第二章10 『悪意の試練』
「オレの力って、あの”翼”のこと?」
「翼かは分からんが、霊獣吹っ飛ばしてる息子は結構ヤバかったぞ。霊感とはまた違う、存在的にちょっとヤバい雰囲気を出しておったわ。しかも少し手足が侵食されとったし、アルテインちゃんの声で自我を取り戻したようじゃがそうならなかったら今頃この山は更地じゃて」
「なにそれ怖い」
おじいちゃん曰く、オレの”悪意の翼”はかなりやばいものらしく暴走すれば山一帯が更地になる程らしい。有りえたかもしれないもしもの話をされると、さらにあの時声を掛けてくれたアルテインへの感謝が大きくなる。
「(しかし存在的にヤバいって・・・。”悪意”自体に力があるのは聞いて居たけれど、能力の拡大解釈以外に他に副作用的なものがあるのか?)」
もしも”悪意の翼”の効果のデフォルトが身体能力及び能力量の超強化・超増量で、本来の力が”能力の拡大解釈”。”悪意”が強い力を持っていると定義すると、発動の副作用に他者からの印象が”ヤバい奴”になると言うのか。
オレが霊獣と対面をした際、霊獣はオレを見て後ずさりをしていた。それに「もっと強い悪意に云々」とも言っていたのも有り、確実に”悪意の翼”は人を不快にする力を持っていると思われる。
しかしなぜそれが対霊に使えると言うのだろうか。
それを聞くとおじいちゃんは「いやいや」と首を振る。
「霊関係に使えるっつっても息子の力は毒を以って毒を制すって感じじゃから、万能感を期待されてもダメじゃぜ。防御面は期待しねぇが吉じゃ」
「じゃぁ何ができるんだよ」
「襲ってきた霊を撃退できたり、霊障、言わば穢れ・瘴気っつった憑き物を取り除いたり、単純に霊の起こす怪奇現象を無効にしたり、じゃな。そもそも息子の”あの力”は凄まじいから神様とか長年封印されて来た系統の霊以外は近寄りもせんじゃろ。そこんじょらのチンピラ悪霊には息子は一種の強い悪霊に見えるんじゃねぇかの? がっはっはっはっは!」
「笑い事じゃねぇ・・・」
どうやら”悪意の翼”を発動したオレは霊界隈のヒエラルキーの頂点に仲間入りを果たすらしい。一介の霊じゃ干渉すら不可能らしく、攻撃しようとする奴はそれなりの格を持っている奴だけのようだ。
「(それでもそんな神様クラスの霊を返り討ちに出来るって、オレの”悪意の翼”、実は最強なのでは?)」
しかしそれは”悪意の翼”あっての事である。ラフで神様をボコるし呪詛返しをはたき落とすおじいちゃんには絶対に適わないだろう。
”悪意の翼”も正直頼りになる時は本当に頼りになるが、イドみたいに別世界に半身浴してるような奴の補助がないと属性大会の時のような、復讐心を前提として行動に移してしまうのも事実だ。しかしアルテインのような、矛盾する事象を引き起こせる力を引き出せると言うのはかなり強力だし、デフォルトで与えられる恩恵も計り知れない。
万一の手段だが、その万一の時に暴走もしくは発動しないとなればそれこそ本末転倒と言うものだろう。それに使いこなせればオカルト関係でアルテインを守ることができるかもしれない可能性がある。それにどこかでクソ親父辺りとぶつかる時があればこの力は大いに役立ってくれるだろう。
オレはおじいちゃんに”悪意の翼”の制御方法を尋ねた。
「どうすりゃオレの”この力”、制御できるようになるんだ?」
おじいちゃんはオレの乗り気な発言に意外さを感じ少し「うぅむ」と顎をさするが、オレの眼に嫁を守る覚悟を見たのか少し息を吐いて頷く。
「アルテインちゃんを守るため、ねぇ。息子らしいのぉ、青春じゃなぁ」
「みゃっ!!?」
ニタニタと心の内を暴露され、今まで黙っていたアルテインが急に顔を赤らめさせる。
「それで、返事は?」
「―――あぁ、良いじゃろう。早速明日から始めようじゃねぇか」
おじいちゃんはそう言って、悪い顔をオレに見せたのだった。
A A A
明日となり、眠い目をこすりながら朝食に着いたオレはおじいちゃんに鍛錬の内容を聞かされた。
