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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章80 『アルテイン』

 アルテインは家族というものを知らない。


 

 

 アルテインが初めて日の光を浴びたのは、量産型『ゆりかご』の容器の内の一つから出てすぐのことだった。名前はアルテイン、と既に決まっていた。


 本来の子供の為の体のいい生贄として、従来の方式では生まれなかったのが原因か、薬剤と血とクローンの受精卵で出来たアルテインには容器から出て外へと連れられた経験はあっても、容器に入る前と容器の中に居る時の記憶はなかった。


 十三歳の姿形がアルテインにとっての全ての始まりだった。


 ――「とりあえず所属校はオヴドール学園だ。他校からの編入という形で学業を務め、一年間の野外観察をして属性大会を制覇することができるように調整を施す」


 容器から出て、アルテインが最初に聞いた、ドメヴァーではない別の科学者の言葉だ。


 それから毎日、多種多様な違法薬剤を使用した実験、観察、調整が繰り返された。


 能力量が尽きるまで何度も属性を使わせられ、限界状態を続けさせることで数千億通りの実験の中で組み込まれた潜在的な力を解放させる。同時に学業もこなし、脳を酷使し続けるという地獄を繰り返した。毎日、毎日・・・。


 物心がつき始めたのはアルテインがオヴドール学園に編入して半年が過ぎたころだった。


 今までは何も思わずに人生を生きていたアルテインだったが、その内、自身にとっての存在意義がドメヴァーにあると思い始めた。根源的な恐怖もあったのだろう。だが、偽物の関係と言えど、自身の存在を肯定してくれる存在はドメヴァーと言う”当主様”を象った父親しか居なかったのだ。


 自身が実験で良い結果を出せば、ドメヴァーは「処分予定は無し」と言ってくれた。逆は考えた事もなかったのだろう。むしろ逆の結果が出るなんて、恐ろしく考えられなかったのだ。ちなみに一時、アルテインの実験結果があまり良い数値を出さなかったことがあり、ドメヴァーから「処分決定」と言われたことがある。その時は測定機器の故障が分かり、”処分というもの”は取り消しとなったが、アルテインは未だにドメヴァーが自身に失望した時の表情をしっかりと覚えている。


 だからこそか、アルテインはドメヴァーの期待を裏切らないようにと毎日実験に励んだ。ドメヴァーにあんな顔をされないために。


 ――実験で良い結果を出せば、その内ドメヴァーは自身を認めてくれるのではないか、と。今は小さい結果ばかりだが、大きな結果を残せばドメヴァーは自分をほめてくれるのではないか、と。


 アルテインは無意識的に、家族と言う存在意義を欲していたのだ。もっと言えば、その特典たる愛情が欲しかったのかもしれない。


 そのころから、アルテインは属性を上手く扱えなくなった。例えば火球を出すと、意図せずに火球がその場で暴発したり、指向性とは全く違った方向に光線が進んだりといったものだ。


 ドメヴァーを筆頭とする科学者は、薬剤によって無理やり属性を発現させたことによる反動だろうかと考えていたようだが、アルテインは違った。


 ――「もしかして、指向性を与えるのがダメな方法なのかな?」


 指向性とは子育てで言うスパルタ教育だ。属性を指向性で操作することはつまり、生まれて間もない赤子に量子力学の全てを理解させようとする事と同義である。その構図はさながら親の期待を一方的に押し付け、子供の個性を全て叩き潰す子育ての様。確かに一律、言う事を素直に聞くことは軍や社会人としては重要な要素である。もっとも、それが通ずるのは社会で生きるいい歳した”大人”であり、その重圧が自身の身には余りある程に大きなものであれば、子育てされる側の子供は反発するだろう。もしかしたら、大人も反発するかもしれない。


 そういった事と同じように、自身の思考とは違って指向性が勝手になる現象が『属性暴走』だ。未だに科学的に原因が掴めておらず、一種の病気や慣れの問題として最近は片付けられている。


 アルテインは薬剤によって身体の成長だけでなく、内臓や脳の働きも活発になっており、それは多数の属性を発現させたが故の脳の密度の濃さも相まっている。長時間にわたる実験のおかげもあってか、『属性暴走』の原因に当たりを付けることができたのだ。


