第一章幕間《狂科学者とクソ野郎》
ただひたすらに、その現状を言葉にするなら「圧倒的」の一言に尽きるだろう。
「しょ、しょう、勝者、ゼクサー=ルナティック! 決勝進出です!!」
祭司の声が響き渡るが、会場の観客、警備団体は無言だった。何か、言葉にしてはいけない何か。そういった禁忌の一端が垣間見える現状で、何かを言えるはずもない。
ただ一人、闘技場の中でケタケタと薄気味悪い笑い声を発する存在を除いては。
「(ゼクサー=ルナティック、だったな・・・。電気属性とは聞いていたが、まさかここまでだとは)」
まるで悪党だと言わんばかりの非常に不愉快な嗤いをするその男、ゼクサー=ルナティックの存在は自身にとって不気味な存在として印象付けられていた。
圧倒的なまでの身体能力及び反射神経、そしてそれに準ずるほどの頭の回転性能はさておき、相手の攻撃先が見えているかのような攻撃の回避に頭の中を覗いているかのような、まるで分かっている風な感じの相手の弄び方。こればかりは人間の性質上、あり得ない。それに、この能力らを電気属性の力と言うには中々に無理がある。
そしてダメ押しの黒い霧である。
地面から溢れ出たそれはまさに電気属性ではない、別の何かだったのだ。ゼクサーの周辺をうろつきまわりながら時々噴射するその霧は何だったのか、結局分からないままだった。
「(今さっきの感覚はいったい何だったんだ・・・?)」
違和感があったのは戦闘の中盤、ゼクサーがウガインの千剣天威を当てた直後だった。どういう原理か、ゼクサーがウガインの攻撃を無効化した瞬間に、突如として私が、否、恐らくは観客全員がゼクサーに対する不安感と憎悪を発現させたのだ。
「(私はイズモはクソイキリ野郎だとは思っているが、ゼクサーに対しての負の感情はなかった。なのにどうして急に彼への憎悪や不安感が芽吹き、それ以外何も考えられなかった)」
意図的な悪意が目覚めたが、私としては違和感でしかない。
なので私は隣で俯いているイズモに問いかけた。私と同じくして、豪華な装飾の施された椅子に座っているイズモに、だ。
「イズモ、お前はいったいどういう教育の仕方をすると、あんな原因不明の力を電気属性から出すことができるんだ?」
「俺が聞きてぇよ。・・・ってか、アイツはもう俺の子供じゃねぇ。ウガインに勝った電気属性の子供だなんて、俺に良心が無かったら十四になるまで育ててねぇ。それに、・・・」
「それに?」
「今はちょっと、そういう話はやめてくれ。俺の劣化版と言えど、『千剣天威』をものともしなかったあのクソガキのことにちょっとショック受けてんだ。「生存価値なし」が過大評価とか、この世は終わり過ぎている・・・」
溜息を吐いて顔を俯かせるイズモに私は半分ほど同情したが、身内の状況をきちんと理解していない大人が伝説の勇者とは笑わせてくれるものである。
しかし、あれが仮にズルではなく、皆が知らない電気属性の副作用であると考えるならば考え方が大きく変わるだろう。
「(”ズル”と言いきるには簡単だが、あんな壮大な仕組みを一人だけで作ることなどできない。ズルではないと言い切るには、色々と無茶があるが、不可能かと言えば、電気属性に関しては未だ謎の部分が多いからこそ、”ああいうこと”ができる可能性がある)」
今の社会はやっと電気属性に利益を見出した時代である。それまでに電気属性というものを深く研究しようとする者はほとんどいなかった。
発現する確率が非常に低い上、発現しても従来の属性全般の強化方法では鍛えることが難しい電気属性。実践なんて二の次と言えるほどにその力を扱うのは難しい。その困難さは原子属性で威力を調節した核融合を起こす次くらいである。
だからなのか、その属性の本来の強さについて究明したりするものはほとんどおらず、居たとしても実験対象も少ないし、かなりの長い時間がかかる。続いてニ、三代で終わるだろう。
