42:誓い
表彰式が終わった頃には陽も傾いてきていた。
錬が王宮の外へ出ると、竜車がずらりと並ぶ様子が視界に飛び込む。
カインツとノーラはシャルドレイテ侯爵家へ行くらしく、ここで別れるらしい。
「それじゃ気を付けてな」
「はい。あの……レンさん、これを」
ノーラに手渡されたのは手提げのバスケットだ。
布巾を開いてみると、食事会で出た白いパンやチーズに果物がぎっしり詰め込まれている。
「これは……?」
「お腹が空いていると思ったので」
「それはめちゃくちゃ空いてるけど、もらってもいいのか?」
「はい。親切な貴族様にお願いしたら、お土産に包む許可をくださったので」
「なるほど、親切な貴族様ねぇ?」
「……おい、こっちを見るな。僕は知らんぞ」
ぶすっとした目で睨んでくるが、ノーラが楽しげに笑っているので照れ隠しなのはばればれである。
「ありがとう、ノーラさん。ジエットと一緒に食べるよ。親切な貴族様にもお礼を言っておいてくれ」
「ふん……好きにしろ」
そうして二人と別れ、錬はエスリのいる竜車に乗り込む。
「お疲れ様。表彰式はあまり楽しくなかったようね」
「そう見えます?」
「ええ。表情が少し強張っているわよ」
うっかり顔に出てしまっていたようだ。
「学園長から見てハーヴィン王太子殿下はどういう人です?」
「そういえば食事会で一緒にいたわね。もしかして気に入られたのかしら?」
「はは……ある意味そうかもしれませんね」
「それはお気の毒に」
錬の乾いた笑いに、エスリは皮肉と気付いてくれたようだ。
「王太子殿下は……そうね。一言で表すなら天才よ」
「天才?」
「ええ。五歳の頃から頭角を現して、王国の財政を一気に建て直したの。彼の手腕には誰もが舌を巻いていたわ」
(なるほど、腐っても元経営者というわけか)
ブラック企業とはいえ、組織を運営するノウハウはあるはずだ。それらを五歳の子どもが発揮したとなれば、天才という評価にもなるだろう。元がワンマン社長だったから、王子という生まれも追い風となったに違いない。
「それと、魔力至上主義を強力に推し進めた人物でもあるわね」
「魔力至上主義を……?」
「そうよ。魔力至上主義自体は昔からあったものだけれど、いずれも少数派の個人や小規模な団体に過ぎなかった。でも王太子殿下はそれをわずか二年で国家規模にまで広めたの」
ジエットの話では、彼女が生まれた頃から魔力至上主義が台頭し、魔力を持たない人間や獣人が迫害されるようになったはず。時系列にも矛盾はない。
(だが、何のために……?)
考えていると、エスリは不意に神妙な面持ちになった。
「わたくしもあまり下手な事は言えないけれど、気を付けなさいとだけ言わせてもらうわね」
「……肝に銘じておきます」
そんなこんなで魔法学園に帰り着くと、門前でジエットが出迎えてくれた。
錬の姿を見るなり笑顔で飛び付いてくる。
「レン、おかえり! 大丈夫だった?」
「ただいま。よく帰る時間がわかったな」
「わからないから自由研究会の窓から見てたの」
どうやら錬の帰りを今か今かと待っていたようだ。
「ところでそのバスケットは何? なんかおいしそうな匂いがするけど」
「お土産だよ。ノーラさんが包んでくれたんだ」
「食べ物だ! やったぁ!」
バスケットの中を見てジエットは目を輝かせる。よほどお腹が空いていたらしい。
「部屋に戻ったら一緒に食べような」
「うん!」
それを見ていたエスリが頬に手を当てて言う。
「相変わらず仲が良いわね。うらやましいわ」
「学園長は美人ですし、言い寄ってくる男は多いんじゃないですか?」
「多いか少ないかでいうと前者だけれど、必ずしもそれが良い殿方であるとは限らないのよねぇ……。例えばの話だけれど、わたくしの目の前で奴隷を蹴っ飛ばすような男は願い下げよ」
「難儀な話ですね……」
