第一章49 『今後の予定《2》』
すっかり二週間の時が経過し、オレの感知する速度よりも早く日々の記憶が過ぎ去っていく。
体長が回復したアルテインと一緒に談笑しながら弁当を食っていたが、オレがバカなヘマをしたせいでここ最近ずっとアルテインと弁当を食べていない。あの時の言葉が心残りだが、いつまでもうでっている訳にもいかない。アルテインのあの言葉は忘れたことにしてまた話しかければいい。これはいい。
後、イドと”外”へ赴き、モンスターと戦って出汁も取って皮も取った。現地調達程辛いものはないと感じた経験だった。・・・やはりザリガニは食う時にしっかりと茹でるべきだと言うことが分かった。ザリガニが寄生虫爆弾なのってマジなんだな・・・。あの倦怠感と腹痛は忘れねぇぜ。これもいい。
だが、だ。
「さて!大会までわずか二ヶ月。この間にイドには更なる電気属性の応用と流用、そして素の精神性を鍛えて貰うことになるぜ!」
「その間にアルテインには会えるでしょうか?」
「無理だな」
「そ、そんな・・・・・ッ!!」
イドの返答直後、反射的にオレは膝から崩れ落ちた。一日の楽しみなのに・・・。
オレの脳裏によぎるのは屈託ない笑顔で黒い塊をほおばる文字通り美少女顔負けのアルテインと揺れる髪、口に着いた食べ残しを妖艶に舌で舐めとる薄紅色の舌。そしてその瞬間に見せる妖精のように真っ白な歯と直後にオレを見る混沌とした瞳に宿る一筋の光。
どれをとっても人類最高峰なのに、そのアルテインと会えないだなんて・・・。
「そんなの、耐えられねぇよぉ・・・・・」
鬱蒼と茂る森の一角、私有地の奥にある開かれた緑地で木の根っこに腰かけるイドが、半分涙目になってるオレの肩を優しく触れる。
「仕方がねーよルナ。アルテインは父親によって大会に向けて厳格な指導を施されるらしーからな。数週間学校休んで訓練場に籠って仙人みてーな修行するから、現実問題会えねー原因はルナだけじゃねーのよ」
「慰めになってねぇよ・・・・」
だがそうか、オレが弱いせいで、鍛錬する時間にアルテインと会う時間が削られるだけなのかと思っていたが、アルテインも同じような境遇なのか・・・。
オレの印象ではアルテインは持ち前の才能を遺憾なく発揮して戦うイメージがあるし、大会に力を入れる程、大会に固執している印象はない。それこそ、訓練場で数週間籠り続けるなんてオレからしたら想像つかないし、違和感でしかない。
あの時、オレに見せた制御性と指向性だけでも頂点は狙えるのではなかろうか。
「二週間前にアルテインと大会の話とかしたけど、アルテインはどっちかって言うと”テスト勉強頑張ろうね!”みたいなノリだったんだよなぁ。あれで山に籠るとか、もしかしてアルテインの”頑張る”の基準って結構一般人のと食い違うのか・・・? 目から分からなかったのはそれか・・・」
「割とアルテイン本人にはその意志は無くて、どちらかと言うと親が出場させたがってるのかもしれねーなー。エルダーデイン家って冒険者として名家だし、親が血気盛んなのかもな」
「あー、そういう視点もあるのか・・・。いいな、お父さんに直々に指導してもらうなんて」
確かオレが過去に親父の口から聞いた愚痴によると、今まで冒険者として”外”のモンスター討伐や遠征に出かけて行き名を上げていったエルダーデイン家の当主は、どうやらポッと出の親父に自身を超える戦歴の数々を短期間で簡単にほいほいと入手している姿に嫉妬心と憤りを感じていたらしく、「いつか自分に子供が出来た時は、貴様を越える冒険者に育ててやる!」と飲み屋で宣戦布告されたそうな。
「(聞いてる感じだと親の血の気が多くって、アルテインは巻き込まれてる風に考えられるし、・・・そうかなるほど。だから目じゃ分からないのか・・・)」
いくら親と言えど、自身の嫉妬心の果たしどころに子供を選ぶのはどうかと思うが、正直なところ、親と直に触れ合って戦闘における指導を施されるというのはオレにとっては羨ましいと思う。
毎日毎日ほとんど顔を合わせることなく過ごしてきたオレだからこそ、親父に愚痴だけでなく冒険者としての大事なものを教えて欲しいと思うのは普通だろう。
「オレも近いうちに親父に冒険者としての心得とか、親父がたまに言う『千剣天威』って技教えて貰いたいな・・・」
親父は非常に綿密で繊細な指向性と天性の莫大な能力量で、想像した剣の特性を属性で再現することができるんだそうだ。本人から聞いただけなので実物は見たことはないが、「エクスカリバー」やら「ダインスレィヴ」とか言う名前から強さがにじみ出ている技があるのは知っている。
「オレも斧に雷纏わせて戦ってみたいよなぁ・・・」
天地を駆ける脚、そしてその者の両手には一振りするだけで雷龍が顕現すると言われる稲妻を纏った斧が握られていると、通りすがりの冒険者は言う―――。
「今のゼクサーの能力量じゃ、雷龍出すのは無理だぞ諦めろ」
「現実に戻すなよ想像だけなんだからッッ!!」
「なら現実を見ろ」
「ひでぇ言われようッ!?」
思考を読まれ、更に現実まで突きつけてくるイドの容赦なき台詞に抗議する。
イドはそんなオレの抗議を「まーまー」と宥めると、話を切り出した。
――そしてすぐに話題が逸れ始めた。
