第一章69 『声援』
「勝者、アルテイン=エルダーデイン!」
「勝者、ミルティア=エルダー!」
「勝者、デルシオン=ディバインス!」
「勝者、ウガイン=ペドワルル!」
「勝者、マテリア=オーネット!」
「勝者、ヒルディア=エルダー!」
次々と見知った名前がトーナメントを勝ち進んで行く。
気づけば次はオレの番だ。一試合十数分の制限時間のはずだが、オレにとってはとても早く時が流れている様に感じた。
居ても立ってもいられずに、いますぐにも飛び出してしまいそうな、高ぶる気持ちを抑えていると、待機室の扉が開き、近衛騎士団の制服を着た男が入って来た。
「ゼクサー=ルナティック。出番だ。準備をしろ」
オレを呼びに来たようだった。
オレは壁に貼られたトーナメント表から近衛騎士団の方へと視線を移し、「準備万端っす」と待機室の向こうへと脚を運ぶ。近衛騎士団はあまり気にした様子はなく、「せいぜい励みたまえ」と軽い励ましの言葉を与えると、オレを先導するように回れ右して歩き出した。
A A A
暗い通路を抜けたかと思えば、オレは闘技場の中へと脚を踏み入れていた。
近衛騎士団の男は入り口付近でオレの背中を見ている。
そして次に知覚したのは盛大な歓声だ。
九割がオレを馬鹿にする意味合いで、ほんの一割(主に外人)はオレの登場を素直に喜んでいた。
東門から来たオレは、西門から現れた人物と相対する。
黒い靄が目にかかった茶髪の男子だ。こいつがライザールという奴なのだろう。
ライザールはオレを見た瞬間、へっと歪んだ笑みを浮かべた。
「来たな。あの時は何をしたのか分からなかったが、今この場であれば、あの時みたいな小技を使うことは出来ないだろうよ!」
皮製の防具にバスターソードを帯剣した茶髪は意味の分からないことを口走った。
「あの時? そもそもオレ、お前にあったことあったっけ?」
まったくもって思い出せない。もしかしたらほんのすれ違い様に挨拶したりとか、そういった一瞬の類だろうか。だが、彼の怒りようから、オレと彼の仲にはかなり強い思い入れがあったと見える。
「分からねぇなぁ・・・」
最近は学校で話した奴と言えばアルテインくらいしか居ない。茶髪男なんて、居たか?とすら思う。
オレが首をかしげると、ライザールは奥歯を噛みしめて此方を見やる。目は見えないが睨まれているのだろうと、空気感で分かる。
そして忌々しいものでも吐き捨てるかのように、口を開いて――、
「お前の触った先輩にぶん殴r」
「トーナメント第一回戦、ライザール=オクプトン! ゼクサー=ルナティック! 試合開始ぃッ!!」
言い始めた瞬間に、壁に寄っていた祭司がゴングを鳴らして試合開始を叫んだ。
丁度かぶり、オレの耳には最初の「お前の先」という謎の言葉だけが拾われた。
鐘の音が強く土壌に響き渡り、反響するかんきゃくの声がより大きくなって返ってくる。
しっかり自分の言いたいことを遮られてしまった茶髪男、――ライザールはごりッ!と歯を噛む音を残して、右手を此方に突き出した。
――属性技であると、そう判断した。
そして――!
「思い出させてやるぁ!!」
黒煙、というよりはむしろ真っ赤であったそれは炎であった。
眼前に迫り来るオレの全身を呑み込まんと大口を開ける紅炎だ。なんの工夫もない、能力量に指向性を忍ばせただけのただのデカブツだ。燃え盛る炎は馬鹿みたいな食い意地の張った腹の音を出しながら此方に猛然と突っ込んでくる。
会場は一気に盛り上がりを見せ、あちこちから「その電気属性をぶっ飛ばせ!」や「人でなし!」という罵声が目の前の業火に勢いをつけている。
それとオレの距離は一気に近づき、もう鼻すらも焼けると言った刹那―――。
炎がオレを巻き込んで大爆発を起こした。
A A A
「はっは―――!!! 電気野郎の人生に終止符を打ってやったのはこの僕、ライザールだぁ!! どぉうだ! 見たか! あっけない! 実にぃ、あっけない!!」
黒い煙が逆巻く前で、ライザールは愉快に笑っていた。満面の笑みだ。何かをやり遂げたかのような、今まで積りに積もった復讐を成し遂げたかのように、だ。
観客でさえも、ライザールと同じように黒い煙に巻かれた存在を嗤っていた。
「茶番試合だったなぁ。電気属性が他の属性相手に戦闘で勝とうとか世の中を舐め過ぎている」
「今さっきのライザールとか言う奴は凄いな。あれだけ洗練された指向性を操るなんて」
「能力量も高いと見える。ありゃぁ、焼肉になっちまったなぁ」
「死んだら地獄行きだな。親の期待通りに生まれない子供は死刑囚と同じだ。あいつは地獄行きだ」
「遺伝子的に問題はないのだから、問題はあの子供だろう? 今後の医学の発展のためにも焼死体は後で回収しておかないと」
皆が皆、死んだと思っているようだ。
確かに、あの業火は指向性が付与されて初めて、人を殺しうる兵器となる。そしてそれが直撃してしまえば、大けがでは済まないだろう。