苦笑いしか出て来ない。実際、この国ではそういう貴族が多いのだろう。
「レン君みたいな男性がいれば良かったのだけれどねぇ」
「……あげないよ?」
錬の腕を抱き寄せ、ジエットは牙を剥いて唸り声を上げる。
「煽らないでくださいよ……」
「あら、女性に対して美人だなんて言ったあなたにも責任があるのではなくて?」
エスリは楽しげに笑う。どこまで本気で言っているのかわからない人だ。
「それじゃ、わたくしはやる事があるから行くわね。また新しい魔法具を作ったら教えてちょうだい」
エスリは手をひらひらさせながら、学園舎へと入っていった。
錬も学生寮へ戻ろうと、ジエットと一緒に並んで歩く。
そんな時、ふと王との会話を思い出した。
『あれは国宝であり、軍事機密とも言える代物だ。如何に王都防衛に貢献したとはいえ、王族以外へ見せるわけにはいかぬ。許せよ』
表彰式で王はそう言っていた。
王族以外へ見せるわけにはいかない。それはつまり、王族には見せても良い事になる。
(まぁ五歳で王宮を出たジエットに期待するのは無茶かもしれないが……)
学園の庭園を歩きながら、錬はダメ元で尋ねてみる事にした。
「ジエットはさ、王家が所有する魔法具について知ってるか?」
「知ってるよ」
あっさりと肯定され、錬は一瞬固まった。
突然足を止めた錬に、ジエットが不思議そうに振り返る。
「……知ってるのか? 本当に?」
「うん。天をも従える神杖「アラマタールの杖」、生ける宝玉『エムトハの魔術師』、それから終焉を告げる『ファラガの笛』の三つだね」
ジエットは指折り数えながらすらすらと述べる。
「仰々しい名前だけど、どういう魔法具なんだ?」
「アラマタールの杖は天候を操れるの。雨を降らせたり、雪を降らせたり。他の二つはよく知らないけど、どっちもすごい力を持ってるらしいよ」
「なんで知ってるんだ?」
「七年前に王宮から逃げる直前、ランドールお兄様から教えてもらったの。その起動方法は王位継承権を持つ者にしか伝えられないから、私が本物の王女である証明になるって」
「なるほど……王都へ行けば身の証が立てられるって言ってたのはそれか」
今は亡きランドール第一王子は当時王太子であり、王位継承の可能性が最も高い人物だったはずだ。そんな王子から直接聞いたのであれば信憑性は高い。
「でもこの情報が漏れると王女である証明ができなくなるから、まだ他の人には言わないでね」
「それはもちろん言わないけど、そんな大事な事を俺に教えてよかったのか……?」
「レンだから言ったんだよ。だって奴隷制度廃止のために私を焚き付けた張本人だもん」
ジエットはいたずらっぽい笑顔を見せてくる。
「それを言われると辛いな……」
「責めてるんじゃないの。ただ、覚えておいて欲しい」
そう言って彼女は己の胸に手を当て、そっと目を伏せた。
「レン、私はこの身この命をあなたに預けます。たとえ刃に傷付き、魔の炎に焼かれようとも……命尽きるその日まで、あなたと共にあらん」
誓いの言葉を述べるその姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、凜とした強さが感じられる。
けれどよく見れば、彼女の手はわずかに震えていた。
(……当然か。命を預けるってのはそういう事だもんな)
ジエットは王女である証明方法を明かした。
王族である事を証明できなければ死刑もあり得る今の状況で、文字通り彼女は錬に命を預けたのだ。
ならばそれに応えなければならない。元より錬には応える以外の選択肢などない。
「俺も誓うよ」
ジエットはゆっくりとまぶたを持ち上げ、潤んだ瞳で錬を仰ぎ見る。
「君の死に場所は戦場じゃない。奴隷がいなくなった世界で、子や孫に惜しまれながら死ぬんだ。俺がそんな未来を作ってやる」
「……うん!」
精一杯胸を張る錬に、ジエットは嬉しそうに抱き付いた。