 ――「じゃぁ掌で形を作るよりも、何か元々ある形を想像して、そこに能力量を流し込めば指向性じゃない方法で属性技を扱うことができるのでは?」


 確信には届かなかったが、アルテイン自らが発見した”制御性”は指向性と共に属性技の発動に加えられ、理想的な環境”飴と鞭”が無意識下に置いて出来上がったのだ。その結果、アルテインは再度属性を操ることができるようになり、処分予定も無くなった。


 そして同時にアルテイン自身にも変化が訪れた。


 それは十四歳になった直後のこと、運命の転機とも言えるイベントがあった。


 ”冒険者・調査員”模試試験。その転機が訪れたのは試験の真っ最中だった。


 灰獅子という魔獣種、その圧倒的な回復能力と智賢、恐るべき純粋な暴力、そして体力。本来なら試験には出てこないイレギュラーな存在と戦い、自身の力の全てを出し切ったもののあと少しの所で灰獅子の回復力に負け、寸でで首が飛ぶと言うところでだった。


 燃えるような赤い髪に金色に輝く瞳を持った、斧と脚を武器に戦う少年。伝説的知名度を誇る両親をもっていながらも、発現した属性は『最弱』の代名詞とも言える電気属性。そしてその異様な存在感はさながら『不遇』の栄冠をほしいままにするようで―――、


 ――「見とけよ、アルテイン。電気属性が、世界の見慣れた風景を一新するところをなぁッ!!」


 どこか自分と同じでありながらも、自分とは全く違う雰囲気を感じた。


 ゼクサー=ルナティック。アルテインにとっての最高峰の希望となりえる運命の転機、それが彼だったのだ。


 アルテインは元々ゼクサーの事をかじる程度には知っていた。マテリア=オーネットが新聞部を手配して大々的にゼクサーが電気属性を発現したことを公表し、二面全てを悪口とゼクサー個人の個人情報で埋めたのだ。


 「親の期待を裏切った愚か者」に「全てを勝手に捨てたクソ男」等々、散々な言いようだったが、アルテインはそんな彼にどこか成りきれない自分自身を映していた。


 気づけばゼクサーは灰獅子を追い詰め、原理不明の小技によって灰獅子を撃破していた。


 多分この瞬間にも、アルテインはゼクサーを好意的に見ていたのかもしれない。


 その後、ゼクサーに助けてもらったお礼を言う間もなく、ゼクサーはどういう訳か乱入者として試験官六人に捕まえられ、アルテインに灰獅子を討った称号のみが贈られる形でその時の出会いは幕を閉じた。


 だが、運命とは悪戯なもので、アルテインはまたゼクサーと会うことになった。


 「灰獅子に勝った君を倒す!」。アルテインの撒いた種であったが、本音はきっと違う。アルテインは下手をすれば自身よりも悲惨な人生を辿ったであろうゼクサーが、どんな訓練を積めば自身が勝てなかった相手を倒すに至れたのか。そこに興味があったのだろう。


 敵情視察と言えば体は良いが、実際は好意とプライドと、後は若干の敵意が入り混じった、一種の決別だったのだ。アルテインにとっての好意とは嫉妬と紙一重であり、興味が湧くのと同時にゼクサーと自身のギャップに苦しむことになるのが容易に想像がついた。


 アルテインは”人というもの”を良く知らない。


 だからゼロか百でしか物事を見れなかった。悪い実験結果か、もしくは良い実験結果か。


 勝利か、敗北か。しかしゼクサーと言う存在はアルテインの想像をはるかに超えてきた。


 ――「関わりたい」と。


 それは呪いであり、猛毒であり、劇毒だった。


 何よりもドメヴァーの承認を夢見ていたアルテインにとって、ゼクサーの意志は自身の存在意義を揺らがせるものだった。


 ドメヴァー以外の、ましてや他人とも言える存在から受ける承認を得ることに、必要とされることにこの上ない違和感を覚えたのだ。本当に必要なものと言うのは人から敬遠されがちである。アルテインもまさにその例の一つであった。


