第一章7 『手と手』
「ジォス=アルゼファイド・・・?」
「あー、そーだ。ジォスとでも、イドとでも好きなよーに呼んでくれよ」
両手を広げてウェルカムしてくる変態男――イド、としておこう。
不思議と、”変態”という言葉は思いつくがどうしてもコイツから所謂、”怪しい”気配は一片も感じられなかった。
そのイドはオレが立ち入り禁止区域に居ると言うことが不思議でもなんでもないように、平然と自然と振舞う。”自由”を形どったような、そんな奴だという印象だった。
「・・・・、そうだ。――オレは、ゼクサー=ルナティックだ。ゼクサーとでも何とでも呼んでくれ」
会話の続きが難しいと判断したオレは、イドと同じように名乗ることにした。
とりあえず一礼も済ませ、イドを見るとキラキラと興味深そうな目でオレを見ていた。
「ほー! イーねーッ!! ちゃんと名乗れる男子、嫌いじゃねー。ゼクサー、ゼクサーか。・・・ゼクスカリバー、いやここは普通にゼクスセントルナティッカー、・・・・ゼッサー。怪獣みたいな名前だな。んー、・・・・・――――そうだ! ルナにしよー!!」
「ゼクサーの一文字も使われてねぇ・・・」
パンっと手を叩いて、「良い事思いついた!」みたいな顔でオレのあだ名を決めるイドにオレは軽く諦め混じりの溜息を吐く。
「(まぁ、好きに呼んでって言ったのオレだし・・・・)」
こうしてイドの中でオレは”ルナ”ということになったようだ。
女の子みたいな名前だなぁ・・・。ま、いいか・・・。
自分自身につけられたあだ名を受け入れていると、イドが今更ながらも首をかしげながら聞いてきた。
「そーいや、ルナはどーしてまたこんな立ち入り禁止区域に? 此処私有地だぞ?」
「お前の言う事じゃねぇぞそれ・・・・・。オレは属性の鍛錬だ・・・!」
オレは自然と、自分の決めていたことを口に出していた。あんなに”電気属性”に関する発言は出来るだけ控えようとしていたのに、だ。
自分の言った事を直後に思い出し、少しばかりオレ自身の変化に驚く。
そして、もう一つ今更ながらに思い出して――――、
「――――ぁ」
「お、それは言う必要なくねーか?」
口を開いた直後、イドが開いた口に言葉を投げ込んできた。
その不意打ちのような言葉を一端咀嚼し、呑み込んでからオレは聞く。
「・・・・なんで・・・・?」
どういう意味だったろうか・・・と、我ながら思う。多分、オレが思っている以上の疑問が凝縮された一言だと、そう解釈することにした。
「んー、それはな。じきに分かるからじゃねーかな? 多分、言う相手は俺じゃねーぞ。俺みたいな健全な男子に”それ”を言うのはちょっと違うなー」
「・・・・・・」
とりあえず、イドとしてはそれを口に出すのは禁忌だと言う事らしい。
オレはイドの警告に従い、とりあえずその場は口を慎んだ。
そんなオレを舐め回すような視線で見ていたイドが、何に気づいたのだろうか。急に笑い出したのだ。
「んー、うんうん。なるほどなー、こりゃ結構面倒臭ー奴じゃねーか! ははッ!こりゃたまげたぜ!」
「あ?」
不審者を見る目でイドを見ていると、イドはその視線に気づいたのか咳を鳴らしていつもの表情、――いや、ちょっと頬を緩ませたような表情を作る。
その尊敬とも生暖かいとも取れる、そんな視線を向けられたのが少し気持ち悪く感じ、オレは顔を逸らした。
「な、なんだよ・・・・」
「いやー、すげーなって、そー思っただけだ」
「は?」
割とかけられた言葉、イドの口から飛び出した言葉はそれこそ芯から尊敬の意志が感じられた。
見た目とは大違いな高貴な、そして力強い声だった。
だが、意図が分からない。何故?何故オレにそんな声を向けてくれるのか、全く見当が付かなかった。
