第一章59 『照り焼きバーガー』
さざ波が揺れる。生ぬるい潮風が吹く。
オレ達が飯を食っているところは海の上に設置されたテラスだ。
オレウス曰く最近できた観光地らしく、大量のテトラポッドに囲まれた所を見るに津波対策はしっかりと取れている様に思う。
オレ達はそんな中、白い野外テーブルの上で”照り焼きバーガー”なるものを食べている。衣をつけて焼いた鶏肉を大量のソースで味付けし、キャベツと一緒にパン作り専門店の焼いたパンに挟んだ料理らしい。
味はと言うと、
「うんめぇ――――ッッ!!!??」
なんだこれ!?いつも店で買って食ってる塩パンよりもずっと美味ぇぞ!!食堂のおばちゃんが作ってるパンなんか比べ物にならねぇ美味さだッ!!しかも両手には収まらないデカさだッ!!
「これ一個何クランだよ!?美味すぎるんだけどッ!!?」
「一個五百五十クラン。ッつッても、お前の住ンでるところだッたらそンなかからねェだろ。せェぜェ三百四十クランくれェだろ。ッつゥかゼクサー、お前今まで何食ッて来たンだ?腐ッても金持ち両親の子なンだからこンな料理いくらでも食えただろ? それともあれか?専属シェフが作ッてくれた料理しか食ッてねェ、外も高級レストランしか行かねェお坊ちゃンだッたとかか?」
「五百五十って高いなッ!? オレの六日分の夕食代で買える金額じゃねぇか!!後、オレは専属シェフの料理なんて五本指で数えるくらいしか食ってねえし、酒と発酵食品をごまんと使ってる料理だったから美味しかった覚えなんてねぇよ。外食でレストランとか行った事ねぇよ!」
「は?食ッた事がねェ?は?・・・・ゼクサー、お前一日の夕食代ッて幾らだ。昼食代とかどうしてンだ。後ついでにお小遣いも幾らか教えろ」
口に着いたソースを拭いながらオレは手に持っている照り焼きバーガーの重量感と、それに値する金額の重量感に耳を疑った。が、咀嚼する口を止めたオレウスの質問にその妙な有難さも喉元を通り過ぎた。
オレはオレウスの変な雰囲気に押されながらも、正直にありのままを言った。
「夕食代はいっつも紙幣一枚。緑のインクで描かれたオッサンの顔だから、――あぁ、百クラン札だな。で、お小遣いは貰ってない。年に一回会いに来てくれる爺ちゃんが誕生日祝いにくれる一万クランを切り崩して昼食代に当ててるって感じ。親父も母さんも家に居ないから、そういうこと言う暇がなくってさ。酔っぱらってた親父に一回言った時は、「学費と制服代払ってやってるのに不労所得だと!偉そうに!」って正論ぶつけられて殴られたからさ。それから小遣い貰うのってズルい気がするんだよね」
「なンだそのクソ親は」
「だからそれ以降はオレも小遣いねだって無いかr、って、え、クソ?」
一瞬聞きなれない、というかオレウスが放った言葉にオレが眼を白黒とさせる。
そんなオレの困惑すらも受け取ってもらえず、オレウスはトントンと指先でテーブルを叩く。
「考えてみろゼクサー。確かに不労所得にキレる親と言うのは存在する。だが、それで子供に手を挙げるのはクソとしか言ィよォがねェ。それになンだ?夕食代が百クランだと?塩パン二つしか買えねェじゃねェか。健康管理どうなッてンだオイ。そのクソも一体どういう頭の構造してンだよ、弾き飛ばすぞ」
「た、確かに・・・」
「毒されてンだよ、お前。頭では親父がクソだッてのは理解してンだ。でも逃げるとか考えられねェンだよ。言論が正論だと感じちまッた瞬間にもういよいよ末期なンだよ。さッさと逃げねェと面倒くせェぞ」
「逃げるって大げさな・・・」
「そういう所だぜ、ゼクサー」
オレウスが再び照り焼きバーガーを口に運び、女性とも見間違うほどに綺麗な所作で咀嚼する。その様子を見てオレもまた照り焼きバーガーの続きをほおばる。肉を喰う機会自体が朝飯だけだったので、昼にこんな肉感のあるものを食べることが稀だ。そのせいか、照り焼きを入れただけのパンがとんでもなく美味しく感じる。
