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Take On Me ーShort Storyー  作者: マン太
1/3

1.誕生日

 お昼すぎ、何気にテレビを観ていると、宝飾品のCMが流れた。誕生日に指輪をプレゼントされた女性が目に涙を溜めて喜んでいる。


 フンフン。確かに光りものは嬉しいだろうなぁ。俺も(たける)に貰った時は嬉しかったしな。まあ、あれはその気持ちが嬉しかったんだけどな。

 

 と、そこまで思ってハッと気が付いた。

 自分の誕生日をすっかり忘れていた事に。


 いや、その前に。


 気がつけば、他の誰の誕生日も知らない事実に愕然とした。目下、人生のパートナーである岳の誕生日も知らないなんて。


 これは、不味いだろ?


 今まで誕生日を祝って貰ったためしがなく、それをやるという頭がなかったのだ。

 去年はバタバタでそれどころではなかったが、今年は余裕もある。

 また、亜貴(あき)の為に一般家庭のそれを目指すのなら、クリスマスやお正月の前に、誕生日を祝ってやらねばなるまい。岳だって、パートナーからの祝福を期待しているだろう。

 それにはまず、皆の誕生日を知る必要があった。しかし、岳も亜貴も真琴(まこと)も誕生日が来たからと言って、自分からわざわざ言うタイプではない。

 それなら夕食時、皆が集まった所で聞き出そうと考えた。今晩は皆揃っている。いい機会だった。

 兎に角善は急げだ。万が一、過ぎてしまっていたら、素早く誕生日会を開催してやらねば。

 俺の頭の中では、勝手にフル回転で誕生日会の準備が始まっていた。

 

+++


「いただきます」


 皆が帰宅し、いつもの賑やかな夕食が始まった。

 因みに今日の献立はコロッケ。

 隠し味に生クリームが入った俺お気に入りのレシピだ。勿論、皆の受けもいい。

 後は付け合せの千切りキャベツにアスパラガスにトマト。副菜はワラビのナムル、木綿豆腐の冷や奴。大根のカクテキ。

 豆腐は近所のお豆腐屋さんから買ってくる。これがちゃんと大豆の味がして美味しいのだ。毎日欠かさず食べる様にしている。

 締めのデザートは季節のフルーツ、サクランボだ。

 食事も中盤に差し掛かった頃、一旦会話が途切れた所で徐ろに切り出す。


「なぁ。皆の誕生日っていつなんだ? そう言えば知らなかったなって」


 岳のお茶碗におかわりのご飯をよそって差し出しながら尋ねれば。


「俺は十一月二十二日だ。亜貴は──」


 ああ、『いいふうふの日』か。


 俺は指に付いたご飯粒を口に運びながら、これなら覚えやすいとホッと胸を撫で下ろしつつも、元ヤクザ若頭としては和む日付だと思った。

 と、茶碗を受け取った岳の手がピタリと止まっていることに気付く。俺はンン? と首をかしげ。


「おい。お兄チャン。まさかと思うが、溺愛してる弟の誕生日を知らないって事はないよな?」


「…そんなはずないだろう。今、思い出してる所だ…」


 岳は眉間に皺を寄せ考え込む。これは──厳しいだろう。すると横合いから冷静な真琴の声音が引き取って。


「亜貴が七月七日で、俺が二月二十五日。七夕でさえ覚えてないだろうからピンとこないだろうな? 岳は」


「七夕なんて、うちでやった事無いだろ…」


 バツが悪そうにご飯をかき込む。

 それはそうだろう。クリスマスも正月の年越しもやった事がないのだから、七夕などやるはずもない。亜貴はため息をつきつつ。


「兄さんの俺への愛情なんてそんなもんだって。別に構わないけど。俺だって兄さんの誕生日覚えてなかったし。てか、うちってそう言うイベント全くやって来なかったしね。それが当たり前だったから」


「だよなぁ…」


 俺が納得していれば。


「兄貴の愛情を舐めんなよ?」


 岳はがムッとした様子で返せば、傍らの真琴がニッと意味深な笑みを浮かべながら。


「ああ、そうだな。中学、高校と、亜貴がラブレターを貰うたび、相手の子の身辺調査してたくらいの深い愛情だからな? あれは流石にやりすぎだと思ったが、お前の勢いに押されてそのままにするしかなかったな」


