第一章51 『歓迎』
「おうおうおうおう!!お前さんがこの前課長が言ってたって同業者のガキか!確か”外”で悪名高いモンスターぶっ倒したり、冒険者を襲う盗賊を潰したり、モンスターを乱獲するモンスターを潰したり、いろいろしてるって聞いたぜ!!」
「おいおい困ってるだろヴォルツ。ほれ、誰か紅茶持って来い。ミニ歓迎会するぞ!」
「ラーザさん、後一時間で交代だから早くしてくださいよ」
どやどやと恰幅の良いオッサンや爺さん達に、後なんか不吉なオーラが漂っているヤベェお姉さんに囲まれてオレは尋問ならぬ、歓迎会を受けていた。
精神病院のアングラな所。オレウスに事前説明を受けていたもののやはり信じられない部分があったのは本当だ。だが実際来てみれば何のことはない。皆がみんな、割と変なオーラを纏ってはいるものの、取って食おう的な思考回路はしていないようだった。
「(大分前にへべれけ親父迎えに行った時の酒場みてぇな雰囲気だな・・・)」
此処の印象はと言うと、危険な人体実験場なのかと思いきや、割とそんな事のない平和な環境であるという印象が強い。酒場と違うのは五月蠅くないことと、酒の臭いがしないことだ。
「(とりあえず、周囲の人は良い人そうだし、あんまり踏み込まないようにしながら頑張るか・・・)」
オレを知りたがるオッサンや爺さんはどいつもこいつもかなり温厚な雰囲気を保った人だが、それがかえって不気味さにつながる。悟りを開いたとはまた別の笑顔だ。
・・・それに、皆してかなりの修羅場をくぐって来た猛者だということが分かる程に、全身から戦闘を生業とする者特有の”覇気”が出ていた。
「ほれよお前さん、歓迎の紅茶だ。あぁ、なんも入ってねぇから安心しろよ」
「ぼくが淹れたんですから、何も入ってないですよぅ!」
「ありがとうございます」
病院にしては珍しい、持ち手の付いた陶磁器のコップだ。
有難く頂戴した紅茶は薄黄色で、ほのかに眼の冴える匂いと甘い香りが湯気の中に立ち込めていた。どうやらヴォルツと呼ばれる男性の後ろで、裾を掴みながら此方の様子を窺ってくるのが、オレの紅茶を入れてくれた男の子なのだろう。甘栗色の髪に綺麗な碧眼だ。
「いただきます」
オレは一言残し、紅茶を飲む。少し雑味を感じるが、彼なりの調合の結果なのだろう。紅茶に関してあまり知識のないオレだから言える。
「おいしいですね」
「え、あ、ぁ、ありがとう・・・ございます・・・」
素直な感想にズボンの後ろから顔をひょこっとのぞかせた甘栗色の髪がゆらゆらと揺れてズボンの後ろへ完全に隠れる。でも隠れそこなった耳が赤くなっていたところを見るに、恥ずかしかったのだろう。
「(しかしこんな幼子もここで働いてるのか・・・。大丈夫かここ!?労働基準を満たしてねぇのは覚悟してたけど、こんなヤベェ所にショタが居るって、相当極まってるぞッ!!?)」
オレがまじまじと幼子を見ていると、ヴォルツの方から話しかけられた。
「ところで、お前さん名前は何だい? 偽名でも、本名でも構わんが、『お前さん』呼びは疲れてならない。戸籍を捨てたってんなら、適当に呼ばせてもらうぞ」
「あー、確かにまだ聞いてないな」
ヴォルツの疑問が伝播し、その場に居た全員が一様にオレを見る。
その前兆のない視線の動かし方にはイドと似たものを感じるが、イドとは違って、出ているオーラが碌なものでないためか、一瞬たじろいでしまう。だが、ここで逃げ腰になると今後の三週間に影響しかねないと思うと、オレの背筋は自然と立った。
悪意に屈しない。と言うよりかは、自身も同じ土俵に立つ。
「(相手がイカレているなら、お前もイカレろ。・・・イドの言葉だ。キチには常識が通じないのと同じように、相手が悪党であるのなら、オレもまたここでは一人の悪党なのだ)」
だから何も恐れる必要はない。
弄るのはオレの中の殻だ。『キチガイの思考回路』の同じように、考え方の基準を少し変える。
「(ペースト、ペースト、”悪意”のペースト・・・)」
自身は悪党であると、人に害為す害人を清掃する悪党なのだと。
さすればオレは―――、
「オレは、トール。トール=リベリオン。基本的には”外”の馬鹿共や悪名高いモンスターの掃討、時折運び屋をやったりしている。一応持ち前の脚力や戦闘能力を見込まれて『業皇』様に拾われた人間だが、オレとしては普通に接してほしい。変なわだかまりを作って仕事に支障を来たすとか格好悪すぎて、『業皇』様に合わせる顔がないからな」
