第一章77 『画竜点睛』
迫り来る波動の塊、それが砲弾を想起させる威力でオレの眼前へと突き刺さる。
あいさつ代わりの一撃。もしくは一種の抵抗、拒絶の意思の表れか。目の曇りからドメヴァーが何を考えているのかは分からないが、好意的には捉えられていないと見える。
それ故に、こちらも返礼は同じく一撃。波動砲を斧で斬り上げて爆散、消失させた。
「相変わらず原因不明の小技だ。何を切っているのか、それが武器だけの力なのか、それとも電気属性故の恩恵か、組み合わせによるものなのか、とても気になるところだ」
太い掌を顎に当てて、ドメヴァーは深く唸る。
どうにも『指向性の切断』の理屈が分からないようで、その正体を推論で詰めていこうとしているようだ。そんなに珍しいかね、この技。
「――しかし、それは後でもいい。今は、とてもそんな事に時間を割いている暇はないのだ」
「あ゛?」
「すまないが、帰ってくれないか? 今は家族間の問題なのだ。他家族の人間が入り込める隙など無い」
フイッと首を振るドメヴァーに、オレが怪訝な顔をする。だが、”今”という単語から連想させていくものに心当たりがあった。途端、世界の情景が真っ赤に染まるように、オレの全身から熱が集められ、それが怒りへと変わっていく感覚を覚える。
「オレはその”家族間の問題”に巻き込まれた側の人間なんでなぁ。それにオレに家族は居ねぇよ。お前、オレがアイツから直々に絶縁宣言されたのは知ってるだろぉ?」
「それはそこの実験体が勝手にやったことだ。私には関係の無い謂れだ。その怒りは後日、私が直々に伝えておこう。家族という言い方に嫌気がさしたのなら謝るが、個人が関わっていい話ではないのだよ」
頑固として譲らない態度、それがこの男、ドメヴァーの印象だった。
努力と言う面では高く評価できるが、こういう時に限って役に立たない。というか、相手もオレが退かないことは分かっているはずで、それでもなおオレを遠ざけようとするのが不思議でならない。
「オレの血ぃ使うんだろ? なら、使用先くらい教えてくれてもいいんじゃねぇか?」
「・・・・・・血液を取った、その証拠がないのでな」
「アルテインに聞いたが?」
「本人が嘘をついている。だから深入りはするな」
ドメヴァーが無表情にそう呟き、「そうだろう?」と言わんばかりの視線をアルテインに向ける。アルテインはサァッと血の気が引いた顔つきで、それでもドメヴァーの無言の圧には弱いようで、コクリと頷いた。
―――否、頷かされたのだ。
親が子を嘘つきと言い、嘘つきだと言い聞かせる。その異様とも言える光景にオレはやはり”あれ”の内容が本当であると言うことを暗に確信しつつも、自分の好きな人が実の親からの嘘つき呼ばわりになんにも言い返さない現状に、気づけば怒鳴り声を上げていた。
「ふざけんじゃねぇぞこのクソ親風情がぁッッ!!!」
「ゼクサー君!?」
「クソ親・・・」
滾る憎悪が声を媒介に、周囲に怒号を響き渡らせる。
オレの怒りようにアルテインが驚き、ドメヴァーが少しショックを受けた様な顔をした。
オレは構わずに溢れ出る”悪意”を言葉にしてドメヴァーに叩きつける。
「自分の子なんだぞ。分かってんのかお前! どういう教育されたらオレのクソ親父みてぇな脳みそに成り下がるんだあ゛ぁ? 自分のやったことを認めないで、それを自覚しない子供に原因があるとかふざけんなよ!! そんなに自分が、自分の”家族”が大事かッ!!?」
「
「なんでアルテインを見てやらねぇんだッ!! どうしてちゃんと家族として見れねぇんだ! どいつもこいつも! 子供をなんだと思ってる! 「産まれてなんて頼んでない」とか聞かねぇぞ! 何かしてほしいから産んだんじゃねぇだろッ!! お前ら親が、家族として迎え入れたいから産んだんだろぉがッ!! それがなんだお前、「家族間の事だから深入りするな」だと? 少し前の自分の言動を振り返って今の発言が正しいかどうか考えてみろ。”特大ブーメラン”ってやつだぞ!!」
圧倒されるアルテインとドメヴァー、残念ながら驚愕の表情は養子と親という関係よりも似ていなかった。
振り返り、後ろに居るアルテインを見る。アルテインは銀髪を乱してオレとドメヴァーを交互に見ていた。どちらの言う事を聞くべきか、その瞳はそこで迷っていたように思えた。
好きな相手と、自分にとっての存在意義と同等の者、どちらの側に着くべきか、そうではないかとの葛藤が見受けられるがしかし、オレはアルテインの目の前、真横に斧を振り抜いた。
それはアルテインを向こうに行かせないためのサインであり、同時にドメヴァーとの分断も同時に意味する行動だった。
「それに、例えお前が他人だからっつっても、オレはもう断れない理由があるんだよ。それに、この理屈だとオレにとって家族間の問題なのに首を突っ込まない方がおかしいと言われるんでね」
オレの言葉に疑問を向ける視線が、ドメヴァーから送られて来た。目は曇ってて分からないものの、確かにオレの台詞に違和感を持ったのだろうと、そういう空気が流れたように感じた。
