第一章幕間《受子告知》
タンザネイト共和国。
それは遥か数十年前、パーティアス民主国が未だ”外”によって鎖国であった時代の最強の軍事力を持っていた、最大の面積地を持った共和国の名前だ。
今では国力はパーティアス民主国に次いで高い値となっているが、パーティアス民主国とは違い、国力の大部分がとある宗教団体に独占されている、かなり稀有な国としても有名である。
その宗教の名を、『エクスメシア教』と言う。
エクスメシア教は共和国の首都に始祖たる教会を打ち立てており、日に日に規模が大きくなっているらしく、現在では全国に散らばった信徒を集めれば五十万人は居ると言われており、そのほとんどが『翼』を発現させた猛者と―――。
そんな有名どころの宗教結社には毎日客足が運び込まれている。今日も、まさにそう。
ガラスと鉄合金の摩天楼、もとい『エクスメシア教』本部の応接間にて二人の男女が二人の訪問客を相手に会議をしていた。
広い部屋には客人用のテーブルと、掃除用の用具入れしかない。部屋は広さを持て余しているので、最低限の綺麗な絨毯や生け花、絵画をもってしてもどうにも殺風景としか感じない。訪問客用な為、不要なものが全部取っ払われたな部屋は、本部の教会にしてはものすごくこざっぱりとした印象を受ける。
客人はどちらも黒い礼服を着こなしており、胸元にはパーティアス民主国の調査員であることが分かる、銀色のバッジをつけていた。
どちらも自身が迎え入れられた立場であるのに、どこか偉そうな、とても物事を頼み込むような態度ではなかった。
「それで、返事はどうだろうか?」
調査員の男の内の一人が大股を開き、膝に肘を置き、顎を支える体勢で机上を指で叩きながら対面する二人の返事を待つ。
もう一人の男も、隣に居る男の傲慢な態度に対しては何も言わず、脚と腕を組んで瞑想している。
とても人様に向けて良い態度とは思えない―――。
だが、対する二人は毅然とした態度でさらっと男の声を無視して書類を読み進める。それも途中で止まったが。
「ちょっといいかいな?」
発言したのは男の方だった。
男は身体よりも大分大きいサイズの赤と黒の縞々模様の服をだぼだぼに着て、少し褐色の入った掌で黒いツンツン頭を掻き揚げながら書類片手に難しい顔をしていた。老けた印象のある顔だが、これでまだ齢二十五なのが驚きだ。
「・・・・・なんだ?我々政府が貴公の為に制作した書類に対して不満があるのか?」
「あるから言ってんだぜ?」
釣り上げた瞳で男が書類を片手でつまむ男を睨みつける。荘厳な空気の中、そんな瞳をぶつけられればひとたまりもないはずが、男はそんな堅苦しい男の視線をひょいひょいと躱す。だが、そんな男が開いた口からは重い言葉が発せられた。
「―――悪意なのよなぁ」
「!?」
「この書類には”悪意”が込められてる。丹念に悪意を込めて、ワシらが断れないことを念頭に置いた条件設定。”わざわざ来てもらう”って立場が、”旅費と責任を自国負担”にするのはどうかと思うのよな」
男が書類の一文を指さして、その真意を問いただす。
それが調査員たちの逆鱗に触れるということも分かっておいての発言だと、挑発に乗った礼服の男は気づかない。
今まで偉そうな態度を取っていた脚を組んでいた男が猛然と立ち上がり、憤怒の表情を浮かばせる。
「貴様ッ・・・・! 立場を分かっての発言k」
「お前さんこそ、立場を分かっての発言なのよな?」
「―――ッ!!?」
だぼだぼの袖をめくりあげ、男がこの空間に向かって指を指す。
「ワシはパーシュウス=ドレグジュード。『エクスメシア教』の聖女代理にして教祖、十二人の聖人の内の一人。そしてここはタンザネイト共和国であり『エクスメシア教』の本部。・・・”厚意によって招かれた”お前さんらのルールが通じる世界ではないのよな」
「――――ッ!!」
「その発言はパーティアス民主国とこの国の関係性を問われるぞ。我々がこの話を政府の耳に入れれば、今後この国に対する処置m」
「そんなの、ここでは通じんのよな。ここは防音密室。「お前さん達が女信者に暴行した」とか冤罪くっつけて処理すればいいだけの話なのよな。そうすればいくらでもやりようはある。――言葉は慎重に選べよ、今この場でお前さん達の命を握ってるのは他でもないこのワシと聖女様なのよな」
「ぐぅッ」
礼服の男が唸り声をあげ、隣で激昂した男を何とか宥めてソファに座らせる。今までの態度が打って変わり、男二人は苦汁を呑んだ顔をしながらも態度を改めた。
どうやら上下関係がしっかりと明確化されたようだ。
「んじゃぁ、不満の話に戻るけど、この条件部分に訂正入れてくれよな?」
「どういう訂正で、ございますか・・・」
「それは簡単。”五人までの旅費は負担する事と”外”の警備強化”なのよな。流石に”外”から貴国までの道のりの安全を保障しろとか、無茶な要求は出さんのよ。ただ単に、貴国の”庭”の安全はある程度剪定したりしてくれって話なのよな」
