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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章79 『叶』

 話が続いている間、オレとアルテインはずっと黙ったままだった。


 最初にドメヴァーの妻についての話だったので「ふざけてんのか?」と思っていたが、その勢いでとんでもない地雷をばら撒いて行ったせいで何も言えなくなってしまった。


 「―――これが、私の意思であり、計画だ」


 長い、長い話が終わり、ドメヴァーが歩を止めて目の前の扉を開く。鉄格子の扉であったが、入ってみれば室内は換気が行き届いており、沢山の機器が並んでいるものの小奇麗で掃除もされていると見えた。


 なんとなく科学者の実験室は書類やら器具やら機械が転がっている印象があったが、どうにもあの手帳を入れていた金庫があった部屋とは大違いであることに驚きを隠せなかった。


 しかし、そこまで綺麗にする理由がなんであるか。その答えは目の前、――壁に立てかけてある人間一人入れる程の大きさを持ったガラス窓のある機器だった。


 オレはふとそのガラスの中を見る。


 そして見て、納得した。


 オレの『平面の集中力(レーダー)』が細部まで捉えていたにも関わらず、あまり意識していなかったせいでその事実の衝撃はオレの視界から脳に直撃した。


 

 人が一人、ガラスの中に入っていたのだ。


 

 「ノウスフォート、・・・クソ義父(ジジィ)の奥さんか・・・」


 アルテインの髪はここから遺伝したのかと言わんばかりに、奥さんの髪色は浮かび、飛んで行ってしまうようなふわふわした白銀の髪の毛だった。思えばアルテインのこの女性顔負けの女性らしさも奥さん譲りなのかもしれない。


 「どういえば良いのかは分からねぇけど、やっぱりアルテインの母親だな。アルテインそっくりだけど、アルテインとはまた違った美しさがある、と思う・・・」


 「ノウスフォートはとても素晴らしい妻だ。一時、私が結婚するという時に、イズモが「”研究室浸りの芋女”は私には不似合いだから養豚場に帰れ」と、私の友人面をしながら言ったことがあったが、やはりイズモには似ていないな、少年。妻の美しさがよく分かるようだ」


 「は、はぁ・・・・・」


 嬉しいようで、あまり嬉しくないことを言われ、オレの心情は複雑だ。一人の子供すらも大切に出来ない、しようとしない親に、その親の妻への理解力を褒められたのだ。そりゃぁ嬉しくはないだろう。


 それとして横に居るアルテインはオレもドメヴァーも見ずにずっと俯いたままだった。髪に隠れて瞳は見えないが、心情を察しても余りある。


 「(自分が普通に生まれてきたと思いきやそうじゃねぇって事実があるもんな。それに、最初から家族目線で見られないことが決定されてたんだ。永遠に手に入らないから欲して、努力したのにこの様だしな。かける言葉が分からねぇ・・・)」


 かといってぎゅっと抱きしめることもアルテインは望まないだろう。アルテインはオレからの言葉も行動も欲してはいないのだ。欲しているのはエルダーデイン家で生きる為の末席なのだ。一番欲しい言葉は誰が言うかで全ての意味が決定される。こればかりはオレがなんかやって良いものではないのだ。


 そんな二人して完全に沈黙している時だった。


 目の前のドメヴァーが口を開いた。


 「やはり少年、諦めてくれないか」


 「あ゛?」


 何を諦めてくれなのか、オレはもうある程度勘付いている。


 ドメヴァーはオレの横に居る”アルテインという名の実験体”の命を諦めてくれと言っているのだ。手帳の中には更に詳しくどういう子供を作るのかを書いていたが、この手帳の順序に即して読めば、”実験体が属性大会で優勝を収めた時が最後の実験だ”とある。ここでアルテインは殺され、その生き血を本来の子供の為に使うのだろう。


