第二章6 『曰くつき』
怒号が響いたのは真夜中のことだった。
オレがアルテインを愛でている中、玄関の扉が猛然の勢いで開く音がし、おじいちゃんがバタバタと新聞片手に飛び出してきた。
「息子ぉッ!! ヤベェぞ!」
「どうしたよ爺ちゃん」
「どうしましたか、ゼクサー君のおじいちゃん」
「風呂温める木材に新聞使おうとして、でもまだ見てねぇから火の明かりで見てみたらやっべぇこと書いてあんのよ!!」
アルテインを撫でる手を止め、どうしたかと聞いてみるとおじいちゃんは机の上に新聞を広げた。新聞の内容を見ろと言う事らしいが、いったい何が何やらと思って見て、納得した。
「あー、見たな。これ」
「うん、いつ見てもウェッてなるね」
「あれ? お二人さん反応が少ねぇな?」
今さっきの慌てた態度とは打って変わり、おじいちゃんが不思議そうな目で尋ねてきた。しかしすぐにオレ達の反応を見て納得したのか、顎に手を当てて「そうか」と呟いた。
「だから今日は変に客室を整えたり、パイを焼こうと考えたのか・・・」
おじいちゃんは何故かは分からないが、戦乱の時代で勘が鍛えられたのかよく奇妙な行動をとることがある。なんでも「風が囁いておる」とか「今日は山の奴らが騒がしい」とかだそうな。おじいちゃん、風属性じゃねぇんだけどな。時々「竜神の野郎共が~」とかも言っている。おじいちゃんの山にモンスターはいなかったはずだけどな。
オレが国から除籍処分を受けていると言うのに、どうにもオレ達の反応のせいでおじいちゃんまでもが冷静になり始めた。しかし怒っていることは確かである。眉間に皺が寄っているのがその証拠だ。
「どうするかの。イズモの馬鹿め、気分を害しただけで子供を除籍させるたぁ子供の癇癪かっての。どう始末するかのぉ」
「あー、爺ちゃん。そのことなんだけどさ」
オレの方を見るおじいちゃんにオレは友人の伝手でダンケルタンに新しく国籍を作ってもらうことを伝えた。それに加えて、属性大会でクソ親父には絶縁宣言されていることを、そもそもオレは国のほとんどから村八分にされていると言うことも伝えた。
「ってか、この場合だと村八分ってよりかは国八分だけどな」
「まぁ、笑い事ではないのは確かだよね。ダンケルタンに行くにしても、新生活に緊張するところはあるよ」
「オメェさんらやけに前向きじゃねぇか。息子はそうだとしても、アルテインちゃんまで。親に許可は取ったのかい? 息子と駆け落ちするって」
おじいちゃんはオレが他国に行くと言うこと自体にはなんの違和感も抱いていない様子だが、オレの真ん前に居るアルテインには違和感が湧いたらしい。オレは国から追放宣告されてるから仕方なしだけども、アルテインには家族がいるのではないか、と。
ある種、その質問自体がアルテインの琴線に触れるのだが、アルテインは意も介さずに答えた。
「ボクは普通の生まれじゃないので、お母さんとお父さんはいません。だからボクもゼクサー君と一緒にダンケルタンに移住するんですよ」
完全な当たり障りのない回答だった。これにはおじいちゃんも触れてはいけない何かを感じ取ったのか、「そうか」と顎を引いた。しかし直後におじいちゃんは少し溜息を吐いて言う。
「しかし、あのクソイズモには何か仕返しをやってやらなければワシの気が収まらん!!」
長い白髭が逆立ち、眼が憎悪と闘志に溢れかえる。
「あやつめ、今じゃ残念なことに国の一大有名人じゃ。ぶっ殺したら色々マズイじゃろうし、最悪息子夫婦にも迷惑が掛かりかねん。かといって、呪術をふっかけてもどういう原理か呪詛返しされたし、どうするべきか・・・。沖に沈めるだけじゃ物足りん」
「あ、いや、クソ親父の事はもうオレ自身諦めてるかr、って――呪術!?」
なんだかおじいちゃんから物騒な気配と単語が駄々洩れし始めた。呪術とかできるのかと驚くオレにおじいちゃんは「おうよ!」と親指を立てる。
「最近、オメェが生まれたばっかの頃、イズモもカグヤも全く仕事休まねぇし家政婦も雇わねぇもんだから腹立って、荒魂に竜神とアガリヒトの血入れて、迷い家から取って来たぬいぐるみに墓石と一緒に詰め込んでイズモの仕事鞄に放り込んだらどういう理屈か呪詛返しされてよ。勿論返された呪詛は丸めて海にポイしたがぁ、ワシぁ通じねぇことに驚いたさ」
「罰当たりすぎだろ爺ちゃん・・・。後、オレが生まれた頃って全然最近じゃねぇ」