 ゼクサーが怖くて仕方がなかったのだ。


 だからゼクサーの意志を撥ね退けた。しかしゼクサーの意志は何度も立ち上がってはアルテインに突貫した。腕を脱臼して、言葉を尽くして、頭を使って、全身を使って、頭の中に居る別の存在が無理矢理に身体を乗っ取って撃ち出した『虹鯨』でさえも撃ち抜いて、そして拳で言葉でアルテインの心を揺らして、揺らして揺らして揺らして、揺らして揺らして揺らして揺らした。


 ――そして告白冥利に尽きるような台詞と意志と最後の一撃で、アルテインの鉄壁とも言える拒絶心は崩壊した。


 ――「なっ、はぁ!? え、あ、いやその、そういうのはもっと大人になってからで、えと、その、そういうのはほぼ初対面の人に言う事ではない、けどっ! 嫌だったわけじゃないけどぉっ、もうちょっと、その、時間を置いて・・・」


 逃げるようにその場を去り、その日見た夢に出てきた。アルテインにとっては心が純粋乙女だったのもあり、返答にかなり困り、どうにか返事をだそうとしたあたりで目が覚めた。

 

 意味が分からなかった。そりゃそうだろう。初対面ではなくともそんなに話す仲でもない奴がいきなり自身の人生に関わろうとあらゆるもの投げうって挑んできたのだから。逆に境遇がどこか似ていることが一押しとなり興味が湧いたまである。関わってみようと思うのは悪くない判断であった。


 次の日からゼクサーとは正式に友人的な関係になり、その内数日は毎日昼食を一緒にする仲にまで発展していった。勿論ゼクサー自体がアルテインへの好感度が元々高く、男の娘属性に新しい扉を開いたと言うのもあるが、もっともアルテイン本人もゼクサーの泥臭さや理不尽な環境下に置いても折れない精神力、そしてアルテインにのみ向けられる一途さに惚れたのだろうがここでは割愛する。


 要は、アルテインも絶妙にゼクサーとの相性が噛み合っていたと言う話である。


 しかし、アルテインの人生と言うものは激動の中にあるのか、ゼクサーとの気持ちキャッキャウフフな生活は少しのギクシャクがあったまますぐさま幕を閉じた。


 それはアルテインが実験的に大量生産されたモルモットの中のアタリである宿命だった。


 属性大会数か月前にして、実験場所が実験室ではなくドメヴァーの親族が所有する山となり、そこで多数の薬剤を投与しながら残り全ての人工的遺伝能力を開花させた。心身共に休息はなく、山籠もりをするため学校も休んだためゼクサーに会う暇すらなくなった。


 その成果もあってドメヴァーが今まで実験で遺伝をさせ続けた能力の全てが開花し、実戦にまで持ち込むことが可能となった。ドメヴァーが自身の能力開花の報告書を見てほんのりと嬉しそうになった表情をアルテインは今でも忘れてはいない。むしろ、今までゼクサーに自身の承認価値を判別させていたがためか、ドメヴァーの薄い承認はアルテインの本来の承認欲求の対象を改めて再認識させたのだ。


 ――「このまま大会を優勝すれば、私の願いが叶う」


 ――「はい、当主様の願いが叶う事こそが、私の願いでございます」


 アルテインは気づいていなかった。


 ドメヴァーはいつか自分自身を見てくれるのだと。そのためにもドメヴァーの望む結果を出さなければいけないと。ドメヴァーは本当は自分を家族として認めたいが、実験結果が良くないと家族としては認められないのだと。


 ――まさか自分が、ただの鮮度の良い実験材料だとは思っても見ず。


 そのまま、ただただ良い結果を残そうと研鑽を積み上げて行き、属性大会が始まった。アルテインは勝ち抜いた。周囲のエネルギーを吸収して能力量を回復させたり自己回復をしたりと永久機関のような能力に思考加速の能力等、全能力の一部にも満たない遺伝能力で対戦相手を軒並み叩き潰した。


