第一章60 『終末番号』
「正体不明のモンスターで、『終末番号』。・・・まさかクリッカーなのか?」
「違う。別の『終末番号』だ。ちなみに男だ」
廊下を走りながら地下へと赴く道でオレはロデリーに、脱走した『終末番号』の情報を聞かされていた。
「クリッカーは『不老』だけだ。脅威性は分からないが、自ら断りもなしに医師を潰して脱走する奴だとは思えない。そしてクリッカーは女性だ。今回逃げ出したのは男で、名前をバークと言う。今さっき言った通り、何のモンスターを『呪胎』しているのかは分からないが、分かっている能力としては、身の丈に合わない怪力に、周囲の色と同化する擬態性、後は俊敏さと爪が硬くて鋭い。・・・かなぁ?」
「「かなぁ?」って・・・・」
「仕方ないじゃないか! 僕だってアイツの全部を知ってる訳じゃない。勘弁してほしいね。・・・ちッ!」
軽く舌打ちするが、その顔は憎悪に彩られており片手剣の柄を握る力がより強くなっている様に思う。
タンタンタン!!と、階段を駆け下りる音が木霊する。
ロデリー曰く、バークは未だに地下に潜んでいるらしい。だが、地下の入り口から先に見える暗闇の中、壁際に設置されている燭台の明かりはまるでいつもの静寂のようにそこに佇んだままだ。
――少なくとも、何か危険な、血みどろの香りは全くしない。
「普通の、空気感だな・・・」
「あぁ、・・・僕の『空気感知』も反応していないあたり、まだここには来ていない」
横に立ち、掌で空気を触っていたロデリーが再び歩き出す。どうやら地下廊下の空気を触ることによって、『終末番号』が来たか来ていないかが分かるらしい。
「空気触って分かるって、・・・もしかしてロデリーって風属性なのか?」
「――? そうだよ。空気の流れの微弱な動きを感知して、特定の人物が居たか居なかったかを特定するんだ。まぁ、効果範囲も狭いし戦闘には役立たないけどね・・・」
「・・・・・・・」
自嘲混じりに呟き、更に片手剣に込める力が強くなる。オレはロデリーが少し可哀そうに見えてしまっていた。
ロデリーにどんな悲壮感溢れる過去があると言うのか、気にならないと言えば噓になるが、あんな飄々とした態度でもメルティオスを大事に思っているという姿を見るに、人間関係で盛大なトラウマを抱えているように感じられる。
ロデリーは歩いた先で立ち止まり、振り返ってオレを呼ぶ。
「トール、一応ここら辺は大丈夫だ。流れてくる風からも『終末番号』の気配はしない」
「分かった」
「この先にあるのは看護師待機室だから、ひとまずそこへ行こう。誰かいるかもしれない。もしかしたら、メルティオスも居るかもしれないし・・・」
「あぁ、・・・大丈夫か?」
「大丈夫じゃないさ。こんな感情数年ぶりだよ、クソッタレが・・・」
ケッと唾を吐き出し、無造作に踏みつける。憎悪を言葉にし過去を思い返したのか、口調が今マンで打って変わって暴力的になっていた。でも不思議と失言したオレに悪意は向けられなかった。
それどころか、オレに対して申し訳なさそうな顔をしだす始末だ。
「さっさと行こう。今すぐ行かないと、僕は、今度こそどうにかなってしまう」
「じゃぁ急ぐか」
オレが走り出すとロデリーもまた走り出す。左に曲がって少し走り、看護師待機室のドアを叩く。
中から声が聞こえた。女性の、――ミドルの声だとすぐに分かった。
「誰? 無回答は頭に水を出す。今から十秒以内に答えないと、肺に水を出す」
「こわッ!? あぁ、オレです。トールです。あと、ロデリーも居ます」
「ミドル姉さん、僕だ」
「うっわぁ~、口先だけのロデリー君か。口先だけだからなぁ、信用できないし血管から水分抜いちゃおっかなぁ~」
「「うぇッッッ!!??」」
