第一章8 『筋肉』
「オレを鍛えるって、いったいどうやって―――?」
イドの革命のお誘いにオレはまんまとその口説き文句に乗っかってしまったが、しかし。
オレは乗っかってしまってから言う事ではないと思ったが、実際問題、オレはそれが一番気になっていた。
一見ただの筋肉がムキムキだけな変態男、――イドは人にものを教える能は、特に実技関係を教えることは得意ではなさそうに見える。
「(自分磨きは言うまでもねぇと思うが、他人磨きって出来るのかコイツ・・・)」
そのツルツルテッカテカの筋肉は日々の努力の賜物なのは分かる。オレも日常的に勉学に励んできたからな。国語だけは全くよくならなかったが・・・・・。
オレの中の疑問は膨らむばかりだ。
発言に嘘は見えなかった。だがそれでも、やはり、”納得”と言う言葉には程遠い・・・が。
「鍛える、つーよりも”伸びしろ”を伸ばす」
「伸びしろ?」
「あーそーだ。ルナ、お前には一般の人にはあまり見ない特徴がある。そこを中心的に伸ばすんだ」
「・・・・」
そう言われて、オレは自分自身の身体を見る。だが分からない。体型とか健康状態とかは一般的だ。何もそんな変なところは無い。
だからイドの言う事が分からなかったが、今さっき言っていたイドの台詞の一部分を思い出した。
「筋肉が、どうとか・・・、足が、どうとか言ってたな・・・・。それか?」
「そーだそれ」
オレの絞り出した答えをイドは肯定した。
そして人差し指でオレの足を指さした。
「まず脚だな。見た目は確かに一般的な男子とそー変わらねー。だけど細胞レベルで見て見りゃー、違うことはすぐ分かる」
「違う、ところ・・・?」
そう言われてもピンとこない。なんだろうか、足が速いとか、そういうことを言ってるのだろうか。
「あーいや、そーじゃねーよ。足が速いってのは合ってるが、違う」
「心読むなよ・・・・」
声に出してないオレが推測したことをあっさりと否定するイドに、オレは急にイドの人間味のなさを感じた。
だが、発する言葉はどれも信憑性があって―――、
「バネ、だな」
「バネ?」
「太ももの筋肉、脛の筋肉、足首の筋肉、足の指の筋肉、これ全部がバネだ。脂肪が少なく、筋肉の伸縮がすげー。多分これくれーあれば短距離走、そーだな・・・・。当ててやろー、ルナの50m短距離走は3秒もかからねーんじゃねーか?」
イドがニヤッと口を歪めてオレに成否を問う。
オレはそれに戦慄した。舌が空気に触れたまんまだ。
―――オレの50m走のタイムは”2.7”秒だからだ。
「(まさか、見ただけで分かったのか・・・!?そんな事が・・・ッ!!?)」
でも、そこまで速いわけでもない。世界最速の短距離走者のタイムは50mで1.4秒だ。イドはすげーとは言うが、世界にはもっと凄いバケモノが居る。
イドはオレの否定も見ずにそのまま問う。
「筋肉がバネで、足の平は、特に指だな・・・。走った時って足に掛かる負担は体重の1.2倍とかそんなところ。でもこの脚だったら、衝撃を上手くいなしやしー構造だから足への負担は0.5割とかそんなところだろーな」
「・・・・」
「それに骨の密度も高いし、脛の方は、・・・・・二つ目。ルナって8歳の時と10歳の頃に階段かなんか高いところから落っこちて脚の骨を複雑骨折とかしたことあるだろー?」
「―――ッッ!!!??」
やはり目を見張った。
それもそう、―――――合ってるのである。
オレは8歳の時に山で遊んでた時に、木から落ちて脚の骨を重点的に折り、10歳の頃に改築した家を走り回って階段から落ちた事がある。
なんで、分かるんだ・・・・???
