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カレーライス

作者: 昊シロウ

なんだか最近テンションがおかしい気が………。今日、カレーを食べていたらこの物語が天からふってきました。


 ―――五歳。


 今日の夜ご飯はカレーだった。

 僕はお肉が苦手だからこのカレーにはお肉が入っていない。僕に合わせて甘口でもある。

 母が作ってくれたからとても美味しかった。

 お父さんとお母さん。三人で食べるご飯はとても楽しい。

 


 ―――七歳。


 今日は小学校の入学式だった。

 そのお祝いで今日はレストランに来ている。

 僕は迷わずカレーを注文した。もちろん、お肉抜きだ。

 お父さんとお母さん。三人で笑い合いながら食べるご飯は美味しかった。



 ―――十三歳。


 俺が深夜に下におりてくると、そこにはラップのかかったカレーと一つの手紙が置いてあった。

 『温めてから食べてください』そんな言葉とともに置いてあるカレー。

 俺はレンジでカレーを温めるとそれを口に運ぶ。

 そのカレーは中辛で肉抜きのカレーだった。

 反抗して、煩わしいと感じていたはずなのに、父さんと母さんが途端に恋しくなってくる。

 どんなに酷いことを言っても変わっていない母の愛情に俺は涙を流した。



 ―――十八歳。


 大学受験を控えたこの年。両親が離婚した。

 父が他の女と不倫していたのだ。

 それで母さんは体調を崩して家に引きこもるようになってしまった。

 俺はそんな母さんと家計を支えるために、受験を諦めて朝から晩までバイト漬け。

 そんな俺に母さんはいつも『ごめんね。ごめんね』と泣きながら言ってくる。

 ある日の昼。作るのが億劫になって買ってきた辛口のレトルトカレー。

 その、具も殆ど無い辛いだけのカレーは、俺の心に刺さるようにチクチクと()みた。



 ―――二十五歳。


 高校の同級生たちと一年遅れで俺は大学を卒業した。

 四月からは地元の企業に就職も決まっている。

 いろいろと大変なこともあったけど無事、大学を卒業することができた。

 家に帰ると母さんが出迎えてくれる。一時は鬱になって籠もってしまった母さんだけど、一年も経つと父さんとのことに踏ん切りがついたらしく、俺を諦めていた大学に通わせてくれた。

 そのおかげで俺は今、笑って家に帰ってこれている。

 どうやら今日はカレーみたいだ。久しぶりの母さんのカレーにわくわくしてしまう。

 そして、目の前に出されたのは大盛りのカレー。もちろん肉抜きだ。

 一口食べるとスパイスの効いたピリッとした辛さが口に広がる。

 どんなに不幸なことがあっても、母さんのカレーの味は変わっていなかった。



 ―――三十歳。


 俺は結婚して妻と二人で暮らしている。

 今日の晩ごはんはどうやらカレーのようだ。

 妻が作ってくれたカレーを見ると、肉と玉ねぎが入っていなかった。

 妻は玉ねぎが苦手らしい。

 俺は少し物足りなさを感じながらカレーを口に運んだ。

 母さんとはまた違うけど、妻のカレーも美味しかった。



 ―――三十八歳。


 俺と妻の間に産まれた子が五歳になった。

 今日は俺が晩ごはんを作ることになっている。

 冷蔵庫から取り出したのは、じゃがいもとシーフードミックス。今日はシーフードカレーだ。

 肉と玉ねぎと人参が入っていないカレー。人参は息子が食べられないから入れることはできない。

 出来上がったカレーを見るとシーフードのおかげで見栄えはよかった。

 肉と玉ねぎと人参の入っていないカレー。

 だけど、愛する人たちと食べるカレーは美味しかった。



 ―――五十一歳。


 昨日、息子は一人暮らしをするために家を出ていった。

 息子の成長を感じた私は、見送りの時に涙が出そうになった。

 歳をとると涙脆くてかなわない。

 今日の晩ごはんは久しぶりにカレーが食べたいと妻が言った。

 生憎、シーフードミックスをきらしていた。

 しかたない。私は冷蔵庫からじゃがいもと人参を取り出すと、カレーを作った。

 久しぶりに食べる人参の入ったカレーは美味しかった。

 だけど、どこか寂しさを感じている自分がいた。



 ―――七十三歳。


 私は今日の晩ごはんを考えながら本を読んでいた。

 丁度、物語の中で主人公がカレーを食べていたからカレーにすることにした。

 人参、じゃがいもを食べやすいように切り、玉ねぎは飴色になるまで炒める。

 後は煮込んでカレールーを入れるだけ。隠し味に牛乳も忘れない。

 出来上がったのは肉抜きのカレー。

 私はそれを盛り付けると、二枚の写真が飾ってある仏壇に持っていく。

 きっと私と同じで、カレーが好きだった妻と母さんも喜んでくれるだろう。

 手を合わせて、はたと気づく。

 ああ。でも。玉ねぎが嫌いだった妻は文句を言うのだろうか。

 その後、広いテーブルで一人食べたカレーは味がとても薄い気がした。



 ―――八十八歳。


 もう、自分では声も出せない。

 出そうとしてもかすれてしまって上手く声が出せない。

 もう、私は死ぬのかな。

 身体には一切の力が入らず、腕一本も上げられない。

 薄れていく視界には、だんだんと直線になっていく心拍線。そして、泣いて私の手を掴む息子夫婦とそれを見て泣いている可愛い孫娘。

 嗚呼。私は幸せだ。

 私はそっと目を閉じる。

 いよいよ何も聞こえなくなってきた。

 この長かった人生に悔いはない。

 

 だけど一つだけ我儘を言うなら、…………もう一度だけカレーが食べたかった。


 母さん。――さん。私もそっちに行くよ。

 そっちに行ったら、母さんはもう一度カレーを作ってくれるかな?

 

 作ってくれるといいな。

 もちろんお肉と玉ねぎ抜きのカレーを。



 作って、くれるといいな―――。

 


【完】



読んでくださりありがとうございます。面白い・感動したといった方は評価とブクマのほうお願いします。

それではまた、次の物語で。

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― 新着の感想 ―
[一言] シンプルなタイトルから紡ぎ出される或る男性の人生に、読みながらしみじみとさせて頂きました。 食ってそのひとの人生に彩りを与えてくれるものだと思うんですよね。 彼にとって、カレーライスは単なる…
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