「冗談冗談、入ってきていいよ」
扉越しから軽快な声と共に入室の許可が下りた。そして瞬間、真っ先にロデリーが飛び込むように室内に入って行った。オレもその後を追いかけて扉の先へと脚を踏み入れる。
――地獄のような光景が目に入った。
辺りは一面血の海で、室内はとても血なまぐさい。かなり広い空間だったのが、今では大量の人と医療道具に溢れかり、見る影もなく狭くなっていた。
壁によりかかる人に横に寝かされている人。そしてあくせくと動き回る医師の姿がある。
十数人の医師と看護師が鮮血のにじむ腕や胴体に包帯をぐるぐるに巻きながら待機室のスペースを埋めていたのだ。
『終末番号』の被害というものが如何にひどいかと言う事が嫌でも分かってしまう惨状に、オレは絶句するほかない。
「・・・・・」
「ミドル姉さん! メルティオスはどk―――ッ!!」
ロデリーの慌てた叫び声にハッと現実に引き戻されたオレは、部屋の隅で困憊する様子のロデリーに駆けよった。どうやらミドルがメルティオスに何かをしている真っ最中のようで、メルティオスは生きていると言われても実感できない程に皮膚が青白くなっていた。
しかしあんなにミドル相手でも、臆せずにロデリーは友人の様子を案じている姿に一瞬関心したが、それよりもメルティオスの腕に触り続けているミドルの方が気になった。
「ミドルさん、何してるんですか?」
オレの問いにミドルは冷静沈着に答える。
「今間接的に、メルティオス君の腕を通して血管の中を流れる血流を一定に保ってる最中よ。無駄な失血だけは避けたいからね。こうして自然治癒を待っているのよ」
「メルティオスは治るのかッ!?」
「本人の回復力次第かな。だから皆、暗いことは言わない。ずっと軽快な口調で会話をしているの。士気が下がるからね。ロデリー君も、焦る気持ちは分かるけど、今は落ち着いて」
「わ、分かった・・・」
ロデリーがほっと自身の胸を撫でおろした。しかし同時に口からは悪意が漏れ出す。
「・・・・ぶっ殺してやる」
「そういう言葉はダメですよ」
「うぐっ」と言葉に詰まるロデリーを尻目に、オレはミドルに問いかけた。
「ミドルさん、ヴォルツさんやラーザさんとかが見えませんが、何処を中心に探してるんですか? 後、『終末番号』は今のところどこの階層に居るか見当つきますか?」
オレが見渡した限りだと、部屋に居てなおかつオレが知っている看護師や医師はミドルと、部屋の隅で他看護師の手当てを手伝っているマーヤしか居ない。他は出払っていると見えるがしかしどこに居るのか。何処を中心に部隊が展開されているのかを知らなければ、オレ達が探している場所が見当違いだったら大目玉だ。
ミドルは少し顎に指を添えて考え、彼女なりの答えを出した。
「確実にここ!とは言えないけど、『終末番号』が逃げたところが地下五階だから、そこを中心に二人、三人一組で巡回してるよ。後は私の予想だけど、多分もう『終末番号』は五階にはいなくって、もっと深い部分に居ると思うの」
「何で深い部分なんすか? 逃げるなら上層に行くでしょ」
「まぁそうなんだけど、あの『終末番号』は頭よさそうだったからさ、ほとぼり冷めるまで下に居て、段々と警戒網が緩和されてきたら上へ行くって感じ、じゃないかなぁ?」
「「かなぁ?」って・・・・」
だがしかし、なるほど。そういう考え方は大事だ。今まで関わってきたことのある人だからこそ、分かることがあると言うものだ。
「じゃぁ六階層より下か。つっても六階層と七階層しかないけどな」
「じゃぁその二つのどっちかだね」
「トール、早く行こう!」
今まで息もしてなかったような気配を急に滾らせ、ロデリーが咆哮し片手剣を握って部屋を飛び出していった。おい、オレを置いていくな。