「正直、今のルナは大会に駆り出したら割と余裕で上位に食い込むことはできるんだが、あぁ食い込むっつってもパンツが食い込むって意味じゃなくって、単にランキングの上部分に入るって意味だからな?勘違いして興奮すんなよ?」
「しねぇよ! んで、一位を取るにはどうすれば?」
聞いてる方も気が気でない。気づけば話題がすり替えられているんだから。ここはオレがしっかり訂正をしておかなければいけない。
オレの問いにイドは指を一本立てた。
「まずは電気属性の応用、―――電磁石になって、周囲の武器を操れるようになるという事だ」
「でんじしゃく・・・? なんだそれ?」
予想外と言うか、完全にイドしか理解できない言葉を使われたオレはイドに首をかしげる。だが、傾げ返された。しばきたくなる顔でだ。
「え・・・?なんで知らねぇの?小学校で習うだr・・・・あ、そーか!この世界まだ電気が普及し始めたばかりなのか。あ、そりゃー市民に浸透してねーのは当然だわ! こりゃ失念だ!」
「・・・・」
「やっちまったぜ」という顔で頭を叩くイドだが、オレとしてはさっさとその”でんじしゃく”という奴がどういうものなのかを説明してほしいところだ。
オレがイドの茶番に対して無言を貫いていると、イドも体裁が悪くなったのか軽く咳払いをした。
「電磁石ってのは、 電流を通電すると磁界が発生し、その中の鉄心が磁化されて磁石のよーな働きをするコイルみてーな奴のことだ。まーつまりは人間磁石にルナがなるってことだな」
「おぉ!その時点でもう分からねぇよ!」
「ルナ!磁石は分かるな?」
「鉄を引っ付けたり、逆にぶっ飛ばしたりする奴の事だろ?」
「そーそー、それをお前がやるんだよ。自身をコイルに見立てて、その周りを生体電気を属性で増量させた電流を通電させて、ルナの存在を磁化する。すると周囲の金属物がルナに群がるんだよな。それを使い分けて、要らねーものには電気を通さず、要るものには電気を通して磁力操作。磁力は磁石の反発誘発の力だから、ルナは電磁石人間ってことだすげーだろーッ!!」
「おし、なんか分かった気がするが、なんか分からんかった! いつも通り実践練習で教えてくれ!」
イドの説明には時々オレでも知らん用語と、イドしか知らない用語と、宇宙人語が混ざっていたため、やはりと言うべきかなんというか、お世辞にもイドの説明はよく分からなかった。「存在を磁化する」ってなにさ・・・。
オレのげんなりしていた表情を見たのか、イドはこてっと首をかしげる。自分の語った説明が受け入れられてないことに関する疑問だ。一回脳みそに電気流した方が良いんじゃねえのか?
「確かにルナは抽象的な表現よりも、割と実戦で覚えるタイプだしな・・・。そーだな、じゃぁ今度また実践演習しよーか! 今のルナの成長ぶりを看過したらざっと大会前日には出来るな! よーし、じゃぁ一か月後にローレンツ力を引き出す練習をやろ―じゃねーか!!」
「抽象的な表現をしてるのはお前で、オレはその意味についてあれこれ考えてるんだよ分かれ。言語を喋ろ」
ぽんっと掌を打つ音と共に、イドがオレの感覚を置いていく速度で物事の予定を勝手に決めていく。勿論、オレの叫びは届かなかった。
「(イドだし、ここでギャーギャー言っても意味ねぇか・・・)」
むしろオレとしては今から一か月何をするかの方が気になる。
大会までは二ヶ月の猶予があるが、一ヶ月を電磁石の練習で消費するとなると、もう一ヶ月を何で消費するのかが見当もつかない。きっととんでもないメンタルアウトなことをさせられるんだろうなぁとは思っている。
「(いったいオレは何をさせられるんだ・・・!? 絶対イドの事だし、ゲイバーで注文取りやれとかオカマバーで女装させられて、あられもない姿であんなことこんな事・・・)」
イド=ゲイバー・オカマバーの印象の為か、どうしても思考がソッチ方面寄りになってしまう。
「(やっぱあられもない姿で、なのかなぁ・・・)」
オレが半分楽しみ半分人生諦観の気持ちでイドに聞いてみると、イドはオレの考えにひとしきり笑い倒して言った。
「いやちげーよwwwルナをそんなケダモノの巣窟に駆り出して堪るかwww」
「じゃぁどこ行くんだよ・・・・」
「ケダモノはお前じゃ」と言いたい気持ちがあったが、言うと面倒な展開になると予期したオレはイドの次の言葉を待つ姿勢を取ることにした。
そしてイドの放つ爆弾発言はと言うと―――、
「精神病院」
「うん?」
「それもかなりヤベェ奴が隔離されてて、法の統制が及んでないアングラな場所だ。看護師は大抵医療知識のない冒険者界隈を追放された悪名高い冒険者、医者はそこらのヤブよりもヤブってるカルト目キチガイ科精神異常系マッドサイエンティストだ」
「え?」
「そこにルナを放り込む。勿論偽名で。”『業皇』の友人にして小規模な同業者”というレッテル貼り付けて投入する。一応、そこの部署の課長さんはルナの事話したら気に入ってくれたからな。なんか問題あったらその人のところ行けば助けてくれるぞ」
「ま、え、ちょっ、ゑ・・・???」
急な話の展開に困惑していると、オレが混乱しているのを良い事にオレの手を引く。
うっかり転びそうになるオレが慌ててイドを見ると、イドは白い歯をギラギラさせて言った。
「早速だが時間がねー。準備は良いから今から行くぞッ!!」
「え、ぇぇえ、え、え、えッ――――!!!???」