「それに藁人形も打ちまくったのに効果なし。コトリバコも降霊術も効き目がなかった。蟲毒に至ってはイズモに近寄った瞬間、虫が消滅しおった。あの根性無しめ。もはやあ奴こそ悪霊じゃろうて」
「オレには爺ちゃんがヤベェ奴に見えるが、そこまでして効かないとなるとクソ親父もクソ親父だな。どこまで人をコケにすれば気が済むのか・・・」
「全くじゃて」
「呪われて当たり前って、ゼクサー君もゼクサー君のおじいちゃんも凄いな。あはは・・・」
オレの「クソ親父は呪われてしかるべき」という言葉に呼応するおじいちゃん。それを見ながらアルテインは一人少し乾いた笑いを残したのだった。
A A A
風呂に入り、寝る前の討論で決まったことは「とりあえずクソ親父は一回沖に沈める」だった。
これにはオレとおじいちゃんが賛成し、アルテインは「ゼクサー君がちゃんと幸せになるのなら、法の千や二千は破っても問題なし」のスタンスを取ったため決定となった。ちなみに本音はというと、大賛成らしい。しかしオレが被害者であるが故、どうにも自分がオレよりもキレるのは理に適っていないと考えたらしい。風紀委員長としての正義感よりも私情を優先して大丈夫ですかね、とも思ったが、それに反論するようにアルテインは言った。
――「ボクの法はボクが決めます! 馬鹿に理屈が通じないのと一緒です。正義感の基準を法律にしたらボクの愛している人は一生幸せになりませんから!」
頬を紅くしながら言うアルテインは可愛さ満点だった。
そして現在、当の本人は前言の発言内容がオレにも聞かれていたことに気づき、寝台の上で布団にくるまりながらイモムシのように撥ねていた。オレの布団も巻き込んで、だ。
「おいこら、アルテイン。人の布団を巻き込むな。オレの布団だけでもいいから返sごふぉ!?」
「ゼクサー君はちょっとあっち行ってて! ボクの整理がまだついてにゃぁいっ!!」
布団を引っぺがそうとしたら(おそらくは脚の部分だろうと思う)アッパーカットを喰らい、ベッドから崩れ落ちた。
「なんて生きのいいイモムシだ・・・・」
真夜中、色々な事が続いてきたと言うのにアルテインはまるで疲れた様子を見せなかった。
仕方なくオレは顎をさすりながら立ち上がり、ベッドの上で蠢ているアルテインを尻目に「夜風に当たってくるわ」と言い残しベランダへと出た。
平べったいキノコの形をした家のベランダは一周することができるほどには広かった。
まだ秋が来始めたばかりだと言うのに、どうにもこの辺りは肌寒い。木々の上にベランダがあるからか、もしくは”土地柄”と言う奴か。夜風に当たってくるとは言っても、夜風は吹いておらず、ただただ無性にオレの背筋を震わせる。
寒い。それにしては不気味な寒さだった。
背筋を撫でられるような感覚と共に、オレはあることを思いだした。
おじいちゃんが持っているこの山はいわゆる”曰くつき”という奴らしく、墓の上に立てた山だとか、存在が消滅した村があるとか変な噂をよく耳にする。その噂を聞きつけて肝試しに来た若者が行方不明になるたびにおじいちゃんが出動し、発現元不明の断末魔が響いた後に行方不明者を担いで戻ってくるらしい。
そしてこの家を建てた場所は特にヤバいところらしく、占い師が「穢れの群生地」とか叫んで逃げ出す程だ。無論、見えないし、感じないしのないない三昧のオレには分からん話だが。
「さっさと寝るかね。幽霊が出てきても、どうせ見えんし・・・」
オレは少し息を吐き、ベランダから部屋へと戻ろうと踵を返そうとして、
―――庭の中に何か居るのが見えた。
「―――は?」
目を見張る。しかし、よく分からない。全身が黒くもじゃもじゃした獣らしきものだ。その存在は三つある眼をらんらんと輝かせて細い手足を動かして周囲を徘徊している。
混乱、そして状況把握、そしてさらに混乱する。
見間違いなどではない。明らかに三つの眼をぎょろぎょろと動かしながら辺りを徘徊しているのだ。未だオレを見つけていないとはいえど、人間代の大きさを持った生物らしからぬ生物には自然と恐怖の念を抱いた。
「(ドラゴンというのは翼とか鱗とかねぇし、獣の類にしては尻尾とかねぇし、人と言うにはあの三つの眼は偽物じゃねぇ。だとしたら、それは、―――もう)」
”外”でさえも見た事がない、本当の意味での怪物だ。