まぁ、勿論、それは”指向性が付与されていなければ兵器として成り立たない”定義があってこそだ。
つまり――、
「残念だったな・・・。もう少し、手応えがあるもんだと思ってギリギリまで待っていたが、工夫も何もないただの脳筋属性技じゃねぇか。そんなもので”外”に行こうなんて、考えが甘すぎなんじゃねぇのか?」
「「「「「ッッッッッ!!!???」」」」」
遂に我慢しきれずに、死んだかと思われた存在。――オレが黒煙の中から無傷で姿を現わした。
オレが周囲を見回すと、あまりの衝撃に口が開いたままの観客が沢山見えた。親父も、母さんも、エグゾードのクソ理事長も、そしてオレの前で相対していたライザールも、全員だ。
全員、オレの余裕の表情に釘付けだったのだ。
「どうした? 間抜け顔晒して・・・。まさか、炎程度でオレが死ぬとでも思ったか?」
オレが現実に行った事は下から上に跳ね上げるように、脛具による蹴りを入れて指向性を粉砕したことだ。粉砕された指向性につかまっていた能力量はその場で行き場を失い、爆発四散する性質がある。その法則性を利用した技が、『指向性切断』だ。
「(ネーミングセンスは置いておいて、少しでもハッタリ決めとかねぇと次の大会で対策されたら面倒だ)」
今日は不運なことに晴天だ。オレの大一番たる技『雷撃』は雨雲がなければ一撃しか撃つことは出来ない。
だからこそ、オレの技は今はなるべくバレてはいけないのだ。
オレの煽りに我を取り戻したのか、ライザールが剣を抜いた。現実を冷静に理解する力を失ったのか、剣での物理攻撃を選んだようだ。
横から振り抜き、斜めから切るように振り下げられた剣をオレは飛ぶことで回避し、そのガラ空きの横顔に足の裏で思い切り踏み込んだ。
「ぎょぶっ!?」
ぶちゃッ!!と、耳らしきものがつぶれる感覚が足裏に伝わるも、加減なくオレはライザールの横顔を足場にして蹴り飛ばした。
ライザールはそのまま顔から地面に突き刺さり、投げられたピンのようにもんどうり打って、壁に激突した。そして白目を剥いたまま、舌を出してピクリとも動かなくなった。
人が一人壁に打ち付けられて、初めて人は意識を覚醒させる。
中心は打ち付けられた壁のすぐ上に居た観客達だ。
そしてその衝撃はライザールの醜態と共には門のように広がっていく。
して――、
「「「「「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!?????」」」」」
爆発的などんでん返しが観客達の心を鷲掴みにする。
まさかの逆転劇に目を背ける国民も居るし、オレに対して拍手を送る外人も居る。多種多様の反応が混在する現実の中心にオレは立っているのだ。
上層部の席を見れば、親父と母さんが口をあんぐりと開けていた。滑稽で少し気持ちがスッとしたのは内緒だ。
オレはそんな彼らを置いて、審査員席に座る審査員に声を掛ける。
「なぁ、これってオレの勝ちだよな? 気絶しちゃったけど、これって規則違反?」
オレの発する声が響いたのか、審査員からはすぐに反応が出た。
五人居る内の全員がすぐさま無言で右手を天に掲げる。
それを見た祭司はすぐさまゴングを鳴らして結果を発表しようと声を張り上げる。
「も、文句なしの五点満点・・・!! しょ、勝者、ゼクサー=ルナティック!!?」
最後の部分だけ妙に疑問があったのは気のせいだろう。
採点基準はよく分からないが、どうやらオレは他国の戦闘の専門家から見て最高評価だったようだ。
これには周囲の反応も格段に明らかとなった。
オレを非難する国民と、オレに称賛を送る外人だ。どうやら外国には電気属性だからと言ってその人を馬鹿にしたり、差別したりする偏見は少ないようで、むしろ属性を使わずに対戦相手に勝ったことに強い敬意が籠った拍手が空気を沸かせたのだ。
「素晴らしいな。無駄の少ない動きに、最初のトリッキーな技と、今回は来てよかった」
「周囲から馬鹿にされていた子でしょう、あの子。凄い胆力だったわ。悪口を意に介していないなんて、精神面も相当強いはずだわ」
「まさか、腰に装備している斧も使わずに蹴りだけだとは・・・!!」
「ワシもかなりの修羅場をくぐったからこそ分かると言うもの。かの者、最近の若者に比べて数倍の修羅場を潜ってきておる・・・!! 弟子にしたくなるわ!!」
「今のは相手が弱かったってのもあるのよな。でも、あの男子の実力に嘘は混じってないと見るんじゃぜ。最近の若者にはこんなダークホースが居るのよなぁ」
「そうなのですか? 私には彼がすごい格好いい子だと言う事がよく分かったのですが」
審査員席の人もそれぞれが意見を交換しながら、オレの存在の異質さをより物語っていた。
オレは審査員たちに一礼し、会場を去る。
後ろではまだ、俺への声援が止まないでいた。