第二章9 『守護するための力』
次の早朝、オレとアルテインはおじいちゃんによって山奥へと連れていかれた。
山に入った最初は獣の声こそ聞こえたものの、段々と自然の音が聞こえなくなり、鬱蒼と生える木々がしんみりと寂しい空気を醸し出してきた。同時に寒気もする。
更に足を進ませるとぽっかりと開けた場所に出た。同時に今まで掛かっていた謎の重圧から逃れることができた。
「ここですんの?」
「そうじゃ」
オレの問いにおじいちゃんはしょってきた風呂敷を下ろすと、中身を開き始める。その中には漫画で見た事のある護符が入っていたり鏡が入っていたりした。
アルテインもまさか漫画や小説の中でしか見た事のないものを現実に見たのか、少し好奇心が含まれた声を漏らした。
「わぁっ、確か鏡って幽霊とかを封じ込める奴ですよね? すごい、本当にあるなんて」
「いや、鏡にはそんな機能はねぇぞ。護符と同じ効果さ。まぁ説明すっからそこに座れや」
あっさりと自身の読んだものによって得られた経験が否定され、ガックシと肩を落とすアルテインを見ながらオレはアルテインの肩を叩き、一緒におじいちゃんの前に座った。
おじいちゃんは風呂敷の中から一枚の紙きれを取り出した。人型に切り取られたそれには「エルディオル=ルナティック」との名前が書かれてあった。
「まずは護符やなぁ。地方にも寄るがぁ一般的には人型と長方形の二種が主やな。名前を書けば一回限りに呪いを肩代わりするものになるんじゃ。大量に作ればその分呪いが肩代わりされるけども、持ちすぎるのはよくねぇってものよなぁ」
「投げて相手の動きを束縛するとか出来ねぇの?」
「漫画の見すぎじゃて息子よ。基本護符は守るためのもんじゃ」
戦闘系漫画が大好きなクソ親父がオレの押し付けた漫画には、「祓い屋」と呼ばれる職業の人が悪魔と戦うというものがある。その中には護符で悪魔の動きを封じ込めたり、光を放って悪魔を消し飛ばしたりするシーンがある。勧善懲悪の教育漫画として世界各国に売り出されているが、元はクソ親父が手掛けた読み切り漫画である。
覚悟はしていたが現実は守護専用だった事実にオレもまたアルテイン同様複雑な心境になる。
「次に鏡じゃな。これは呪いの肩代わりと言うよりは呪いの反射の側面が強いかの」
「つまり霊障の反射ってことですか、おじいちゃんさん?」
「そうじゃな。愛用している鏡であれば割と人をぶっ殺すレベルの呪いも跳ね返してくれるぞ」
そう言って取り出したのは花柄の模様が入ったペンダント型の鏡だった。
「これは妻の贈り物じゃ。一周年の結婚記念日に妻が送ってくれた物で、ワシは特にと言って呪詛返しには使わんかったが大事なもんじゃな。鏡に込められた想いが強いからこれくらいになると災害クラスの呪いは反射できるぞい」
「なにそれつっよ」
「むしろ今までどんな方法で呪いを跳ね返してきたんだろう・・・?」
「今まではずっと拳で呪いも呪詛返しも叩き潰してきたぞ」
「「え」」
おじいちゃんの回答に固まるオレとアルテイン。まさかの道具を使わないという回答に度肝を抜かれた。固まり、もう一度おじいちゃんの言った事を頭の中で反芻する。そして確信へと至った。
「「じゃぁこの時間ってなんなんだ!?」」
珍しくアルテインの思考と被ったようだ。そもそもオカルトを拳で叩き潰せる状況で何故護符を紹介してくるのか全然分からない。しかしオレの思考とは少しずれているようで、おじいちゃんは「あぁそうじゃなくってな」と切り返す。
「ワシだって護符は使うぞ。家の対呪い耐性付与も護符で行ってるし、悪霊とか怨霊とかは弱い奴だったら護符で対応しておる。それ以外は大抵鉄拳制裁じゃ」
「むしろ強い奴相手に護符って使わねぇの?」