「(それに比べて火属性や水属性ってのは、それなりに極めれば体温管理ができるし、水溶液の分離とかもできるようになるのが分かっている。他の属性も同じように強力な応用ができるようになる。ならば、電気属性だってただ電気を発するのではなく、何か別の応用が可能にならなければおかしい)」
その応用先が、今さっきのような黒い霧や、圧倒的なまでの予知のような小技になるのであれば、それこそ実践的だとも言えるだろう。
「(あのまるで相手の動向が分かっているかのような動き、あれが本当に”予知”のような技なのであれば、今の冒険者パーティでは必須のレーダーとしての役割を果たしてくれる。それが出来れば、今の冒険者の死亡率もグンと下がるのではないか・・・? それにあの黒い霧も持続的かつ指向性付与の可能な煙幕として使えば奇襲としても、退避としても使えるではないか・・・?)」
少し考えたはずの事が、今では脳のほとんどが電気属性の神秘について考えていた。
それほどに、電気属性の能力の高さ、否、それを実践までに使えるようにしたゼクサー=ルナティックという存在に対して好奇心が湧く。
「(欲しいな。あの力。会場を埋め尽くす黒い霧を操れるほどに成長した指向性、そしてあの筋肉の動き、最後に見せた意味不明の大技・・・)」
気づけば私は席を立ち、会場の廊下に居た。
私はその廊下の奥に立ちはだかる扉へと向かう。
私の頭の中では”あれ”への興味は失せた。とっくの前に、だ。今、私の頭の中には次の計画が作られ始めている。
今私がこうしているのは、必要な材料集めと言う事だろう。
私は奥のドアをノックして、中へと入る。
そこには今はもうなんとも思わない息をするだけの肉の塊があるだけだ。いや、今は実験材料と言い換えておこう。今作のモルモットは廃棄予定ではないからだ。イズモの言う、”リサイクル”をするのだ。
私は懐にしまっていた器具を取り出して実験材料に渡す。
そしてとある依頼をすると、一瞬表情に曇りが見えたが、いつも通りの無表情でそれに応じた。
そして駆けだしていく実験対象を眺めながら、私はやっと声を上げる。
「次こそは、最高傑作だ・・・!」
A A A
「さすが、良いものを見せて貰ったなぁ。やっぱりゼクサーは僕に似ている。でも少し違うところもある。それが良いのかもしれない」
僕はそんなことを思いながら黒い祭司服をはためかせながら階段を降りる。次の大会は見なくてもいいと、確信を持ったからだ。
「明日の新聞が楽しみだ。デカデカと、「電気属性の失敗作!驚異の大会優勝!!」とか出るんだろうなぁ・・・、そしてそれを眺める僕という素晴らしい光景が出来上がるんだ」
あの光景を見てしまったら、それはもう彼の優勝は確定だ。
勝因は翼による属性の暴力、もしくは単純な戦闘能力と言ったところか。
「アルテイン=エルダーデインも中々に強い子だったなぁ。でもまぁ、あれは元々の才能とかもあるだろうから妥当ちょっと上くらいの評価だね。少なくとも、ゼクサーには敵わないだろう」
もはやゼクサーの勝利と言っても差し支えないだろう。これで負けようものなら、僕は祭司と審査員を血祭りにあげるまでだ。そしてその次にその責務を全うさせるために、教育を怠ったその関係者の首をこの国の壁に並べてやるのだ。
「まぁ、そんなこと平和主義の僕がするはずがないし。そうならないように、この世界は都合よく出来ているのさ」
石製の階段を降りながら廊下を通じてコロシアムを出る。
見返してみれば、やっぱりただ単にデカいだけの古びた建物だ。よくこんな機能性のないものに塗装して、世界遺産として世界に発表できるのか、上層部の考えていることはさっぱり分からない。
「”電気照明”って国の最新技術があるのに、使っている先を間違えているとしか言えないなぁ。全く、僕の教育に悪いものを見せるなんて、この世界は僕以外大体がイカレている」
正直、こんなところで試合をさせられているゼクサーが可哀そうになってくるレベルだ。っと、この人道的で寛容な人間の象徴と言っても過言ではない僕が、まさか他人様を思うなんて驚きだ。いつも自分の最低限に保障されるべき権利について言っているのに。ゼクサーという少年を見てからか、僕はどうやら相当彼を気に入ってしまったようだ。