「ったく、ロデリーめ。抜け駆けしやがって。・・・ところで、ミドルさん」
「なぁに?」
「『終末番号』は生きたままの捕獲ですか?」
「んーん。今回ばかりは被害が大きいし、なにより元から廃棄予定だったから死んでても大丈夫よ」
「廃棄予定・・・」
流石と言えど、患者の扱いがひどいものだと思ったがこれだけの被害者を出しておいて、さらには精神異常者と庇う要素が一つたりともないことに一周回って妥当だとすら感じる。
「んじゃ、オレも行ってきます」
「えぇ、行ってらっしゃい。くれぐれも死なないように。逃げられるのなら逃げて。課長に伝えたら、後は課長が全部やってくれるから」
ミドルの課長に全幅の信頼を置いているのを見るに、課長は『終末番号』相手でもかなりの実力を発揮することができるようだ。
「マジで何者だよオレウスさん・・・」
虚空に呟き、オレは一礼して部屋を出てロデリーを追いかける。
まさかこの後、ミドルの言ったことが本当になるとは思いにもよらずに。
A A A
六階層。
今までとは打って変わって暗さしか感じない無機質な廊下に、俺達の声が木霊する。
オレはなるべくメルティオスの話題に触れないように、ある程度怪我人の話を出さずにロデリーに話しかけていた。
主に「今までこんなことあったのか」や、「課長が戦闘するとどれくらい強いのか」、と言った当たり障りのないようなどうでもいい内容を聞いていた。そうでもしなければ、ロデリーからどんどん笑顔が無くなって行くからだ。
そして何より、
「(音一つもしねぇの恐過ぎるんだがッ!? 平和の証拠なのかもだけど流石に無音は別の意味で怖いわッ!!)」
壁際に設置されている燭台が薄く輝いている廊下は、一つ一つの部屋の惨状を隔離するように鉄製の大きな扉があちらの世界とこちらの世界を断絶しており、下層に入るごとにその物寂しさは倍増しているとすら感じられる。本能的に肌が悲鳴を上げているのだ。
オレは腕をこすり熱を生み出しながら極端に寒い廊下を歩く。未だに物音ひとつしない廊下の中にある音源なんてオレ達しか居ない訳だが、ロデリーは空気を触るごとに顔に不快感を募らせている。
・・・何がとは言わないが、居る。もしくは”居た”のだろう。
「・・・・居たな。それもほんの少し前まで。気を付けろよトール、多分あっちは僕らの事が見えている」
「言っちゃうのかよ・・・」
オレの心に反応でもしたか、あからさまに片手剣を虚空に向けて構えだすロデリーを見て、オレもまた腰から斧を抜き取る。ロデリーの言葉を信用するのもどうかとは思ったが、発言に明確な敵意が込められているあたり、戦闘態勢を敷いた方が良いと言うのは本当のようだ。
「(空振りではないか・・・? ひとまず裏付けを取らねぇと。居るって分かればオレウスに報告して全任せすることだってできるし・・・)」
オレとて『終末番号』の脅威を侮っているわけではない。クリッカーは確かに物腰柔らかいが、ロデリーが言っていたように変に話が噛み合わなかったりすると本当にえげつないということはなんとなく分かる。
あの、優しいクリッカーでさえも”そう”なのだから、本場の狂ってるキチガイ『終末番号』がヤバくない訳がないのだ。下手すれば、もっと恐ろしいものかもしれない。
オレは再度脅威のレベルを肌身で感じながら、”大熊”との戦いで得た”あの感覚”を再び現世に顕現させる。
「(イメージ、イメージ、・・・限りなく広い自我。全身の神経を逆立たせて波のように広げていくように、集中力、敏感性をもっと周囲に広めるように―――!)」
オレが想像力を働かせて現実に描くのは、一種の集中の領域。――無我の境地の真反対。何処までも広がる集中力の膜だ。世界で起こる全ての事象がオレの掌に収縮されるように、全ての物事、そして空気さえもオレの世界観に全て映し出されるように―――、
