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第2話 女神は、変身も出来ちゃうんです!

 寒い。なんで、こんなに寒いんだ。

 布団、布団と手繰たぐり寄せようとしたところで、自分が床で寝ていたことを思い出した。


「そうだ、自称女神とかいう不審者が来て……」

「おはようございます! 女神ユナ、今日こそ奏くんを落として見せますよ! ん? 天界に召し上げて?」


 目覚めから、ゾッとする発言をしないでほしい。ついでに、キラキラ天使のドアップは、心臓に悪い。


「うわ、びっくりした。朝からテンションたっか……。というか、まだ居たんですね。あなたのせいで、凍死するかと思いましたよ」

「え?! 凍死ですか! やったー! 作戦大成功!! さすがは、ユナですねって、生きてるじゃないですか。ぬか喜びさせないでください」


 ぷんぷんと頬を膨らませて女神は怒る。本当に、理不尽(きわ)まりない。

 まったく、勝手に人を殺そうとしないでほしい。ついでに、暖房を切ったのはお前かと問いただしたい。


「あ〜あ。結局、昨夜は死んでくれませんでしたね。仕方ないので、今日に期待です」


 唇をとんがらせて、ねる女神。

 見た目は、純粋無垢でも騙されないぞ。

 なんだ、その不穏な発言は。まさか、強制寿命のデイリーチャレンジでもするつもりじゃないだろうな。取り立てるタイプの死神か。


 唖然あぜんとする俺をよそに、自由気ままな女神は布団の上で、グッと背伸びをする。

 このまま彼女を見ていたところで、一文の徳にもならない。それよりも、時計を見たほうがずっと良いと、ベッドボードのアナログ時計に視線を向ければ、時刻は朝の七時四十八分だった。まずい。八時十五分には家を出ないと行けないのに。


「奏〜! いつまで寝てるの? 朝ごはん出来てるわよ〜!」

 と、聞こえてきたのは、一階で呼ぶ母さんの声。


「起きてるよ! 着替えたら、すぐ行く!」


 スウェットを脱ぎながら、白いチェストを開ける。靴下履いて、ワイシャツを着ていると、「きゃー! えっちですー!」なんて声が聞こえたが、気にしてる場合じゃない。

 高校の制服の黒ズボンを履いて、上着を羽織はおる。詰襟つめえりのボタンは後回しだ。


 教科書は置き勉してあるから、多分、問題なし。忘れてたら、申し訳ないけど誰かに借りよう。

 スマホを持って、カバンを肩にかけ、ドアを開けようとしたところで、思い出した。

 女神の存在を。


「さっさと出て……え?」


 振り向けば、そこには自分と同じ学校の制服(セーラー服)を着た女神が立っていた。顔も体もちゃんと女子高生っぽくなっていて、妙にディテールが細かい。誰の趣味だ。神か?