アルテインはオレが何を言いたいのかまだよく分かっていないようで、首を捻っている。
「義父さん、・・・いや、この腐れクソ義父がぁ・・・ッ!!」
「「――――ッッ!!??」」
一瞬どう説明したものかと考え、大々的にここでアルテインにもう一度求婚するかと考えた。だがしかし、”あれ”の中身を見た後で更にこんな修羅場の中求婚なんて多分イド辺りが聞いたら「ロマンがねーんだよ!」とか怒られると予見した。では他に何があるのかと考えた結果、間接的に両者に分かる言葉として選んだのが「義父さん」だった。
「(でも言った直後に、こいつに”さん”付けすると腹立ったから言い直したが・・・)」
そっと目をやると、ドメヴァーは「?」とよく分かっていない表情であるものの。ジジィ呼ばわりには少し眉を顰めていた。
「(後ろに居るアルテインは、・・・分かってねぇな)」
オレの後ろでオロオロするアルテインはどうにもこうにも「とうさん・・・?」と、オレとドメヴァーを見ながら変な妄想に走りかけている。
オレはそんなアルテインに呆れつつも、「可愛いなオイ」と思いながらアルテインに近づき、その肩を引き寄せる。混乱していたアルテインだが、オレに密着すると余計に眼を回らせて両手がわちゃわちゃと暴れ始める。
ふわっと男子の心をくすぐる良い香りがオレの鼻を鳴らす。
「分かる様に言ってやるよ、クソ義父。―――アルテインはオレの嫁なんだよ」
「は?」
「はえ?」
「だから家族間ってなるとオレも範囲内なんでな。後アルテイン、「はえ?」じゃねぇだろ「はえ?」じゃ・・・」
あの時に見せた悲し気な表情で言われた言葉、そして何よりその瞳には嘘偽りない彼自身の言葉だったのだ。だから今アルテインに「はえ?」と分かっていない表情をされたオレのハートは少し砕けそうになった。
ドメヴァーはドメヴァーで、一瞬動揺したかと思いきや、”やはり他人事”なのかふっと無表情に戻った。
その様子に、オレも流石に”あれ”がほんの夢物語で書いた小説などではなく、本当の、自分自身を書いたものだと分かった。
同時に、やはり、耐えきれない怒りがこみ上げた。
―――ドメヴァーのその眼に、確かな執念があったのだ。
「あぁ、あぁ、やっぱり、お前、”自分の子供”しか見てねぇんだな」
「!?」
「普通、他人が自分の子供嫁にするとか言い出したら、ぶっ殺す勢いで止めに入るだろ? 今まで居た隣人を失いたくねぇんだ。分かるよ。だが、お前の目はアルテインを子供としてじゃなく、”子供”の為の実験道具としか思ってねぇじゃねぇか」
「少年、君はいったい何を――」
「最初から見る気なんてねぇんだろ? でも相手が”それ”を欲してたから、良い餌だと思ったんだろ? 所詮は、本物を作るための贋作なんだからよ」
強張る表情に額を流れる一筋の汗、しかし本人はその焦りを隠すように威厳ある顔でオレを睨む。肩を摑まれたアルテインがビクッと大きく震えた。やはり相当のトラウマがあるようで、アルテインはドメヴァーを前にオレの真横でさえもドメヴァーの顔を見ることができない。
ここまで言っても引かないドメヴァーに、そして横で震えるアルテインを交互に見つつ、話が進まないと判断したオレは、率直に事の本質を目の前のドメヴァーにぶつけた。
「『ホムンクルス計画』。それが、アルテインの作られた理由なんだろ? だから、手放したくねぇんだ」
オレは懐を漁り、一冊の”あれ”を取り出す。
手帳だ。日記帳とも、言う。
革を履いた日記帳は長年金庫の中にあったのだが全体的にインクによって湿っており、厚く見える。
オレがその天下の宝刀を抜いた瞬間、明らかに今までとは異なってドメヴァーの顔に焦りが生じた。逆にアルテインはやはりこの手帳の存在を知らないためか、こてりと首をかしげている。
オレの読んだ手帳、その中身はドメヴァーの簡単な生涯と、今まで行ってきた『ホムンクルス計画』の一部だった。まだアルテインが作られていない、簡単な作業等が書かれているのだ。
「説明くらいくれるよな。オレの血を”誰”に使うのか。アルテインの本来の役目がなんなのか、とかなぁ?」
「
「おっと、あまり強引な手を使うもんならオレも容赦はしねぇぞ? 嫁が死ぬ直前だったんだ。”大会の時”とはくらべものにならねぇ”悪意”をぶちまける事だって可能だぞ?」
オレの注意にそっと掌を前に突き出そうとしていたドメヴァーが腕を下ろす。そして、どこか疲れた様な溜息を吐く。
「・・・分かった。ここで少年の電気属性が出されたら、”コールドスリープ”している母体に傷が入るかもしれない。それを人質に捕られると、流石に私も反撃は出来ないな」
「あぁ?」
「ついてこい。行く間に計画の全容を説明しよう。実験体も、だ」
「は、はい・・・っ!」
真横に居たアルテインが、恐ろし気な表情でひらりと歩いていくドメヴァーに付いて行く。オレもまた手帳を懐にしまってアルテインの横まで追いつき、共にドメヴァーについて行った。
ついて行った先で――――。