「へんな虫を付けたくなかったんだよ。こいつ、男からももらいやがって。そいつがまたろくでもない奴で──」


 岳は口先を尖らせつつ、再び過去の出来事を思い出したのか、興奮したように話し始めたが。俺はチラと亜貴を見たあと岳に向かって。


「岳お兄チャン。もうそのへんにしとけ。亜貴がどんどん遠くに引いてくぞ」


 亜貴は、うわっと口を開けたままドン引いていた。それに気付き、岳は我に返り箸で大きく切ったコロッケをひと口バクリと乱暴に放り込むと。


「仕方ないだろ。こっちは亜貴を真っ当に育てるのに必死だったんだからな…。で? 大和(やまと)の誕生日は?」


 いきなり振られて慌てる。


「俺? えーと、今日は五月五日だったけ?」


「そうだな」


 岳は一旦箸を止めると、こちら見つめて来た。先に食べ終えた俺は、食後のお茶を淹れる為、席を立つと。


「じゃあ、今日だ」·


 急須を手に部屋のカレンダーを見ながら答えれば。何故か部屋がシン…と静かになった。

 一番最初に口を開いたのは亜貴で。


「端午の節句…だね。人形飾る? 父さん持ってんじゃないの? 菖蒲、飾るんだっけ? あれ、鯉のぼり? 食べるの、桜餅? 柏餅?」


 何故か動揺している。


「そうだな…。いや、違う。人形は要らないだろう? 鯉のぼりもな。食べるのは柏餅だが…。いや、誕生日は違うな。今は…八時前か。店は閉まってるか…」


 それを引き取った真琴も、やはりやや動揺した様子。二人のこんな光景は非常に珍しい。


「店って何の?」


 俺の問いに、二人の動揺を他所に岳は徐ろに口を開くと。


「ケーキだろ。何で誕生日なのを黙ってたんだ?」


 責める風ではなく、何処か悲しげであり。俺は目をパチクリさせ。


「いやいやいや。だって、忘れてたし。昔っから誕生日やるなんて習慣なかったしな。別に普通の日と一緒だって」


 岳は深々とため息をつくと。


「聞かなかった俺達も悪い…。大和、取り敢えず片付けはいいから先に風呂入って来い」


「は? 何だよ。急に…」


「お茶はいいから、入ってきなよ。ね?」


 亜貴もすすめて来る。真琴も身を乗り出すようにして、


「せっかくの誕生日なんだ。片付けくらいやらせてくれ」


 畳み掛ける様に言って来た。


「しょうがねぇな…。なんだか分かんねぇけど。じゃあ後はよろしく」


 食後のサクランボも食べる間もなく、追い立てられる様にリビングから出された。

 一体、どうしたと言うのか。


「てか、サクランボ。俺の分もとっとけよ~」


 リビングのドアの外でそう叫んでから、俺は浴室へと向かった。


+++


「で、どうする?」


「どうするも何も、出来る事をやるしかない」


 真琴の問いに岳は答えると、イスから立ち上がった。


「何をするの?」


 亜貴の問いに岳は口の端をニッと釣り上げると。


「出来る範囲、全てだ」


+++


 風呂から上がって、さてひと息つくかとリビングに続くドアを開ければ。


「おわ?!」


『何と言うことでしょう!』と、昔何処かでよく聞いたフレーズが頭の中に流れた。

 白いクロスがかけられたダイニングテーブルの上には、色とりどりのバラの花が置かれている。

 花弁だけのそれはよく見れば、クリスマスで使った折り紙のようで。でも、折り紙とは思えない出来映えだった。

 そして、その中央。同じく白い大振りな皿の上に、三段重ねしたスフレパンケーキが鎮座していた。

 生クリームとサクランボでデコレーションされている。降られた粉砂糖が雪の様に見えた。

 スフレパンケーキは、俺のお気に入りの一つで。重ねられたそれはまるで絵本の中に出て来るような姿。

 その傍らには予備のガラスの麦茶入れに、ワインが入っていた。その中にはオレンジ、リンゴ、バナナがぎっしり浮いて見える。サングリアだ。


「これ…?」


 キッチンに立つ岳に問えば。


「ケーキは無理だが、それなら直ぐに出来る。花は亜貴渾身の作だ。真琴はサングリアを作ってくれた。急場しのぎだがそれなりだろ? 誕生日、祝おうか」


「お、おお…」


「取り敢えず、主賓は座ってくれ」