オレの疑いの目を「図星か」と言い、イドはふっと笑う。
「そーか、足の骨が超回復した形跡が二回あるのはそーゆーことか。バネのよーな筋肉を支える屈強な柱として脚を支えてるんだ。負荷が伝わりにきーのはそのため。―――三個目。ルナの長距離走の記録、200mタイムは9秒ジャスト!・・・だろ?」
「合ってる・・・・」
もうオレは驚くのをやめた。イドは絶対的中させて来ると言う確信があるのだ。
でもそれが何だと言うのか。世界記録は5.3秒だ。それに比べればオレは別に大した記録じゃねぇ。平均は15.2。確かに平均と比べりゃ速いが、だから何だと言う話だ。
そんなオレの気持ちに気づいてか、イドは歯を噛みしめたまま笑い、こんなことを言った。
「確かに、世界記録と比べりゃ遅ーよな。でも、よく考えてみろルナ。世界記録を作るのは公共の場での、所謂オリンピック的なところで、だろー?」
「オリンピックが何なのかは分からないけど、大きな大会でって意味ならそうだな」
「そこに来る奴は何年も練習してその記録を作った、オッサンだろー。少なくともルナより10歳くらい上だ」
「そう、だな・・・・」
だから何だと言うのだ。
世界記録には勝てない。速くても、それでは意味がない。
現実の頂と俺自身の能力の差に自虐的な、悲観的な、気持ちになっていると、イドが「でも」と口ずさんだ。オレの気持ちを言わせた直後にだ。
「お前は、その何年も頑張って”それだけの為”にやって来た選手の練習の内の数年分を、その年で成し遂げてるんだぜ?これほどにデケー武器があるかよって話じゃねーか」
「――――ッ!!」
オレの感傷的な気持ちを言葉で、事実でひっくり返してきた。
じめじめと固まって、粘ついていたネガティヴなカビが一気に根本事吹っ飛ばされるような、そんな衝撃がオレの全身をぶっ叩いたのだ。
そしてイドは続ける。
「まだあるぞ」
「―――」
次にイドが指し示した場所は、腕だった。
どんな反応が下るのか、ごくりと唾を呑みこんで次の言葉を待つ。
「腕の筋肉はそれこそ中々ある。でも俺が言いて―のはそこじゃねー。・・・・パンチだ」
「は?」
何か筋肉についての事を言われるのかと、少し期待していたがイドの口から出てきたのは”動作”だった。
「は??」
やはりもう一度、言ってしまうほどには意味が分からなかった。
A A A
「どゆこと????」
オレの問いにイドは「あー」と、ため息を漏らす。
「すまね、言葉足らずだ。俺が言いて―のは”パンチの仕方”な」
「??」
「ルナのパンチって、振り抜いて突き刺す! ――じゃなくって、弧を描いて高速のパンチを繰り出す! これだと思うんだよ。すげー簡単に言うなら、パンチは速い! だけど威力はほとんどない! 速く打つことに特化した腕なんだよ」
???・・・・・やっぱり分からない。
イドが目の前で実践してくれるが、オレ自身最近パンチなんて打った覚えないし、幼少の頃喧嘩で殴り合いはあったけどどういう風にパンチなんてしてたかは覚えていない。というか、気にして無かった。
だから、どうにもこうにも、オレは首をかしげるほか無いのだ。
でも、
「んー、そーだな。これを本人に分からせるのはやっぱり実践しかないのかね?」
と、イドがそんな事を呟くと何処からともなく空間から一本の剣と斧、そして薪を取り出してオレの足元に放り投げてきた。
「どっから出てきた剣と斧! 後、薪!」
急なマジックショーに驚きを隠せず、オレはこのアイテムをどっから出したかイドに尋ねる。
だがここでも、オレはイドの人間味のなさを思い出した。
「原子からパパッと作れるだろ。大丈夫だ。剣も斧も薪も、ちゃんと元素内容は普通のだから」
「オレの欲しい”大丈夫”じゃねぇッ!!」
何、何て言ったコイツ。原子から作ったとかぬかさなかったか?ぬかしたよな?何だコイツ・・・。
最早人間として殿堂入りを果たしてそうなイドに、オレはどう反応すればいいのかが分からなくなってきた。多分本人的には、自分を人間だと思い込んでいるんだろうけれども、十中八九イドは人間ではない。
「(原子からとか、これ触っても被爆しねぇよな・・・・?)」
「大丈夫だ放射線系統の物質は事象の地平線に座標移動させたから。武器触って被爆するなんてあるわけねーだろはっはっは!」
「心を読むな馬鹿! 次々と理解不能な単語を生み出すな! 存在だけで矛盾が起こってる!」
オレが涙目で突っ込むと、イドはケラケラと笑った。
武器触って被爆なんてパワーワード過ぎる。そう思いながら地面に落ちた―――剣を拾った。
だがここでも―――。
「それを選ぶと思ってたぜ、ルナは。・・・だが、それじゃお前は強くはなれねーよ」
「オレは体育実技の授業で何度か剣を触ってたし、剣道部にも入ってる。剣の扱いには慣れてるんだ。オレがこれに向いてない証拠ってのは・・・・?」
ニヤニヤするイドにオレの特技を馬鹿にされた気がした。
半分怒り、半分疑問が混じった声を上げると、イドはおもむろに薪を拾い上げるとオレに言った。
「証明。これ投げるから、その剣で斬るか、貫通させるかしろ。出来たら剣でもいーかもしれねー」
「はぁッ!?」
一瞬馬鹿にしてるのかと思った。というか、あの顔は絶人を馬鹿にしている顔だ!
あ、あの野郎ッ!! なんて目ぇしやがる! 店によく置いてあるのを見かける招き猫みたいな顔してやがる! 人を馬鹿にするのも大概にしろよ? 痛い目見るぞ。と言うか、オレが痛い目魅せてくれるわッ!!
「闘志も湧いたことだし、やるか~。行くぞ~、ほい!」
完全に他人事のノリでイドが薪を上空に放り投げる。
「(ゆるい軌道、鈍い動き、―――ここだッ!!!)」
何回も大会に出て剣を振って来たオレだ。これくらいの動き止まって見えるぜ!
「甘いな貰ったぁ―――――ッッ!!!」
オレの頭上に落ちてきた瞬間、オレは剣を鞘から火花の散る速さで引き抜き、そのまま真上の薪に一閃を描く―――――。
オレはまだ知らない。こんな意気揚々と剣を振り抜いた日を境に、オレは斧を愛用することになるなんて―――、
今はまだ、知る由すらなかったのだから。