第一章48 『勝敗システム』
次の日になり、いつも通りオレは学校で朝を迎える。いつもなら家に帰っていたのだが、最近は野営してるので余計親父と顔を合わせることが無くなっていた。
オレはいつも通りに授業を受け
「(最近、親父と顔合わせてないけど、親父的にはどうなんだろうな・・・)」
どうにも親父の事だからオレよりも仕事優先なのは分かる気がする。いや、やっぱ分からねぇな。子供から逃げる親の何が分かるというのか・・・。
「割とオレと会ってないことを心配してたりして・・・」
ないかもしれないが、一割くらいはそんな気持ちもあるんじゃなかろうかと思っているオレが居る。
「(多分数%くらいしかないんだろうな・・・。でも親父だってちょっとくらい、心のどっかではオレのこと心配しててほしいよな・・・)」
実の父親に対して傲慢な物言いかもしれないと直後に思う。だけどもオレとて親父がちゃんと仕事先でヘマしないかの心配はする。親父は冒険者なので、”外”のモンスターに襲われて怪我しないかとかだ。
「(実際オレも”外”でどれほどヤベェモンスターがたむろしてたかを見たからな。飛竜とかエクスムーアの魔獣とか、”外”の危険は百聞は一見にしかずって奴だった・・・)」
だからこそか、どれほどクソな父親だろうと帰ってきたら「モンスターに腕獲られた」とか言われて義手を見せられたら、オレはどう反応していいか分からなくなる。多分ちょっと泣くかもしれない。
これが母さんだったら、それはそれで・・・なのだが。
オレはそんな他愛ない想像をしながら一人、夜のように暗い天空を見上げながら昼飯を持ってとある人物を待っていた。
オレが勝手に待ってるだけなのだが、もしかしたら・・・という希望の欠片が頭の奥底にくっついたままなのだ。
「まぁ、後十分も来なかったら一人飯するけどな・・・」
言って、気づく。その自虐ネタが杞憂だと。
その証拠は屋上へと続く階段からの音だ。今日は反発したドアに顔面を打たれないようにドアは開けたままだ。だからその足音が誰のものなのか、見なくとも分かる。
音はリズムよく、そして屋上に近づく度に音もテンポも上がっていく。こころなしか足音が踊ってるようにも感じる。
そして勢いよく両足が着地した音が響き、ドアからひょこっと銀色の頭が出てきた。そのふわふわした頭はきょろきょろと周囲を見回し、オレを視認した瞬間にぱぁっと表情が明るくなった。
「ゼクサー君いた―――ッ!!」
その美少女、いや、男の娘はオレを見かけるや否やドアから全身を現出させて座って手を振るオレの元へと兎のように撥ねて跳んでくる。あ~、心がぴょんぴょんするんじゃ~~。
体系的に見て女子要素が強すぎる男子、アルテインが何事もなく自然な形でオレの隣に収まる。揺れた髪から香る匂いがオレの心音を上がらせる。
オレは変にどぎまぎする気持ちを抑えながらアルテインに声を掛ける。
「久しぶりだなアルテイン。三日間休んでたけど体調とか大丈夫?」
「うん!おかげさまで。ボクが居ない間、大丈夫だった? 変なのに絡まれてない?」
「”変なの”のジャンルに寄るけど・・・、あぁいや、大丈夫だったぞ。ここ最近は絡まれてねぇよ」
「そっかー良かった! それを聞いてボクも安心したよ。ゼクサー君に万一の事があったら、ボク居ても立っても居られなかったよ!」
安堵し、膝の上で弁当を広げるアルテインに目が行く。やはり今日も可愛い弁当だ。中身の黒々とした物体を除けば・・・・。
兎さんの形を模した弁当箱に隠された黒色の消し炭達、そのギャップに中々慣れず、オレが心の中で顔をしかめていると、不意にアルテインが問いを発した。
「そう言えばゼクサー君って、今度ある属性能力者競争大会に参加するの?」
「あっ、・・・あぁ・・・」
黒い物体をぷるぷるつやつやの薄紅色が呑み込み、可愛い息を漏らして咀嚼する様子をまじまじと見ていた時に声を掛けられたためか、ちょっと一瞬背中が強張った。