でも次の一言で思い知ることとなる。
「そーやって、自分の不条理を自分の努力でどうにかひっくり返そーとする、人が見てても見てなくても努力も弱音も吐き出す。そんな姿勢に格好いいって思うのは普通のことだろーが」
「―――――」
「無理やり平気なフリをする人ってのも、案外ありかもしれねー。でもやっぱり俺的には泥臭い奴見てると共感性が芽生えちまうんだよ。俺がよく行く世界でも、そーいう感じの”悪役”でありながらも運命に牙を剥いた奴が居るんだ」
「・・・・」
「そいつに似てるってのも、あるんだろーな」
出会ってまだ数十分。それなのにどうしてこのイドはオレの内側まで見ることが出来るのか、それがとても謎だった。
衝撃、感動、動揺、二文字程度じゃ当てはまらない。そんな不可思議な気持ちを掘り起こしてくるのだ。過剰評価だとは思うが、確かにやり遂げなければいけないことなのはそうだ。
でも、こうして今のオレを凄いと言ってくれる人は貴重だ。こういう人の気持ちは裏切りたくないと、オレの気持ちに拍車がかかる。オレはその気持ちに熱を入れてくれたイドに感謝を述べる。
「ありがとう、イド。―――オレh」
「それは言わなくていーぞ。オレの次の奴に言ってやれ」
「オレが言いたいんだ、聴け。――オレ、必ず見返してやるから・・・!!」
「―――、」
何故か次の言葉だけ頑なに受け入れようとしないイドに、オレは勝手に言う。意味のない宣言かもしれないが、今のオレが述べられる感謝の表現だ。それほどまでの言葉を貰ったのだ。受けっぱなしだなんて、格好悪い。
その思いが届いたかも分からないが、イドは若干瞳孔を開いてこちらを見やる。
そして、刹那の時間が経ち―――、
「ぶっはッ!!!」
「!?」
盛大に頬の筋肉を歪めて笑ったのだ。
あまりの唐突な笑い声に度肝が抜かれかけた。
「(なんだ?オレ、変な事言ったのか・・・?)」
今さっきの台詞を思い返すが特に不審な、人のツボを刺激するようなところは無い。
じゃぁ、何で――――、
「はははははははッッ!!! ヤベェヤベェ!! コイツは異端だ。超絶異端! 一瞬ながらも俺の意識を掻い潜った発言を噛ましやがって!か―――ッ!! 惚れちゃうじゃねーかよ!!」
バンバンと大木の幹を叩き、顔を隠して笑い声をあげるイドにオレは口が開いたままになってしまった。
「フォ――――ッ!! 『オレが言いたいんだ、聴け。』ってなー!! は―――ッ!! ヤベー、超ヤベー! ”あっち”じゃ存在感で俺を惚れさせ、”こっち”では口説き文句で惚れさせてくる! もー何でこー異世界の住民ってのは俺の気持ちをこんなに高ぶらせてくれるんだよもー!!」
目じりに涙を浮かべて、盛大に笑い飛ばす男――イドをオレは多分かなり複雑な表情で見ていた。
この男が分からない。
オレの中でイドに対する評価を答えろと言われたら、出す答えは間違いなくこれだろう。
読んできたと思ったら、今度は返り討ちにされて、それでも笑い飛ばして惚れる辺り、オレには理解のできない”何か”があるのだろう。
たった一人で自己完結して、勝手に余剰エネルギーまで生み出してくるようなそんな感じだ。
そしてそのままイドは数分に渡り、笑い続けたのだった。
A A A
ひとしきり笑った後のイドはとても満足そうだった。
この数十分で濃い人生を送った気がするのはオレだけだろうか・・・。
そもそもオレが此処に来た理由は、誰にも見つからずに属性の鍛錬をするのであって決して変態男と関わるためではない。コイツが勝手に現れただけなのだ。
だからそろそろ、オレも動く時だろう。
オレはヒーヒーと息を切らせるイドに別れを告げようと口を開く。
話し合いの談笑はまた今度だ。今はやらないといけないことがあるのだ。
