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第3話 危険な女神は、九十八歳?!

 予想はしていた。

 女神が人気になることは。

 可愛いくて日本語ペラペラの外国人なんて、気にならないわけがない。

 俺の家にホームステイしているという設定を、あっという間に受け入れたクラスメイトたちが彼女を囲む。ちょっとしたアイドル扱い。女神は輪の中心で、天使のような笑顔を振りまいていた。


 順調に見えた滑り出し。

 だが、やはりと言えば良いのか、予想外の行動を起こすのが女神ユナだった。

 昼休みに『異世界転生』という言葉が聞こえたところから、嫌な予感がしたんだ。

 女神が異世界転生に興味を持つクラスメイトにアプローチをかけようとしたところで、慌てて彼女の手を取って階段裏まで引っ張る。


「何してるの?」

「勧誘ですよ? 今は啓示が出ていませんが、いずれ出る者がいるかも知れませんし。それに、奏くんを落とせなかった場合の予備は考えておかないといけませんから」

「予備」

「はい、予備の魂です」


 予備の魂。

 電球やトレペみたいな扱いなのか、魂って。ゾッとして、背中がぶるりと冷えた気がした。

 おずおずと、女神が「あの、もう良いですよね?」と声をかけてくる。

 

「わたし、皆さんとの語り合いしたいので、失礼します」


 彼女の手がするりと逃げる。

 俺は慌てて、女神の手首をギュッと掴んだ。


「俺の知り合いに、学校の連中に手を出すのはやめてくれ」

「どうしてですか?」

「万が一、俺のせいで死んだとなれば気分が悪いからだよ」


 キョトンと青い目が瞬いた。かと思えば、眉を吊り上げて、苦しくて泣きそうな顔で俺を睨んだ。


「じゃあ、奏くんが転生してくれればいいじゃないですか! あれもこれも、ダメっていうのはヒドイです!」


 理論が飛躍しすぎていて、言葉に詰まった。

 ヒドイのは、どっちなんだよ! と言いかけて、口を閉じる。今の俺たちは冷静じゃない。多分、話し合いにすらならない。

 それに、薄々気が付いていた。

 女神には、一般的な常識も道理も道徳も、なにもかもが通じない。本当に、人間界の漫画で、一体何を学んで来たんだ。

 鼻から深呼吸をして、頭の中で十秒数えて、口を開く。


「……そんなに、美味いメシが大事なのか?」

「え?」

「え??」

「……も、もちろんです! 当たり前じゃないですか!」


 青いどんぐり眼が、キョロキョロと右往左往する。赤くなったり青くなったり、明らかに挙動がおかしい。


「もしかして、何か事情があるの?」

「それを言ったら、転生してくれますか?」


 なんで、選択肢が live or dead の二択なんだ。古いゲームでも、もっと選択肢があるぞ。


「それは、無理です」

「じゃあ、言いません」


 ツンっと、拗ねたようにそっぽを向かれた。

 これが噂のツンツンか。デレはどこだ、デレは。「奏くん! ツンツンは、奥が深くて味わい深いんだよ!」と脳内でのたまった友人を頭の中で、ペシンとはたく。

 俺は深いため息を吐いた。


「分かった、検討を視野に入れましょう。だから、この学校の人間を勧誘しないでください」

「…………わかりました」


 キーンコーン カーンコーン


 ちょうど良いタイミングで次の授業を知らせる鐘が鳴る。

 俺が手を離すと、女神はスカートを翻して、タタッと逃げるように去っていった。



 しょんぼりとした女神を視界の端で捉え続けて、放課後。ようやく、俺の一日の学校生活が終わった。

 授業は頭に入らないし、ポカミスはするわ、挙句に友人どもには揶揄からかわれるわで。

 まじで、本当に散々だった。

 俺の退屈で平凡な日々を返して欲しい。


 靴箱で革靴に履き替えて、昇降口を抜けようとしたところで、女神が立っているのに気が付いた。