曰く、この山から二つの山を越えた先に良い方の山の神様が祀られている場所があるらしく、昼から参拝しに行き、力になってもらえるように拝んだら本格的に試練を始めるとのことだった。
――「御利益はあるかも分からんが、祈っといて損はねぇよ」
その祀っている場所はかなり森を抜けていった先にあるところらしく、時々おじいちゃんが雑草をむしり取りに行っているため割と綺麗な見た目をしているらしく、遠目から見れば一発で分かるそうだ。
アルテインが「何故昼から?」という質問に対しては、なにやら”風水”というもので調べたらしく、「昼に行った方が陽の気が集まっておるから」と。地図通りに行く理由も、「北東が鬼門じゃから、反対の南西は裏鬼門で安全」らしい。つまり縁起が良いか悪いかという話のようだ。
ちなみにおじいちゃんがオレの名前を「ゼクサー」呼びしない理由の一つに、その”縁起”が関係していると、その時明かされた。
オレには分からないが、オレの誕生日は数百年の歴史の中で一回あるかないかの凄い日らしく、あらゆる周期に散らばった厄日が同時に来る日だと。あらゆる物事が成就しない日や死者の力が数倍になる日、海があれる日、悪夢を見る日等々の凶日が一気に来る日らしい。
――「ワシは何度もクソイズモに厄日だからやめろって釘を刺しておいたにも関わらず、最初は分かったと素直じゃったのに前日にクソ嫁が早期出産したいとか言い出して、クソイズモもそれを了承して厄日に出産しおったからな。腹立って呪ってやったわ」
何やらその日は『水子の日』も被っていたらしいのだが、オレがその日を経ても生きていることにおじいちゃんはオレが本当に人間か分からなくなった、と感じたらしい。
そんな会話を思い出しながら、オレは玄関で装備を確認する。
「斧に脛具、後は爺ちゃんがくれた祀られ場所への地図と塩と、アルテインから貰った「いってらっしゃい」の言葉・・・」
山の中で戦闘てwと思ったが、ここは曰く付きの山。それにおじいちゃん曰く霊だけでなく猛獣も普通にいる為武器を持って行かないのは自殺行為だと。その言葉を聞いて、流石に素手で熊とか狼の群れは無理だなと納得し、武器を装備していくことにした。
「いくら曰く付きっつっても、霊はそんな荒々しい奴じゃねぇ限り平常で襲ってはこねぇよ。少し背筋が冷たくなったり無言の圧とか殺意が向けられるだけじゃから、そもそも荒々しい奴じゃったらワシが叩き潰してるはずじゃけぇ大丈夫じゃ」
「爺ちゃん、居たのか」
いつの間にかおじいちゃんが背後に居た。気配が全然なかった。物音もなく、ただ通り過ぎる一陣の風のように、気が付けば”背後を取られていた”。
「(爺ちゃん霊に身体半分乗っ取られてるんじゃねぇのか? そうでなかったら霊の身体を支配しているか・・・。なんにせよ急に背後は怖ぇよ)」
二階に行き洗濯物を干しに行ったはずのおじいちゃんが気づけば真後ろに居るのだ。階段を上る音が聞こえたほんの十数秒後の事である。
オレは驚きすぎて真面な反応ができず、なんだかいつもの反応になってしまった。
靴ひもを結ぶオレにおじいちゃんは飄々とした様子で扉を開ける。オレは「自分で開けれるよ」と言いつつ、おじいちゃんに感謝を述べる。
「じゃぁ行ってくるわ」
「行ってらー。・・・あぁ、息子よちょっと待った」
「おぴょろ!? 何だよ爺ちゃん・・・」
早速足を一歩踏み出したところでおじいちゃんが待ったをかけてきた。危うくずっこけそうになり、「なんだよー?」とおじいちゃんに顔を向ける。
おじいちゃんは意味深気に空を見上げて忠告をしてきた。
「帰る時は気を付けるんじゃぞ。あまり良い風向きじゃねぇや。急いで帰ってきた方がえぇぞ。この前も隣の山で土砂崩れがあったばかりじゃからのぉ」
「わぁーったよ爺ちゃん。なるべく早く帰れば良いんだな。じゃぁ行ってくるぜ」
「おぅ、行ってらっしゃい」
オレが手を振ると、おじいちゃんも元気に手を振って来た。