 「君に黙って血を抜いたのは悪いとは思っている。だが、その血も今は本来の受精卵に馴染むように調節して遺伝子情報を組み替えている。返すことは無理だが、その血が一人の命を芽吹かせると考えれば素晴らしい事ではないかね?」


 一瞬、思考が停止した。まるでドメヴァーに時を止める能力があるのではと錯覚させるほどに、だ。


 オレが呆気に取られているのを良い事に、ドメヴァーは更に減らず口を叩く。


 「しかし、わざわざ実験体と言えど人の地下室をぶち壊して友人を取り返そうとする君の実験体を大切にすると言う思いはよく伝わった。こちらとしても友人にするなら実験体の贋作ではなく、妻との間の本当の子の友人になってほしい。その実験体は失敗作だが、それでも重要な遺伝子情報を持っている実験材料だ。そんな出来損ないを君のような強く逞しい少年の友人にするにはもったいないというものだ」


 横目でアルテインを見るが、アルテインはドメヴァーの一言一言に肩を揺らし、こちらをそっと見てやはり俯いた。


 そんなアルテインの身の狭さに、オレは斧の柄を粉砕するがごとく握りしめた。そして「どうだろうか?」と尋ねてくるドメヴァーをガンと睨みつけてオレの意志に言葉を乗せる。


 「・・・論外だ」


 「なぜだ?」


 「状況は違えど、オレのクソ親父と言ってることがおんなじだからだよ」


 「いや、少年。君は勘違いをしている。それは君の友人ではなく、私の子の為の実験材料だ。確かに客観的に見れば人に対して実験体やら失敗作と言っているが、君は私の『ホムンクルス計画』を聞いて居る。それならば、君の横に居る実験体に失敗作と言っても何も問題はない」


 「だ・か・ら! アルテインはお前の実験材料なんかじゃねぇんだよ!! オレの嫁で、妻で、親友だッ!! 作られた存在? 失敗作? 実験材料? だから何だよ。それでアルテインの価値が問われるとかどういう頭の終わり方をしてやがんだあ゛ぁ!?」


 今度こそオレはアルテインの前に立ち、両手に斧を携えてドメヴァーと相対する。


 「ゼクサー君・・・?」


 真後ろでオレを呼ぶ声が聞こえた。アルテインがオレを見ている。見て、疑問視しているのだ。


 なぜ、自分を助けようとしているのかと。だが、その疑問は間違いだ。


 なぜなら――――。


 「オレはアルテインを助けようだなんてこれっぽっちも思ってねぇよ。「助ける」なんて薄っぺらい言葉、オレは嫌いだね。アルテインの心を助けるのは、オレじゃなくてアルテインが決めることだ。オレはアルテインが自分で心を助けられるように手助けする事。その一部がアルテインがオレの嫁になって幸せになってもらう事だからな」


 「――――――ッッッ!!!!」


 アルテインがハッと目を見開いた。口も若干開いているのが分かった。


 「つー訳だから、クソ義父(ジジィ)。残念だが、これはオレとアルテイン、――夫婦の問題なんでね。悪ぃけど手を引いて貰えねぇかな? いつまでも息子に執着する親は褒められねぇぜ?」


 歯を剥いて、オレはドメヴァーに言う。


 その言葉を受け取り、ドメヴァーは腕を組んで少し瞑想。そしてスッと目を細めて、


 「・・・・そうか。交渉は決裂だな」


 ―――ドメヴァーを中心に鬼気が爆発的に溢れ出した。 


 オレは目の前のドメヴァーの殺気に対して『線の集中力』を行使する。クソ親父との知り合いの時点で少なくとも二十年以上は”外”で冒険者をやっていた人だ。こちらにいくら”悪意の翼”があろうとも、踏んで来た場数が違う。少しの油断が命取りになりかねないのだ。


 オレはそんな闘志を溢れさせるドメヴァーの一挙手一投足を見逃さないと、ドメヴァーにだけ意識を集中させる。


 「(何かの攻撃の前兆を起こしても、真っ先に潰してそのまま気絶させて・・・)」


 部屋がミシミシと揺れるような、一触即発の現状にドメヴァーが口を開いた。


 「・・・・おい、お前はどうするんだ? このままだとお前の役割を奪われることになるぞ」


 「何を言ってやがる? アルテイン、クソ義父(ジジィ)の言葉なんか聞くな!!」


 「私は最初から、実験体には言ってないぞ?」


 「は、


 オレがアルテインに注意を促すと、それを即座にドメヴァーによって切り捨てられる。言っている対象が違う、と。どういうことかとオレが息を吸う。吸って―――。


 そして直後――――!!