 一瞬、無言で通り過ぎようかと思ったが、良心がチクリと痛んだ気がして、考え直す。


「どうしたんです?」

「待っていました。奏くんを」


 俺を見上げる彼女の瞳は、揺らいでいる。


「……一緒に、帰りますか?」


 はっとしたように見開いた青い目は、ホッとしたように緩む。


「……うん……帰る」


 ほんのりと蒸気した頬。

 やわらかく持ち上がった口角。

 セーラー服の襟から覗くうなじが、こんなに色っぽいなんて知らなかった。


 付かず離れずの距離を保ち、通学路を歩く。

 永遠と続く無言。

 葉の落ちた木々は寒々としている。

 沈黙が心地良いなんていうのは、慣れた人間同士の話だ。そろそろ、俺には耐えられない。


「それで? あなたの事情、教えてくれません?」

「…………ユナ」

「は?」

「『あなた』じゃない。ユナです」

「……ユナさんの事情を聞かせてくださいよ。もしかしたら、助けになれるかも知れませんし。死ぬ以外で」


 女神、ユナの足が止まる。


「焼き芋」

「はい?」

「石焼き芋が呼んでいます!」


 は? と思う間もなく、「焼き芋ぉ〜。い〜しやぁき芋ぉ〜。焼きたて〜ぇ」という気の抜ける音が聞こえてきた。

 ついでに、女神の腹からグゥ〜と音が鳴った。


「き、聞こえましたか?!」

「まあ、はい」


 真っ赤になって、真っ青になる女神。リトマス試験紙みたいだ。

 必死なせいか、手の動きがわちゃわちゃと激しい。


「ち、違うんです! あの、これは、あの!」

「あー、食べます? 焼き芋」


 彼女の顔が両手で覆われる。

 選択ミスったか?


「…………ハイ」


 当たっていたらしい。

 恥じらい全開の小さな声だった。


 焼き芋を三つ買って、近くの公園のベンチに座る。

 寒い日に焼き芋は、偉大だった。

 手も腹もあったまる。懐は、少し寂しくなったけれども。

 隣では、両手に焼き芋を持った女神が幸せそうに頬張っている。ちょっとしたハムスターだ。


「美味しいですか?」

「はい!」


 本当に、食べ物が好きなんだな。

 死ぬことは出来ないけど、美味しいご飯なら作れるかも。と、考えて、イヤイヤと頭を振る。懐柔かいじゅうされかけているぞ、俺。しっかりしろ。

 でも、しばらく一緒に暮らすなら、相手の好みを知っておいた方がお互いに良いよな。トラブルを生まないし。良好な関係は大事だ。


「好きな食べ物ってなんですか?」

「ふぉいひぃほぉのれふ!」


 うん、俺が悪かった。

 にっこにこ顔で焼き芋を食べる邪魔をするまい。

 彼女が食べ終わってから聞こう。


 ぼんやりと公園を眺める。

 サビの浮く鉄棒も、土のついたブランコも、置いて行かれた砂場道具も、みんなみんな記憶の中よりも遥かに小さかった。

 ここに姉がいたら、感傷に浸る俺の頭を叩いたことだろう。良かった、隣にいるのが女神で。


「あの、お待たせしました。えっと、なんの話でしたでしょうか?」

「あー、」


お腹がふくれたせいか、幸せそうにする彼女に、単刀直入に本題を聞くのは少し躊躇ためらわれた。

クッションを挟むか。


「えっと、ユナさんが好きなものが知りたいなって」

「え?!」

「いやほら、食べ物にこだわりがありそうなので」

「あぁ……なんだ、そっちですね。えっと、美味しいものが好きです」

「それは、なんとなく分かります。甘いとか苦いとかの好みはないんですか?」


 女神はちょっと困ったように、眉間にしわを寄せた。「美人の困り顔、良い!」って、脳内で友人の声が聞こえた気がしたが、放っておく。


「……わからないです」

「わからない? ユナさんは向こうで何を食べてたんですか?」

かすみや木の実とか、です」


 仙人か。

 俺は、よっぽど変な顔をしていたのだろう。

 女神は、ぽつりぽつりと話し始めた。

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