第一章53 『指導役決定!』
「なんとか実験対象を死なせずにすんだよ、ありがとう」
「『禁断番号』の中では稀有な『呪胎』の仕方をした子だから、今後の研究の為には必要な素材だったんだよねぇ」
「身体の方は心配しなくていいさ。『呪胎』者は身体の欠損だとしても、数時間かければ完全に治るから、あそこの惨状は別に気にする必要はないさ」
ヤブ医者三人に褒められるもオレは素直に照れることさえ憚られた。
広間の惨状。――そこには、身体の半分が焼けたり吹き飛んだりした白虎を『呪胎』した患者の姿がある。医者の言う通り、傷口からピンク色の繊維が糸を引いて他の部位の形を取ろうとしていた。グロい。
一瞬人元が人だということを忘れそうになるが、あれでもまだ人なのだろう。
半分モンスターの患者は手足を縛られたまま担架に巻き付けられて広間から運び出されていた。
患者の扱いがなってないとは思ったが、やはりここはアングラな精神病院なのでこれが普通なのだろう。
広間に散らばった肉片や臓物、骨付き肉はどうするんだろうかと思っていると、医者と話しているオレを見付けたロデリーが近寄って来た。
「すげぇじゃねーかトール! 急に走り出したと思ったらすげぇ勢いで斧抜いてよぉ!やっぱ”外”で活躍してた奴は一味違うよなぁ!! 『呪胎』者も何でか知らんけどいきなり人質解放してさ、一体どんな小技を使ったんだッ!?」
興奮して金髪のロン毛を取り乱すロデリーを宥めながら、オレは簡単に原理を話す。
「『禁断番号』の『呪胎』者は意識のほとんどがモンスターと一緒なんんだろ? だったら意識と意識の間を縫って懐に侵入して、敵意ありありで攻撃すればモンスターの本能が働いて咄嗟に攻撃を防ごうと腕を伸ばすんじゃないかなって思ったんだ」
「天才かよッ!!?」
「死んだら人質もクソもないっていうモンスターの本能を利用しただけだから、賭けの要素強めだったんだけど・・・って、天才?」
ロデリーの歓喜にオレが疑問を浮かべると、ロデリーはオレの肩を叩いて言った。
「すげぇよ!トールお前すげぇよ!僕も此処来る前は一端の冒険者だったけども、くっそー!状況に応じた的確な判断ってのが出来なかったぁ!しかも意識を掻い潜るって、どうやってんだよ!気づいたらヴォルツとなんか話してて、気づいたら『呪胎』者に斬りかかってるんだぞ!!びくるわ!!」
ばんばんと容赦なくはたきまくられる背中がそろそろ痛いなぁと感じていた時、看護師集団の中に居るヴォルツがのっそりと、今さっきまでの威厳がとんずら噛ましたようなおっちゃん感を醸し出しながら近づいてきた。
「な、なんですか・・・?」
「うん、お前さんやっぱり只者ではなかったか!!瞬きで風景が変わるとは驚きだ。しかも頭も回るとはな、最初は”外”の同業者の若者と聞いて侮っていたが、うむうむ、中々強い奴ではないか」
「そうか? ありがとよ」
「ふぅ――ッ!! 照れ方カッケェ――ッ!!」
「ロデリー、興奮する気持ちは分かるが、お前は『呪胎』者鎮圧も患者拘束及び運搬のどの仕事もしていなかったじゃないか」
「げ」、と声が止まり、ロデリーの興奮が沈静する。こころなしか、ロデリーだけが時間と言う概念からはみ出したように見える。マジかよロデリー・・・。
今日ロデリー、オレをほめたたえる以外何かしたところオレ見てねぇな。
オレの「やれやれ」という視線に気づいてか、ロデリーはすっと表情を引き締める。
「いや僕はトールに仕事のイロハを教える仕事なんで。仕事こなしてるんで」
「(マジかお前、それを仕事の範疇に入れちゃうか。それにしても清々しい顔で、よくそんな事が言えるな・・・)」
ロデリー。未だ目の部分は真っ黒に塗りつぶされており、一部の人間を除いた大多数と同じく瞳の色も、その眼に宿る当人の意志も見ることは叶わないが、この屁理屈のこね方はプロのそれだ。
「(ここの看護師やってる人って、元々は悪名高い冒険者だったりすると聞いているからな。もしかしたらロデリー、この口のうまさを利用してなんかヤベェ事してたのか?)」
今さっきの固まりようからは想像もつかない、引き締まった顔で、さも平然とオレに仕事を教えている仕事をしていると半分嘘半分屁理屈の言い訳をしている辺り、その線がとても濃厚だ。
ヴォルツは同じくして目が良く見えないものの、ロデリーの顔を見てオレに問う。
