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30:自動車を作ろう

 魔法学園へ戻った錬は、すぐさま東館三階の自由研究会に向かった。


 部屋には五気筒星形魔石エンジンが一台ある。工作機械用にと、勉強会発足の日からジエットやノーラと一緒に作ったものだ。


「こいつを一階まで運んでくれ。ゆっくりでいい、ぶつからないように頼む」


「任せて。よいしょっと……」


 ジエットはひょいと魔石エンジンを担ぎ、廊下へ出る。錬やノーラも工具や部品の入った箱を抱えて階段を下りていく。放課後になったばかりのせいか人通りが多く、奇異の目が突き刺さる。


 東館一階の広場にはカインツが待っていた。


「貴様の言う通り竜車を調達してきたぞ」


 薬草学の採集実習で使った十人乗りのクラブ用竜車を丸ごと一台買い取ってきたようだ。


「早かったな。さすがは大貴族様」


 ギロリ、と睨まれてしまう。皮肉と受け止められてしまったらしい。


「注文通り騎竜なしにしたが……本当に動かせるのだろうな?」


「そのための魔石エンジンを今運んでるんだよ。ジエット、こっちに持ってきてくれるか?」


「ちょっと待ってね」


 錬が手招きした場所に、ジエットが星型魔石エンジンを担いだまま歩いてくる。


 その光景を、カインツは訝しむように眺めていた。


「半獣のくせに、よくこんな大きな物を軽々と持てるな……」


「半獣だと持てないのか?」


「普通はな。人間の血が混じると力も中間くらいになる事が多い」


「へぇ、じゃあジエットは並外れた力持ちって事になるのか」


「手先が器用な上に力持ちだなんて、ジエットさんすごいです!」


「すごく運びづらいんだけど……!?」


 真っ赤な顔で白い熊耳をひくつかせるジエットである。


 そんなこんなで準備が整い、作業は開始された。


 竜車の構造は、一言で言えば大きなリヤカーのようだった。


 角材で組まれたシャーシに木製の車軸が二本固定され、そこに車輪がはめ込まれている。内輪差を吸収できるよう、車輪は空回りするだけのようだ。


 足踏みのブレーキはあるが、レバーを倒して車輪に木片を押し付けるだけの原始的なものである。シャーシに張られた分厚い二本の革ベルトはサスペンションなのだろう。見た目の通りクッション性はあまり良くなさそうだった。


 これをベースに魔石エンジンで走るよう改造するのだ。


「かけられる時間は少ない。改造は最低限、とりあえずちゃんと走って壊れにくい事を目標にしよう」


 やる事は簡単だ。


 魔石エンジンの出力軸に車輪を取り付け、ハンドルを付けて御者台から操作できるように接合するだけ。騎竜の代わりに魔石エンジンで牽引するのである。


「こんなもので本当に竜車が動くのか……?」


「理論上はな。とにかく動かしてみよう。ジエット、頼む」


「はいは~い!」


 ジエットはひらりと御者台に飛び乗り、銅線と木材で作ったアクセルレバーを倒す。


 すると魔石エンジンが火花を散らして車輪がゆっくりと回転し始めた。


「う……動いたっ!?」


 瞠目するカインツに、ジエットは「ふふん!」とドヤ顔を披露しながらハンドルを切り、広場に八の字を描く。


 一度動いてしまえば問題なく走り出すが、車体が重いのか始動時はトルクが足りず、加速が悪い。


 けれどカインツにとってはそれでも驚くべき出来事だったようだ。


「信じられん……。貴様、本当に魔法具を作り出す事ができるのだな……」


「これを魔法具って言っていいのかは知らないけどな」


 錬は肩をすくめる。


「でも作ってみてわかったが、問題点がいくつかあるな」


「どんな問題だ?」


「加速だよ。舗装された道でこれじゃ、荒れ地だとエンジンの始動時に車体を押さないといけない」


 減速比を上げてトルクアップすればトップスピードが落ち、敵から逃げられる確率が下がる。不要なパーツを外して車体の軽量化をすればマシになるが、救助後は三人の体重分重くなる予定だから結局焼け石に水。