「強い奴は家の見回りとか、私有地の山に入ってくる肝試しヒャッハー野郎共を追い払うために使えるから拳で立場を分からせて調教するんじゃよ。今回は素材と強化に頼んだところが悪かったが、前よりもずっと山に入ってくる不法侵入者の数は半分くらいまで減っておるぞ」
「なんだこの爺ちゃん」
「この人悪霊なのでは」
「あれ!? ワシ今息子とアルテインちゃんに人間扱いされてなくないか!?」
なんとも反応しづらい結果を報告されたが、オレもアルテインの言葉に「ほんとそれな」と思ってしまうくらいにはおじいちゃんがぶっ飛んでいる。おじいちゃん、かなり長い期間山に住んでるから悪霊とかそういうオカルト関係に慣れてしまったのではないのだろうかと今更ながらに考えてしまうが、流石に鉄拳制裁でオカルト関係を叩き潰す発言をされてしまうと、護符とか鏡どうこうの問題ではなく、もっと別の所に原因があると思えてならない。
驚くおじいちゃんだが、すぐさま「いやいや」と首を振るう。自分が人間でないことを認めたのだろうか。
「実際誰でも出来るぞ鉄拳制裁。妻のやってた属性強化の方法を真似したらそれがたまたま悪霊とか神様をぶっちめる方法の型にはまったってだけじゃぜ?」
「そんな方法があってたまるか」と叫びたくなったが、十九で電気属性を扱えるようになったおばあちゃん(おじいちゃん談)が居るのだ。聞かずに否定に入るのはクソ親父よりも性質が悪い。オレはそう考え、一旦聞く耳を出す事にした。
「それで、その方法と言うのは何ですか?」
オレの心境をアルテインが質問の体に表し、おじいちゃんに問いかける。
どんな奇想天外な方法を語られるのかと少し身を固くしていると、おじいちゃんは人差し指で自身の頭を指さして言った。
「非現実で現実感のある想像力、それを形にして属性と念をねじ込み、それが実現するという確信を持つことじゃ」
「あえ?」
どこかで聞いたことのある、――否、イドがオレに教えてくれた属性の強化方法だった。
「それって”制御性”を磨くって奴だよな。属性を意思のあるものとして捉えることでスパルタな強化方法ではない、別の方法で属性を鍛えることができるって奴」
「なんじゃそれ、面白い考え方じゃな。息子の言い方からして誰か別の奴に教わったか?」
オレが既視感のある説明に、イドから教えて貰った子育ての理論と同じだと軽く説明し返すと感銘を受けたかのようにおじいちゃんは「ほうほう」と頷いた。
「まさにそれじゃな。想像して力を込めて、現実感のある想像力を相手にぶつける。ワシも神様相手にした時は自分を神と同格の存在と定義づけをしてからぶん殴ったからのぉ」
「なんかズレてる気がするけどまぁいいか」
「なんかこの人ジォス君と同じ感じがする・・・」
なんだかこの理解を放棄したくなるような言動が日常って感じがイドそっくりだ。おじいちゃん下手したら反粒子崩壊とか属性技なしで空を飛ぶなんて芸当を平気な顔でやりそうだ。なにそれ怖い。そしてこんなおじいちゃんに惚れたおばあちゃんも怖い。まぁ、オレはその二人の孫なのだが・・・。
「なんで爺ちゃんこんなにキャラが濃いんだ? 凄腕武闘派スパイ兼イケジジィ兼ジォス似の言動兼霊感バリ高(自信過剰とも言う)とか要素が渋滞を起こしてる」
「それ突っ込んじゃったら底のない沼だよゼクサー君・・・」
身内なのに身内と認めたくなくなるこの気分はなんなのか。クソ親父とはまた違った嫌悪感と言うか恐怖感に近い感覚が頭をよぎる。
身内のヤバさに改めて気が付き身を震わせていると、おじいちゃんは呑気な声を発した。
「元々は実践練習と称して、自然の霊を怒らせて護符とか鏡をちゃんと使えるか試す予定じゃったが、急遽作戦変更じゃな。自力でそこまで行ってるなら、話は別じゃぜ息子よ」
「じゃぁ何するんだよ爺ちゃん」
「無論、そんなの決まっておろう!」
――と、おじいちゃんは人差し指で天を突いた。
「息子が使いこなせていない”その力”を制御するんじゃ!!」