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Take On Me ーShort Storyー  作者: マン太
2/3

2.はじめまして ー亜貴視点ー

 弟、亜貴のお話しです。

 岳自身は出てこないです。

 よろしくです。

「おかえり!」


 そう言って元気よく飛び出してきた青年に、正直面食らった。

 満面の笑みで、尾尻があればブンブン振っていそうな勢いで。今まで記憶のあるうち、そんなふうに声をかけられた覚えがない。

 ぽかんとしていると、その青年は怪訝そうな顔をしてみせた。


「なんだ? どうかしたか?」


 いや。どうもこうも。お帰りって。いったい、なんて答えればいいんだよ?


「…別に」


 俺の素っ気ない返答に怯みもせず、風呂に入れだの、兄だと思えなどだのと言ってくる。

 うるさいとばかりに背を向け、部屋へ戻ったけれど。胸のうちにポワンと温かい何かが残った。

 彼は宮本(みやもと)大和(やまと)と言う。兄が雇った家政婦だ。俺の世話もそこに含まれているらしいが、そんなの必要ないと思ってる。

 

 今までだって、一人でどうにかなってたし。


 折角の兄(たける)の気遣いだったが、俺には不必要だった。

 

 次の日からもその青年、大和は俺の態度に怯まず、まるで挑戦者の様に向かって来た。

 その小柄な姿はまるで小動物を思わせる。


 例えるならなんだろう? どこかで見覚えのある…。


 大和はくるくると表情を変える。

 笑っていたと思えば、急に難しい顔になってブツブツ呟き出したり。かと思えば、兄岳の言葉にブワッと頬を赤くしたり、怒り出したり。時にはオカンの様に小言を言ったりする。

 大和がいるだけで急に家の中が賑やかになり、止まっていた空気が流れ出した。


 なんだろう。これ。


 知らないはずなのに、何処か懐かしさを覚える、胸の奥がキュッとなる時間だった。


+++


「お、亜貴(あき)、今日も頑張ってんのな?」


 大和(やまと)がいつもの様にホットミルクを手に部屋へ入ってきた。

 気づいたのだが、兄(たける)の部屋に入るときは何処か気遣いつつ、遠慮勝ちにノック後、返事があってから入るのに、俺の部屋に入る時はノックもせずに、開けるぞ~と言いながら入って来る。

 見てはいけないシーンを見てしまったらどうするんだろう。


 てか、俺の時だって気を使えっての。


「当たり前だろ。テスト近いし。高校二年生、遊んでなんかいられないっての」


 フンと鼻息も荒く睨みつければ。


「うへぇ。たーいへんっ。…だな?」


 そう言ってミルクを机に置くと、顔を覗き込んで来た。思わず固まる。


 だな? って。


 全くの素だ。


 素でこんな──。


 『こんな』の後に続く言葉を飲み込んだ。

 俺はギギギッと、音が出るならそんな音をたてて大和から顔を無理やり反らす。


 何なんだよ。こいつ。頭、おかしいんじゃないの?