「まぁ、次会う時は何時になるやら、だけどね」
大会に出ると言うことは、冒険者事業を担う大手の会社の推薦枠を狙っていると言う事だ。ここの大会で優勝した人には、会社が各々で個人に対して契約を持ちかけてくることがあるし、優勝賞品が海外の会社からの雇用枠だったりする。そして今までの優勝者はその伝手で冒険者になっているという過去の生地があるからこそ、彼は”外”で活躍する冒険者になるのだろう。
「さっさと帰るか。後は何処かで遊ぶか・・・」
これからの予定に思いを馳せつつ、僕は門を出て少し歩く。だが、少し歩いて、その先で止まった。
強い日差しが僕の頬をこれでもかと焼いて来ることにはうんざりするが、そんな事ではない。太陽はそれが役割なのだから、僕がどうこうするべきではない。だが、これほどの快晴ということは、碌なことが起きないという前兆でもある。
そしてその過去の経験から生み出される結論は現実を呼ぶ。
その嫌な現実というのは僕の目の前に居る男共だ。
一般的な市民服を着ており、そこらの会社に勤めているオッサンだと分かる。それだけなら特にと言って問題はない。問題はその男達の状況だ。
「やっぱ闘技場を背景に飲む酒は美味ぇなぁオイ!!」
「あんたは昨日の夜から飲んでるでしょうに~!」
「おいおい、言ってやるなよ。オイそこの妊婦! デケェ腹のせいで地面が揺れるじゃねぇか、流産させっぞオイコラッ!!」
「テメェら、人様が酒を飲んでる隣で騒ぐんじゃねぇ!」
「オイ! 人が飲んでる時に屋台でものを焼くなよ!! 臭いが酒に移っちまうじゃねぇか!」
茣蓙を敷き、沢山の料理と酒が並んでいる。空になった瓶が其処らに転がっている。他の人間はその厄介ジジィ五人衆を避けて歩いており、円が出来ている状態だ。
そしてそんな光景が、僕の前、つまりは僕が歩くだろう町の石畳の道路の前に広がっていると言う事が非常に問題だ。
「はぁ、全く、これだから晴天は嫌いだ。今でもいいから雷雨とか来ないかなぁ・・・」
残念だなと思いつつも、僕はわざわざ避けることなどしない。
そのオッサン共の宴会を真ん中から踏み潰していくのだ。
僕はとりあえず、いつも通りのゆったりとしたペースで歩く。例え誰の前だとしても、僕の歩みと言うものは僕のものであり、誰からも干渉されるべきことではない。
なので、僕はいつも通りに歩き、茣蓙に敷かれてあった誰かの猪口を踏み潰した。酒が靴裏に付き、ガラス片が飛び散るが、僕はとても寛容なのでそういうことは気にしないのだ。そんなことを気にしていたら、心が狭い人だと思われてしまうからね。
しかし酒で靴裏を汚されても平気でいられる寛大な僕に突っかかるのがオッサンだった。
「おいクソガキ! 何してくれてんだあ゛あ゛ん?」
スッと立ち上がるもんだから、僕に謝罪して通り道を用意してくれるものだと思っていたが、予想に反して胸倉を摑まれ、前後左右に揺さぶられた。僕も流石にこの暴挙は少し耐え辛さを感じた。
「あのさぁ、僕に何のようなのかなぁ? 僕にものを尋ねる際の礼儀ってものが成ってないんじゃないかな。それって大人としてどうなんだい? あぁそうそう、大人と言っても幼虫、さなぎ、成虫って意味での大人じゃないよ。文明人って意味合いでの大人だから。まぁ、それは流石に説明されなくても分かるか。それが分からない時点で君らの存在理由はないに等しいけどね」
「なんだと! このガキが、偉そうにしやがってッ!!」
「偉そう? 君らから見て僕が偉く見えるなら、泥のように這い蹲って尊敬語を使えよ。少なくとも、自分より上の立場の人間様に対する態度とは言い難いよねぇ? 僕は人類全員が知っているような寛大な人間なんだ。世界の未来より壮大な器を持っている人間様なんだよ。分かるかな? あぁ、知能が低い低収入にこんな事言っても分からないか」
「んだと!? テメェ、俺はこの町の卸業をやっている会社の人事部の部長だぞ!! 人様にものをいう時はそれ相応の立場でものを言うんだなぁッ!!」