 そして決勝戦となった時だった。


 待機室にドメヴァーが入って来た。予想にしない邂逅、そして告げられた言葉に、応援を期待していたアルテインは血の気が引いた。


 ――「今からゼクサー=ルナティックを殺し、この容器をその少年の血液で満たせ。手段は問わない」


 渡されたのは密封性のあるゴム袋に注射器、ナイフだった。


 何故とは聞けなかった。聞くことでドメヴァーが自身を評価してくれなくなると思ったからだ。


 強迫観念、それに一番近い恐怖がアルテインにはあった。受け取りたくない事実を受け取らざるを得ず、そして確信した。


 ――ゼクサーと一緒に居ることと、ドメヴァーに認められることを両立させることはできない事を。


 ――「はい」


 アルテインは自身の生まれが真面ではないことがなんとなく分かっていた。それでも普通を求めた。普通でなくとも、せめて少しの安らぎが欲しかった。一瞬は離れても、また逢えることができるような、そんな普通の人生を。


 だが、アルテインはそれを自らの手で壊してしまった。


 科学者が実験の中でアルテインの中に見出した人格障害。その別の人格のせいであったとしても、その人格が出るまで自分の事を決定づけられなかった自身のせいだと。


 アルテインはゼクサーが好きだ。好きである。好きでいる。


 だから失った悲しみというものは不治の病のようにアルテインの心を蝕んだ。それは例えあらゆる病気を無効化する免疫能力を持ってしても治すことは出来ない、呪いであった。


 結果、アルテインは不戦勝となり、優勝者となった。


 「電気野郎は怖気づいたwww」とイズモが嗤い、それに則って観客のほとんどが嗤い、アルテインの戦いっぷりをほめたたえた。その中でもゼクサーの血が入った容器を持ってあからさまに喜んでいたドメヴァーの表情は、アルテインにとって複雑な心境をもたらした。


 ――「こんなことをしてまで認められたいのか、ボクよ」

 

 吐き気すらした。自身の存在意義を見つけるために自身にとって大事な拠り所を潰したのだ。罪悪感と承認欲求が合わさって、その時ほどキツイものを感じることはないと言う程に苦しんだ。


 そして―――。


 ――「そりゃお前、言っただろ。死んでも蘇って迎えに行くってな!」


 再臨する今は亡きはずの声がアルテインの耳の中で木霊した。


 罪悪感があり、承認欲求があり、悲しみがあり、苦しみがあった。だが、壁ごと突貫し、響き渡る存在感にその瞬間だけ全てが吹き飛んだのだ。


 死者は蘇らない。それでも彼はそこに居た。


 わざわざ理不尽な理由で殺された恨みをぶつけに来たのか、とアルテインは身構えた。人を殺めた。それも大事な人を。だから自身も生きている内に同じかそれ以上のしっぺ返しを受けるものだと覚悟していた。


 それがまさか、一日も経たずしてやって来るなんて、考えても居なかった。


 理解に苦しむ彼の存在。死してなお完全回復してアルテインの目の前に現れた。諦めたはずの彼の存在が、好きでありながらも自らの手で関係を断ち切ったアルテインの前に顕現したゼクサーに、アルテインは戸惑いを隠せなかった。


 最初は報復とばかりに思っていたが、本人は報復の気がない。その上ドメヴァーの注意にも本気の軽口で返す様にアルテインの心にある疑問は膨れる一方だった。


 だが、


 ――「―――アルテインはオレの嫁なんだよ」


 疑問が根本から瓦解した気がした。否、積み重なった疑問が、その積み上げられた疑問よりはるかに巨大な「?」に押しつぶされたのだ。


 普通の人間の十倍近くの密度のある脳が処理落ち寸前にまで追い詰められた。こんなことは人類史でもめったに起こらない事だろう。


 顔を赤くすることはない。照れることもない。本気で、本当に、自分に殺されている人間が言う台詞だとは思えなかった。


 意味不明。と言うよりは人間性が理解できない、と言ったところか。少なくとも普通の人間が普通の暮らしをしている上ではたどり着けない真理だ。伝説の親の間に生まれた子は思考回路が伝説にでもなるのだろうか。