そしてその平面樽集中力は―――、
「・・・っし! 二回目だけど大体掴めてきたか・・・!!」
割と上出来の部類に入った。
「(しっかりと部屋一つ一つの内部構造までしっかりと見れるし、なんなら扉越しに居る患者の行動も見えるな・・・! それに――――ッ!!)」
それに、だった。
「え」
オレの身体が止まった。まるで時そのものが止まったような感覚だ。現実から、魂が切り離されたような、分断された意識が宙を舞う。
それもそのはずで―――、
「ロデリー・・・・」
「ん? ・・・なんだ、トール」
「六階層ってさ、部屋に患者二人とかあったっけ?」
「? ―――――ッ!!??」
オレの疑問に最初は首を捻るも、その意味を理解したのか、サーッとロデリーの顔から血の気が引いていく。
そしてそっと首を横に振って言う。
「ちなみにそれって、何処の部屋?」
「ロデリーの真横、つまり左の」
「!?!?!?!?!?!?」
ロデリーが無言で目を白黒させ、『終末番号』が居るであろう部屋から半歩退いた。まぁ心中お察しである。オレも最初ちょっとビビったまである。
「確かに、扉の鍵部分、無理やり開けられた跡っぽいのがあるな・・・。これ、中の人生きてるのかな・・・?」
「生きてるっていうか、部屋の景色と同化してるのかな?・・・なので、本来の患者は生きてますよ」
「そうか」
一言頷き、ロデリーがオレに後ろに下がるように手で制する。そしてロデリー自身が部屋の前へと立った。オレはその行動に疑問が浮かび上がり、ロデリーに引くようにと言う。がしかし、ロデリーは「いい」とだけ言い扉の前で深呼吸を繰り返すばかりだ。
「なにしてんですか?」
「敵討ち」
「いやそうではなく」
何故敵討ちをしようと言うのか、メルティオスだって生きているしそんな危険性を伴うことをする必要があるのかと聞きたかったのだが、想定と違う答えが出てきた。
それもロデリーは分かっているらしく、それでもそこを譲ろうとしない。
そんな妙な頑固さに苛々しながらも、オレはロデリーを引きはがそうとする。だがロデリーは頑なとして離れようとしない。それどころか、「ボクは置いておけ」と言う始末である。
だがそんな押し問答もしている暇が突如なくなった。
それはオレの『平面の集中力』が感知した”動き”で――、
「っぶねぇッ!!」
「―――!!?」
先読みした”動き”がオレの脳内にて予見再現された瞬間、オレはロデリーの方を抱いて真横に跳んだ。
刹那、尋常でない速さで鉄の扉が内側から凹み、超高速で向かい壁に激突した。
「何がッ!!?」
「来るぞ!『終末番号』だ!!」
混乱するロデリーにオレは叫び、扉と共に飛び出した人影の次の行動にオレは真下から斧を振り上げて攻撃先に来る腕を弾き返した。
カァンンッッ!!と、快哉が響き渡る。
オレはその手ごたえに違和感から、『終末番号』は不意打ちを人を守りながら弾き返されたことによるオレへの警戒心から距離を取る。そしてある程度離れた地点でロデリーを解放した。
ロデリーは常時展開について行けていない顔でオレを見る。『終末番号』を見ても現実感がないような、ふわふわした感想しか出てこなかった。
「『終末番号』・・・・・」
「ロデリー、今すぐ課長を呼んできて来てくれ。今の手応えからして、お前を守ってなくてもあの攻撃に反応しにくいんだ。感知できるには出来るけど、身体が付いて来れていない。頼む、今すぐに課長のところh」
言いかける直後、更なる”動き”を感知したオレはロデリーの目の前に立ちふさがり、右手の斧を薙ぐように振るう。
――がァンッ!
