第二章4 『お守り』
「ほぉ~、なるほど。一瞬息子の顔が見えたから、天使様かと思ったら息子が帰省してきただけだったか。こりゃぁ早まったな。変な覚悟キメるところだったぜ」
「危うく爺ちゃんが二百歳を超える所だったぜ・・・!」
「・・・・・」
なんとかおじいちゃんの誤解を解き、おじいちゃんの理解を得られたことにオレはそっと胸を撫でおろす。血みどろ沙汰にこそならなかったが、相変わらずオレを「孫」呼びではなく「息子」呼びされることに妙な違和感がある。
それは横に居るアルテインも感じたようで、おじいちゃんにオレを指さして言う。
「ゼクサー君のおじいちゃんさん、その”息子”っていうのはゼクサー君の事ですか?」
「そうじゃ、息子の事じゃが。アルテインちゃんよ、ワシはおじいちゃんだが、同時にこやつはワシの息子じゃ」
「???」
そういう反応になるであろう。アルテインは理解できなかったようだ。
なんならオレもよく分かっていない。年齢的に考えても家族構成図からしてもオレが息子はあり得ない。
「(最初は年寄りのボケとかかと思ってたけど、クソ親父と一緒に居てもオレを息子呼びするんだよなぁ・・・。不思議)」
ちなみにクソ親父に対しておじいちゃんは「イズモ」呼びをしている。そしてオレが「息子」呼びをされる度にクソ親父から陰で文句を言われる構図が出来ていた。本人に聞くと「イズモは息子だが息子じゃねぇ」の一点張りなので謎は余計深まる一方だ。
アルテインがオレの顔を見るも、触れてはいけない話題だと考えたかそれ以上の追及は止めた。
するとおじいちゃんがアルテインの顔をしげしげと見ながらオレの肩を突いてきた。
「息子よ。ワシは孫はおってもおらんくても大丈夫じゃぞ。ワシの一番は亡き妻とオメェだけだぜ」
「何言ってんだ。後その理論は浮気がやめられない男みたいだからやめとけ」
「何おう、アルテインちゃんはオメェにぞっこんじゃ。このまま大人になったら子供の三人、四人、もしかしたら三桁を越えるかもじゃぞ? こんな素晴らしい女性と素晴らしい息子じゃ。出会いがどんなであれ、イズモよりも幸せな家庭環境を築けるさ」
どうやらオレとアルテインがお似合いだと言う事を言っているようだ。そして、夫婦仲は良くなるだろうと。しかしオレは爺ちゃんに大事なことを言わなければならない。
「爺ちゃん、アルテインは男だ」
そう、これはいくら世界が歪もうが、ゆがめられない真実だ。見た目中身全部が女子顔負けのスペックだ。しかし男だ。確実にオレの性癖にぶっ刺さった容姿をしている。しかし男だ。オレの事が大好き。独占欲も結構強い。初心なところもある。しかし男だ。
アルテインは男の娘である。
そしてオレの嫁だ。正妻である。
おじいちゃんは目をぱちくりとさせると「嘘じゃぁwww」と笑う。しかしオレの反応が薄い事と、横に居るアルテインが何も言い返さないことに笑いが薄れて行き、ぱちくりと再びアルテインを見る。
「マジ?」
「まじです。ゼクサー君のおじいちゃんさん」
「声そんなに可愛いのに?」
「男です」
「容姿も最高じゃし、指も細いし・・・」
「それでも、男なんです」
「・・・・あるの? 男子の象徴」
「男子の象徴がなんなのかは分からないけど、身体はゼクサー君と同じものがありますよ」
「結婚するの?」
「それは、・・・はい。でももうちょっと恋人にしか出来ないことをやってからが良いです。勿論、ゼクサー君が「今すぐにでも!」と言うのなら、ボクは受け入れる覚悟があります」
アルテインが耳まで赤くしながらも堂々と宣言すると、おじいちゃんは一瞬目を丸くすると「ふむ」と頷き親指を立てた。
「アルテインちゃん、あんた今まで苦労な人生だったろ。これからなんか困ったことあったら一番先に息子に、息子が大変だったらワシに頼りな。イズモが結婚反対とか騒ぎだしたりやらかしたら、ワシが責任を持って一時間以内に沖に沈めるけぇのぉ」
「それは有難うございます。でも、できれば”ちゃん”付けは慣れないので・・・”君”の方g」
「アルテインちゃんで」
「・・・はい」
おじいちゃんの押しに押され、無くなくアルテインの呼び方が”アルテインちゃん”で決定される。可哀そうだが、何故か”アルテインちゃん”がしっくり来てしまう今日この頃。
「まぁとりあえず息子も帰ってきてくれたし、上がってってくれや。取り敢えず一週間は泊ってくれても大丈夫なように揃えとるけぇのぉ」
「はっはっは」と大きく笑い、おじいちゃんが家の前にあるポストから雑誌を取り、オレ達を家の中へと入れてくれた。
内装は相変わらずのコンクリート製で、ありながら自然の風景を入れているのか色々な所に観葉植物が置いてある。それどころか全体的に木に関する装飾が施されてあった。熊の彫り物に竹刀、そして土偶らしきものと藁で作られた人形らしきもの・・・(見なかったことにしよう・・・)。
