第一章70 『休憩ついで』
「聞いてよゼクサー君!」
「おゴはぁッッ!?」
待機室の扉を開き、中へ入るとオレに突進攻撃を噛ます人間が一人いた。
一瞬の衝撃に意識を持っていかれそうになり、ふとエルメットを思い返すも直後に耳に響く声に現実に脚を引っ張られた。
オレの胸に強打撃を噛ましたのは銀髪美少年男の娘、アルテインだ。漫画で見かける天使のような重さではなく、男の心をくすぐらせる甘い香りを纏った人間の頭が加速しながら突っ込み、オレの胴体を衝撃が打ち抜いたのだ。さらに不意というのもあってか、全く持って嬉しい気持ちが皆無なのである。
アルテインは可愛らしいぶーたれた顔をしながら、オレをがっしりとホールドする。背中に生々しい、アルテインの掌が動く感触が伝わり、色んなところに電気信号が流れ始める。
「(やべぇ! 今このまま密着し続けると、オレの柱(どこがとは言わんが)がテントを作ってしまう! ダメだ! こんなお粗末なモノを例え布越しとはいえ当てることは男の矜持に反する!!)」
身体全体の血流が促進され、頭の中でβ-エンドルフィンが数倍の量で分泌されるのを感じながら、最善手でアルテインを引きはがす方法を模索した。あらゆる過去の経験、見た、聞いた、動いたこと全てを洗練していき、わずか0,001秒にて答えを見つけ出した。
オレはオレの胸へと顔をうずめるアルテインの首筋に手を当てる。慈しむように、指先で産毛を愛でるように骨と皮膚の上を手で滑る。
「!?」
急なオレの行動にビクッと身体が震えるアルテインだが、オレはそんなアルテインの後頭部を左手で抑えるように優しく撫でる。
「みゃ!? みゃ、にゃにゃにゃ・・・・」
猫へと退化を遂げてしまい、されるがままのアルテインの耳元に口を近づけてダメ押しと一言。
「可愛いでちゅね~、アルテインちゃん。そのままお寝んねしまちょうね~」
「あれっ!? もしかしなくても今ボク馬鹿にされてるッ!?」
そうだよ。今更気づいたか馬鹿め。
ハッと我に返ったアルテインがオレの緩い拘束を振り切って、オレから脱出する。わたわたと手を動かしていて可愛い。いやそうじゃなくって。
「んで、何を聞けばいいんだ?」
「あ、そうそう! それそれ!!」
パンッと手を叩き、自分の本来の目的を思い出すアルテイン。瞳から「めんどくさい奴と対戦したらめちゃくちゃ差別発言された・・・」と言う言葉が浮かび上がっていた。すげぇな。顔は口よりものを言うってマジなんだな。
「実はね、第三回戦でマテリアさんにぶつかっちゃって。それは良いんだけど。ボクの容姿とか声とか仕草について難癖付けられて、負けたら今度は審判に「性別詐欺は負けにすべき!」って突っかかってね・・・」
「ちょっと修羅場ったんだな・・・」
「うん・・・」
しょぼんと肩を落とすアルテインに、オレは具体的にどういうことを言われたのかを聞いてみる。悪口を言われて凹んだ相手から悪口を思い出させるのは、少し危険だが、そのままにして燻らせるのは、好きな男子にしてほしくないことナンバーワンだ。
アルテインは少し口を開いて、オレにだけ聞こえる口調で言う。
「男ならもっと筋肉があるべきで、そんなか弱い体つきをした男子なんて男からしたら格好の餌だ。女性を守るための男がそんな弱そうなんてあってはならない。それともアルテイン=エルダーデイン、貴様は女性のふりをして、男に守られたいのか? そうであるならそれは群れ社会で生きていく上で死すべき価値観だ。そんな男として情けない価値観だからお前の声音も仕草も女性より女性なのだ。そんな男の理想を形どった女性なんて存在は無いのだ。あってはならない。貴様のそれは女性という概念上の冒涜と言えるだろう。こんな大会に来る前に先に整形手術で身体全体にタンパク質を流し込んだ方が良いのではないか? 声だってそうだ。男をおびき寄せるような、女性に出来ないような音声を垂れ流す性別詐欺だぞ。女性にとっては嫌悪の対象でしかない。そんな女性のふりをする男など死んだ方が世の為だ。仕草もいちいちあざとくて目に毒だ。それでゼクサー=ルナティックも落としたのだろう。この腐れビッチめ。あばずれ男め。ハイエナの泥棒猫め。天然を装った悪魔め。身の程を弁えたらどうだ。親に対して申し訳ないと思わないのか。男として生んだということはつまり、女性を守れる強気存在になると言うことを命じられたのだ。女性の代わりにあらゆる汚れを全身に浴びることを男は生きがいとし、そこに喜びを感じるべきなのだ!」
「全部覚えてるのかよ・・・」
「ボクとマテリアさんが試合を開始して、マテリアさんをぶっ飛ばしてボクの勝者判定が出るまでの間言っていたことだからね。印象的過ぎて忘れられないよ・・・」
「あぁ、マジかよ・・・」
マテリア、まさかの戦っている間ずっとアルテインに愚痴を垂れていたという事実。