だが、そんな幸せもいつまでも続かない。
もう一口くらいで食べ終わるくらいにまで減ったところだった。
「また食いてぇな・・・」
しみじみと、残った照り焼きバーガーの欠片を眺めながら、この幸せがもうすぐ終わることに独り言を呟いていた。
そんなオレをどう思ったのか、同じくして食べ終わり、包み紙を袋の中に入れているオレウスが「あァ?」と首をかしげる。
「ンなもン、病院で働いた分の給料で買えば良ィじゃねェか」
「へ?」
「あン?」
オレが顔を上げると、オレウスがオレの疑問が不思議に思ったのか変な声を出す。直後に何か思い出したかのように掌を打った。
「そォいや言ッてねェな。機会も機会だし、そろそろゼクサーも辞める頃合いだからな。キチンと言ッておかねェとなァ」
「何を・・・?」
オレウスの怪しげな笑みにオレの座っていた椅子が半歩下がる。瞳では攻撃の意志が無いと見えるのに、何故かオレは少し背中に嫌な汗を感じた。
オレウスは紅い瞳を見せたまま口を開く。
「元々ゼクサーを入れたのは一時的な人員欠如の穴埋めだッたンだ。本来なら外国から幹部が応援で来てくれるはずなンだがなァ、どォやら”外”が騒がしいらしくッてよォ、到着が遅れるッて聞いた。で、丁度そこにジォスのクソ男からお前を紹介されてなァ。本当は素人でカタギを入れるなンてクソみてェな真似しねェンだがな。ジォスが五月蠅くッてよォ・・・」
少し頬を染めながら目線を逸らしてオレウスが口を拭く。
「・・・ンで、ただ単に働かせるッてのも割に合わねェし、変に告げ口されるとジォスと全面戦争しなきゃならねェ。だから”派遣”の名目でお前を労働させてるッつゥ訳だ。これまでは分かるな?」
「ん、あぁ・・・」
「だからお前は一端の労働者。だから給料が出る。いつもは月に清算して給料出してるがァ、今回は中途半端に三週間だからな。ゼクサーが三週間までしっかり働けば給料が出るッて訳だ。どォせジォスに精神強化とか謎の名目で連れて来られたンだろォ? だッたら出しとくもンは出しとかねェと、なンかあッた時頼りにされねェッてのは悲しいからな」
「なんだそのなんかあった時って・・・」
でもまぁお金が貰えるんなら、あの地獄もやった甲斐があると言うものだろう。一体何クラン貰えるのかと思ったが、そもそも、オレが今の今まで働き続けていた原因は何だと言うのだろうか。
「とりあえず何クラン貰えるんだ? オレとしてはここで衣食住整って生活してたから給料はどっちかってっとおまけに近いんだよなぁ。”外”で初めて過ごした時よりあまり生命の危機を感じないし、良いところなんだよなぁ・・・」
「住めば都の究極かよお前。・・・まァ、とりま給料としてはざッと八万クランだな。今後の活躍にもよるがァ、”派遣”の名目である以上ォ他の看護師医師と給料の差は出ちまうわ。そこは呑み込ンでくれ」
「んえ? 八万クラン・・・?」
オレは驚きに目を瞬かせる。なぜならその値の金額は・・・、
「普通にバイトするよりも二倍近くあるじゃねぇか・・・ッ!!」
オレの通っているオヴドール学園の生徒がバイトで稼ぐ賃金は月六万クラン程だ。つまり三週間だと四万弱となる。
「(未成年雇用だからってのもあるけれど、それでも精神病院の方が高いってやっぱアングラなだけはあるなぁ・・・)」
「勿論口封じ料とか正規雇用とかだと月五十万クランは最低賃金だな。医師とかだともッと高ェ。オレ様は課長職だから月百二十万クランくらいだが、衣食住ついてて月二十万は破格だと思うぜ?」
「オレとしては八万クランあたりでびっくりだわ・・・」
オヴドール学園は生徒のバイトを基本的に禁止しており、何か特殊な事情がない限り生徒が働くことを許さない規則がある。オレはその規則のせいで、バイト可能条件に引っかからずバイトの話を聞いても、実際にしたことはないのだ。だから実際のバイト生徒がどれくらい稼いでいるのかなんて分からない。
