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『最弱』の汚名は返上する。~不遇だなんて、言わせない~  作者: パタパタさん・改
第一章『アルテイン編』
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第一章57 『男の子は嫌いですか?』

 あくる日の真夜中、外は雷雨なのか大粒の轟音と幾線もの雨音が空で津波を起こしている。


 そんな中、オレは目を覚ました。


 決して轟雷の天をつんざく音に恐怖心を駆り立てられた訳ではない。何万回も誰もない真夜中で寝てきたのだ。例え幽霊が出てこようものなら、一緒に寝てくれる相手としてベッドに連れ込むだけだ。


 だからオレは独りで寝ることには慣れている。外が騒がしかろうが、病室にまで入ってこないのだから何の問題もない。


 問題があるとすれば、だ。


 「んん~~~~~~~」


 静かだった白い大河が激しく揺れている。


 オレが胴体を動かすと、少しすれば巨大な波がオレの温もりを探して怪魚となる。白く広い大河の中、オレの体温を感じ始めた怪魚は再び喉を鳴らして身を寄せる。その一連の客観的印象はさながらナマズのようだ。


 「・・・・」


 オレはこの大ナマズの手足が身体に巻き付いて来るのが決定打となり、睡眠欲を根こそぎ食われたのだ。


 「(・・・邪魔だ)」


 腹に乗っかられるのも、背中には手を回されるのも、脚が脚に絡み付くのも、オレにとっては全てが不快感を煽られる。気分をリフレッシュするための睡眠であるはずなのに、この気分の沈みようにはオレもため息を出す他ない。


 「(誰かは全く分からねぇけど、ずっとこのままなのは違和感だし腹が立つ)」


 寝てるときに抱きつかれるほど嫌なものはない。そう思えたオレは、問答無用に大河の内側に手を入れて、シーツをまるごとひっくり返した。


 「はわっ!?」


 可愛いナマズの声、――じゃない。人の、それもなんか聞いたことのある声がオレの耳を障った。


 本来此処に居るはずのない人間が、急な寒さと光によって混乱する。そして混乱しながらもオレの胴体、脚をぎゅっとつかんで離さない。むしろ一層抱き潰すと言わんばかりに力が強くなっている気さえする。


 オレはそんなススキのような金色の髪とぎゅっと目を瞑る可愛らしい体格の男児に声を掛ける。


 「―――エルメット、お前、何してんだ?」


 「んえ?」


 「「んえ?」じゃねぇんだよなぁ・・・」


 完全にオレが変な事言ったような雰囲気になっているが、オレは全く関係ない。むしろ被害者と言って良いだろう。気づけば身体に可愛いショタが巻き付いている。オレはずっとオレの部屋にいて誘った覚えもないので、エルメットが此処に来ているのがおかしいということだ。


 「なぁ、なんで居るんだ? 一人じゃ寝れない系の子供か? 言ってくれれば添い寝くらいなら許すんだが、急に抱くのはダメって言うか抱きつかないでくれ」


 今なお抱きつかれたまま、オレはエルメットに諭すように注意する。


 「え、そうなの?変なの。・・・分かったー」


 「そう言いながらオレの背中に腕を回すあたり分かってない反応だなオイ」


 エルメットは分かっているのか分かっていないのか、または分かっていない振りをしてるだけなのか、金色の髪の毛を揺らしながらオレの腹に顔をうずめる。オレの指摘を気にしない様子で、オレの腹の臭いをくんかくんかする始末だ。


 可愛いなと思ってしまう反面、やはり抱き着かれることには慣れないなと思う。


 知らない人から、というか他人から抱き着かれることに恐怖を感じてしまうのだ。恐怖は慣れない。エルメットに初めて抱き着かれた時は、腹に頭突きが突き刺さり胃が激痛に侵されていたためかあまり気が向かなかったが、だ。


