第一章4 『絶交』
ここで聞くのかその質問を―――。
というか、寄りにもよって何でコイツの口からそんな言葉が出てくるのか。
研修会からの帰還だぞ? オレの事なんていくらでも後で話せる。まずは自分の研修会で得た経験に冗談を交えて土産話っていうのが普通だろ。
オレにとっては完全に不意な質問で、虚を突かれたような痛みが心に広がった。
「そういうことは別のところでもいいじゃねぇかよ・・・」
「良くない」
目を皿にして抗議するが、マテリアは一歩たりとも引かなかった。
ざわ・・・ざわ・・・・、と。
ちらほらと、周囲の話す内容が変わってきたように思う。オレとマテリアを中心に発せられる重々しい空気が何かしらの感情線に触れたのか、周囲の目線がオレの方へと向けられているからだ。
「(・・・・・・・クソッ、こんな時に限って姉妹もキザ野郎も話に割り込んでこねぇ)」
何を感じ取ったのかは知らないが、オレにとっては一大事であることに間違いはない。
いつもならマテリアの面倒くさい会話は一分くらいすると途中で誰かが割り込んでくるのに、こういう時に限って皆黙り込みやがって・・・。
「質問に答えろゼクサー=ルナティック。何属性を発現した?」
もう一度、デリカシーってものが完全に欠落した言葉の刃物がオレの喉元に密着してくる。
視線で助けを呼びかけるも誰も反応しない。キザ野郎は元からあぁいう性格だから仕方ないとして、デルシオンは・・・・逃げたな・・・。
姉妹は「口を挟むな」と言うマテリアの視線に恐縮していた。
「・・・・・・・」
変な汗がだばだば出る。
どうしてこんなことになったんだ・・・。今さっきまで昨日の事なんて一時しのぎでも忘れて楽しく談笑していたのに、コイツが出てきてから碌な事がない。
「無言になるな。答えられるだろう? 貴様の誕生日はもう過ぎて、昨日一昨日辺りで属性が発現しているはずだ。何属性を発現した、ゼクサー=ルナティック?」
2m以上距離がある。それなのに、その声だけは耳元で発せられているかのように冷たくて、此方の心臓を握り潰さんとする程に猛ていた。
何でこんな時に他の学生が見ている中でそんなことを聞いてきて、その場で回答を求めてくるのだろうか・・・。
「別の所でもいいじゃん・・・」
「良くない。何度言えば分かるゼクサー=ルナティック。”伝説の冒険者”、”勇者”と呼ばれた貴様の両親、その子孫である貴様には自身の持った属性を公共の場で宣言をする事が義務付けられている」
「そんな法、どこにもねぇよ・・・」
「常識と言う言葉を知らないのか? 暗黙の了解を得たルール、それが常識だ。貴様は何故そんなに属性の事を隠したがる? 自身の力が恐ろしいなどと、腑抜けたことを言うのではないな・・・?」
あぁ言えばこう言う、その具現化のような会話を繰り広げる。
確かに、一概にもマテリアの言う「自身の力が恐ろしい」は的を射ている台詞だと思う。
「(ある意味、電気属性が発現したって事実の方が恐ろしいんだがな・・・)」
だが残念かな、オレは六属性が発現したら恐ろしいも何も言わずに組み合わせ応用を探すような人間だ。マテリアの台詞は半分当たっていて、半分外れている。
だがそれでも、オレは自身の身体が発現した属性を公表するわけにはいかない。
言ったが最後、行きつく先が目に見えて明らかになるからだ。
だが、オレのこの決心は後にすぐに心の壁事破壊されることになる。
「宣言しろゼクサー=ルナティック。貴様に発現した属性を」
「何でそうなる・・・?なんでこんなところで宣言しなきゃならないんだよ・・・」
「我は貴様に問うているのだぞ。質問を質問で返すな。そんな論理的な思考も持ち合わせていないのか貴様は。・・・・全く、今の貴様の体たらくを見ては、貴様を愛してくれている両親に顔向けが出来ぬぞ」
「―――なッッ!!?」
”愛してくれている”と、そうほざいたのかこの女は・・・?