「息子とアルテインちゃんの部屋は二階の奥の部屋じゃよ。ダブルベッドしかないが、構わんな?」
「密室のベッドに男二人、何も起きないはずがなく・・・」
「何も起きないよ!?」
おじいちゃんが図ったような笑みを見せ、オレもそれに乗るもアルテインの突っ込みによってオレの想像は崩れ去った。そうか、流石にイドみたくヒャッハーとはならんか。
確かにいくら好き同士とは言え、そのノリだと流石に色々早いか・・・。後単純にアルテインがそっち方面には純粋ってのもあるし、其処らの知識はイドに任せるかね・・・。
「(しかし男同士の結婚に寛容な爺ちゃんで良かった・・・。クソ親父はこの手の事めっちゃ毛嫌いするからな。一瞬爺ちゃんもそっちかと疑ったが、意味ねぇな)」
安心しつつもではなぜあんな寛容さの塊みたいなおじいちゃんから、偏見マシマシのクソ親父が出てくるんだろうかと疑問に思う。おばあちゃんも全然偏見みたいなのはなかったし、この世の理と言うのは不思議でならない。
「さぁさぁ、荷物を置いたらお茶をしようじゃぁないか。丁度妻が好きだったスイートポテトパイが焼き上がる頃だ」
部屋に案内され、オレは腰に装備していた斧を外し、脛具を取り、担いでいた荷物を下ろそうとして、―――気が付いた。
「爺ちゃん」
「なんじゃ?」
「これ、爺ちゃんのだよな? クソ親父の家の地下倉庫にあったんだけど」
オレが振り向いて背中に担いであった袋を取り出した。見た目はどこのサバイバル用具専門店にもあるような迷彩色の革袋だ。しかし質は全くの別物。量産品の存在感ではなく、”外”を生き抜いてきた歴戦のモンスターの毛皮で作られている。
そんな店にも出回らない高級感溢れるサバイバルセット。戦乱の時代におじいちゃんが使っていた物だった。何故かは知らないがクソ親父の汚部屋に腐ったものと鼠と一緒にしまわれてあったのだ。いまではイドの手入れで臭いを取り息を吹き返し、オレが”外”へ行くときにお世話になっている。
おじいちゃんは最初は「?」という顔をしていたが、オレから手渡され、確認し、納得する。
「ワシの部屋から急に無くなって、妻と大喧嘩してそれでも見つからなくって、諦めていたワシの若かりし頃のサバイバル道具一式・・・!!」
「爺ちゃんの置き忘れとかなんかの祝いだと思ってたけど、まさか盗ってたのかよ・・・」
更にクソ親父の株が減っていく。最初から無いに等しいのに、好感度がマイナスを突っ切っていく。
クソ親父のクソっぷりに呆れていると、おじいちゃんは袋の中から十徳ナイフを取り出した。そして一つ一つを丁寧に開いていく。
「・・・ワシがまだまだひよっこだったころ、ワシの班がモンスターの群れに襲われたことがあるんじゃ。その時に武器も絶え絶え、能力量も底をついている絶体絶命の状態で十徳ナイフを武器に群れに飛び込み、モンスターを殲滅していったんじゃ。じゃが、最後の一匹を倒したときにワシの十徳ナイフは壊れてしまった。これから他国へ侵入と言うタイミングで十徳ナイフといえど武器を持っていない状態はちと厳しい。それに怪我人もおったからな。そこでワシらの班は動ける班と、国に帰る班で別れたんじゃ」
息を着き、また丁寧に一つ一つを丁寧に戻していく。
「そこで怪我した班の一人に十徳ナイフを渡されたんじゃ。「この十徳ナイフが貴方を守ってくれますように」ってなぁ。そん時はワシもまだピュアッピュアでな、「じゃぁ、絶対返しに行かなければなりませんね」って言っちまったんじゃ。後輩の子じゃったけど、まさかそれが今の妻になるとは思っても見なかったわい! 今思えばあん時に頬染めてたのって疲れてたからじゃなかったのかってなぁ」
がっはっは!と、盛大に笑いながらも、次の瞬間には静まり返り、十徳ナイフを手に目じりに涙を浮かべ始めた。
「あん時なぁ・・・、結局十徳ナイフは結婚祝いの印代わりに送ってもらったわけじゃが、久しぶりに覗いてみたら無くなっててのぉ。それで妻とは大喧嘩じゃった。最終的には自然に風化しちまった訳じゃが、謝る機会を逃しちまったよ・・・」
今はもう居ないおばあちゃん。家が出来た時のその数か月後に天からのお出迎えが来てしまったのだ。おじいちゃんは謝れなかったことを、サバイバル道具の一切を見つけられなかったことを悔やんでいるのだ。
「(勝手に持ち出したクソ親父を叱り飛ばしてぇけど、戻ってきても解決はせなんだ)」
少し空気が悪くなっていることを察知したのか、アルテインがおじいちゃんに向かって声を掛ける。
「良ければ奥さんとの思い出を聞かせてくださいませんか? 奥さんが好きだったスイートポテトパイと一緒に」
「―――そうじゃな。聞いてくれるか」
「じゃぁ、オレも」
こうして、十徳ナイフを片手に、顔を上げたおじいちゃんと共にスイートポテトパイを囲みに行き、オレ達は妻との出会いを夜遅くになるまで聞いたのだった。