 オレは溜息を吐きつつ、何もしないと踏んでいるのに何かしてきそうで怖いという感情を持ち、両手でエルメットを引きはがす。今度は簡単に外れてくれた。


 「なんでオレのベッドに入ってきてんの?ってか、ここオレの部屋。エルメットは自分の部屋あんだろ。戻れよ」


 オレがそう問うと、エルメットは碧眼の眼を大きく開けて、まるで用意してきたかのような答えを出した。


 「雷が怖いのー!襲ってこないって分かってても、怖いのは怖いのぉ――!!」


 まるで子供のような答えに、オレは違和感を抱く。いや、エルメットは子供だ。それでもだ。


 エルメットは信じて貰えるとでも思っているのか、幼くあどけない顔に半泣きの涙を見せながら必死にオレをホールドしようとしてくる。が、オレはその腕を摑んで離さず、


 「嘘だな」


 「・・・・・・・・・・へ?」


 エルメットの動きが止まった。わちゃわちゃしていた腕がまとめて止まり、口も半開きになっている。とても腑抜けた顔をしている。


 オレはそんなエルメットの一世一代のごまかしを封じた反応をおかしく感じながらも、エルメットに問いかける。


 「本当は、そんなことじゃないだろ?」


 「・・・・・」


 「少なくとも、エルメットはそんな子供っぽくないと思うんだが?」


 「・・・・しょ、証拠は・・・?」


 白い寝間着姿で肩を狭めて、エルメットは若干下を向く。どうやら証拠が必要なようだ。こりゃ困った。まぁ、即答できるんだが。


 「ロデリー嫌いだろ。それが証拠」


 「――――ッ!!?」


 今度は驚いた顔でオレを見る。ぱちくりと瞬きをする。


 ロデリーは口が上手い。人と話していれば、一部を除いてその人を掌の上で踊らせることができる。メルティオスとかがその例だ。


 そんな口の回るロデリーだからか、エルメットに嫌われているのだ。オレからしても目が見えないと言う点以外でロデリーに悪いところがあるとするならば、確実にそこだろう。


 ロデリーの悪所は、純粋な少年には分かるわけがない。それなりに場数を踏んで、悪意を受けた人間だからこそ分かるものなのだ。


 オレが「だろ?」と微笑みかけると、それに応じるようにエルメットが渋々と嫌味混じりに頷く。


 「正解ですっよー!本当は雷なんて怖くないもん!ただちょっと、建前が欲しかったんだよ」


 「建前・・・?」


 オレが尋ねると、エルメットは「そう、建前!」と拳を握る。そして気だるげなオレの知覚を掻い潜り掌を握って来た。室温が寒いからなのか、オレの掌に伝わる熱も人体の熱よりもずっと温かく感じる。ってか、なんで握られてんの、オレ?


 まじまじとエルメットと自身の握られている手を見比べる。何もおかしいことはない。エルメットはオレの手を握っていて、オレを見ているのだ。うん、やっぱ違和感がないと感じるのがおかしいな。


 モニモニと掌の肉をいじるエルメットの頬に朱色が入り始め、何かを言おうとモコモコと口を動かす。言葉はある。が、どうにも口から出ようとしないのだ。


 オレが何も発さないことに、自身が何かを喋らなければいけないと余計な焦りが生じつつも、それでも落ち着いて深呼吸をし、オレの掌をいじる速度が上がる。


 「~~~~っ」


 碧眼が潤い、だんだんと肌の色が熱くなっていることに、オレも流石に待ち過ぎかと口を開く。


 「な、ぁ」


 「―――ぁのっ!」


 真剣に、空気が張りつめていくのが分かった。オレの声に重なって、エルメットの緊張が言葉と瞳から溢れ出る。


 そして遂に、意を決したか可愛らしい口を最大限まで開けて、まっすぐに視線をぶつける。

 

 言葉が高波のように、唸った。


 


 「ぼくを、お兄さんの弟にさせてくださいっ!!」


 

 「      え」


 オレとエルメットの間に混乱、というか無理解の壁が生まれた気がした。


 「(ん?え?おん? 弟・・・・????)」


 オレの正直な感想はと言うと、こうなんだ。だが、これを素直に言葉にすべきかと言われれば、言うのは憚られる。


 「(本気の目、なんだよなぁ・・・)」


 オレの目からしたエルメットの瞳は本気の色を見せていた。絶対に「トールの弟になる!」と言う決心が揺らいでいないのだ。


 変に大人びているからか、それともまだまだ子供だと言う事実があるからなのか、オレの口からは疑問を口にすべき余裕はなかった。それを子供の冗談と捉えるのには早計で、傲慢だと思ったからだ。


 「(流石にこの瞳で弟宣言されるとな・・・、どう反応して言いか迷うってもんだ。少なくとも、変な冗談と見るのは論外だがな)」


 まぁ、反応に困ると言う点に関して言えば、困惑極まりないのだが。


 軽い反応はダメだと思いながらも、どういう答えを返すべきかと悩んでいると、慌てた顔でエルメットが捕捉を入れ始めた。いや、この場合はオレの察しが悪いせいで、エルメットに木を使わせたと言う表現の方が正しいのだろう。


 「きゅ、急に弟にさせてっていうのは、その・・・。ぼくずっと、兄が欲しくて・・・。弟は居るんだけど、両親も弟もぼくはどっちかって言うと弟の次って感じで、ぼくを見てくれなくなってて、それで、利用するって言い方は良くないけどっ、ぼくの思い描いていたお兄さん像をトールに見たっていうか、その・・・・」


 「・・・・つまり、甘えたいのか?」


 「あ、甘えるのは、ここの人なら誰でもぼくに甘いから、全然事足りてるっていうか、満腹なんだけど、その、あ、あああ、ぁぁぁぁあああ・・・・・」


 「そんなに「あ」を連呼して、どうしたんだよ・・・」


 「その、ちゃんと、愛してあげたくて」


 「ぶふぉぉッッッ!!!!???」


 あまりの衝撃的な告白に全オレが噴出した。多分意味は分かっていないのだ。ただ、前後の話の脈絡と関係の無い単語が頭の中で簡単な、一般的な意味に変換されて咀嚼されただけであって、本来は多分もっと別の意味が含まれているのだ!