オレの場合は戦ってる時はずっと、相手の動きばかりを見ちゃうからそんな事言う暇ないんだけど、もしかしてマテリアってマルチタスクができるタイプの人なのか。
「実際のところ、マテリアって強かった?」
「強くはなかったよ。全然普通くらい。でも、接近戦でもずっと言ってたから怖かったよ。ずっとそういうことしか言わないもん」
「うわぁ・・・・」
オレはかなりドン引きした。というか、一周回って尊敬してしまいそうになる。まさか相手の性別差別を何よりも優先するなんて、命とか惜しくないんだろうか。いや多分惜しいんだろうな。自分が女性で守られるべきって考え方があるから襲われないと確信しているからか。
「それで観客の大部分から、マテリアさんの発言内容にブーイングが出てね。「男の娘は正義!」とか「害悪フェミに男の娘の良さがわかるものか!」とか、「嫉妬乙www」とか。それで会場が少し荒れたんだ・・・」
「そっち方面に精通している人どんだけいんだよ・・・」
オレとしてはそっち方面の知識がある人が割と多いことに驚きだ。
「観客も言いたい放題だな。・・・ん、そう言えば・・・」
「どうかしたの?」
ふと思い出した出来事に顎を触っていると、アルテインが首をコテンと傾けて聞いてきた。
オレは今さっきあったことを思い返す。
「いや、オレも今さっき戦ってたんだけどさ。相手を壁まで蹴り飛ばしたところで、観客席の奥の方から金髪の男の人がめっちゃくっちゃにデカい声で応援してきたんだ」
「え! すごい! やっぱりボクみたいにゼクサー君の姿勢に感銘を受けた人が他にも居るんだ!」
「多分そうなんだけど、ちょっと応援内容が特殊でさぁ。あれを大衆の中で立ち上がって言える人間性が正直凄いんだ」
「なんて言ったの?」
「なんか、オレの力を哀れで無能な国民に思い知らせてやれ!だったかな。後はオレの相手してた参加者に殺人予告してた」
「ぶッッ!! 殺人予告!?」
「うん、さっさとくたばれ三下モブ野郎!って。さっさと負けないと僕がぶっ殺してやるよ!って」
「う~わ、やばぁ。とんでもないファンができちゃったね・・・」
「マジだよ。オレのファン、これで五人目だぞ。どこまで増えるんだよ・・・」
一人はゲイに目覚めたチャラ男、一人は自ら弟ポジになろうとする幼児、一人は古参顔の変態、一人は大天使アルテイン、これ以上ないくらい目立つ要素がぶっこまれているのにまた一人、今度はもっとヤバそうなのが来ると言う。
げんなりと肩を落とすオレにアルテインが慰めに肩を撫でてくれた。
限界オタクみたいなのが居るのに、今度は厄介オタクみたいなのが増えるのだ。オレとしては疲労感だけで摩天楼が作れてしまう。
「まぁ、・・・敵ポジにならないだけマシな方か・・・」
「その捉え方は捉え方でどうなんだろう・・・?」
なんとも言葉にしにくい感情を顔に露呈するアルテインのナデナデから脱し、オレはトーナメント表を見る。次は第四試合だ。オレの名前を探す。
「オレの名前は確かウガインの下・・・。あれ? 次の人の名前がねぇんだが?」
「あぁ、それ。体調不良で一人棄権したんだよ。ゼクサー君は次の試合飛ぶよ」
「え、マジ?」
「うん。なんかウガイン君が誰かと潰しあって漁夫の利を狙っていたんだけど、どうにも自分と当たるからって腹痛で・・・」
「おい、それってオレの下の奴じゃねぇか。オレの存在無視かよ」
どうやら第三回戦まで勝ち上がっても周囲には未だ格下として認定されているらしい。いやそもそも認定以前に認識すらされていないかもしれない。
「それならそれでずっと驚かし甲斐があるってもんだけどな」
「ポジティヴだね!」
「おうよ! 観客にも驚かしてやれって頼まれたしな。オレの見せ場は第五回戦だなぁ!!」
トーナメント表では次の第四試合でウガインと当たるのはデルシオンだ。能力量が馬鹿多いデルシオンは”外”の実習を通して陽炎を生み出せるようになるまでは、二つの属性を同時に使いこなせるようになっている。対するウガインは努力の鬼だ。騎士部では部内最高の剣術を持っており、本人の動体視力もまま高い。
「正直、個人的にはウガインと戦いてぇよな」
「でもデルシオン君との方が有利だと思うんだけどなぁ。運よく能力量切れで勝てるかもしれないのに」
「ばっ! それをやろうもんなら周囲の観客共が「能力量切れで負けたんだから仕方ない」って解釈になって、オレの事見てくれねぇじゃん!」
「個人的には、あまりゼクサー君に怪我してほしくないから、楽して勝って欲しいんだけどなぁ」
「その気持ちだけ受け取っとく」
アルテインが頬を膨らませてくるが、それは可愛いのでご愛敬だ。
オレは棚から水を汲んで椅子に座って飲む。
「まぁ、宝は寝て待て、じゃねぇか。どっちが勝とうが、オレは全員に勝つからな」