「やっとマシな声が出たなゼクサー=ルナティック。良い、そのままその声量で発現した属性を言え。貴様を愛してくれている両親、貴様であれば貴様を産んでくれた母上、そしてせわしなく面倒を見てくれた父上への感謝を胸に発現した属性を宣言すればよい」
あ゛あ゛・・・? コイツ、ふざけてやがるのか・・・?
オレの頭の中で”何か”底知れぬ怒りが湧いた。
昨日の事がフラッシュバックする。
―――電気属性の発現、そして扉越しに聞いた両親の、母さんの本音。親父のオレに対する向き合い方、そして泣いて吐いて泣きつぶして寝て―――、・・・・・。
何かが、オレの心の臓を中心に爆発的に全身に広がって行く。
それでッ! あれでッ! あんなことがあってッ! ――母さんは、親父はオレを家族とは見てなくて――、それでお前は”愛されている”と言うのかッ!!?
オレがその場に居なかった分、裏切られたことの信憑性があって質が悪い。
あの本音を聞いて、”感謝”という言葉だ。
「・・・どうしたそんなに醜い顔を晒して・・・? 両親に似て、貴様はもっとも笑顔の方が似合うだろう?」
マテリアはオレの心の黒さにも気づかないようで、自身の言いたい事だけを言い、その言葉に正当性を持たせて来る。まるで、オレの言動・心を全否定するかのように。
「いい加減言ったらどうだゼクサー=ルナティック。私はただ確かめたいだけなんだぞ? 貴様が貴様を愛してくれている両親の血筋を受け継ぎ、その意志、期待を背負っているのは当たり前だ。それを言葉で証明すればいいだけの話だ」
「・・・・・・ぃだ」
気づけば、オレは何かを口走っていた。
だが、オレの頭の中にはマテリアの言葉と共に蘇る親父と母さんの言った言葉でいっぱいいっぱいで、何を口走ったのか、本当にそもそも言葉を発していたかすら分からなかった。
あるのは親父のオレを見捨てた即答、そして母さんの放った我慢していた本音。
そしてそれを媒介にふつふつと沸き上がる強い怒りと”何か”。
「何を発しているのだゼクサー=ルナティック。何属性を発現したのか聞いているのにどうしてそう声が小さい。貴様の御父上は研修会で会ったがいつもの声音でも十分響いていたぞ? その血を受け継いだんじゃないのか?」
「・・・くせいだ」
「そういうセンシティブなことは”です”を付けるべきだろう? 貴様の御母上は研修会では我々のような未熟者にもですます口調だったのだぞ? 貴様はいったい家庭で何を学んだのだ? 伝説とも謳われる両親の、その高貴な愛情を注がれてきたのだろう?」
どんどん身体の内側が熱くなっていくのに、頭だけはどんどん熱が奪われるように冷たくなっていく感覚を覚える。
怒りで頭が真っ黒なのに、どこか冷たささえも感じる。
そんなオレは無意識にも喋っていた。
「―――電気属性だ」
別に響くほどの大声でもなければ、丁寧な口調を使っているわけでもない。
気づけばオレはそう言っていたのだ。
さっきまでの決心が水の泡。だがしかし、オレは何処か澄んでいて、何処か吹っ切れていた。
多分、決別したかったのだろう。自分と。
だからこそ、オレは今度は自身の口で言う。
「――電気属性だ。隠しはしねぇ。親父と母さん、アイツら二人の子供のオレは電気属性を発現したんだ」
最後まで、しっかりとそう言い切る。
どうせ時間が経てばすぐに知れ渡っただろう。人が数人いて話をしていれば、何処からかそれは洩れる。
ならばいっそのこと、自分からバラす。その方がずっと良いと、そう思った。
「言ってやったぞマテリア。お前の欲してた答えはこれで合ってんだろ?」
ケッ! と、猫が毛玉を吐き出すようにオレは答えを吐き出す。
その直後だった。
へッと笑ってやったオレの視界が何かがはじける軽い音と共に明滅した。
A A A
「ふざけるなよゼクサー=ルナティック・・・」
傾いた体を咄嗟に突き出した左足で支える。
ジンと、右頬の痛覚が脳まで届いた。
ここでオレは確信した。オレはマテリアに張り手を喰らわされたのだと。
「何をすんだよマテリア、急に手を出すなnがッ!!?」
睨みを効かせて、姿勢を立て直そうとすると今度は思い切り胸を押され尻もちをつかされた。
見上げると、丁度マテリアの顔が見えた。――だが、直後にマテリアの表情に変化があることに気が付いた。
憤怒の形相だったのだ。
一体何に怒っているのか、そんな事はもう摑むまでもなく分かった。
「電気属性だと・・・ッ!! 最初はただのデマだと思っていたと言うのに、現実とはな。つくづく、貴様には共感性たるものが欠落しているようだなぁッ!!」
「何を根拠に・・・」
「簡単なことだ。属性が遺伝していないのだ。分かるかゼクサー=ルナティック。貴様が両親の愛情を蔑ろにした結果がこれだぞ!! 分かっているのかこの親不孝者がッ!!!」
ここでもまた”親不孝者”だ。オレだって生まれたくて生まれてきた訳じゃねぇってのに、なんでそういう解釈になるんだよ・・・ッ!!