「トール、ロデリーはお前さんに仕事内容をちゃんと教えていたのか?」
「・・・・・・」
「どうなんだ?」
ヴォルツの顔圧にのけぞり、そっとロデリーの方に視線を移すも、本人はさも当然であるかのように何も言わない。じっとそこに立っているだけである。
「(オレに「僕ちゃんと仕事してましたよねぇ!」とか言わない辺り、本気で仕事をしたと信じ込んでるか、もしくはそのフリをしているのか・・・)」
だがしかし、オレは実際に(仕事内容を教えて貰っているかはさておき)、ロデリーから『禁断番号』について教えて貰ったり、『呪胎』について教えて貰ったりしたのだ。ここで「何も教えてもらってない」というのは、ある種の裏切りだ。
「(オレ的にそれは絶対にノゥ! ・・・・もしかして、これを見越してロデリーはこんなに堂々としているのか・・・?)」
それは本人のみぞ知るところにあるが、オレは素直に顎を引く。
「あぁ、ロデリーが居ないと今さっきの奇策は思いつかなかった部分があるのは本当だ」
「本当だな?」
「オレが嘘をついても付かなくても、困るのはロデリーだけだからな。何も問題はない」
「・・・・確かにな」
「えッ!?何ちょっと僕に問題が!迷惑が掛かるような言い口ではありませんかね今のッ!!?」
急に問題の原因部分に突き出され、目を白黒させるロデリーだが、時すでに遅しだ。
ヴォルツはロデリーの肩をポンと叩く。
「では、これからもトールの仕事指導役を頼むぞ」
「え、・・・・・え???」
「んじゃー、これからもよろしくお願いしますよセ・ン・パ・イ☆」
「で、ぇぇぇええええぇぇええぇえッッッ!!!?」
ヴォルツが去り、オレに助けを求めるも、オレもまたロデリーに向かって仕事と責任を押し付ける。
ロデリーは脳みそがバグったのか、変な叫び声を上げた。
A A A
「んじゃぁ、今からここでの看護師の仕事を説明する」
「なんでそんなに複雑な面持ちで・・・」
「トールの指導役は願ったり叶ったりで嬉しいんだが、半ば自分の屁理屈が招いた結果であることを恨めしく思いつつも、やはり指導役の立場上楽は出来るがそれ相応の立場と責任が伴うため、一概に喜びまくるのは少し違うかなぁと思っているのさ」
「なんて面倒くさい感情なんだ・・・ッ!」
面倒くさい感情と言うより、面倒くさい奴なのだろうが。
広間からの帰りの道でロデリーは仕事内容を説明しだす。
「まずは八時起床で九時の間に朝食を平らげる。トール含め、僕らの班はその後医者と共に部屋の中の患者を診察する。もとい生存確認だな」
「何するんだ?」
「基本的には患者を取り押さえてクスリ注射して、飯を食わせて意思疎通する。中には今さっきみたいに患者を鎮圧する場合もある」
「それで?」
「それを全部屋終わらせたら一日の仕事が終わる」
「ちなみに部屋はどれくらいあるんだ?」
「ざっと百近くある」
「うへぇぁ」
すんごいため息が出た。
毎日毎日精神異常者の相手をするのか、しかも百部屋ってことは一人一部屋と計算すると百人は居る計算になる。ロデリーのこの大雑把な喋り方からして「百から数えるのは止めている」ようにも聞こえる為、恐らくはもっといる。
・・・最初からクライマックスだなオイ。終末環境じゃねぇか・・・。
今から三週間だが、オレとしては一周間も居たくはない。今すぐに帰りたい。
オレの目がずぶずぶと死んでいると、ロデリーが話を続ける。
「まぁちゃんと休憩時間はあるさ。それに僕らの役目はあくまでも診察と鎮圧だけだから、そう考えると結構な負担軽減だよね」
「どこが・・・」
「僕らとは別の班は、医者と一緒に『終末番号』とか『禁断番号』の実験の手伝いしてたり、病室の衛星管理とか夜勤の見回りとかしてるから」
「えぇ・・・」
オレがドン引くと、ロデリーは苦笑する。
「それは精神面が危ないか、身体が危ないかの違いじゃねぇか・・・」
精神病院恐るべし。患者の扱いも看護師の扱いもなってねぇ・・・。
「ま、ここで一番幸せな職業と言えば精神異常者の思考回路に薬投与して実験する狂科学者(医者)だよなぁ。患者を素材って言ってる時点でヤバい香りがプンプンする」
「あー、確かに・・・」
オレもついさっき、医者が患者を実験対象って呼んでたの聞いたからな。
そこは激しく同意せざるを得なかった。