 ギアチェンジなどの機構を組む時間もないし、こればかりは仕方がない。人力でカバーできるところはすべきだ。


「こうなると魔石の魔力残量が不安だな……。小銀貨一枚の魔石じゃ何度か交換が必要かもしれない。もし魔獣に襲われてる最中に止まれば目も当てられないぞ」


「魔石の魔力量が多ければ解決するのか?」


 カインツが錬の方を向いた。


「そうだけど、大粒のやつを買ってきてくれるのか?」


「いや、秘蔵の魔石を持っている。市場に流せば大金貨一枚相当の逸品だぞ」


「大金貨って……家が建つんじゃないのかそれ?」


「当然だ。僕の秘蔵だからな」


 不敵な笑みを浮かべるカインツである。さすがは大貴族というべきだろうか。


「ならついでに小粒でいいから魔石をいっぱいくれない?」


「それは構わんが、どうするのだ?」


「魔石銃を作るんだ。最低でも十個は欲しい」


「十個も?」


 ジエットが車上で首を傾げた。


「そんなにいっぱいどうするの?」


「デコイにする」


 錬は砂に棒で絵を描いて説明する。


「巨大な砂蟲――とりあえず大砂蟲と呼ぶ事にしよう。大砂蟲は魔法に反応する事がわかってる。おそらく魔石エンジンを積んだ竜車にも反応するだろう。だからより強く反応を示す土魔法の発生源――すなわちデコイを用意しておくべきだ」


 カインツは口元に手を当てながらうなる。


「ノーラ、貴様は魔獣に詳しかったな。奴の案は可能なのか?」


「は、はい……。大砂蟲は土魔法に最も強く反応するので囮は有効です。レンさんが実際に森で一度使いましたから間違いないかと……」


「ふむ……わかった。ならばすぐに用意しよう」


 カインツは学園の外まで走っていく。


 そんな彼の背を見つめ、ノーラはつぶやいた。


「カインツ様が授業以外で走っているところ、初めて見たかもしれません……」


「それだけあいつも必死なんだろうさ」


「……おい」


 不意に後ろから声をかけられる。


 錬が振り返ると、そこには手足や腹に包帯を巻いたワンドの男女が立っていた。


 魔樹の森から助け出したカインツの手下達だ。


「子爵家のバートン=アークレイだったか。何の用だ?」


「相変わらず無礼な奴だな……。敬語くらい使えんのか?」


 不愉快そうに顔を歪め、錬を睨み付けてくる。


「悪いけど今はお前らと遊んでる暇はないんだ。後にしてくれ」


「こちらもそうしたいところだが、一つ気になっている事があるんだ。聞かせろ」


 ぶっきらぼうに吐き捨て、バートンは尋ねてくる。


「魔樹の森での採集実習についてだが、許可が出るよう働きかけをしたのはお前達なのか?」


「働きかけって?」


「あたしが提案したんです……」


 ノーラが震える声で罪を告白する。


「バートン様達にとっては、魔樹の森で錬さんに怪我を負わせて研究を妨害できる。錬さん達にとっては、魔樹の森で核石を得られる。どちらにも利する提案であれば、裏切りとも言えないんじゃないかと思って……」


「なるほど、それで急に実習が再開されたのか」


「ごめんなさい……あたしのせいでこんな事態になってしまって……」


「いや。我々の働きかけでも、さすがに魔樹の森での実習の許可は下りなかった」


「えっ……?」


 顔を上げて驚くノーラ。バートンの答えは予想だにしないものだったようだ。


「それは、どういう事ですか?」


「一度断られたのに、なぜかその後に許可が下りたのよ。一応あなた達に確認のため聞いてはみたけれど、貴族を差し置いて奴隷や平民の指示を優先するとは思えない。なら別の誰かが噛んでいるのではないか、とね」