分からない、が・・・。
「また買えるんだな、これ・・・」
オレは残った一口の照り焼きバーガーを口に詰め込む。とてもタンパク質の滾るソースが口内を駆け巡った。最後の一口だが、最後ではない。
「ごちそうさん」
オレは紙袋の中にあった紙で口を拭き、包み紙と共に丸めて袋に戻す。まだ口の中にはソースの余韻が残っている。
オレがその残り味を堪能していると、あることに気が付いた。
「そういや、『業皇』・・・!!」
「―――ッ!!?」
「オレウスさんって『業皇』ってどんな人なのか知ってるか?」
「―――。あァ、びッくりしたじゃねェか。急に『業皇』の単語だしやがるからどォしたもンかと、・・・あンなもン、ただの肩書だ。『業皇』なンざ呼ばれてるが全然普通の、悪党だ。にしてもどォしてンなこと聞くンだ?」
「いやさ、オレのこと気に入ってくれたって聞いたけど、オレって『業皇』のことなぁんにも知らねぇからさ。どんな人なのか聞いときたくなったんだよ」
一瞬顔を強張らせるオレウスだが、オレの捕捉によって表情を軟化させる。「そォか」と頷き、言葉の続きを入れ始めた。
「『業皇』の本名は分からねェ。だがまァ、オレ様が会ッた時は普通の悪党みてェな印象だッたな。外見はオレ様と同じで、赤い眼に白い髪だ。属性は多分”風”か”圧”あたりじゃねェかなァ?・・・後はそォだな。”悪意の翼”の保持者だッたな」
「―――? ”悪意”?」
聞きなれない単語にオレが耳を疑う。オレはイドから翼の話を聞かされた覚えがある。だが、それに種類みたいなものがあるとは思っても見なかった。
「(今確かにオレウスは”悪意の翼”っつってたな・・・。なんだ?”悪意”って。言葉通りの意味じゃないのはなんか分かるけど、そもそもオレ自身”翼”についてもあまり知らねぇからな・・・)」
「”悪意の翼”ッつゥのは、所謂”親の悪意によって独立した人間”がその悪意を認識することで手に入れる力のことだ。例えばだが、赤子の遺棄とかな。捨て子とかがそれに当たる。親の”悪意”によッて一方的に独立させられた奴が、翼を悪意に染めるンだよ」
「それと力が何の関係が・・・?」
「”悪意”ッてのは形がなンであろォと、害意のあるものであることに変わりはねェ。人が愛ある環境で独立すれば翼が生えるがァ、そォでねェ環境で育ッて独立するとどォなるか。・・・答えは簡単。いつ害されるか分からねェ環境で人が必死に生きよォとする意志に属性が呼応して、概念すらも捻じ曲げる”属性の拡大解釈”の力を扱えるよォになンだよ」
「それを『業皇』は使えるってのか、すげぇな・・・・・」
感嘆混じりにオレが頷くと、オレウスは若干顔をしかめながら首を振る。
「そンな良ィもンじゃねェよ。普通は、そンなことァ起こらねェンだよ」
「・・・・」
「でも時々、平和になッた世でもクソみてェな、この世の全てを敵に回したかのよォな”悪意”を見ることがある。あンな悲しィ色してる悪意なンて、そォ見ねェ。どれくれェの人間から、どれほどの強い憎悪を貰えばあンな凄まじィ悪意が、その前兆が、生えかけの翼が、見れるッてンだ。クソッたれ」
そう言って、オレウスは紙袋を近くに設置されているゴミ箱の中に投げ捨てる。袋は風に揺られながらもキレイにゴミ箱の入り口に吸い込まれていった。
そしてすぐに席を立ちあがり、テラスから出ようと歩を進める。オレもその後に倣ってごみを捨て、足跡を追っていく。
テラスを出るところ辺りでオレウスが待っていた。
「お前は、オレ様みてェになるンじゃねェぞ」
「んえ? なんか言いました?」
オレが追い付いた刹那、何かを口にしさっさとその場から外へと脚を運ぶ。
聞き取れなかったものの、オレも気にするまいとオレウスの後を追った。