怒りたい気持ちが露わになりかけるがしかし、目の前のマテリアの憤慨によってその種火の怒りも消し飛んでしまった。
「あんなにも両親が愛してくれている上、”伝説の冒険者”、”勇者”の血筋で四属性の御父上と希少属性二つ持ちの御母上を親として持ち、その圧倒的な力と期待、責任と義務を背負って生きていくべき子孫の貴様が、”電気属性”だとッ!!? ふざけるのも大概にしろゼクサー=ルナティック!!」
「なぁ・・・・ッ!!」
「貴様は自分が何をしでかしたのか分かっているのか!? 貴様は両親の愛情に背いたのだぞ!! 期待を失望に変えたんだぞッ!! 担ぐ義務と責任を放り捨てたんだぞッッ!!!」
罵声と罵倒を同時に解き放ち、これでもかこれでもかとオレの存在を罵倒するマテリア。
その激怒っぷりに周囲の反応はと言うと、
「マジで? あの噂って本当だったんだ・・・」
「属性って遺伝するんだろ?アイツ、もしかして勇者様と血が繋がっていないんじゃ・・・」
「なんかマテリアさんがあぁまで怒る理由分からなくもないな・・・」
「引き寄せの法則で言うと、彼は自分に科された宿命って奴を放棄してるわけだ。本来なら、愛情深く育ててくれた親の為に六属性を発現するのに、彼は自分に六属性が発現しないと思ってるんだよ。だからこうなった。自業自得じゃん」
「美人の幼馴染怒らせるとかサイテーだな」
「勇者の子孫とか生きてるだけで得な奴が転げ落ちるとこ見るのはメシウマwww」
ほとんどの民衆がオレに対して批判的だった。
なんでだ・・・?どう考えたってオレに矛先が向くのはおかしいだろッ!!?
周囲の反応がこれだ。おそらくオレの友人も同じか、そうでないか―――。
オレの味方をしてくれると思い、後ろを振り向いた先でオレは直後に振り返るべきではなかったと後悔した。
「皆冒険者になったり、調査員になったりしていくのにゼクサーだけ気ままに塀の中で発電して悠々自適に暮らすんだ・・・・。人が生死の境をさまよいながらモンスターと戦ったり、未開域を開拓している間に・・・・」
「皆で一緒に冒険者になろう! って決めたのに、・・・ゼクサーの嘘つき。約束勝手に破るんだ・・・。そういう人だとは思わなかったよ」
「親は何も問題は無い。何せ”伝説の冒険者”だからな。その血を受け継いだ属性が発現しないのは子孫たるお前に問題があると言う事だろう。簡単な話だな。何故お前がそこまで分かっていないような顔をするのかは知らないが、これだけは言える。―――俺は友人選びをミスった」
ミルティア、ヒルディア、そしてウガインがそれぞれ冷え切った眼差しでオレを見ていた。
そして極めつけは―――、
「我の、我々の期待どころか、貴様を愛してくれていた両親の期待まで裏切るなんて貴様・・・。幼馴染、いや、人間として失敗作だ!!」
目に涙を溜めたマテリアが、そうぐちゃぐちゃの声で精いっぱい叫んだのだ。