まないと、約束してくれるなら、ね」


 俺も堂々と笑って応えた。

 逃げも隠れもしない。異世界転生なんて、クソ食らえという気持ちは変わらない。

 平凡で退屈な愛すべき、俺の日常。

 多少のイレギュラーも、平凡を輝かせるスパイスだと思えば許せるかも知れない。


 なんて、考えはやっぱり甘くて。

 この後、本気で俺を落とすべく、異世界転生にどんなメリットがあるかのプレゼンが定期的に開催されたり。

 チートの種類から、身分、種族、魔法の有無、その他多種多様な異世界の話を聞かせられたり。

 かと思えば、姉とコンビを結託してみたり。(これは、控えめに言って最悪だった。しかも、姉は身内だから、他人《他の人》じゃないという謎理論付きで)

 時折、突発的に発生する物理的実行手段《殺人未遂計画》をかわす日々が始まるわけだが。


 さて、勝負はどうなることやら。


 俺が落とされる? まで、あと百八十一日。

お読みいただき、ありがとうございました。

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