「・・・・・・分かりました」
とてつもなく嫌そうな、眉を思い切り顰めながら男が頷く。自身が現在格下だということに未だ自覚が持てていないようだ。
だがそれほどの今の状況を作ったのは他でもないパーティアス政府だ。
パーティアス民主国の”外”はモンスターの苗床だ。数百㎞に渡る太平の環境にはそれぞれの頂点に君臨するモンスターが居る。がしかし、どれも基本的には人前に姿を現わすことがほとんどないのだ。主に、その配下ともされるモンスターが人に危害を加える。
なら「倒せばいいじゃないか」と言う意見が出るだろう。だが、そんなに”外”は人の都合に甘くない。
パーティアス民主国が今までほとんど”外”への遠征へ行かなかったり、他国がパーティアス民主国を攻めに行かなかったのは何も、民主国と諸外国との距離が桁違いに長尺という理由だけではない。
”外”のモンスターが、諸外国で散見されるモンスターとは比べ物にならない程の、独自の成長と進化を遂げているからである。
その”外”の過酷さと獰猛さは歴戦の戦争国家でもあった当時のタンザネイト共和国、その三個師団がパーティアス民主国へと遠征しに行った一日目にして、成すすべなく一匹の子供魔龍に殲滅された程。全滅した師団の発見は、後にイズモとカグヤが世界を蹂躙し、パーティアス民主国が世界の戦勝国として名乗りを上げた数年後に分かったことだった。
今ではイズモとカグヤや、戦闘能力あがった冒険者によって見るからにヤベェモンスターは根こそぎ絶滅に追い込まれたものの、その恐ろしさは健在である。
――そんな危険区域に”自己責任”で他国が訪問したらどうなるか。想像は簡単である。
「そう言う事なのぜ。ここはパーティアス民主国の器の深さが試される時なのよな。もっとも、今の凝り固まった筋肉みたいな思考しか出来ん政府には難しい話なのよな」
そう言って、ドレグジュードもとい聖女代理はソファに背中を預け、その裁断を隣に居る頭目に委ねたと視線を移す。
隣に座る女性はおそらくは聖女代理よりも若いが、ゼクサーよりも年上だと見受けられるとても女性らしく美しい容貌をしているのが第一印象だ。二人の失礼男と比べると大分真面だと言うのが態度からにじみ出ており、体つきも女性的でありながら服装のほとんどに露出がなく、より生真面目だと言う感じが強くなる。
その女性はゆっくりと、温かい氷のような瞳で書類を見直し、ゆっくりとしたたかに紙の束をテーブルの上に置き直す。
―――白い、まるで天使の顕現のような服装だった。
水の結晶が散りばめられた透けたマントを羽織り、その下には長袖の白ワンピースが彼女の肌を滑らかに、そして固く守っていた。まるで何かを覆い隠すように、温かく、そして触れれば最後、全てを凍てつかせる滅亡の氷河を生み出すと言わんばかりに殺気立ち、―――。
白だけなのに、白だけではないという複雑な色だった。
その女性は目を伏せたまま、お洒落に整えられた煉獄を思わせる紅玉の髪の赫を片手で耳元まで掻き揚げる。威風堂々、それにしてはどうしても冷酷な印象が拭えない、そんな変わった印象を抱かせる。
そして何かを思い立ったのか、スッと背筋を伸ばし両手を雪のような膝の上に乗せる。毅然とし、温かく冷たい。そんな彼女に何を思ったのか、彼女に倣って男二人の背中を寒気が通り越した。身と心が引き締まったのだ。
女性は唇をしたためながらはっきりと声明を上げる。
「――書類訂正後、大会の審判員に正式参加させていただきます」
「いいんですかいな聖女様? ワシとしてはあまり大会そのもに良い風は吹いてないんですが」
「構いませんよ。むしろ、私は新しい出会いがあると思うのですよ」
「・・・確かに聖女様の勘は鋭いですが、・・・あんまりよくないものも付いてるのよな」
「パーシュウス」
「聖女様、これは流石n」
「じぃ―――――――――――――――――」
「聖女様、目が本気じゃ。・・・わーった、分かりましたよ。――聖女様の御心のままに」
大会に何かの危機感を感じ取ったドレグジュードが隣に居る女性、もとい聖女に警告を発するも、やがて根負けしたのか半分投げやりに聖女の意向に従う方針に着いた。
「(最初はダメなところ突いて挑発して、向こう側から「じゃぁお前の国は来なくていいよ」って言われるのを期待しとったのよな・・・。それがまさか聖女様まで乗り気とは・・・)」
最初から聖女への危険を回避させることを優先していたドレグジュードは、そっと心の中でそう思いながら天井を仰ぎ見る。
そんな一人の聖女代理の心の声も空しく、隣の聖女はやる気満々で改めて宣言した。
「『エクスメシア教』聖女、アルドゥール・レヴァント―ティア=ペンドラグーン・エクスメシアはタンザネイト共和国の代表として、パーティアス民主国の『属性能力者競争大会』の審査員として正式参加する旨を表します」