 ボッッ!!!!、と轟音が響き渡り、同時にオレの身体が一瞬激しく揺れたかと思えば、吸った息が途絶えた。


 「――――ッ!!?」


 ぽっかりと空いた違和感がオレを襲い、オレは目線を下げる。


 

 オレの腹部に丸々と大穴が開いていたのだ。血が濁流のように人の身体から外へと溢れ出しており、まるで何かの生地をくり抜いたかのように、オレの腹部が空気の通り道と化していた。


 

 「――――ぁぇ?」


 声にならない声がオレの口の中を反芻し、その場に前目乗りに倒れた。


 床にはオレの鮮血が広がっており、オレはその上に倒れ込んだ。びしゃっという音がした。激痛の中、なんとかして首だけでも後ろを見ると、右腕を赤黒く染めたアルテインが立っていた。


 「――――に、が・・・」


 攻撃元は後ろに居るアルテインだ。だが、オレは裏切られたと言う気分や、後ろの攻撃に勘付けなかった自分自身への恨みよりも先に、離れがたい問題が脳全体を支配した。


 今の攻撃が、アルテインの攻撃でありながらアルテインの攻撃ではないようなことだ。


 「だ、れ、・・・・だ。お前・・・」

 

 吐瀉物と共に血液が喉奥から溢れ出しながら、オレは”アルテインらしき存在”を睨む。


 そのアルテインの皮を被った存在は伏したオレを通り過ぎ、ドメヴァーの前に立った。


 「ふむ。私としてはせいぜい気絶させてくれればよかったのだがな。殺してしまったのなら仕方がない。可哀そうだが、他の実験体同様に廃棄処分にするか・・・。後、お前にはまだやってもらうことがある」


 「・・・・・」


 「まだ息があるようだ。せめてもの情けだ。口だけなら実験体と代わってやっても良い。最後の別れの挨拶くらいは実験体の権利だろう。その間に、私は最後の実験の準備をする。その間に終わらせておくように」


 「・・・・・・はい」


 オレの見えないところでアルテインらしき存在とドメヴァーが言葉を交わす。


 数秒後、ドメヴァーと思われる重い足音が遠のき、代わりにオレを覗き込むようにアルテインらしき存在がしゃがみ、オレを見つめる。


 その眼を見て、オレは遠のく意識が覚醒した。


 「ごぽっ、あ、アルテイン・・・じゃ、ねぇな。誰だ、お、前・・・」


 血の塊を吐き出しながら、オレはアルテイン、――その白い眼をする存在に話かけた。


 しかし、返って来たのはアルテインの口答だった。


 「ごめん」


 一言だった。


 「ごめん、ゼクサー君。本当に、自分の事なのに、自分が決めれなくて。ボクも本心は当主様はボクを一生家族として迎え入れてくれないって思ってた。でも心のどこかではきっとボクは報われるんだって思ってて、現実にならない夢を追いかけ回してた。そのせいで決心がつかなくって、ゼクサー君を巻き込んで、こんなことになっちゃって、ごめん。本当に泣きたいのはゼクサー君なのは分かってるんだ。本当に苦しかったのはゼクサー君なんだ。本当に、本当に、本当なのはっ、ゼクサー君なんだ」