「別の誰かって、誰だよ?」


「王宮……かな?」


 それまで沈黙を貫いていたジエットが口を挟んだ。


 バートンらも薄々勘付いていた様子でうなずく。


「ワンドの――とりわけ侯爵家であるカインツ様の権限でも無理だった要求を通すなど、王宮の誰かとしか考えられない。具体的に誰かまでは見当も付かないが……」


 皆が考え込むせいで、ほんの数秒静寂が訪れる。


 だがあまり時間を使っている余裕はない。こうしている間にも取り残された生徒達に危険が迫っているかもしれないのだ。


「ま、今はそれどころじゃない。用が済んだならあっちに行っててくれ」


 話を切り上げると、バートンらの目がつり上がった。


「相変わらず不愉快な男だ……。下民らしく貴族への礼儀をわきまえろというのに」


「礼儀をわきまえて欲しいなら、貴族らしく相応の振る舞いをしてくれ」


「ぐ……」


 眉間にシワを寄せて口元をひくつかせる。


 けれど一呼吸の後に尊大な態度が一転、彼らは頭を下げた。


 二人の思いも寄らない殊勝な態度に、錬もジエットもノーラさえも一様にギョッとする。


「……貴様にこんな事を言えた義理ではないのは承知の上だが、言わせてくれ。取り残された皆と、カインツ様を頼む……」






 バートン達が去った後、しばらく誰も何も言わなかった。


 皆ノコギリで木材を切断し、銅線で各種鉱物を配線し魔石銃のデコイを組み立てていく。


 黙々と作業しながら、錬はカインツの事を考えていた。


(嫌な奴ではあるけど、敵対者に苛烈なだけで身内には優しいんだろうか……?)


 そうでなければ取り巻きなんて寄ってこない。それにスタンピードの中でただ一人、救助を強行しようとするくらいだ。何だかんだで慕われるに足る人物ではあるのかもしれない。


(それで過去の行いがすべて許されるわけじゃない……が、しかし……)


 カインツの異なる一面を見た以上、どうにも憎みきれない気持ちが湧いてくる。


 そんな事を考える中、カインツは二つの木箱を小脇に抱えて駆け戻ってきた。


「はぁっ……はぁっ……これでいいか……!?」


 全力で走ってきたのだろう。息が整う間もなく木箱を手渡される。


 片方は握り拳ほどある一際強い光を宿した魔石が入っており、もう片方は小粒の魔石がぎっしり詰め込まれていた。小粒の方は軽く百個以上は入っているだろう。


「すごい量だな……まぁ多いに越した事はないか」


 魔石をはめ込んでデコイの動作確認をしながらつぶやくと、カインツの眉間にシワが寄った。


「貴様……この僕に対して礼の一つも言えんのか!?」


「カインツ君、ありがとうね」


 ジエットが不意打ちでにっこり笑うと、カインツは戸惑いの表情を見せる。


「な、なんだいきなり……?」


「急いで持ってきてくれたんでしょ? だからお礼」


「……そうだ。わかればよい」


 カインツはプイッと顔を背ける。その頬に朱が差している事に気付き、錬は思わず笑いが込み上げてきた。


「何を笑っている?」


「いや、ほら。お前ってさ、意外とそんなに悪い奴じゃないのかもって思って」


「貴様……いつかその生意気な口をしつけ直してやるからな……」


 ナイフのような目で睨まれ、錬は咳払いでごまかす。


 そして積み荷を車に乗せ、ハンドルを握り締めた。アクセルレバーを倒すと魔石エンジンが轟音を奏で、魔法の火花を散らす。


 大金貨一枚相当の大粒魔石のおかげで馬力も上がっているのか、後ろから押さずともそこそこの加速は得られている。滑り出しは上々だ。


 準備は整った。ならばやるべき事はただ一つ。


「これより遭難者の救出作戦を開始する! 皆準備はいいか!?」


「おー!」


 ジエットのかけ声だけが返されるが、ノーラもカインツもやる気は充分のようだ。


 スタンピードの空は暗く、辺りは夕暮れに染まっている。これより先は魔物の時間。命の保証はない。


 そんな緊張を孕んだ空気を感じながら、錬は自動車を走らせた。

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