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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章63 『ファン』

 オレがこの精神病院から去るまで後一日となった今日。


 最後の前日だからと言って何かがあるわけでもない。いつもの朝日を浴びながらオレはベッドを這い出て着替える。白衣はなく、制服でもない。室内に常備されている客用の服だ。


 オレの場合は通常の服に加え、帯斧、脛の器具を付けている。武器の装備は義務ではないが、ここは超能力者が集う精神病院である。生身一つで生きている存在をオレは知らない。看護師の皆が皆、白衣や服のポケットに小型ナイフを入れていたり、刃物の出る靴を履いて居たり、看護師待機室に武器を置いている人もいる。


 そしていつもの装備をしたオレは客室を出て地下の待機室へと赴く。


 いつもより早く起きたのもあってか、行く道も待機室にも人影はほとんど見えず、朝食を食べている人物と言えばラーザやヴォルツだけである。


 「いただきます」


 ほんの少し前までは『終末番号(シリアルデッドエンド)』の被害者の治療室代わりとなって、血まみれになっていた看護師待機室だが、ほんの数日もしない内に臭い血痕も残っておらず、本当に同一の部屋なのかと疑ったほどに綺麗になっている。


 オレは壁際に並んだトレーから一食分の朝食を取り、長机において食べ始める。今日の朝食のメニューは総菜パン、サラダ、コーンスープ、紅茶だ。精神病院の隔離病棟の食事なので最初こそ期待していなかったが、今では食べるのが唯一の楽しみになっている節がある。


 「今日はハムカツサンドか。美味いな・・・」


 サラダとコーンスープ、紅茶は種類も一種しかなく、毎日同じものだが、総菜パンに至ってはオレも未だに全てを把握し切れてはおらず、ロデリーに聞いたところ二百種以上の種類があるそうだ。


 と、そういえばで思い出したことが一つある。


 「ロデリー、ねぇ・・・」


 最近の悩みの種でもあるのが、今さっき話に出した男、ロデリーである。


 『終末番号(シリアルデッドエンド)』の一件で大けがを負った彼だったが、なんとか回復し、医療仕事にしっかりと従事している。これは良いことだ。死なれるとオレがなにかと負い目を感じてしまうからだ。


 では何が悩みなのかと言うと、だ。


 「おろ? トールじゃん。今日は早いんだな。部屋にも居なかったから先に朝食しにいったのかと踏んで来たけど、当たってるな!」


 「おお、トールか。ロデリーの馬鹿、ノックもなしにお前の部屋入ろうとしてたから止めておいたぞ。もう少し彼氏の僕を見て上げろと言ってくれないか?」


 看護師待機室のドアを開けて、軽快なリズムで入ってくるのは腕を組んだ二人組だ。金髪蒼眼の青年に黒髪メガネの白衣の男だ。


 こいつが悩みの種の第一人者であるロデリーと、そのストッパーであるメルティオスだ。


 ロデリーはオレを見つけるなり、二人分の朝食を持ってオレの前に座り、自然な形で彼の横に座るメルティオスに朝食を置く。


 メルティオスは「ありがとう」とロデリーにお礼を言い、朝食に手を付け始める。


 まるで新婚さんのような仲の良さであり、友人関係と言われてもどうにもしっくりこない。そんな二人の関係は『終末番号(シリアルデッドエンド)』の事が収まった翌日から始まっており、メルティオスにもロデリーに当時何があったのか聞いても頑なに話そうとしない。


 ただ一言、「とても大事な話だった」としか言わず、ミドルに聞いてもとても複雑な表情で「キスシーン見ちゃった・・・」と返されただけだった。


 分かるのは二人の空気感から恐らく”恋人関係”であることだ。


 しかし、別段規制のかかりそうなイチャコラはしておらず、割と手を握ったりハグしたりで収まっており、仕事も普段通りに運航しているため何も問題は起こっていない(夜の方は知らん)。だがそれが問題なのだ。


 「お、今日はハムカツサンドか。トール、良かったらいるか?ハムカツサンド。僕、朝から油っこいもの食べると胃もたれ起こすんだよね」


 「僕が貰ってやるよロデリー、いくらトールと言えど、生もの渡されたら困るだろ。後、手ぇついてるじゃないか!」


 「えー」


 「「えー」じゃない。寄こせ!ロデリーの手汗と皮膚片の付いたハムカツサンドッ!!」


 ばくッ!と、ロデリーの掌ごとハムカツサンドを食らうメルティオスを見ながらオレは恐怖していた。


 ロデリーは何故か彼氏がいるのにオレに心酔しているのだッ!!


 「(最初なんかの勘違いかと思ったけど、違うなこれは!確実にオレがロデリーの彼氏みたいな構図になってるんだがッ!?)」


 もう一回言っておくが、ロデリーとメルティオスは明らかに恋人のような関係になっている。手は繋いでるし腕は組むしハグもするし、見たことはないがキスもしっかりとしているらしい。そんなロデリーがメルティオスよりも断然絡む率が高いのがオレなのだ。


 こんなことメルティオスが知ったらオレは文字通り首を切られるのではないかと身震いしたが、現実はロデリーのオレへの行き過ぎた行動を制する役周りになっている。それどころか、ロデリーがオレに心酔してるのを見て止めようともしない現状だ。


 それに続いて変化がある。


 「相変わらずトールは格好いい髪色だよなぁ。髪の生え方もザンッ!って感じで最高だし」


 「マジでロデリーってなんのつもりでオレを見てるんだよ。メルティオスも見てやれよ。そいつが彼氏だろうが。オレはお前の彼氏じゃねぇぞ」


 「はぁ!?当たり前だろ、僕はトールのファンなんだ!推しなんだよ!メルティオスは彼氏だが、トールは彼氏じゃない。当り前さ」


 もう何回かしたことのあるこんな益体のなおロデリーとの会話だが、今まではロデリーの目が曇っていたのもあって言葉の上で表向きに信用の有無を決定していた。しかし理由ははっきりしないが『終末番号(シリアルデッドエンド)』の一件があってから、ロデリーの目の曇りが無くなったのだ。