おそるおそるアルテインの目を見ると、アルテインは別段気にした様子はなく、むしろ嬉しそうだった。
「奇遇だね! ボクも参加するんだよ!」
「そうなんだ!?・・・まぁ確かに、あそこまで属性の扱いが上手いんだったら逆に出場しない理由なんて無いよな」
オレが想起したのはアルテインとの命の取り合いの時だったか。五属性で構成される虹色の破壊の渦、『虹鯨』だ。五属性と言うだけでも扱いが難しいはずなのに、アルテインは難なく全ての属性を巧みに操っていたのだ。
あの時はオレが完全にキマってて、『雷撃』を更に集めて圧縮した奴撃って『虹鯨』撃破だからな。今の状態じゃ『虹鯨』への対抗策なんてなにもねぇぞ・・・。
今の状況に一抹の不安を感じ、頭を抱えたくなるオレに対して、アルテインははにかんだ笑顔を見せた。
「まぁ、あの雷みたいなの撃てるゼクサー君の事だし最後まで残るのはボクとゼクサー君かもしれないし、・・・今度は負けないよ!!」
「ぐはぁッッッッ!!!」
拳をきゅっと握りしめ、少年漫画の主人公みたいな可愛い笑みを浮かべるアルテインにオレの心のわだかまりが洗いざらいはじけ飛んだ。ヤベェ、ナニコレ可愛い。可愛すぎません?可愛すぎるんですよねぇ・・・。
冒険系少年漫画と言うよりも、学園系少女漫画のキャラだと言われた方が納得できるこの男の娘感。もう女子として生きても大丈夫な気がする。というかむしろ女子になって。
女子になったらなったらで色々凄そうだけれども、オレ的には今のまま女子になってもらった方がヘキ面の問題が解決するからオールオッケーである。
「(そもそも男子が女子になることは簡単じゃねぇだろ。というか不可能だろ。でも二次創作は可能性無限大だからな。後でしっかり妄想しておこう)」
心に深く刻み込み、オレはゆっくりと息を吐く。
気づけばアルテイン、弁当の半分を平らげていたようで、頬に着いた黒い塊をきれいに舐ってなめとっていた。薄紅色の舌がなぞったアルテインの頬に空色の軌跡が描かれていた。
割とアルテインも肉食系なのかな・・・、と。
「あっ!そうだゼクサー君!」
「おぴょろッ!??・・・・どうしたんだアルテイン?」
一瞬オレがアルテインの口と頬の間の舐め跡を見ていたのがバレたのかと思ったがそうではないようだ。良かった。流石に男の娘の頬を舐め回すように見ていたことがバレたら絶対引かれるからな。
「(ちゃんと周りに気を付けながら見ないとな・・・)」
反省を次に生かそうと思い、オレは驚いたついでにアルテインに問いかけた。
アルテインは「そうそう!」と手を叩いて、思い出した記憶を引っ張り上げるように言う。
「そういえば、『属性能力者競争大会』のルールが大きく変更されるんだってね? 聞いたかな? ボクも今日朝礼の時に先生に言われてびっくりしちゃった」
「え!? なにそれ。オレなんも聞いてねぇよ。一体何が変更になったんだよ?」
割と重要なことに驚いたオレは前めのりになってアルテインを見る。アルテインは「はわっ、ち、近い・・・」と顔を紅くしながらも一つ一つ丁寧に教えてくれた。
どうやら血のりパック貼り付け&他部に攻撃禁止のルールが、従来の方法でやると泥沼の血で血で洗う自己犠牲終末戦争になりかねないようで、大部分を変更したそうだ。
まずは武器関連として、一人一つ以上の武器を所持して参加が義務化された。能力量切れで属性技出せなくなった煽りイキリが相手に手首を切り落とされた事例があるんだと。
次に血のりパックではなく、先に降参を宣言した側の負けとなる勝敗システムに変わった。万一の際は各国から集めた選りすぐりの戦闘のプロ審判が勝敗を決めるシステムも導入された。過去にトランス状態で殴り合いに発展し、数週間の怪我を負った脳筋熱血男子が居たんだと・・・。
