第1話 女神、襲来!
ラブコメは、波動が感じられる程度。
そんなに糖度は高くないです。
頭空っぽで気軽に読んでいただけると嬉しいです。
全4話
ふとトイレに行きたくなって瞼を開けると、俺の腹の上で正座する女の子と目があった。見知らぬ小学校低学年くらいの女児に、ヒッという悲鳴を上げかけて、飲み込む。
落ち着くんだ、俺。きっとこれは、噂に聞く心霊現象というやつだ。ならば下手に刺激させまいと、俺は再び目を閉じかけた。
「あれ? 起きちゃいましたか? えっと、こんばんは。あたしは、女神。女神ユナと申します」
ん? 女神?
座敷童とか、幽霊じゃなくて?
恐る恐る薄目で見ると、愛くるしいまんまるの瞳をした女の子が、ぺこりと頭を下げた。
天使のようなキラキラの金髪に、青い瞳。よく見れば、幽霊や女神というより、天使のほうがしっくりくる。ぱっちりまつ毛をシパシパとさせて、女の子コテンと首を傾げる姿は、めちゃくちゃ可愛い。
確かに、害はなさそうだ。
凹凸の一切ない体を覆う布は、ギリシャ神話の服みたいで、一月の真冬には薄着すぎて心配になる。
「あ、もしかして見えていませんか? では、遠慮なく続きを」
「いや、ちょっと待って」
「わたしが見えてるんですか? それなら、ちゃんと返事と挨拶をしてください」
明らかな不法侵入者に俺が怒られる謂れなんてないのに、つい「ごめんなさい」と謝ってしまった。
聞きたいことは色々あった。言いたいことも。だがしかし、幽霊じゃないと分かった今、願うことはひとつだ。
「あの、トイレ行きたいんで、退いてもらって良いですか?」
青い瞳がびっくりするように大きくなる。彼女は信じられないと、小さな口をポカンと開けた。
「本気で言っていますか?」
「えっ、はい。人間の生理現象なんで」
無理やり上体を起こすと、唖然とした女神は渋々ながら退いてくれた。子どもとは言え、体に触れるのは躊躇われるから、ちょうど良い。ひっくり返して、怪我とかもさせたくないし。
女神が呆気に取られている内に、俺はベッドから立ち上がる。さっさとトイレに行くべく、ドアノブに手をかけた僕の背を、鈴を鳴らしたような声が引き止めた。
「待ってください! あたしの話を聞いてください!」
「……それは、トイレよりも大事なことなんですか?」
「大事です、すごく!! あなたの人生に関わることなんです!」
「はぁ……」
もう、嫌な予感しかしなかった。
人生に関わることとか、絶対、めんどくさい。
物凄く煩わしそうにする俺のことなどお構いなしに、女神は偉そうにコホンと咳払いすると、ピンと人差し指を真上に伸ばした。
「今からあなたは異世界転生します。なので、女神権限としてチート能力を」
「いや、結構です」
女神の目が再び丸くなった。
勢いよく瞬きをして、口をぱくぱくさせる姿は、ちょっと金魚を彷彿とさせる。
しかし、どんな顔をしても天使は天使なんだな。成長すれば、とんでもない美人になるのは確定事項だろう。うん、平々凡々な生活を大切にする俺としては、間違いなくご遠慮したい人物だ。
「どうしてですか?! みんな、喜んでのってくれましたよ?!」
「まあ、そう言う人もいるとは思います。でも俺は、今の人生に満足してるんですよね。大体異世界転生って、なんか一度死ぬらしいじゃないですか? 俺、ピンピンしてますけど、こっから死ぬとか無理じゃないですか?」
手をグーパーして、軽くジャンプしてみる。うん、何も問題ない。
頭も痛くないし、クラクラもしない。もちろん、動悸もなくて至って正常な健康体。
眠くてトイレに行きたいくらいで、元気だ。
二階だからトラックに突っ込まれる恐れもないし、雨の音もしないから、外は晴れているのだろう。
考えられるとしたら大きな地震や火事くらいだけど……女神の動揺っぷりから、その線もなさそうだ。
「それは、その、えっと、凍死……とか?」
「暖房の効いた部屋で?」
「えっと、じゃあ」
「じゃあ?!」
わやわや回答で察した。
前言撤回。この女神、やばいやつだ。
軽率に人《俺》を殺そうとしている。
「それって、人殺しですよね?」
「そんな、違います! 失礼なことを言わないでください! あくまで、転生です!」
「いや、転じて生まれるんだから、死なないと無理ですよね? まあ、死ななくてもお断りですけど」
「そんな……! わたしは、日本のいろんなアニメや漫画で学びました。今、異世界転生って大人気なんですよね?! だから、最近、多くの異世界が活気付いていて、そろそろうちにも勇者とか聖女とか神子とか欲しいってリクエストが来てるんですよ!?」
「はぁ……? なんか、すみません? いや、でも、それは俺に関係あります? なくないですか?」
「いいえ、多いにあります。あなたが適合者という啓示があったのです!」
「すっごい迷惑なんですけど、その啓示に従わないと、なんかあるんです?」
「わたしが、美味しいご飯を食べられなくなります!」
ダメだ。この女神、本当にダメだ。
見た目に誤魔化されてはいけない。
自分のメシのために、人間を軽率に殺すのは、間違いなくやばい奴だ。いやまあ、食欲は三大欲求の一つだけども。
「今なら、好きなチート能力をあげられますよ! イケメンと美女、どちらからもモテモテにも可能です。望むなら、まったりスローライフだって出来ますし、あとは」
「いや、全部要らないんで。どうしてもって言うなら、天寿全うする頃に来てもらっても良いですか?」
「大丈夫です。天寿を今、全うしましょう!」
「断固拒否です」
「え……そんなぁ……」
がっかりと小さな肩が落ちる。潤んだ瞳で見上げられると、良心が痛むからやめて欲しい。
自分の顔面の良さを理解しての所業か。
絶対に、俺は悪くないのに。
「とりあえず、話は終わりましたよね。じゃあ、俺、トイレに行ってくるんで。その間にテキトーに出てってくださいね」
「えっ……こんな夜中に、か弱い女の子を外に放り出すのですか?」
今にも泣き出しそうな顔で俺を見ないで欲しい。お祈りポーズが、よくお似合いで。
思わず、自分で、か弱いと言って似合うやつは、そうそういないよなと感心してしまったが、正直、そろそろ膀胱の限界が近い。ついでに、明日も学校だし、さっさとトイレに行って早く寝たい。
仕方ない、妥協しよう。
「わかりました。じゃあ、夜が明けたらで良いです」
「ありがとうございます、奏くん!」
名前バレまでしてるのか……。
もう、疲れたな。明日のことは、明日の俺に任せよう。と思っていた俺は、甘かった。
トイレから戻った俺は、ベッドを占領して気持ちよく寝ている女神に膝から崩れ落ちるしかなかった。
グッバイ、俺の安眠。