 ぽかんとしたまま、真琴に促されて席につく。


「大和、二十一歳になるんだっけ? ローソク何本にする?」


 亜貴がどこから見つけて来たのか、色とりどりのロウソクを手にして尋ねてくる。


「えっ…と、一本で…」


「ええ? なんか寂しいから三本にしよ」


「それ、聞く意味あんのか?」


 すかさず岳が突っ込む。亜貴は真剣な顔をして、パンケーキにロウソクを刺しながら。


「だって、一本てさぁ。せっかく吹き消すんだし」


 すると更に別のパンケーキを岳が運んできた。俺の前にあるのより、幾分小ぶりなそれは、岳達用のらしい。簡単なデコレーションがされている。


「人数分焼いたから、大和は遠慮なく食べていいぞ」


「こっちは少し甘さ控えめにしてある」


 そう言って真琴がグラスにサングリアを炭酸で割ったものを出してくれた。口に切ったオレンジが飾られる。

 これは前に飲んで、美味しいを連呼した奴だ。因みに亜貴にはオレンジジュースが宛てがわれていた。

 俺の好きなものだらけで。


「さ、クリームが溶けないうちに食べよう。大和」


「へ? あ?」


 岳に徐ろに名前を呼ばれ狼狽える。


「誕生日、おめでとう」


 皆の声が揃った。


 うわぁ。なんか。


「あ! 大和、感激した?」


 亜貴が隣から肩を突きつつ覗き込んで来る。


「いや、だって…。こういうの、初めてだったし…。皆に祝って貰えるって嬉しいもんなんだな?」


 向かいに座る岳は優しい笑みを浮かべていた。それは、亜貴も真琴も一緒で。


「ほら。ロウソクに火つけるぞ」


「お、おう」


 岳が火をライターでつけると、部屋の明かりが落され、よく見る光景、ケーキのロウソクを吹き消すという行為を行った。生まれて初めてだ。

 まさか自分の身にこんな事態が起こるとは。暗闇でスポットライトを浴びたよう。

 再び明かりが灯され、パンケーキのロウソクを真琴が取ってくれた。


「ありがとう。じゃあ──」


 ふんわり焼かれたパンケーキにナイフを入れる。大き目にカットしたそれをひと口一気に頬張った。


 うま。てか、やっぱ泣けて来る…。


「泣くか食べるか、どっちかにしろよ?」


 向かいに座った岳が苦笑しつつ指を伸ばし目の端の涙を拭ってくれた。


「食う…!」


 俺はバラの花に囲まれたモフモフのパンケーキを遠慮なく口に放り込み、サングリアをしこたま飲んだ。


+++


「ふぅ。食った…」


 パンケーキもサングリアも美味しかった。全て平らげおひらきとなり。

 歯も研き自室に戻ってゴロリとベッドに横になる。手のひら一杯のバラの花は、ガラスの器に入れられて、今はベッド脇のサイドテーブルに置かれている。

 至福の時だ。


「大和、寝たのか?」


「ん…。起きてる…」


 部屋のドアが開き風呂からあがって来た岳が声をかけて来る。半分うとうとしていたが、それで目が覚めた。

 ギッとベッドがもうひとり分の重さに沈んだ。


「大和。来年はもっとちゃんとやるから。楽しみにしてろ?」


 岳が俺の顔の横に手をつき見下ろしてくる。


「…ありがとな。岳」


 俺は手を伸ばし、その首筋を引き寄せると、自らキスをした。岳の唇は柔らかく風呂上がりのせいかいつもより熱を持っている。間近に瞳を見つめ。


「今日の、すっごく嬉しかった。祝ってもらうのがこんなに嬉しいって知らなかった…。大好きな人達にってのがいいんだろうな? 俺もちゃんと、皆の事祝うからさ」


「ああ。楽しみにしてる…」


 岳がゆっくりと覆いかぶさってくる。

 岳と付き合う様になってから、人と抱き合うのが好きだと知った。いや。相手が岳だからこそだろう。


 岳に抱きしめ、抱きしめられるのが好きなんだ。


「おいおい。そんなに抱きついたら、何も出来ないだろ?」


 笑いながら岳がそう口にする。


「いいだろ? 少しだけ。ギュッとすんのが好きなんだって」


 そうして離さないでいれば。


「ったくしょうがないな…。今日はお前が主役だ。好きなようにさせてやる」


「やった。じゃ、もうちょっとだけ…な?」