「あのさぁ、その論理って所詮は人の、っていうか君の感性でしょ? 君の主観なんて聞いてないんだよ。君がどこの誰だからとか、そんな後付けされた設定に意味なんてないだろ。いったいどういう教育を受けてきたんだ? っていうか、そうやって人を支配下に置くってどういうことか分かる? 僕の権利の侵害な訳。僕と言う最低限の権利だけで十分生きていける人間から、君は言葉で支配に置き、更には胸倉を摑んだことで、僕の服の繊維が死んだ。これって人間に例えるなら、殺人罪だ。君は犯罪者なんだよ。それも死刑級の。それでも君h」
「べちゃべちゃ五月蠅ぇんだよ!!」
僕の胸倉を摑んだ状態でオッサンが手に持っている酒瓶を振り上げる。酒臭い上に暴力による殺人、さらには恫喝だ。いくら精神異常者だからと言って、僕に暴力が振るわれるのは黙っているわけにはいかない。
僕はそっと自分の属性の技を出す。
同時に、酒瓶が振り下ろされて―――、
「う、ぎゃぁぁぁああああああああああああ!!!!」
絶叫したのはオッサンの方だった。
見れば両手が手首から消失しており、血が溢れて出ている。
痛みに酒気が吹っ飛んだのか、僕を見て恐怖と怒りが渦巻いた顔をしている。その後ろに居るオッサン共は何が起きたのか、分かっていなさそうな顔で呆然と、僕を無視してオッサンを見ていた。
まぁ、だからと言って僕が見逃す理由はないが。
「何そのへんな顔。僕に見せただろ? 僕は君の変な顔を見て、人類の末期を感じた。それはつまり僕の権利の侵害なんだ。分かるか? 人を不愉快にさせたんだ。それはつまり僕の君らの罪を許してあげようと言う良心を踏み潰したことと同義だ。つまり君らは償いをしなけれないけないんだ。僕と言う人類における絶対的な寛大な心を持つ人間国宝を怒らせたんだ。つまり、君らは人類全体を敵に回したってことだ」
「ま、待って、悪かった!」
「はぁ、あのさ。今のまるで僕が善みたいな言い方だよね。そうやって君は僕を勝手に役付けしたんだ。それって僕のあるべき立場っていうのを侵害してるってことだ。僕の気持ちを知りもしないで。僕は平和主義者で博愛主義者なんだ。善悪とかみみっちぃことを決められる筋合いとかないわけ。人事部のくせに人を選びやがって。酒臭い息を吐くなよ。僕にかかったじゃないか。それってつまりは僕は君に汚された訳だ。君のくっさい酒息でさ。空気を読む達人たる僕にその態度ってことは、つまり万死に値するわけだ」
「や、やめ! うgy」
僕がゆっくりと掌でオッサンの肩を摑むと、みるみるうちにオッサンがその場から文字通り忽然と消えた。
その光景に絶叫する通行人。そして遅れて意識を取り戻すオッサンたちだ。
「うわぁ! さ、殺人だ!!」
「人を消しやがった!」
「誰か、近衛騎士でも警察騎士でも助けてくれぇ!!」
「助けてくれぇ!!」
殺人とは人聞きが悪い。僕は誰しもが知る博愛主義者で、平和主義者なのだ。争いなんて怖くてできやしない。人を消すなんて物騒なことを想像したくもない。
なので、そういう発言で無作法に見ず知らずの他人の名誉を傷つける輩には、僕が直々に裁き、償ってもらう必要がある。
僕は慌てて逃げようとするオッサン共の周囲の原子の動きを止めて、オッサンに逃げ道を無くす。喋る事すらも叶わないオッサンの内一人に近づいて行く。
そして一人ずつ頭を触って行き、全員を文字通りその場から消し飛ばした。
「う、うわぁあぁああ!!! に、逃げろ!! 殺されるぞ」
「いやぁあああぁああぁあぁぁぁぁぁあああ!!!!」
絶叫する民衆たちだが、僕は何もしていない。だからこそ僕はいつも通りのペースで歩きながら霧散していった人だかりの中を歩いていった。
「全く、異常者共め。僕が健全で、機嫌のいい時だったから良かったものを。これでゼクサーを見ていなかったら、償いに世界地図からこの国を消すところだった。せいぜい、ゼクサーに感謝するんだな。この国の救世主だよ、あいつは」