そして武器による攻撃で相手に怪我を負わせた時、問答無用の判定負けになる制度を廃止。怪我の度合いによっては審判が判定を下すこともあるそうだが、基本的には血濡れ沙汰になっても勝敗に影響はない。昔、自分の身を盾に使って優勝に上り詰めた半分ゾンビが居たんだとな・・・。
アルテインからの一連の説明を受けて、オレは目をひん剥いた。
「この学校の生徒って、馬鹿しかいないのかッ!!?」
「ま、まぁあくまでも毎年あった訳じゃないから、早計だとは思うけど、うーん・・・」
アルテインもどこかでは認めているのか、唸りながら否定する。
オレは困り顔のアルテインを見て、ふと思い付いた。
「アルテインってさ、『翼』って知ってる?」
「翼・・・? チキンの方じゃなくて・・・?」
「あぁ、『翼』っていう、人の潜在的な力の事を言うらしいんだけど、アルテインって『翼』生やしたことない?」
オレの脳裏によぎったのは、アルテインとぶつかった日の時の、アルテインの状態だ。
白い目をして単調な攻撃をして来るアルテインがオレを飛ばすために、一撃で地面をえぐれさせたのだが、あれがオレの思う『翼』の発動ではないかと思った。
「(全く持って根拠はない訳だけど、あの時のアルテインの状態ってお世辞にも理性がある状態だとは言えなかったしな)」
属性で地面をえぐれさせる一撃を扱えるのは原子属性が目立つ印象だ。中にはオレの雷の落ちる位置をずらして落雷を圧縮する『雷撃』のように、技術を駆使して地面を爆ぜさせる技もあるかもだが、あの時はそんな余裕なんてなかったし、アルテイン原子属性はない。
だとすれば残された答えは、アルテインがトランス状態で『翼』を解放して、潜在的な能力量を使用して地面を爆散させたと言うことだ。
「(流石にこれで原子属性も持ってますと言われたら反論できんが・・・)」
オレの願いに近い質問に、残念ながらアルテインは首を振る。
「ボクが潜在的な力を解放すれば家族になれるから、それはないかな・・・」
「家族になれる・・・?」
「ん、ぁ、あぁいや! 何でもないよ!」
どこか寂しげな顔をするアルテインを覗き込み、台詞の意味を問うと、はっと我に帰った様子で何でもないとはぐらかされた。
「(なんだ今の瞳の意味は・・・。純粋な意味だと思うけども、もっと別の意味合いも混ざってた・・・?)」
アルテインの目の混沌をよぎる一瞬の煌めきが、何故かつっかえ棒のようにオレの中に不自然に残った。
アルテインはというと、何かバレてはいけないことを言ってしまったような、そんな顔をしながら目を泳がせている。何かから逃げようとする目だった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
きまじい・・・。
踏んではいけない地雷源の中、突っ走ってい足を急に止める感触だ。
「(なんとか別の話題を・・・・)」
会話を繋げなければと、必死に目を動かして口をもにょらせる。こういうときに限って言葉が出てこない。もどかしくなる。
なんとか別の話題を引っ張って来ようと言葉を発そうとして、
「っ、そろそろ五間目が始まっちゃう!早くいかなくちゃ!」
「え、まだ十分もあr」
「ごめんゼクサー君、ごめん!ま、また一ヶ月後に!その時は大丈夫だから!今は、ごめん!」
「ちょ」
時間と人の感情は残酷だ。
何か声をかけようとした直後、アルテインの方が気まずさを我慢できず、謝りながら屋上から走り去った。
時間切れだった。かける言葉が見当たらなかっただなんて、言い訳にもならない。
ふと聞いてしまった事がダメだったのだ。言い訳無用。言語道断。
そう自分に言い聞かせながら、無意識に伸ばした掌を引っ込める。掴むものは無くなってしまった。違う。無くしたのだ。自分の意思で。
雨雲が晴れ、照りつける太陽がオレの様を笑っていた。