 更に抱きつけば、岳の腕がしっかりと背を支えるように抱きしめ返して来た。

 相変わらずいい匂いがする。鎖骨辺りに鼻先を擦り付け、匂いを嗅ぎ温もりを感じ取る。すると岳が少し身体を揺らした。


「なんだか猫に擦り寄られてる気分だな…。くすぐったい」


 そう言って、頭にキスを落としてくる。

 幸せだなと思う。

 こんなふうに誰かに好かれ、キスをされ、腕に抱かれる日が来るなんて。一体誰が想像出来たか。


「今日は間に合わなかったが、欲しいものはあるか?」


「う…ん」


 山関係のものはひと通り揃え終わっている。調理器具も足りないものはない。欲しい服や宝飾品がある訳でもない。


 欲しいもの。


 岳の顔を思わず見上げた。


 てか。もう欲しいものは手にはいってるし。


「じゃあさ…」


 俺は岳の頬を両手で包み込むと。


「ずっととは言わない。岳が飽きるまででいい。俺のこと…好きでいて欲しい」


「……」


 岳は目を瞠る様にして見つめてくる。

 人の気持ちは変わる。ずっと同じは難しいかも知れない。けれど、少しでも俺に気があるうちは、視線を逸らさないで欲しかった。その間の岳の思いが欲しい。


 強制出来るもんじゃねぇけど。


 勿論、俺はこんなモブな俺を好いてくれた岳をずっと好きでいるつもりだ。

 というか、感謝しない日はない。他に目を移すなんて、罰当たり以外の何ものでもないだろう。


「ったく…。そう言うんじゃないってのに…。らしいって言うかなんて言うか…」


「何だよ。無理なのか?」


「無理だろ」


 思わず、え? っと岳を見返せば。その顔には笑みが浮かんでいる。


「飽きるまで、なんてな」


「岳…?」


「飽きることはない。俺はもう、大和以外好きになれない。お前が俺を好きじゃなくなっても、俺は大和が好きだ」


「……」


 今度は俺が言葉をなくす番だった。


「これからもずっと、好きなままだ。…こんな簡単なのがプレゼントでいいのか?」


 三度目、ギュッと抱きついて、


「ばっか。いいに決まってんだろ」


 簡単なわけがない。


 最高の誕生日だった。


+++

「次の誕生日は亜貴だな」


 朝、まだ起きるのには少し早い時間。

 目覚めた俺はベッドの中で微睡む岳を横に、腹ばいになって端末のカレンダーを睨む。

 七夕まで日数はある。

 今回のお礼も込めてぬかりなく準備せねば、と意気込んでいれば。


「おわっ?!」


 にゅっと伸びてきた腕にベッドの中へと引き込まれた。


「んだよ?」


 俺は引きずり込まれた先にある岳の顔を睨む。岳は至極真面目な顔で。


「他の奴のことを俺の前で考えるな」


「はぁ? だって、亜貴だろ?」


「関係ない。俺の腕の中にいるときは止めろ」


 そう言うと、俺を腹の上に抱き上げた。


「おわっ?!」


「俺を寛大な男だと思うなよ? 大和に関しては、心が狭くなるんだからな?」


「…分かった。以後、気をつける…」


「気をつけるだけじゃなく、絶対。止めろ。言うまで離さない」


 そう言うと、俺の両の頬をくいと指先で摘んで引っ張って来た。勿論、軽くだが。


「わはったって。ぜっはい、やらなひ──」


 そこまで言って、思わず互いに吹き出した。

 頬をつねっていた手は離れる。俺は笑いすぎて溢れた涙を拭いながら。


「こ、子どもかよ!」


「うるさいな。こっちは真剣なんだって」


 一頻り笑いあうと、俺は岳の胸の上で突っ伏したまま。


「岳。ありがとな…」


 岳に出会えた事が、一番のプレゼントで。他に何もいらなかった。

 岳が頭上で笑んだ気配。力強い腕が抱きしめて来た。岳の温もりは、そのまま幸せな心地に繋がる。


「こちらこそ、だ。大和。生まれて来てくれてありがとな」


「ん…」


 俺は岳の胸に額を擦り付けるとそう返事を返した。


 誕生日。


 生まれて来られた事に感謝する日なのだと、初めて知った。



ーendー


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