「すまないイド、オレはそろそろ・・・」
「あー、アレか。特訓か!」
「分かってるぜ相棒☆」みたいなノリで話についてこようとするイド。
そして更にとんでもない発言を噛ました。
「なるほどなるほど、見たところ”電気属性”か。能力量は、人並みってところだなー。指向性はまぁまぁ。――――ん? これは、・・・・ほーん、そうか。あー、良ーじゃん! 素材的には中の上。だけど伸ばせるところ伸ばしたら、――バケモノになりかねねーな。これ」
「――――!!!」
「なんだそんな驚いた顔して。・・・・そーだ! 俺ルナに惚れちまったし、特訓手伝ってやるよ!伸ばせる武器全部伸ばすことくらいなら、俺の指導に沿ってけば出来るよーになるだろーよ!!」
「ちょ、ちょっと待て待って! イド、今何を―――」
「んー、なるほど。こりゃ良ーな。しなやかな筋肉。バネのような機動性に富んだ足、骨の密度なんて其処らの一般男性の硬度の1.2倍はある。腕は、――なるほど。これはこれで”ダガーに一工夫付け加えた武器”が似合うな。パンチ自体は速いが威力はそんなに、だな。素早く振ることに特化した筋肉の付けられ方だ。――――最高じゃねーか、これ?」
「おい聞けって、一体何で!どうしてオレの属性を知っているんだ!?」
筋肉だの骨だのと言う話が出てきたが、オレにとってはそこはどうでもいい話題だ。
オレが一番気になったのは最初の発言の「”電気属性”」の部分。そこだけ。
言った覚えなんてない。
なのに、知っているのだ。イドが。
オレはイドに詰め寄り、どういう事なのかを尋ねる。だがその答えは飄々としたもので――、
「見りゃ分かるだろ」
「―――え?」
「”ルナ”っていう存在を中心に電気的な力場がある。今はまだ微弱。でも見れるっちゃー見れる。これが理由。アーユーオッケー?」
「あーゆー、・・・・お、おっけー・・・?」
何かよく分からない論理だ。でも不思議なことに、マテリアのクソお嬢様より断然説得力を感じる。
アーユーオッケーが何を意味するのかは分からないが、とりあえずなんか納得できたので頷いておくことにした。
その反応をどう捉えたのかは分からないが、イドはオレに向かって親指を立てる。
「納得は、まだ難しーかもだが、ルナ。俺の指導を元にお前の電気属性を超強化してみねーか?」
「それは無理」
一瞬釣られそうになってしまったが、よくよく考えてみればイドは今日で初対面。何かしらの戦闘系に秀でた人には見えないし、ジォス=アルゼファイドと言う名前自体聞いたことがないのだ。確かに、イドはオレにとっては”怪しい”とは到底考えられない、そういう生物と言う風に認識しているのもあって調和の取れる存在だと思っている。
だが、”指導”と言うことに至ってはイドの言葉はどうにもオレには、親父がよく語ってくる「街中で声を掛けてくるおねいさん」だと、そう感じてしまう程にはノリが軽かった。
あまり真剣味を感じない、そんな感じだ。
だからか、オレはイドの指導は、―――そういう人の指導は受けたくないと思ってしまう。
でもイドは、そんなオレの心も見透かしたように言うのだ。
「汚名、返上してやろーぜ?」
「―――ッッ!!?」
隠し切れない動揺が顔全体を覆って、イドを見る。
痒いところに手が届く。―――だけでは終わらない。
「最弱と呼ばれた属性で、不遇な人生を生きるお前で、そしてこの俺で、」
「」
紡ぎ出す声はそれこそ打って変わって本気の声。全ての声が本当の事で、絶対的な確信が眠っていて、そして何より信頼のできる。―――そんな声で。
今度こそ、イドはオレの心を鷲摑む言葉を紡いだ。
「―――革命を起こそーぜ。元ある価値に、新しい世界観を付ける。・・・その原点にならねーか?」