「じゃーん! ユナは女神なので、こんなことも出来るのです」


 女神がくるんと一回転して、スカートがふわっと舞った。

 えっへんと、腰に手を当てて満足そうに笑う女神にうっかり見惚れかける。


 って、いやいや、なんでだよ。

 声もなんか色っぽくなってるし。制服の上からでも、胸の膨らみはわかるし。髪や目の色は変わらないから、もうなんか、すごい。

 待て。落ち着くんだ、俺。

 クールになるんだ。

 彼女は、絶対関わっちゃいけないタイプの人間だ。平穏をぶち壊すタイプのアレだ。

 ふうっと深呼吸をして、赤くなりかけた頬をパンパンと叩く。


「なにをしてるんですか?」

「一緒に登校するから、着替えたのです」

「なんで?!」

「だって、死んだときにそばにいないと魂を回収できないじゃないですか?」


 すっごい当然のようにいうのをやめて欲しい。やっぱり、君は死神か。いや、自称女神だった。


「もしかして、今日が俺の命日だったりします?」

「いいえ? でも、ご希望とあらば、いつだって命日に出来ますよ。シチュエーションとかこだわりますか?」

「いや、本当に、まったく、希望していないんでやめてください」


 良い笑顔で、胸を叩くんじゃない。

 何も任せられないからな、君には。

 なんだ、死ぬシチュエーションって。希望があるとすれば、畳の上での大往生一択だ。


「奏〜!? 遅刻するわよ〜!」


 やばい。まだ、顔も洗ってない。なんなら、歯も磨いてない。


「一緒に登校しませんよ。第一、」

「ふっふっふ〜!」


 ドヤ顔をした女神(高校生ver.)、ちょっとドキッとさせられる可愛さなのが腹立つな。

 そんなことを思っていると、女神がするりと俺の横を通り抜けて、階段を降り始めた。


「ちょっと!」

「奏? どうしたの? 誰かと電話してるなら」


 母さんの目が、真ん丸くなる。

 どうやって誤魔化せば、という焦りはすぐに消え去った。

 母の顔から表情が抜け落ちて虚無になったかと思えば、すぐににっこりと微笑んだのだ。


「あら、ユナちゃんじゃない。奏を起こしてくれたのね? ありがとう。ごめんね、寝起きの悪い子で」

「いえいえ。お世話になってるので、これくらい当然です」

「本当にユナちゃんは良い子ね〜。奏も見習いなさいよ」


 それだけ言うと、パタパタと母はリビングに戻っていった。女神は、膨らむ胸を張って、「どうです? すごいでしょ?」と言わんばかりに傲慢に笑っている。


「……おまえ、何したんだ」

「……おまえじゃありせん。ユナです!」

「そんなことは、どーでもいい。母さんは大丈夫なんだろうな?!」

「何を怒っているのですか? ちょっと記憶を改ざんしただけじゃないですか?」

「記憶を改ざんって。体に害はないのか? 寿命もいじってないんだな?」

「当たり前です! 女神はそんなことしません」


 いや、俺の寿命を狙う奴に当たり前を説かれたくない。

 ジッと睨む俺に怯えたのか、彼女が肩をすぼめて体を縮める。「本当だもん」と小さく聞こえた気がした。


 鼻から一息に息を吐く。


 今は、女神の言うことを信じるしかない。

 とにもかくにも、母が無事となれば、朝の支度が最優先だ。

 他人をためらいなく巻き込むことに対しての苛立ちと不快感を覚えつつ、今更だと呆れてしまった。

 早く追い出さなかった自分も悪い。


 不機嫌を隠しもしなかったせいだと思う。

 それから、「行ってきます」と玄関を出てしばらくの間、女神はずっとシュンとしたまま大人しく黙って俺の後ろをついて歩いていた。


「……あの、怒っていますか?」

「まあ、それなりには。本当に、俺じゃないといけないんですか?」

「うん。神さまの啓示は絶対だから……」


 ちらっと後ろを見ると、目尻を下げた青い瞳と目が合った。

 こんなに嬉しくない当たりがあるだろうか。どうせ当選するなら、百円でも良いから宝くじが良かった。


「……それで? このまま学校に行って、俺のクラスメイトもみんな騙すと」

「違います! そこまでの力はないので、ちゃんと転校生として過ごします」


『転校生』、便利な言葉だ。

 俺は止めていた足を再び動かす。


「いつまでいるんですか」

「あなたが転生に同意してくれるまでです! と、言いたいのですが、生憎そんなに時間はありません。なので、半年程度になると思います」

「半年後、俺が同意し(死な)なければ?」


 沈黙。無言。

 後ろの小さな足音が消える。

 上体だけ振り返ると、泣きそうな顔をした女神が佇んでいた。


「そのときは、……諦めます」


 諦められるんかい。

 ホッとするような、イラっとするような。


「なら、今諦めた方が良いと思いますよ。タイパ悪いと思うんで」

「それは、」

「俺は、転生に全く興味ないですけど、喜んで行く人も多いんですよね? じゃあ、次の啓示をもらった方が良いじゃないですか?」

「……そう、です、よ、ね」


 なんだ? いまいち歯切れが悪い。

 それに、女神の瞳がどんどんと潤んでいく。

 こぼれ落ちるまで、あとわずか。

 めんどくさい。けど、なんか放っておけないのは、子どもの姿を最初に見たせいだろう。決して自分がお人好しなわけではない。

 俺は、深く息を吸って吐いた。


「……とりあえず、今日は俺と学校に行くんですよね?」

「……うん」


 身勝手なやつがしおらしくなると、背中がムズムズするのは、どうしてなんだろう。

 俺はスマホを取り出して、ポチポチと打つ。検索結果を開いてから、彼女に向き直ると、見せつけるように大きく一歩踏み出した。


「え? なに?」

「タイの結び方、間違ってます」


 俺は、女神の黒スカーフを指さした。うちの制服の結び方は、リボンじゃなくて水兵みたいな感じなのだ。

 女神は、画面と自分の胸元を交互に見比べると、慌ててタイを解いた。

 なんとなく見てはいけないような気がして、空に視線を向ける。良い冬晴れ。

 シュルッと聞こえたのは、衣擦れの音。

 無意識で捉えてしまう耳が憎らしい。

 このまま現実逃避をしてしまいたくなる青空だ。早く一日が終わってほしい。


「もう、大丈夫です。あの、ありがとうございました」

「いいえ。姉貴も入学した頃、よく間違ってたんで」

「お姉ちゃんがいるの?」

「二歳上に一人。今は、隣の県で女子大生を楽しんでるみたいですよ」

「そうなんですね。仲良しなのですか?」

「まあまあじゃないですか? 昔は、下僕みたいにされてましたけど。それよりも、急いで歩かないと遅刻しますよ」


 俺は足早に歩く。そろそろ、本当にヤバい。遅刻する。

 ちらっと見たスマホは、八時三十四分だった。


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