第一章68 『約束』
聞いているだけでも、コロシアムの観客席の盛り上がりようが手に取るように分かった。
オレ達が居るのはコロシアムの裏口、――歴史上では戦士と相対するモンスターが出てくる場所である。
オレ達の入場の前に、先に今さっきのような祭司や国のお偉いさんがよく分からない讃美歌やら、諸外国から来た旅行客やお偉いさんに対する訪問の感謝などを述べているのだ。合図があるまでオレ達は待機を命じられており、入場の号令が出されたら目の前の近衛騎士団の人達に続いて闘技場内に入る、という流れだ。
それまでは大声でない限り他の学園生と話しても大丈夫と言う、一種のストレス軽減方式が取られている。そんなゆるゆるとした状況なためか、騎士団を中心に色々なところから話し声が聞こえる。
「緊張するね、ゼクサー君」
「そうか? オレは割とこの空気大丈夫だぞ」
オレの隣に居るアルテインがオレの肩をつんつんと指でつついてきた。可愛い。
しかし、そういうアルテインにも緊張している様子はない。話す口実を作ろうとしたようだ。
「にしても、アルテインは周囲の目とか気にしねぇのな?」
少し周囲を見れば分かるが、どうにもオレがこの場に居るの事が許せないと言った表情の奴が数人、大部分はオレを好奇の視線で見ていた。真意は目が見えない分定かではないが、オレが一瞥するとすぐさま横に居る”友人”に「あいつこっち見てきたんだけど~」だの、「電気属性のくせに見てきた。キモ!」などとのたまっていた。
そんな中、オレに対して何の悪意もなく接してくれるアルテインの存在は彼らにとってはかなり異質なもので、アルテインに対して「あいつ電気野郎の味方なの?」とか、「風紀委員長ならあいつ摘まみだせよ」と言う声がちらほらと聞こえてくる。
状況が状況だからこそ、オレに好意で話しかけることはリスクが高い。
だが、アルテインは別段気にしたそぶりも見せずに答える。
「だって、友達だし・・・。ゼクサー君は何も悪くないでしょ?」
「・・・・」
こてんと首をかしげるアルテインに思わずオレの目が持っていかれそうになった。
ヤバい!と反射的に顔を逸らすが、頬が熱くなっているのが分かる。
「どうしたのゼクサー君、頬赤いよ。風邪?」
「あぁいや、・・・ちょっと今オレの中のオレが別の扉開けそうになってさ・・・」
「?」
自分で言っておきながら苦しい言い訳だと思ったが、当の言われた本人が意味がよく分からないと言う目をしているので純粋さに助けられた感が否めない。
と、オレがアルテインの純粋さによく分からない感情の行き場を探していると、闘技場に居る祭司が大声を張り上げた。
「――これより、四千五十一年度の属性能力者競争大会を開催する! 我らが学園を代表し、この国の未来を守る新しい星の学園生たちよ、いざ前へ!!」
その一言は大地と空気を揺らし、十数m先のオレ達の精神を統一させる。
その号令が聞こえた瞬間、目の前に居た近衛騎士達も姿勢を整え、「全員、整列、前進!」とオレ達に指示を投げて闘技場内へと脚を運んでいく。
「来たか」
「ついに、だね」
オレがそっと声を漏らすと、それに呼応するようにアルテインも顎を引く。風紀委員の風格のような、勇ましさを感じる。
今さっきまでオレを奇異の視線で見ていた奴らも、流石に今はふざけられないと踏んだのか、全員が全員沈黙を貫き通しながら闘技場へと脚を運ぶ。
オレの戦いが幕を開けた瞬間だった。
A A A
入場するオレ達が最初に浴びたのは怒号に近い、万に匹敵する観客達の声援だった。
観客側の客層は国民や外国人観光客だけではなく、物々しい護衛を連れた者や、豪華に着飾った富裕層と多岐に渡り、更にはいつも以上に警備の数が多く、至る所に警察騎士団や近衛騎士団の制服を着た者たちも居た。
そしてその席とは全く異なった、仕切りによって分断された、――いわゆる政府等の国の上層部に位置する席にはオレの親父や母さん、とても優しい顔つきのマテリアの母親と父親、ウガインやデルシオン、ミルティア姉妹の両親とその他大勢が座っていた。全員目元に黒い霧がかかっており、一部を除いた人と同じくその眼に宿る真意が見えない。
オレが眼球だけを動かしていると審査員の席に外国のお偉いさんが座っているのが見えた。絶妙にパーティアス人とは顔のパーツが違っている。
「あれ? なんで外人が審査員の席に居るんだ?」
ぼそっと呟いたのだが、どうやらアルテインに拾われていたようで、少しオレの方に歩を寄せて言う。
「国民だからっていう理由で生徒を過大評価しないように、外国の有名な冒険者や戦闘の達人に審査してもらうんだって」
「そうか、ありがとう」
アルテインが元の位置に戻ると同時に、行進が止まった。
丁度オレ達の目の前に親父たちが見える位置だ。
整列したるは近衛騎士を差し引いても四十人近くの生徒だ。それぞれが各々の武器を持ち、属性を鍛え上げてきた戦士なのだ。モンスターを相手取るために己を磨いてきたのがひしひしと伝わる程に、周囲は自信で満ち溢れていた。