 イカレている。


 それはアルテインでさえも思った程だった。


 真意は不明。ただただ、ゼクサーが生きていたことによる嬉しさとどう対応すべきか分からない感情と、自身の行動を顧みた罪悪感とその罪悪感が罪悪感として成り立たない可能性を内包した矛盾した感情があったのだ。


 アルテインの人生は激動である。それは決して内面的な事情だけにはとどまらない。


 ゼクサーがどこからか盗難した手帳によって、明かされた数々の真実が真夜中のエルダーデイン家の地下で薄明の元に晒された。


 自身が計画の実験成功の為だけに作られた実験体だと。


 自身という成功例の前に夥しいほどの犠牲があると言う事を。


 そして自身の死によって手に入る生き血で新しい、本当の意味での生命が生まれると言う事。

 

 それが、今までの人生における存在理由。ドメヴァーの願いであると言う事を。


 自分に元々そういった情はかけられないことが決定されていた。それを知らずに今の今まで自身は実験で結果を出そうと努力し、大切な人まで殺めた。その後知らされた真実は更にアルテインを蝕んだ。


 それなのに、何故かドメヴァーと決別するという決断ができないでいた。


 決断をすればよかった。と、今になってアルテインは思う。理解できない状況であれど、自身の存在意義が最初からなかったのだと知っても、自身をただひたすらに大切に思ってくれる彼について行けばいいと、ドメヴァーの身勝手な計画なんて知ったことではないと、―――――その決断ができなかった。


 アルテインは作られた実験体でありながら、良いにも悪いにも『人間』であった。


 だからこそか、アルテインの陰に潜む潜在意識はドメヴァーの味方をした。否、してしまった。


 完全に切り捨てられない情が最悪な形で開花した。


 ゼロか百か。生まれる未来のある生命を見捨てるか、自身と邪魔する大切な存在を糧とするか。


 混然とした心持ちだったからか、意識さえも乗っ取られてしまい、二回も自身の手で彼を殺した。ナイフで斬り裂いたか、拳で腹を突き破ったかの違いである。


 何の罪もない、むしろ自身にとって大切な拠り所をもう一度壊し、あまつさえ自身すらも次の生命の為に死ぬ道を選んでしまった。


 自身を責めても責め足りない。


 自虐の極致、しかし倒れ伏した彼へ駆ける言葉は何処まで行っても最低だった。


 ――「叶えて」と。


 こんな自分で、死ぬべきは自分ひとりなはずなのに、この膨れ上がる気持ちは何なのだろうと、何を叶えると言うのだろうと。


 ――せめて次に死ぬときはゼクサー君の為に。


 そう思いながらも、自身の本意たる潜在意識は止まることなく、恐らくは何億という実験体の生き血を搾り取って来たであろう機械へと脚を踏み入れる。


 後ろからゼクサーの叫び声が弾ける。


 だが、アルテインは戻れない。戻ることを、自分が許さないのだ。


 そして粉砕機と思わせる機械の扉が閉まり、――――。


 

 A A A


 

 次の刹那、意識が覚醒したところはぬくもりのある場所だった。


 科学的な薬物と、人が居るような雰囲気と、鼻を突く血のような臭い。


 天国にしては血生臭くて無機質で、地獄と言うには今置かれているところにはぬくもりがある。そして何よりも自身にとって足りなかった感情が埋められていく感覚があった。


 優しく、それでいて大事に、力強く、安心感を覚える空間。


 掌の感触が生々しく温かく、布一枚越しに感じる。


 「よし、掴んだ」


 まるで夢のような、大事で大好きな人の声が全身を打った。そしてさらに強くなる抱擁。

 

 「な、ん、だと・・・!!」


 嬉しさとは違った驚きと歓喜とが合わさった、複雑で不思議な驚嘆が耳を突く。聞きなれた声だが、何故か今まであったはずの執着心が無くなっていた。


 顔を上げると、そこには自分のせいで血の海に溺れたはずの、大好きな人の顔があった。


 その人はニッと口を歪ませて、言った。



 「オレと、アルテインの願いだ。―――嫁にもらいに来たぜ、アルテイン。ここでしか言えないが、オレと結婚して付き合ってくれ!」


 


 

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