 「アルテイン・・・・」


 「ごめん、自分の身体なのに、自分が操れなくて、ゼクサー君をまた殺して・・・ごめん。だけど、今更になって本当にボクなんかが、甚だしいけど、・・・」


 「・・・」


 アルテインが口をきゅっと結ぶ。白い眼は動かない。動かないものの、不思議と瞳が潤いで満たされているような気がして―――。


 「――――叶えて」


 「―――――ッッ!!!」


 ぽそっと言われた言葉、そして目を見る。


 ”誰の”とは聞けなかった。瞳が全部を物語っていたからだ。


 頷きかねるオレの意志はなんとか言葉を繋ごうとして、


 「さぁ、最後の実験だ」


 しかし、終わりが来てしまった。


 首をなんとか前に向け視線を合わせる。


 ドメヴァーが持ってきたのは金属で出来た人よりも大きい機械だった。直方体のような機器についている電線らしきものを部屋に元々あった大型の機械に接続する。


 まるで一つの部屋のような、そんな機器の扉らしき部分を開けてドメヴァーは言った。


 「お前、そのままこの部屋の中に入れ。入らなければ、私は実験体を家族とは認めない」


 「・・・・・」


 オレの傍でしゃがんでいた”アルテインらしき存在”は頷くと、オレを振り向きをせずにその一つの部屋のような、機器の中へと入る。


 それはオレにとって最悪を想定する一つの恐怖で―――、


 「や゛め゛ろ゛ぉぉぉぉおおおおおおおおッッッ!!!!!!」


 頭の中が沸騰し、あらゆる痛みを麻痺させるほどのアドレナリンを放出する。


 オレは吠えていた。


 だが血液の足りなさすぎか、立ち上がることができない。背中をのけぞらせて、血で詰まった喉から精一杯の声を絞り出す。


 だが、一向にドメヴァーは止まる様子を見せず、ウキウキとした様子でアルテインが入った部屋の扉を閉める。


 「最終実験だ。ここで実験体は機器の中で粉砕され、血を全て搾り取られる。そしてこの管を通り、この大型融合機器『ゆりかご』に入っている調整済みの少年の血液と合わさり、妻と同じ状態で保存されている本物の受精卵と共に『へその緒』を通じて妻の子宮に返還される。これが完遂された時、『ホムンクルス計画』は完全な成功を遂げるのだッ!! そして生まれてくる子供は、私も諦めていた全属性を備えた子供だ! 健康で、頑健で、頭脳明晰、そして強く、可愛く、格好良い、妻の理想の全てがつぎ込まれた子供だッ!!!」


 感情が抑えきれなくなったのか爆発的な笑みを浮かべて歓喜するドメヴァー。それでもオレは叫び続けていた。


 「――――――――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!!」


 火事場の馬鹿力を越えた、更に多くのアドレナリンを放出させて、それでもまだ足りない。


 ふと脳裏をよぎったのは”悪意の翼”だ。


 だが、大会の時はそれこそ闘技場が広かったのもあって”悪意”を無理なく放出することができた。つまり今この場所で力を解放してしまえば、力の制限が追い付かずアルテインはもちろんの事、ガラスの中に居るドメヴァーの奥さんですらも巻き込んでしまうと危険信号が呼びかけられる。


 「(それでも! ここでぶっつけ本番で”悪意の翼”の真髄を出さないと!! オレは大事な人を失ってしまうッ!!!)」


 何故”悪意の翼”を選んだのかは正直分からなかった。”悪意”が授ける純粋な身体能力の倍増では意味がないのに、だ。


 何かの可能性を感じたから、”悪意の翼”を頼りにするしかないのに、オレ自身が出力を調整できないと言う残念さだ。


 それでも、諦めることなどできなかった。


 出来なかったからこそ――――ッ!!


 

 「手伝うぜ、ルナ! 俺が出力を調整する。だからルナはその”悪意”の力の全てでこんなクソ喰らえな現実を思い通りに歪めてやれ!!」


 

 この気狂いな運命はオレを見逃してはくれなかったようだ。



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