あくまでも紳士的に、尚且つ周囲に気を配りながら、オレは事前にイドと、確認でオレウスと組み上げた偽装の身分を語る。偽名だというのはバレてもいい。バレたところで困らないからだ。だがしかし、『業皇』と友達ではないことはバレてはいけない。
イド伝手に『業皇』はオレを友人認定しているのかもしれないが、オレは『業皇』の事なんてさっぱり分からん。知らん奴だし、イド曰く裏社会を牛耳ってるマセガキと聞いているため、この先一生会うことなどないだろう。
オレが柔和な笑みを浮かべながら軽く会釈すると、ヴォルツの後ろに隠れていた男の子がオレに倣ってお辞儀をしてくれた。可愛い。
「ぼくは、エルメット=ドヴァルキンです! 『業皇』様の友人と聞いていたので、どれだけ人間の心がない人なのかと覚悟していましたが、真面枠なので安心しましたっ! 課長さんの言ってた事は間違ってなかったでしゅ!」
最後を盛大に噛み、口を押さえて涙目になるエルメットをヴォルツが抱き寄せて撫で始める。
――空気が和らいだように感じた。
今さっきまで剣呑な、妙に不吉な感じを漂わせていたオッサン爺さんお姉さんの無機質さが無くなったようだ。
「よろしくな!トール!」
「でッ!?」
まるでエルメットの一喜一憂に空気が感化されているのではないかと、そう言わんばかりの雰囲気の変化にわずかな疑念を持っていると誰かに背中を思い切りはたかれた。
振り返ればそこには金色の髪の毛に痩せ型の、オレより十歳以上差のあるだろう青年っぽいオッサン?が立っていた。
青年オッサンはオレの方をまじまじと見つめながら「ほーん」と呟き、右手を差し出してきた。
「オレの名前はロデリー=オーニアスト。短い付き合いになるかもだが、よろしくな! 馴れ馴れしいかもしんねーが、ここではオレを兄貴だと思ってくれて構わねぇよ!!」
「あぁ、よろしく。精神医療系方面はノータッチの部類なんでな。色々教えてくれ」
「あぁ!任せとけ!」
オレが右手を差し出すと、ロデリーは迷いなくオレの右手を掴み、親愛の握手をまじ合わせる。
「(掴みは、オッケーかな・・・?)」
オレが心の中でそう思いながらロデリーを含め、他の人とも挨拶と共に軽い談笑を交えていると、不意にずっと静かだったドアが開いた。
中からは慌ただしい様子で血みどろの白衣を着た青年が顔に冷や汗と血と、皺を刻んで転がり込んできた。口ぶりから察するに、イドの言う頭のイカレた奴らではないのだろう。恐らく、オレと同じ看護師の一人だ。
手には注射器と、確実に骨を断つ形をしている大鉈が握られており、顔面は誰の血なのか判別がつかないが元の髪色が分からなくなるほどに鮮血で彩られていた。
様子から分かる尋常ではない雰囲気に一同が沈黙する中、青年が叫ぶ。
「大変だ! 患者の喧嘩だ! 一人は何とか抑え込んで、一人は片した。でもまだ三人が暴れ散らかしてる!まだ看護師側に被害は出てないけど、三人のうちの一人が『禁断番号』だ!」
「「「「「「げぇッッッ!!!???」」」」」」
青年が謎の言葉を漏らした瞬間、一気にみんなの顔色が変わる。
全身の血液が青ざめたように、確実に「やばい!」という空気がビシビシと伝わってくる。
「今は他の医師が対処してくれてるけど、もうちょいで突破される。早く、してく、れ・・・」
そう言い残し、青年が膝から崩れ落ち、その場に倒れる。背中にはまるで獣爪のような切り傷があった。深くはないと、そう思うが出血がひどすぎる。
「――――――ッ!!」
ひゅるっと、息を呑む音が内側から聞こえた。
だが、時は一刻を急する。
「ミサ―はそいつの手当てを頼む! ラーザ、ロデリー、マーヤ、ディバント、戦闘準備だ! 他の者は残っておれ!! 後新人、付いてこい。ちょい厳しい仕事だが、教えてやる!」
「はい!」
反射的に反応すると、ヴォルツが次々と仲間を引き連れて青年が飛び出してきた扉の奥へ歩を歩ませていた。
オレもその後をすかさず付いて行く。
ふっと後ろを振り返ると、青年を机に置く女性が顎でオレに先に行くように命令する。
「―――はい」
オレは再び深淵に眼を凝らし、ヴォルツ達が潜っていった闇の中へ身を投じる。
「絶対後で、イドの奴はぶん殴る―――ッ!!」
虚勢を張って、どうでもいいことを言って気を紛らわせておかないと、これはどうにも耐えられそうになかった。