やけに金属質な音が無機質な廊下を駆け抜ける。
その攻撃が高速で飛んできた爪だと分かるのに時間がかかったがしかし、どうやらロデリーから聞いていた特徴以外にも『終末番号』には武器があるようだ。
オレは呆然と突っ立ったまま、何が起きたのか理解していないロデリーを怒鳴りつける。
「ロデリー!!さっさと救援を呼んで来い!!オレじゃ抑えることは出来ても鎮圧することは無理だ!今すぐ課長とかヴォルツさんとかミドルさんを呼んで来いッ!!今すぐ!!」
「で、でもよトール・・・」
「今すぐだッッッ!!!!」
「え、ぁ。わ、分かった・・・・!!」
後ろからロデリーの靴音が遠のいていく。そしてオレは戦闘に集中するため、脳のアドレナリンを操作して分泌量を数倍に増やす。視界が狭まって行き、オレの目には人型の異形、『終末番号』しか映らなくなる。
―――『線の集中力』だ。
「(一挙一足を見間違えるだけで致命傷になる。周囲の環境よりもこっちを優先すべきだ)」
オレは目的と目標を設定する。増援が来るまでの時間稼ぎで、『終末番号』だ。そして更にはノーダメージ縛りでもある鬼畜仕様だ。
「一撃を受けるだけで致命傷だからな。絶対に被弾しない。絶対に」
「・・・・・・」
オレの決心を迎え撃つのは無言の『終末番号』だ。『終末番号』は人型であるものの、口らしきものは見当たらず、五つの目がオレを凝視している。全体的に灰色であり、立方体や三角錐で作られたような凹凸のある身体に、手足が獣の爪のように鋭い。そして”灰獅子”波の回復能力だ。
「(さっき飛ばした爪が元通り、か・・・。無理ゲーすぎるんだよ・・・)」
目の前の理不尽糞野郎に圧倒されながらも、オレは『終末番号』の目を見る。五つの目はそれぞれオレの頭手足を見ているが、明確に攻撃的な色を宿しているのはオレの左右の手の部分だ。
「(先に部位を攻撃か。こっちの攻撃手段を減らす気だな・・・)」
だがそうは言っても実際にするのは難しいだろう。それは相手も分かっているのか、むやみやたらに攻撃しようとはしてこない。だがそろそろか、こっちの動きをよく観察している。いつ動けば必中率が上がるかどうか、と。
お互いまるで動こうとしない。静寂の中、最初に動いたのは『終末番号』の方だった。
オレの息が吐かれた瞬間、虚を狙ったかのような攻撃の仕方だが、”これ”は読めていた。
掬い上げるように振るわれる爪が、壁の床ごとオレの右腕の付け根を狙って突き刺すように飛び出してくる。だが、オレは”これ”をすんでのところで回避し、『終末番号』の脇腹めがけて左の斧を炸裂させる。
斧はまるで流れる風のように『終末番号』の脇腹へと、吸い寄せられるように突き刺さり、身体の半分まで突き進める。
だが、オレが読めたのは”ここ”までだった。
「!? 引き抜けねぇッ!!?」
本来であれば一撃入れて引き抜くつもりだった斧が、再生された身体の筋肉によって阻まれ、美味く抜き取ることができなくなっていたのだ。
そしてこの”ほんの一瞬”が命取りとなる。
引き抜きを諦め、すぐに手を離す。これでは遅かったのだ。
――『終末番号』の大爪がオレの眼前へと迫っていた。
「(しまッ――――――
再生能力と言う名のカウンターに怯まされ、オレの意識が大爪に気づいた頃にはもう既に時遅し。迫り来る”死”を司る一撃が、オレの目玉脳ミソもろとも貫通させんと振るわれて――、
オレの視界に鮮血がばら撒かれた。
まるで他人ごとのように、オレの視界を”何か”の鮮血が埋め尽くす。
世界が、時が、全てがゆっくりとゆっくりと過ぎて行き、
はじめてオレは、突き飛ばされたのだと言うことを知った。
「・・・は?」
疑問、そして確信。
オレがゆるりと首を動かして突き飛ばした”何か”を見る。
映し出されたのは晴天のような綺麗な青の目に、金色の髪を揺らした男。まるで今まで必死なことでもあったか、今の顔は満足げなようにも見えて。
「何故か」を問う前にその青年が口を開いた。
「今度は、僕が失う番だ」
そう言い残し、オレの指導役で、一度救援を呼びに駆けさせた男、ロデリーがオレの目の前で笑顔を見せながら血の沼に沈んで行った。