 断言するロデリーの目は大空を匂わせる蒼、そしてところどころに白い雲のような琥珀が散りばめられており、その奥に黒い瞳が鎮座している。


 そんな大空の目からは発言に嘘が含まれていない本気が映し出されていた。


 「(嘘じゃねぇってのがまた厄介なんだよなぁ・・・。ファンって・・・)」


 オレが「良いのかよこんな彼氏で」と、メルティオスに尋ねる。がしかし、反応は予想通りのもので、


 「誰しも推しという存在は居るさ。それは僕もロデリーも同じだ。ロデリーはトールのファンで、推しがトール。僕の推しは永遠にロデリーだ。推しの人の推しを否定するのは傲慢だからね。僕からは何も言わないさ」


 「最初オレと出会った頃と思想が違い過ぎるだろ・・・」


 「・・・確かに前まではロデリーに理想を押し付けすぎていた。でもあの時、しっかりと話し合って”そこは譲歩しよう”という話で落ち着いている。それにトールは絶壁女子が好きだって知ってるし、何より僕も君を一人の友人として、ロデリーを助けてくれた恩人だと思っているよ」


 「重いなぁ・・・」


 ロデリーと違い、未だ眼の部分は黒く塗りつぶされており本音は分からないメルティオスだが、このやり取りをずっとこの調子でやっているため多分本気で思想が入れ替わったのだろうと考える。


 出会った当初こそは初対面に対して、ロデリーの冷たく当たる原因をオレに見出す冤罪発明機みたいな奴だったのに、今ではその面影が全くなく現実と理想の区別が取れているようだった。


 「(オレとしてはこうもファン扱いされることに慣れてねぇからな。どうにもいつもの調子が狂っちまう。相手の目が見える弊害も頭の中に入れとかねぇとな・・・)」


 「とりあえず、ごちそーさん」


 オレは朝食を食べ終え、食器をトレーラーの棚に入れる。

 

 朝食の後は仕事である。仕事と言っても、患者に飯を食わせ注射を打つ。そして意思疎通が可能な人と少しお話をするだけの簡単なお仕事だ。中には宇宙人や超能力者もいる訳だが、あれを同じ人間だと捉えてはいけない。気が滅入るだけである。

 

 「(さて、誰と行こうかな・・・)」


 辺りを見回すもオレ以外で朝食を終わらせた奴は居ない。診察は看護師二人と医師一人の三人一組で行うのだが、どうにもこうにもオレにとって相性の良い人が居ないという状況だ。


 「(ラーザはヴォルツと一緒じゃないと迷子になるし、ヴォルツは生真面目過ぎて疲れるし、ロデリーとメルティオスに至っては論外と、・・・・あれ?居なくね?オレにとって相性のいい人)」


 勤務時間は変更が効くが、オレとしては早めに終わらせたい側の人間だ。朝と昼見回って、夜は外の風を浴びに行くのが最近のルーティンである。


 だが見回してもオレと共に行動できる常識人らしき姿はない。


 「(これは、昼から夜のコースになるかなぁ・・・)」


 かといって今から起きてくる人間の気配はない。ミドルやエルメットもまだ起きるのには早い時間帯だ。


 「待つか・・・、いや、もうこれはロデリーらと行くしかないか・・・?」


 半ば諦観の眼差しでロデリーカップルを見やると、コーンスープをアーンして口に放り込んでもらっているロデリーが見えた。


 「(邪魔しない方が良いな、あれは・・・・)」


 完全にホモと成り上がったロデリーを見ていると、寒気が背中を走り抜ける感覚になる。


 オレは軽く溜息を吐き、自室に戻ろうと脚を待機室の出入口に向かわせようとして――、


 「トール居ンのかァ?」


 「うわひょいッ!?」


 ガンッ!!と、乱暴に病室へ向かうドアが蹴り開かれ、中から人を殺していそうな声がオレの存在の有無を尋ねたのだ。


 そしてその直後に白い幽霊、――のような風貌をした男が闇から現れた。


 肩までかかった白い髪に赤く鋭い眼、華奢な身体からは想像もつかない程の圧を感じさせる男、オレウス=ドラグノートである。


 「課長、どうしたんですか? なんで病室へ行く扉から出てくるんですか? 迷子?」


 「『終末番号(シリアルデッドエンド)』の一件から動けてねェ奴が居るから人員不足でなァ。オレ様の管轄下だからオレ様も診察してンだよ。ンで、ちょッと休憩しよォと戻ッてきたらお前の声が聞こえてきてなァ・・・。散歩ついでに一緒に診察しねェかッて誘いだ」


 クイッと親指で奥方を指さすオレウスに、オレもまた視線を合わせるとエルドーラが渋い顔をしながら立っていた。


 「医師もいる。看護師は看護師免許持ッてねェ奴でもイケる。なら道理に適ッてンだろォが。なァッ!」


 「ひぃ!は、はい!ひぃぃ!ひ!はひいぃぃ!!」


 ほぼ怒号に近い確認でエルドーラから同意をむしり取る光景に少し唖然としながらも、オレはその誘いに乗った。

 

 「分かりました。じゃぁ、お言葉に甘えて、行きますか」

 

 「ほォ、悪くねェ返事だ。いいぜ、さッさと終わらせるに限る」


 「そっすね」


 オレは頷き、オレウスの背中を追いかけて診察に同行した。


 

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