第一章幕間《今はまだ観客》
「それでは、ゼクサー=ルナティックとドムトット=メッズルの第二試合を開始する!」
闘技場でゴングが鳴り響き、紺色の髪をした男子が虚空に水属性の球体を複数出現させて、一つずつをゼクサーに対して撃ちだしていく。
ただし威力自体は大したことはなく。水の球体と距離が離れるごとに勢いも威力も明らかに弱くなっていき、誤射で地面に撃ち出した時は地面を濡らすだけだった。
指向性はあまり強化されていない。だが、複数の属性技を同時に現実に呼び出す力はあるようだ。突き詰めれば一年間でそれなりに”外”で活躍できるだろう。
――勿論、今はその時ではないが。
僕が眼を付けていたのは、その紺色男に相対する男子だ。
流れる炎のような赤い髪に、金色の目。体つきからして、筋肉は脚力や遠心力、瞬発的かつ強力な動きが出来ると見える。全体的に顔のパーツの配置が整えられている、かなりの好青年だ。
「ゼクサー=ルナティック、か」
この国出身ではない僕でさえも知っているルナティック家。彼はその実子だと言う。だが、どうにも属性を使う気配は見えず、ただひたすらに最低限の移動で攻撃を避けて相手との間合いを詰めようとしている。激しい属性のぶつかり合いを期待していないと言えば嘘になる。僕は嘘をつかない性格であるがゆえに、自分の事で嘘をつくべきではないと思った。
「もうちょっと、”属性”を見せて欲しいよねぇ・・・」
本音だが、こういった、洗練された肉弾戦も嫌いではない。「ワタシはまだ一割の力もだしておらぬ」みたいな強キャラ感を一端生徒がするというのには新しさを感じてしまう。
そう言えば、彼の属性と言う話で思い出したことがある。
「やっぱり、あの噂・・・。本当なのかもしれないなぁ・・・」
それは僕が此処に来る前に、商人たちが喫茶店で駄弁っていた話だ。
その噂と言うのは、ルナティック家。――伝説の勇者と呼ばれた人間の子が親の属性を受け継がずに非戦闘属性で知られている電気属性を発現したというものだ。その少年は親の必死に注いできた愛を全てフイにしたことで国の恥さらしとして認知されるようになったらしいが、なんだか親ではなく子が悪いみたいな風潮があることから、もしかしたら子がおかしいのではないかと思った。
だが、現実に見て見れば、おかしいのは親ではないかと僕は考えた。
上層部の席に座っているイズモ。――伝説のクソ勇者は実の息子の活躍っぷりを嫌な顔で見ており、隣に座っているカグヤに至ってはゼクサーの試合だけ寝ているのだ。
「(実の息子がこんなに戦闘の場で戦っているのに、なんで目を背けてるんだ?)」
属性発現をした後、嫌いになったという理屈の時点で親としての使命を放り投げている様に思うが、あの様はどうみても最初から子供に期待していない親の顔だ。
「何もするな」「何も考えるな」「何も言うな」と、子供の一挙手一投足を毛嫌いしているその親の顔は何かどことなく不快感を想起させる。
周囲の観衆だってそうだ。
電気属性を理由に不条理な野次を飛ばしている。
「電気野郎目! さっさと死ね!!」
「お前みたいなのが居るから俺は浮気がバレたんだ!!」
「伝説の勇者の愛を電気で返すなんて頭がオカシイ! あいつは即刻死刑になるべきなのだ!」
「あいつ! また躱しやがった!! ふざけんな! ズルしてるだろ!!」
大会開始の宣言時に理事長の言葉があったからこそ、僕の周囲の人間。――パーティアス人は日常のストレスを国家公認の叩かれ役に投射している。浮気や不景気、ましてや災害等の全てがゼクサーが電気属性を発現したことによるものだと、不合理な理由を付けて言葉で嬲っている。それが許されることだと心の中で決定してしまうからだ。
だが、その不当な罵声の的となっている少年はそんな観衆のブーイングをものともせずに、相手の鳩尾に脛具の蹴りを叩き込み、唸ったところにかかと落とし。そしてさらにわき腹を蹴り上げて相手を第一試合と同じように壁に叩きつけた。だが、まだ動けるようで血の混じった咳を零しながら、一矢報おうと掌をゼクサーへと向ける。
「すげぇ! あそこまでやられてるのにまだ倒れてねぇ!!」
「電気野郎のズルになんか負けんな――ッ!!」
と、もう終わるだろうと思われた矢先、僕の前に居る観客が壁に叩きつけられた紺色男に声援を送っていた。
耳を傾けてみれば、彼らだけではない。そのほかの大部分がゼクサーへの非難と、紺色少年への声援だ。
だが、これでは面白くない。
こんな風な、誰かが最初から悪役で、誰かが主人公だと決定されているような声の掛け方は異常だ。まるでその人間は元からそうであるべきかのように。目つきが悪いからあいつは死刑囚だと、その人の全てを見た目だけで全否定する。思考の停止。考えることを放棄した人間は生物として終わりである。不寛容は世界を滅ぼす。つまりそう言った人間は死んだ方が良いということだ。
だからこそ、僕はそんなゼクサーアンチの大衆の中で声を張り上げて叫ぼうではないか。
贔屓コールなんてクズのやることだ。僕は博愛主義者であり、平等に人の勝機を願う男だ。だからこそ、僕はこの世界でゼクサーの勝機も水属性男の勝機も願おうではないか。
僕はそっと立ち上がり、息を吸う。そして―――、
「さっさとくたばれ水属性男!! お前みたいな三下モブ臭のする人間が偉そうに抗おうとするなんてさぁ! 観客である僕の観戦する権利を侵害してるってことなんだよ! 身の程知らずが! 運命レベルでお前の存在価値は皆無なんだよ! 一丁前に反撃なんてするとか、僕が直々にぶっ〇してやるよ!」
原子属性の力によって、僕の発する言葉の反響力を数十倍に引き上げてコロシアム全体を揺さぶる。
効果は絶大だ。僕の周りに居た観衆が一斉に僕の方を向いた。それはどうでもいい。
僕がゼクサーに言いたいことを言えればそれでいいのだ。
「いけッ!! ゼクサー=ルナティック。その力を無能で哀れな国民に知らしめてやるのだ!! 奴らはお前を馬鹿にしている! いつまでうじうじと力を出さないでいるつもりかは知らん。だが、――そろそろ、反撃といこうか・・・!!!」
指先を遥か遠くの彼に叩きつける。かれは一瞬こちらを向いたかと思えば、少し驚いた顔をして、そしてすぐに向き直る。そっと唇が文字を形どる。音にならなかったそれは、僕の眼にはこう見えた。
――「そろそろ、魅せてやる」と。
僕はそれだけ見て、再び席に座り直す。
周囲の人間の視線なんてどうでもいい。
最初僕はここに来さされた意味が分からなかった。いつもの母親の押し付けがましい社会経験だと思っていたが、これは奇妙な縁だった。
僕の来た意味。それは全てはこの為だったということだ。わざわざここまで来て意味のない肉弾戦を見させられるなんて、正直観客へのアプローチと言うものを考えていない最悪の参加者だと考えていたが、こうにも世界が彼を嫌っているなら、ある意味、僕は彼と同類なのかもしれない。
「ふぅん、これは大物を見たかもしれないなぁ・・・。人権侵害だけど、これは容認しても良いかもしれない」