 内心とは裏腹に、勝手にぼぼぼっと顔が熱くなって、体温が上昇した。


「大変って、軽く片付けんなよ。こっちは真剣なんだからっ」


「ハイハイ。分かってるって。けど、あんま根詰めすぎるなよ? …顔赤いけど熱あんのか?」


 懲りもせずまた覗き込んで来ると、あろうことか今度は右手を俺の額にあてて来た。


 うっ…わって。手。


 ひたりと少しだけヒンヤリした手のひら。近い顔。

 決して格好いい部類の顔じゃ無いのに、何故か気を惹く。愛嬌があるのだろう。人を安心させる顔だ。


「やめろって! 熱なんてないってのっ」


 一瞬の間の後、慌てて手を振り払い、額を避ける。大和は『熱みただけなのに。ケチ』と言いながら手を離した。


「ならいいけど…。調子悪ければ言えよ?」


「分かった…」


 大和はそれでも気にしいしい部屋を出て行った。


 大和が去ったあと、俺は机の上に突っ伏した。手に当たったシャープペンが、コロコロと机の上を転がる。その先には湯気を立てるホットミルクがあった。

 どっと疲れた気がする。心臓はドキドキするし、体温は上昇するし。

 大和の行動に動揺している自分がいて。


 何なんだよ。これ。


 幼稚園生の頃、担当のナナコ先生に感じた感覚。小学校の時、一緒に登下校した近所のミチルちゃん、中学生になって、クラスメートのユカリに感じた感覚。

 高校生になってからは──まだ無い。

 なんせ男子高だ。ときめく相手などいるはずもなく。

 兎に角、それらと似た感覚だった。

 けれどこの動揺の理由はなんなのか、認めたくない自分がいて。

 これはきっと、母親みたいに接してくる大和にそれを重ねてドキドキしているだけなんだ。

 きっとそうだ。決して、今まで感じてきた女の子に対するそれと同じなんかじゃない。

 俺は懸命に否定した。


+++


 その後もモヤモヤを抱えたまま、俺は大和に素直になれず、つんけんしては兄、(たける)に注意された。

 しかし、そんな俺の態度にも大和(やまと)はまったくへこたれない。

 むしろ、余計に世話をやいてくるし、時折ニヤリと黒い笑みを浮かべたりする。

 打たれ強いのだろうか。今の所、仕返しらしい仕返しは受けていないが。


 その日、午前中だけの授業だったため、早めの帰宅となった。

 大和に言い忘れていたが、別に早く帰った所でかまわないだろう。

 いつもの(まき)(ふじ)の送迎で帰宅するが、ドアを開けても中からあの『おかえり』が聞こえてこなかった。

 このところ、すっかりそれが当たり前になりつつあって。出迎えがないと寂しさを感じる自分がいる。


 どうしたんだろう?


 ベランダで洗濯物でも干しているのか、それとも部屋の掃除でもしているのか。

 廊下の先、リビングのドアを開き大和の姿を探したが、パッと見、見つけられない。


 自分の部屋にいるのかな? 


 踵を返そうとして、ふとリビングに置かれたソファから小ぶりな足先が覗いているのが目に入った。


 もしかして。


 近寄ってソファを上から覗き込めば、大和がそこへ横になって眠っていた。

 クッションを抱え上向けになってすっかり寝入っている。キッチンに目を向ければ、夕飯準備がされていた。昼寝が済めば支度を始めるのだろう。

 すぴすぴと寝息が聞こえてくる。


 てか。ほんと、小動物。


 ちなみに大和に似ている動物は思い出した。

 コツメカワウソだ。コツメカワウソがソファで仰向けになって眠っている。

 想像してみて欲しい。かなりの可愛さだ。


 って、可愛いって。なんだよ。


 自分の思いに舌打ちしつつ、ソファの正面に回って、膝をつくと大和の寝顔を眺める。

 ここ最近の様子で気付いたが、岳は大和を好いている。これは確実だ。断言できる。

 なにより帰宅する日が増え、夕飯もほとんど一緒に食べている。

 それに夕食後はすっかり二人きりの時間にしてしまっていて、俺がぐずぐず残っていると、早く部屋に行けと小言を言われる始末だ。


 大和は気付いていないようだけれど。


 そういったことには鈍感なのだろう。

 兄のスキンシップが増えても、視線が前より優しくなっても、大和はいつも通り。


 端から見れば付き合ってるバカップルにしか見えないんですけど。


 今までの岳の好みからすると、大和はそれに当てはまらない。

 兄がいつも横に連れていたのは、美人の部類に入る相手ばかりだ。誰が見てもはっとするような、綺麗な人ばかり。

 大人でどこか冷めた感じの人が多かった気がする。それはお互い割り切って付き合える者同士だったからか。

 家に連れてくることはなかったが、時折兄の送迎で帰宅すると、車に同乗していることがあった。ニコリと微笑みかけられても。


 俺はタイプじゃないな。


 そう思った。

 もっと、こう。人としての温もりのある、あったかい関係を保てる相手がいい。

 そう思っていた。

 だから、大和を初めて見た時、兄は本当にハウスキーパーとしてだけ雇ったのだと理解した。

 けれど、一緒に過ごすうち、兄の態度の変化にそうでなかったのだと気付く。

 岳は一目惚れしたのだろう。

 自覚があったのか、そうでないのかは分からないが、確実に途中から本気になっていた。


 だって、目が捕食者のそれになってるもん。


 大和が気付いたらどうするのだろう? 

 だって、幾ら好きになったって、岳は次期組長だ。気軽に一般人が付き合っていい相手じゃない。

 まかり間違って一緒になれば、相手にもその道に入ってもらうことになる。否が応でも危険が増す。

 岳は本気で好いた相手を、そんな世界に引きずり込むつもりだろうか?


