第一章5 『らしさ』
――――それからオレが落ちるのは早かった。
「おい、アイツが落ちこぼれの――」
「欠陥人間が、恩を仇で返す人間だ」
「我らがマテリア様を泣かせるなんて、あのクソ野郎・・・」
五月蠅い。
「あぁなったのも、確実にゼクサー本人の自業自得だろう。救いようがない・・・」
「約束破って、許さないから・・・・ッ!! 一緒に冒険者やるんだったのに・・・ッ!!」
「親や皆の期待を裏切るなんてサイテー」
五月蠅い。五月蠅い。
「全く、落ちたものだな勇者の息子は・・・」
「あの時はマテリアも言い過ぎな気がするが、杞憂だったようだな」
「人生も属性も不遇とは、俺だったら耐えられなくて死んでいるな・・・」
「よく人前に顔を出せるな・・・、恐ろしい・・・」
五月蠅い。五月蠅い。五月蠅い。五月蠅い。
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研修会が終わり、マテリア達が帰ってきてから一周間が経過した、六限目の授業終盤でオレは復習終わりのノートを見返しながら、そぞろに過去を思っていた。
オレの学園生活は以前とは打って変わって最悪なものへと変貌した。
まずは友人からの絶交。マテリアのせいだ。口すらきいて貰えないのに、オレとすれ違うたびに嫌味をぶつけてくるようになった。
そして周囲の人間からの忌の視線。マテリアのせいだ。誰もオレに近づかない。もう宿題見せてなんて言ってくれないし、オレの恋バナをしてくれる人は居ない。
最後に自分への絶交。両親のせいでもマテリアのせいでもない。この気持ちはオレだけのものだ。あんな両親に返す恩はないし、あんな両親の期待に沿う必要なんて、さらさらない。”あんなの”と同じなんて、求めてくれるな。
「(でもだからって、オレらしさってなんだ?って話だし、そもそもオレの今の状況じゃそもそも・・・)」
詰まりそうになって、オレは考えるのをやめた。
ポジティヴになれ、オレ。笑え、オレ。
”あんな奴ら”にオレが”不遇”じゃねぇってことを証明しろ! あんな悪意なんかに踊らされんな! アイツらは自分の事じゃねぇッ! ってタカをくくってんだ。いざ、自分がそうなったら人の事言えなくなるんだ!
自分自身に言い聞かせて、オレは俯いてた気持ちを無理やり前に出させる。
いじめが起きてねぇってのは、今のオレがまだ”不遇”って決まった訳じゃねぇって理由になる。
変わったのはもう一つ。
オレがこうして前を向いて、いつも通りの振る舞いが出来ている証拠だ。
―――何故か、全員の顔から眼が消えたんだ。
まるで、見つけてはいけないかのような、何かを乱雑に隠しているかのように、黒いぐちゃぐちゃがアイツらの目を覆っているんだ。
「脳の、病気って訳じゃねぇ・・・、頭を打った覚えもねぇんだ・・・」
一周間前、あの出来事があった後だ。寝て、起きたら朝食喰ってる親父の目が黒いぐちゃぐちゃで塗られていたんだ。
「(最初は見間違いかなんかだと思ってたけど、一周間も同じ状況が続いたらそれはもう夢じゃねぇ)」
じゃぁなんだ?って言われても、オレにも分からねぇ・・・。でも病気じゃねぇってのは、分かる。具体的なこととか、その理由も分からねぇが、これは病気じゃねぇってことは分かる。
でもそのよく分からないもののおかげで、オレはアイツらの目を見ずに済んでる。それは一種の救いだった。それは、確かだった。
そんな状態のまま、今日最後の授業が終わる時だった。
先生が壇上に上がり、声を上げた。
「生徒諸君は分かっているとは思うが、明後日から夏休みだ。各自、教材を持ち帰っておくように。夏休み終わりまで怪我などしないように!私からは以上だ。――――――解散!」
手が叩かれる音と共にクラスの同級生がそれぞれ動き出し、帰りの支度をしたり談笑をしたりし始める。オレは、―――そうだった。いないんだったな。