 「(いやだってそうじゃないと全く意味が分からんし、弟=愛するって考え方がもう意味分からんし、そもそもエルメットは親じゃねぇ!年齢的にも身長的にも精神的にも、オレの方が親だろ!いやそういう話ではなく!!)」


 突っ込みたい気持ちが山々だが、何を突っ込むべきか、何をそもそも突っ込むべきなのか、どうしてそんな考えに至ったのか、どうしてそうなった!?と、思考が全くまとまらない。


 「なな、な、なんで・・・?」


 とりあえずと口を飛び出した質問にエルメットはきょとんと首を傾げ、すぐさま顔を青ざめさせる。


 「もしかして、トールは女の子の方が、・・・妹の方が良いってことなの・・・?」


 「いや何故そうなるッ!?オレは別にそういう趣味はない!!」


 「じゃぁ弟でも良いよね?ジォスさんと凄い仲良いし、やっぱり男の子の方が良いよね。イイよね? 愛情を注ぐって意味なら弟の方が兄的に嬉しいのかなっ?」


 「いやそうじゃなくって、なんで急にオレがお兄さんなのかとか、どういう基準で決めてんのとかって話であって、そういうロリコン的なヘキ面に対する好悪の話じゃないんですよ!?」

 

 自分で何を言ってるのかすらもあやふやになりながら、なんとかオレの今の疑問を伝えるも、エルメットは分からないと言った表情をしている。


 分からねぇ、分からねぇよ・・・。


 少なくとも急に弟を名乗ろうとするショタ相手に冷静を保てる人間がどこに居るのか(イドは除く)。居るんなら一度会って話をしてみたいものだ。


 オレが言うべき答えを考えあぐねていると、エルメットが更に説明を付け加え始めた。少なくとも、オレの弟になることは決定事項なのか、何でオレを兄にしたいのかと言う具体的な説明は聞かされなかったが。


 「・・・・お兄さんを守ってあげたいっていうか、愛を注いでみたいっていうか、なんだろう。出会ったときに「あ!この人だ!」って感じがして、最初は恋かなって思ったんだけど、なんかちょっと能動的な好意だったから、その・・・・、ぼくから与えたいっていうか、お兄さんはちょっと、悲しい感じがするから・・・」


 オレの掌を握りながら出したエルメットの答え。目をそっと伏せて、代わりにオレの掌に熱が籠り始める。


 「だ、ダメ、かな・・・・?」


 断られるかもしれない、と。


 そんなダメの可能性を踏まえて、エルメットはまっすぐとオレの瞳を射つめる。上目遣いというショタの特権のような技を使わずに、ただ、オレの反応を待つ忠犬のように。


 そんなエルメットの姿勢にどこか懐かしさを感じつつも、やはり違和感の方が大きかったか、オレはエルメットの目を見つつも、彼の目を見れなかった。


 碧眼の目から色が失われていく感覚が脳を駆ける。認識できなくなっているのだ。


 オレは鼻で呼吸をして今答えられる最善の回答を導き出す。


 「・・・・考えさせてくれ・・・」


 「――――っ」

 

 直後にダメな答えだと確信するも、もう撤回は出来ない。が、急に身内になりたいと真剣に考える相手に対しての真剣な回答はこれしか思いつかなかったのだ。


 「―――。―――、・・・そう」


 オレの掌から熱が引いていく。同時に、オレの身体が軽くなった。


 はっとオレが顔を上げると、靴を履き、オレの部屋の扉を開けるエルメットの姿が眼に入った。


 「      」


 何か言おう。なんだか分からないが、引き留めねばと言葉を発そうとするも、肝心の音が喉から出てこない。


 エルメットが扉に手をかけて扉を引く。


 どんどん距離が離されていく。それを自覚しているが、彼を引き留める言葉がない。


 仕方がない。自らが引き離したのだから。


 ―――と、オレがそっと開いた口を閉ざそうとして、


 「待ってるから。―――来てくれるまで」


 ふと振り返ったエルメットがはにかんだ笑顔で手を振ってぱたんと扉を閉めた。


 「・・・・・」


 オレは閉めるのが遅かったようで、その言葉を雷鳴が光る中聞いているだけだった。

 

 

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