「そんなの、無理だ…」


 大和にそんな世界は似合わない。血の匂いが漂う世界なんて。

 穏やかで温かく、賑やかな、些細な幸せがいっぱい詰まった日々の方が大和には似合っている。


 大和が俺を好きになればいいのに。


 大和も兄を好いている。

 態度を見ればわかった。本人に自覚はないだろうけれど、確実に大和は岳の前でリラックスし、兄の行為をひとつも拒否せず受け入れている。


 大和が俺を好きになったら、俺だって──。


 ソファに手をついて、大和の顔を見下ろす。自分の影が大和の上に落ちた。薄く開いた唇に目を落とす。


 大和。


 流石に唇には無理で。俺はそっと唇の端、頬にキスをした。


+++


「んあ?」


 端末が目覚まし機能を発動する。

 電子音に目を覚ますと、ソファの向かいに亜貴(あき)が座って端末を弄っていた。


「あれ? 今日早かったのか?」


 眠い目をこすりつつ、身体を起こせば。


「いい忘れてた。お腹すいた」


「っと、いけねぇ。すぐ用意するから待ってろ?」


 立ち上がって、作ってあったスコーンを軽くトースターで温め直す。

 バターを入れるとカロリーが気になるため、オリーブオイルで練ったスコーンだ。バターより風味は少ないが、あっさりして食べやすい。


「何飲む?」


「チャイ…」


「了解!」


 チャイはこの前淹れてやったら気に入ったらしく、ここの所、亜貴のお気に入りとなっている。


 結構、好きだよな? ミルク系。


 日によってそれがソイにもなる。

 ホットミルクに、抹茶ラテに、ほうじ茶ラテ。ミルクティーに香辛料の効いたチャイ。それがまた似合うのだ。


「可愛いって得だよなぁ…」


「なんか言った?」


 俺の呟きに亜貴が反応する。


「いや、なんてもねぇ…」


 可愛いは七難隠す…なんて、造語が作れそうだ。


 俺もかわいく生まれたかったなぁ。


 そうしたら、もっと人にかわいがられ、また別の人生を歩んでいたかもしれない。

 ぐるぐると想像の翼を広げたが。


 いや。あの親父(おやじ)、子どもが可愛かろうが関係ねぇな…。


 頭を振った後、俺は手早くチャイを作り、それをスコーンとともに亜貴の待つリビングのテーブルへと持っていった。


「はい、お待たせ」


「ん」


 亜貴は匂いにつられるように端末を横に置くと、スコーンに手を伸ばした。俺は横で満足げにそれを眺めつつ。


「今日は学校でなんかあったか? また、体育で走れなくて怒られたか?」


 前に体育で教師にちゃんと走れと怒られたとボヤいたのだ。


「うっさいな。体育はなかった。だいたい、あれは走れなかったんじゃなくって、走る気がなかったんだって。だって大会でもないのに、本気で走るってないだろ?」


「ったく。つまんねー奴だな? なんでも一生懸命やれば充実感があって楽しいだろ? 亜貴は本気になることあんのか?」


「…あるよ」


 亜貴はムスッとしたまま、スコーンの欠片を放り込み答える。


「へぇ? 何にだ?」


 すると、亜貴はじっとこちらを見据えたまま。


「多分、これから本気になるんだと思う…事はある…」


「なんだ? そりゃ」


 すると、ふうっとため息をついて。


「大和には分かんないって。ほんと、鈍感力は最高値なんだから」


「なんだよ? どこか鈍感だって言うんだ?」


「そこが」


 じろりと睨まれ、俺は肩をすくめる。


「そんな睨まれたって、分かんねぇって…」


 鈍感、鈍感と言われても、どこかそうなのかちっとも分からない。だから鈍感といわれるのだろうが。


「分かんない方がいいよ。それが大和だし」


「んだよ。なんかスゲーアホみたいじゃんか」


 俺はブツクサ言いながら夕食の支度にとりかかった。



 大和はそのままでいいのだ。

 下手にこちらの気持ちに気がついて、あたふたされるより、今くらいが丁度いい。隙がある方が入り込みやすい。

 そうして、気が付いた時には、好きになってくれていたらそれでいい。


 ていうか。俺は──。


 先ほど思わずしてしまったキス。


 俺の好きは、恋愛の好きなのか? 


 ずっと一緒にいたい、離したくないという部類の。

 幼稚園の先生や、クラスメートの女子に感じたそれと同類だと言うことなのだろうか。

 大和となら、きっと楽しく、穏やかで、温かい日々を送れる。そう思った。


 俺の好きは──。


「亜貴! 食ったらシャワーな?」


「分かってるって。ほんと、うざ」


「うざくて結構。それが俺の仕事だからな? おおいにうざがれ!」


 ふはははとまるでアニメの悪役バリに声高らかに笑う。


 ほんっと、こういうとこ、壊れてるよな?


 俺は呆れるが、兄岳だと大笑いしている。大好きなのだろう。

 ふと、岳は大和にキスしたのだろうかと気になった。


 さっきの、ちゃんと唇にしとけば良かったな。


 きっと、兄はまだ手を出していないはず。一番を横取りできたのに。


 でも、フェアじゃないか。


「今度、デートしてみよっかな?」


 勿論、外出禁止の俺だけれど、奥の手はある。大和には迷惑かけるだろうけれど、でもちょっとだけ。

 二人だけで過ごせばきっと何かわかるから。

 後日、俺は兄岳の外出禁止令を破り、その結果、気持ちをはっきりと自覚するのだが。

 それは、まだ少し先の話し。


 俺は鼻唄を歌いながら夕食準備する大和を、リビングのソファから優しい眼差しで見つめた。

 穏やかで、温かい時間がまた流れ始めた。


 

ーendー

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