「(どうせ話しかけても避けられる。変な火種を撒くよりかは幾分か、か。・・・・・帰るか)」
オレは机の教材を出してバッグに詰める。元々教材は持ち帰る主義だったのもあって机の中の荷物は少ない。
「(数学の教科書、倫理の参考書、と。・・・あぁ、モンスター辞典とか入れとかねぇと・・・)」
一番厚みのあるモンスター辞典を机の奥から引っ張ると、一枚のプリントが机からはみ出て、落ちた。
「「あっと・・・」、・・・・・ん?」
オレがプリントを拾おうとすると、誰かの手がオレの掌の上に重なる。
「あ・・・・」
「あ?」
驚いたオレが声の主を見る。
銀髪のおさげの女s、・・・・いや、男子だ。
細い指に、可愛らしい声。透き通ってしまいそうな白く細い腕の付いたその男子は、オレの知ってる奴で―――、
「・・・ごめん!」
「――ぁ、っとオイ・・・・」
そう言い残して顔も見れずにその男子は去って行った。
「別にお前のせいじゃない!」。そう言おうとした頃には、もう既にその子は教室を出てしまっていた。
「(わざわざ、追いかけて言う事じゃねぇな・・・)」
そもそも今の状況下、オレに声を掛ける事自体結構リスキーな行為だってのに、オレがわざわざ追いかけて言うことは最悪の選択だ。
「被害者作ってどうするんだ馬鹿。・・・・っと」
オレはすぐに目線を下に向け、落ちているプリントを拾った。
そして何気なくそのプリントを見る。
「(多分、取ってくれようとしたんだな、アイツ・・・・。―――ん?)」
ここでオレは天啓を受けた。
脳みそに閃光がほとばしった感覚に陥り、開いた口を知らずの内に手が抑える。
そのプリントは、そう。オレが求めていた、”見返す”為の、”不遇でない事”を証明する為の手っ取り早いもので――――。
「”冒険者・調査員の仮試験”の申込用紙・・・・・!!」
オレの人生の中で切れる、最大の切り札。正にそれだったのだ。
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”冒険者・調査員の仮試験”はその名の通り、冒険者、調査員になるための試験を疑似的に受けることが出来る、所謂”模試”みたいなものだ。
本来、オレであれば両親の遺伝子を受け継いだ六属性と莫大な能力量を持つ上、学業の成績もずっと上位をキープしているから学校推薦を使えばその職に就くことは容易い。わざわざ試験を受ける必要もない。模試なんてもってのほかだ。
だが、今のオレでは属性が属性である故、学校推薦は使えない。普通に就職した方が一般の冒険者や調査員よりも高給取りとなるし、安全性が優れている。それに、なによりもその就職先の方が一目置かれやすい。
それでもオレは冒険者になるのだ。
昔の幼馴染との約束? ・・・知ったことか。
強がり? ・・・違うそうじゃねぇ。
強化が難しい”最弱属性”、そして今でも”不遇”と呼ばれる自分と属性を見返す為だ。汚名を、返上するのだ。
親父や母さんみたいな凄い評価を貰いたい、そんな気持ちはもう一週間も前にゲロと一緒にトイレに流した。
オレの目標は、多分”そう”なんだ。
「・・・・そうか、オレの”らしさ”ってのは”これ”か・・・」
この属性を、自分を、変えるんだ。
”欠陥人間”、”最弱属性”、”恩を仇で返す”、”不遇属性”、”伝説の冒険者の子孫”、”勇者の息子”、”ハズレ属性”、”出来損ない”・・・・。
全部、全部ひっくり返すんだ・・・・ッッ!!!
この仮試験で魅せるんだ。小規模だろうが、関係ない。一番身近な人間に、「”電気属性”は、”アイツ”はすげぇ奴だ!!」、そう言わせるんだ。思わせるんだ。
そのためなら、練習も努力も応用も流用も惜しまねぇ。
血でも汗でもゲロでも弱音でも、何だって出してやる。
電気属性と、それを宿すオレが証明する。
オレは、ゆっくりと息を吐き、肺に空気を満たして霞んだ目を見開く。
そして、宣言する。
「汚名を、返上してやる。―――”不遇”だなんて、言わせねぇ・・・・ッ!!」