蒸し暑く難じる程の闘気の中、上層部の席に座っていた年老いた男性がそっと立ち上がり、黒く整えられた服の中から白い用紙を取り出し、読み始める。
「私はパーティアス民主国統括理事会で理事長を務めている、エグゾード=オベリニアと申します。今年度の属性能力者競争大会での開催の司会を担当しています。よろしくお願いします」
白髭が生えた男性だが、その体格は老人とは思えぬほど屈強であり、過去の戦争の真っただ中を駆け抜けた人だと一発で分かった。
「多くの優秀な生徒が参加する此度の大会には、過去、終わらないとも思えた戦争に終止符を打った冒険者や調査員の二世が参戦しており、その一人一人が研ぎ澄まされ、洗練された戦い方を持っております」
エグゾードがそう言うと、観客席に居た外国人や審査員席に座っている審査員が驚嘆の声を上げる。
だが――、
「・・・中には、残念属性を発現しつつも自惚れで混ざって来た不遇極まりない恥知らず、おっと言葉を間違えました。我が国最低の歩く黒歴史が一人おりますがね・・・」
男性が含みある言葉でオレの存在を遠回しにディスった途端だった。
どっと、オレ達が入場した時よりも凄まじい笑い声が生徒、観客、上層部の席から沸き上がった。
オレの存在は割と周囲に認知されているらしく、国民が、生徒がオレを見て笑い転げていた。
「(だから何だと言うんだ精神異常者どもめ)」
どうやらそんな事でしか笑えない程、我が国の人間は残念な人生を送って来たようだ。
しかし、そんな救いようのない国民の中にはオレの誹謗中傷を喜ばない人間もいる。
「許せない・・・・!」
オレの隣に居るアルテインは、唇を強く噛みながら、その可愛らしい顔からは想像もつかない程の鋭い目つきでエグゾードのクソ老いぼれ理事長を睨んでいた。こころなしか拳が強く握られ、肩が微弱に震えている。
勿論、国民ではない外国から来た観光客もそれを一種の冗談だと思って笑う人もいれば、明らかに国民や理事長に対して頬を強張らせる人もいた。審査員も同じ気持ちを持つ人が居たようで、審査員席は変な空気感になっていた。
「生徒諸君! これは君たちだけの戦いではない! 君たちが守るべき人の為の戦いなのだ! 守るべき人はこの戦いを見てくれている人だけではない。その外に居る人を守る。その為の力を証明する戦いなのだ! それを忘れないように! 以上! 次世代の戦士諸君の検討を祈る!」
高らかに宣言し、一礼してエグゾードは席に再び座り直した。
それに伴い、激励に呼応するように観客性も凄まじい盛り上がり様を見せたのだった。
A A A
「一回戦、誰かなぁ・・・。ライザール=オクプトン。誰だこいつ・・・」
開催式が終わり、オレは待機室でトーナメント表を見ていた。
アルテインはずっとぷりぷりしたままだ。相当、オレを馬鹿にした発言が許せなかったのだろう。
「オレのために怒ってくれるのはありがとう。だけど、気にするなよ。この国の人間の知能が低いだけだ。猿共の挑発に乗る必要はねぇよ」
「何でゼクサー君の悪口言われてたのに、ゼクサー君がそんなに達観してるの!? 怒ってもいいと思うんだけど」
「どうしてそこまで冷静でいられるのか」という疑問と、「大好きなゼクサー君を馬鹿にされた!」と言う怒りが混在した瞳を見て、オレはアルテインに「大好き」と思われていることに少し身悶えする気分で、アルテインの頭の上に手を置き、優しくなでる。
「みゃっ!? ふぁッ!? へ!?」
「大丈夫だぜ、アルテイン。オレの認識が少し甘かったことを痛感させられたぜ」
「? どういうこと?」
「作業の如くアルテイン以外は瞬殺するかと思っていたが、こうにも自分の事で怒ってくれる友達がいるなら、一人一人丁寧に派手にぶっ飛ばしてもバチは当たらねぇなって思ったんだよ」
元々電気属性が戦える属性だってことを能無し共に伝えるための、大きな機会がこの大会だ。どんな方法であれ結局は優勝さえすればいいのだが、アルテインの怒り様に考えが変わったのだ。
この大会で出てくる奴全員を文字通りぶっ飛ばす、と。
観客の偏見と上層部の老いぼれとその他諸々の度肝を抜いてやるのだ。
オレはひとしきりアルテインの頭を撫でた後、トーナメント表を見る。
「――あぁ、やってやるか! この大会に出てくる奴全員ぶっ飛ばす! そのためなら例え外道だと言われても、『雷撃』も『幻影操作』も『脳内物質操作』も『生態電気ショック』も全部やってやるよ!」
「じゃぁボクはゼクサー君に勝つよ。今のボクは最強だからね!」
「言ったな? 負けたら優勝賞品はアルテインだからな!」
「じゃぁボクが勝ったら、ゼクサー君をボクの親友にする!」
グッと拳を握り、国を相手に宣戦布告をするオレにアルテインも凛々しい表情を作り出す。
「じゃぁ、まずは一回戦だな!」
「そうだね、お互い、頑張ろう!」
オレとアルテインは同時に拳を打ち合わせた。